7-03 桃太郎(大吉備津彦命)
「僕」と漢字表記の一人称が千尋です。
「ボク」と片仮名表記が、それ以外になっております。
セイも同様で。「俺」と漢字表記がセイの一人称で、片仮名の「オレ」がそれ以外です。
僕の事を鬼とか言ってたし、絶対勘違いしてるぞこの人。
神社の境内で刀を振り回したあげく、再度構え直す変な人……よくもまぁ、銃刀法なんちゃらで逮捕され無いモノだ。
この神社直す時に、設計屋さんが持って来た、図面を入れる大筒みたいなのが、青年の足元に転がっているのを見ると、その中へ刀を入れて来たんだと思う。
龍眼の暗視モードを使って見た青年の感じでは、僕より年上なのは明らかだ。
細身で、背丈は180センチ超えのセイより、少し低いので170半ばと言った処か。
「あのさ、話ぐらい聞こうよ」
「鬼の言葉なぞ聞くものか! 人心を惑わしてばかりいる癖に!!」
「だから鬼じゃないって……」
「問答無用!!」
キエーと奇声を上げながら、突進と共に突きを繰り出す刃を避ける。
今の突きで大体分かっちゃった。
この青年……弱えぇ。
まず動きが単調すぎる。
尊さんなら突きの後、そのまま横薙ぎを入れたり、突進の動作で2つ以上の攻撃を組み込んで来るはず。
東北で戦ったセルジュとか言う執事だったら、すれ違い様に蹴りが来るだろう。
だが、この青年は違う。格闘ゲームで言えば、強ボタンしか押して来ない様なモノ。1撃1撃が大振りし過ぎて、隙があり過ぎる。
もっとこう……牽制とか小技を入れようよ。
大振りをしては、次の大振りをする為に刀を引き戻す。毎回初めの1の動作がリセットされる為、連続攻撃にならず単調な斬撃になるのだ。
もしこれが、一撃一撃を鞘に戻す居合斬りならば、刃の軌道を読みづらくしたり、刃が鞘から飛び出す瞬間を気付かせない効果があるのだけどね。
居合斬りはその特性上、気が付いた時には刃が迫っているという、刃がワープした様に感じる為。斬撃が超速に見えるのだ。実際、鞘で抜刀を滑らし速度アップと言うのもあるらしいけど。
刀剣技術の無い僕には、完全に聞きかじった素人知識である。
もしかしたら、尊さん辺りは出来るかも知れない。
雷神であり剣神の建御雷様なら間違いなくできるだろう。
なにせ剣神だものね。
だが――――――この青年の斬撃は、鞘すら使わない単調な刃。
至極読みやすい。
龍の反射神経なら、まず当たらない……と思う。自分が運動音痴であるが為、絶対と言えない処がまた悲しいけど
それでも、観察できる余裕があるのは、龍眼による動体視力があってこそなのだが――――――
これ……龍眼要らないんじゃね? と思うぐらい単調なのだ。
とは言っても、暗視の役割もあるので重宝はするんだけどね。
しばらく避けていると、相手の息が上がって来る。
「そろそろ止めない? 僕は鬼じゃないし」
「その角……が……鬼で……ある何よりの証拠」
肩で息をしながら、ぜぇぜぇ言ってる癖に強がるし。
「じゃあ、この尻尾はどうよ」
僕の尻尾を青年に見える様に、上げて左右に振ると――――――
「尻尾だって鬼に……え!? 尻尾!?」
「鬼に角はあっても、尻尾は無いでしょ」
そもそも角の形だって違う。鬼の角は真っ直ぐ天に伸びてるが、龍の角は鹿の角に似ていて、途中が枝分かれしている。鹿ほど角が開いてはいないけどね。
西洋の翼竜だと真っ直ぐな角の竜が居るらしいが、日本の龍だとだいたいが鹿系の角だと思う。
中には僕が知らないだけで、日本の龍にも真っ直ぐな角を持つ龍が居るかも知れないが、今の処見た限りでは枝分かれの角である。
「え? そんな……じゃあボクが聞いた話は……」
持っていた刀を力無く地面に落とす青年に僕は――――――
「どこで何を聞いて来たか知らないけど、ここは龍水神の社だよ」
『そういう事だ小僧。千尋殿は龍神であって鬼ではないぞ。まだ難癖を付けようものなら、我が火達磨にしてくれる!』
