7-01 身元の判明
瑞樹神社の裏手で再開を果たす、鍛冶屋の神である天津麻羅様とその弟子である根小屋信一さん。
天津麻羅様は古事記のみに記された鍛治神であり、三種の神器の一つ、八咫鏡を伊斯許理度売命様と共に造ったとされている。
正確には、神器の材料を造り出したって事らしいので、言わば合作だ。
金属の温度を見極める目を持つとされている神様で、天津目占が訛って天津麻羅になったという説もある。
あくまで諸説であるんだけどね。
そんな巨漢の天津麻羅様と弟子の根小屋信一さんが、急に訪ねて来たのだが――――――
「お二方共に、どうなされたんです? 確か、鹿島神宮の地下……大鯰が眠っている洞窟で、緋緋色金の原石を集めていらしたんじゃ、ありませんでしたっけ?」
「うむ。そうなんだがな。とらっく? とかいう乗り物の荷台が、緋緋色金で一杯になったから、戻るところじゃったんだが……」
天津麻羅様はそこまで言うと、信一さんに視線を向ける。
「地元、関市へ帰ってる途中で、祖父から電話がありまして」
「あぁ、腰痛で動けない、信一さんのお爺さんですね」
「そうです。祖父はあの通り頑固者で、何でも自分でやりたがる性分でして……少し良くなると無理をして、また腰痛になるを繰り返し手ましてね」
完治するまで安静に寝てなよ、信一さんのお爺さん……
「もしかして、悪化して入院とか?」
「いえ、そこまでは至ってません。まぁ歳が歳ですから、入院してくれてた方が、かえって無茶しなくて良いんですがね……」
「あはは……」
分かるわぁ、うちの婆ちゃんも頑固さは似たようなもんだし。身体は丈夫だけどね。
お互い苦笑しあうと、ようやく本題に入った。
「祖父からの要件というのは、守秘義務もあるんで詳しい名は言えませんが、ある刀剣のメンテナンスを受けているらしく、その依頼人が北関東の瑞樹の地に居るというのです。店の名前は雅楽堂って言うのですが、地図アプリにのってなくて……」
あぁ、世間は狭いなぁ。
「まっそういう事よ。信一の爺さんには鍛冶場を借りたりと、世話になってるからな。その恩返しと言っては何だが、儂が代わりに刀剣を見てやろうと思った訳だ。瑞樹の地に店があるなら瑞樹を神佑地として護る龍神に聞いた方が早いと思ってな。で、どうだ? 知らぬか?」
「知らないも何も、今から行くところでしたよ。ねえ、先輩」
「えぇ、雅楽堂の主人とは、ちょっとした縁がありまして、色々とお世話になってるので少し渡したいものがあったんですよ。それで逢いに行こうと思ってた矢先に……」
「我々が現れた……と? これは良い処に来れましたね師匠。師匠?」
天津麻羅様の返事が無いので振り返ると、何かに引き寄せられるように醸造小屋へ向かって歩いていた。
「ちょっちょっちょっ、駄目ですよ。最低あと2日は寝かせないと、まだ米麹菌が頑張ってますから」
「この香りがたまらなくてな……しかし2日か……待ち遠しいのう。もうちっとばっかし、早くならんか?」
「これでも神の御業を使って、かなりの日数を短縮してますからね。これ以上の短縮は味が落ちるそうですよ」
本来なら1週間は欲しい処だが、醸造神である大山咋神様が付っきりで早めて、ギリギリ呑める様に成るには3日って処らしい。
大山咋神様はかなり渋い顔をしていたけど、占いの儀式に使いたいと言ったら、何とか承諾してくれた。
「そうかぁ、これ以上の短縮は味が落ちるのか……味が落ちるのだけはイカンぞ。早く呑みたいが……くっ、くぅ」
もの凄く残念そうに拳を振るわせて、目元に涙を光らせる天津麻羅様。
大の男神が泣くな。