「待ってハロちゃん、もう大丈夫そうだよ」
青年は大粒の涙を流し始めたのだ。
『かぁー日本男児が泣くでないわ! 聞いた話と言うモノを話してみよ』
あっ、これ。また巻き込まれるパターンだ。
テストあるのに……
青年は頬を伝う涙をその腕で拭うと、気持ちを落ち着かせてから話を始める。
「ボクの名前は、忽那 源登。O山県に住む、大学を出たばかりのサラリーマンです」
今どきのサラリ―マンは鬼退治をするのか? まさかね。
「えっと、ただのサラリーマンが、何故に鬼退治を?」
「ボクの家系は、あの桃太郎の血を引いているらしくて……あ、でも全然知らなかったんですよ。だって、お伽話だとばかり思ってたし。例え実在の話でも、血筋なんて沢山いるでしょうしね」
まあそうだわな。
今でこそ晩婚化が当たり前に成りつつあるが、昔なら10代前半で結婚なんてざらだったと聞くし。
そもそも元服……昔の成人の事だけど、その成人になる歳が違ったものね。
早ければ数えで12歳、遅くも16~17歳という年齢で成人とみなされ、当然結婚も早かった。
なので1世紀、100年も経てば5~6世代は変わって血が交わってる事になるし。その子供も沢山居ただろう。
桃太郎の原型の話が、室町時代ぐらいと言われているから、桃太郎の血筋が居たとすれば、それこそ星の数ほどいるだろうしね。
それでも数多い血筋の中で、僕の角と尻尾が見えるのだから、霊感みたいのはあるのかな?
なまじ普通じゃ無いモノが見えるが為に、鬼に目を付けられたとも言えるが……
「えっと、素人の僕が言うのもなんだけど、先程の斬撃は素人同然だった。刀剣術が素人の忽那さんが危険を冒してまで、なんで鬼退治なんかを? それも鬼の頂点みたいな強さの酒呑童子を狙うなんて、正気の沙汰じゃないよ」
百歩譲って、桃太郎の血を引いて居たとしても、血で斬るモノではなく、刀剣術の技術で斬るモノだからね。素人の剣技でどうにかなるモノではない。
「それは…………ボクの婚約者が鬼に攫われたからです」
「鬼に? 確かなの?」
「はい……頭に角がありましたから」
おいおい……僕はそれで鬼と間違えられ、斬られるところだったぞ。
「角があれば鬼って言う先入観はやめようよ」
「はい……申し訳ありませんでした。龍なんて生き物が存在するとは思わなかったし」
龍は信じないのに、鬼は信じるのかよ。
まぁ、それだけ鬼の逸話や民話は沢山あるって事か……
「じゃあ、捕らえられたフィアンセは、今も鬼の処に?」
「そうです。鬼は、娘を返してほしくば、鬼で最強と名高い酒呑童子の首を持って来いと……そうしたら返してやると言われて……」
なるほど、それで酒呑童子と間違えられた僕が、斬りかかられたと……
迷惑な話である。
僕らが事情を聞いていると、外に設置された参拝者用のトイレの出入り口から声が――――――
「へぇ。酒呑童子の孫も舐められたもんだわ」
「ちょっと、なんで外のトイレ使ってるの? 中のトイレを使えば良いのに」
僕の尻尾が水のタンクに当たるんで、貯水タンクの無いタンクレストイレにして貰ったばかりなのになぁ。
「いや、洋式は何かね……合わないのよ。やっぱ和式の方が落ち着くし。あと節水の為に、流さずに置いた」
「流せよ!! 次に使う参拝者が困るだろ!!」
「いや小の方だから大丈夫」
「ちっとも大丈夫じゃないよ!! 小でも流して、御願だから」
まったくもう……
しかし、洋式で腰かけてできた方が楽だと思うけどなぁ……やっぱり昔から生きてる鬼は、和式の方が落ち着くのかねえ。
ともかく水は流してください。
酒呑童子の末裔は、しぶしぶトイレに戻って行って、水を流して来る。
手をブンブン振って、洗った水を切っている酒呑童子にハンカチを渡すと、忽那さんが――――――
「そちらの方も龍神様ですか?」
「いや、鬼だけど」
「鬼が居るじゃないですか!!」
「今日はたまたま居ると言うか……鍋を食いに来たと言うか……鍋の材料持って来てくれたと言うか、色々と関係がややこしいんですよ」
鍋も牛鍋とか鳥鍋みたいにテーマが決まって無くて、あるもの適当に入れちゃえって鍋だったし。
お肉も地元で特産の豚肉だわ、子狐ちゃんズの為に油揚げ入れるもんだから、もう何鍋なんだか訳が分からなくなっていた。
いや別に鍋の話はどうでも良いんだけど…………あーもー話がまとまらない! 頭が時差ボケしているようだ。
やっぱり時間の流れが違う、現世と幽世を行ったり来たりしたせいだな、これは
僕が考えをまとめようと頭を掻いていると、忽那さんが――――――
「でももう良いんです……今から鬼の首を取った処で間に合いませんから」
「間に合わない?」
「鬼には3日目の朝日が昇るまでに、首を持って来いって言われてるんです。そこでボクは京にある酒呑童子の根城だったと言われる大江山に行ったのですが、もぬけの殻で……その後、京の陰陽師や僧侶などに聞き回ったら、北関東に行ったと言われて……」
「それで新幹線で北関東まで?」
「はい。この北関東でも、聞き込みに時間を取られてしまいましたから……もう朝日が昇れば約束の期日なんです」
現時刻が21時過ぎか……瑞樹神社から最寄り駅までかなりあるし、O山県までの新幹線は間に合わないだろうなぁ。
「はぁ……結局巻き込まれたか、着替えて来るから待ってて」
「あのぅ。間に合わないと言ったのが聞こえなかったんですか?」
「聞こえたよ。確かに新幹線じゃ間に合わないわな。でもこっちには龍脈移動がある」
「龍脈?」
「そうそう。説明すると長く成るから、実際に使えば理解するんで……とにかく待ってて」
僕は酒呑童子さんとハロちゃんに、忽那さんを責めないように言い含めて中へ入る。
今回こそは、ちゃっちゃっと行って鬼を倒し、戻って来て勉強するぞ。
しかし本当に一夜漬けだな。
神社の留守をお願いする為に、神使の桔梗さんを探すが、台所にも居間にも居ない。
居間で呑んでいる醸造神、大山咋神様にそれとなく聞いてみると――――――
「あぁ、桔梗殿は子狐達を連れて風呂に行ったぞ」
「子狐達を風呂へ入れてくれたんだ。ありがたい」
風呂嫌いのお子ちゃま達だから、大人しくしておらず大変なんだよね。
「という訳で、桔梗殿に頼もうと思っていた酒の肴を、千尋殿が作って貰えんか?」
この吞兵衛は……
まぁ、呑んで騒ぐのが日本の神様の性なんだし、仕方がないか。
賑やかなお祭り好きだから、人々もお祭りを開いて、呑んで食べて踊るんだしね。
そう言えば、秋の収穫祭だな。今年の神楽舞は桔梗さんか? 運動音痴の僕より、上手く舞えるだろうし問題はないだろう。
さて話が脱線したので戻そう……時間も無いし
「大山咋神様。僕が婆ちゃんに教わった料理は、和風専門ですから、お豆腐で一品……それで良ければ作りますよ」
「おお、良いじゃないの。御酒に合うなら贅沢は言わん」
ならば、ちゃちゃっと作ってしまいますか
まず、豆腐をキッチンペーパーなどを利用して豆腐を挟んで水を切る。
豆腐の水を切っている間に、ネギと豚肉を刻んで塩コショウを軽く振って置く。振り過ぎると塩辛くなるので気を付ける事。
熱したフライパンにゴマ油を垂らし、刻んだ豚肉を投入。火が中まで通ったら水を切った豆腐を投入し、適度に崩す。
適度に焼き色が着いたら、醤油と砂糖で味をつけて、火から下ろす前に刻んだネギを投入。
火を止めて皿に盛りつけたら、鰹節を載せて出来上がり。
本当は豆腐の投入前に、豚肉を一度火から下ろした方が良いんだけど……今回は時間が無いので短縮。その為に焦げ目がつくまで肉を炒めず、肉の中へ火が通る程度で豆腐と合わせたんだしね。
「旨そうなモノ作ってるじゃねーかよ」
「やっぱり現れたかセイ。まったく鼻が利く奴だな、僕はちょっと出かけて来るから」
「む? 一人で旨いモノ食いに行こうって言うのは、問屋が卸さんぞ」
「違うってば、鬼退治だよ」
「ほう、俺も一緒に行くぞ」
出来上がった料理を、一口分だけスプーンに載せると、セイの口へ放り込む。
「味の方は?」
「バッチリ!」
味に煩いセイがオッケーを出したので、そのまま大山咋神様にお出しする。
「お待ちどう様。お手軽な雷豆腐」
「雷豆腐? 初めて見るな……どれどれ……おおっ! おぉ。酒に合う」
豚肉も入ってるから、ご飯のおかずにも良いよ。早い話、ようは肉豆腐だしね。
あとは神使の桔梗さんにお任せして。僕は巫女装束に着替えると、ペットボトルに水を汲む為に外へ向かう。
途中、廊下で塒を巻く巳緒にもつかまり。結局いつものメンバーだし。
草履を履いていると、天若日子さんから念話が入り――――――
『千尋殿、我も加勢に参りましょうか?』
『んー、直ぐ帰って来るから。それに、いつも留守番のハロちゃんが行くみたいなんで、神社の護りをお願いします』
『心得ました』
護りと言っても、強い古神様方がいっぱい居られるし、攻めて来た者が返り討ちにあうのは目に見えている。
天若日子さんに、寝てても良いよと言った処で、恩返しをします! とか言われるだけで、聞く様な方でないし。
本当に、義理堅い方だ。
外に出ると、オロチの壱郎君まで――――――
「遅いぞ雌龍」
「まさか一緒に行く気?」
「面白そうだしな。おっと、人質を取られている人間の小僧には悪いこと言っちまったな」
「あ、いえ。皆さんが人外の方だというのは分かりますので、本当に心強いです」
そうは言うものの、やっぱり辛そうに唇を噛むので、鬼が定めた夜明けまでに、間に合わないと思っているのだろう。
水を汲んでから、壱郎君の持つスマホの画面で、忽那さんに地図の座標を指定してもらうと、壱郎君が――――――
「O山県か……おい小僧、座標が山の中を指してるぞ。鬼ヶ島って言うぐらいだから、大きな湖や海の上の島なんじゃないのか?」
「そんな事言われても……首を持ち帰る場所、鬼達が棲む処が分からなくならないように、座標のマーク入れときましたから、間違いないかと思います」
「壱郎君、たぶん合ってると思いますよ。桃太郎自体が御伽噺ですから、元になった鬼ヶ島のモデルが、鬼ノ城なんですよ」
「なんだ千尋、詳しいな」
「この手の昔話は、婆ちゃんによく聞かされてたからね。地方によって微妙に違うとかで、色々調べたんだよ。大吉備津彦命様も、桃太郎のモデルになったと言う方だしね」
「「「「 へぇ~ 」」」」
僕もその頃は男の子だったからね。鬼退治とかカッコイイ! とか思って色々調べたんだよね。
婆ちゃんの好きな時代劇もそうだけど、勧善懲悪モノを観るのは、婆ちゃんの影響が大きい。
「じゃあ、現地へ一足飛びで行きますか。暗いし人の目も無いだろうしね」
そう言って僕が龍脈を開けると、壱郎君を先頭に次々に光の穴に飛び込んでいく。
「こ、これが龍脈?」
「そそ、人間が龍脈の中に長居すると、龍脈を流れる金色の氣に融けて戻れなくなるから、長居はしないように。僕は最後に閉じていかなきゃだから、お先にどうぞ」
「と、融ける!?」
龍脈の前で尻込みしている忽那さんをハロちゃんが――――――
『さっさと行かんか!』
そう言いながら忽那さんの背中に頭突きをして一緒に飛び込んだ。
うあああぁぁと叫び声が聞こえたが、気のせいだろう。
「忽那さん、頭から行ったけど……大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。どっかに引っ掛かってたら、俺らで回収してやれば良いし」
セイの言う事も一理ある。何より時間が惜しいしね。
僕らも後を追うべく、龍脈の中へ飛び込むのであった。