未成年で呑めない僕には分からんが、よほど吞兵衛さんには良い匂いらしい。
「はいはい、小屋から離れてくださいね。早い処龍脈で移動しましょう」
「そうじゃな。目の前に酒蔵があったら儂も冷静でいられん」
酒蔵の安全の為に、すぐに龍脈を開けるが――――――
天津麻羅様、巨漢すぎて龍脈に入らないし……
「前もそうだったけど、神器作成をすると一時的に痩せるんですがね」
「今回は、材料を拾ってただけじゃからな」
「ちょっと無理です」
龍脈が裂けると修復が大変だし。
仕方がないので、信一さんのスマホに雅楽堂の位置を記録させて、トラックで行って貰う事にした。
「こ、ここですか? 山の中で何もありませんよ」
スマホの地図アプリを見て驚愕の声をあげる信一さん。
本当に何も無いモノね。疑いたくなるのも分かる気がする。
でも実際行ってみると、あるんだなぁ。ポツンと一店舗。
「じゃあ、僕らは龍脈で先に行ってますね。店で落ち合いましょう」
「うむ。分かった」
トラックで向かう天津麻羅様達と一旦別れて、僕らは龍脈で先に向かう事にした。
龍脈を出ると、雅楽堂前は木々が生い茂る山の中なので、日光が届かず真っ暗であった。
元々夕暮れ時で薄暗かったのだが、余計に暗く感じられる。
店の入り口には西洋風のランタンが吊るされており、淡い光を放っている。
洋館みたいな店構えも相俟って、ハロウィンにピッタリな感じであり、西洋のおとぎ話に出て来る魔女が居そうな雰囲気だ。
雅楽堂を見て、僕と同じ感覚になったセイが――――――
「魔女と言えば、お菓子があったよな。練ると色が変わるヤツ」
「セイ、お前はどうして古い話題ばかり振るんだよ。若い人知らないだろ」
「そりゃあ、俺みたいに何百年と生きてれば話題も古くなるさ。千尋こそ古いネタだってよく知ってるな……何歳だよ」
「16歳だよ。あと古いCMとか好きで、ネットの動画配信サイトとかの昔懐かしCM動画を観てるんだよ。ちなみに最近のお気に入りは猫動画」
「お前本当に猫好きな」
龍に成ってからは、野良さえ近寄って来ないけどね。
お陰で境内はイヌ科だらけだ。
「猫好きもあるけど、あのモフモフに触りたいの」
「モフモフなら拝殿の下に居るだろ」
「狼のハロちゃん? ハロちゃんは洗ってあげても、すぐ砂まみれになってジャリジャリするんだもの」
霊狐の子狐ちゃんズは、婆ちゃんと桔梗さんの膝に取られてるし。
僕らが馬鹿な事を話していると、小鳥遊先輩が俱利伽羅剣の三鈷杵を出して、店のドアに斬りかかろうとしていた。
「え? ちょっと先輩!?」
「店の中に何かいるわ」
何か居たとしても、もっと他にやりようが……
僕達が止める前に、振りかぶった炎の俱利伽羅剣を、店のドアに叩きつける――――――
はずが
急にドアが開いたために、何も無い空を切った。
「えっと……何をやってるんですか?」
そこには意外な人物――――――犬神憑きの有村君が立っていた。
「有村君? 僕らは御店主のマヤさんに用があって……有村君こそ何でここに?」
店から出て来た有村君に問いを投げかけるが、その答えが戻って来る事はなく、辺りをキョロキョロ見回しながら――――――
「瑞樹君!? 淤加美神様は!?」
「うちで御当地限定の揚芋を食べてると思うけど……呼ぼうか?」
「呼ばないで!! また熊に追い駆けられるのは嫌だ」
さてはこの様子だと、淤加美様のスパルタから逃げて来たな?
分からんでもない。淤加美様は容赦ないしね。
小鳥遊先輩が、俱利伽羅剣をしまい――――――
「マヤ姉は中にいるの?」
そう有村君に尋ねると
「バイトく~ん? 誰か来たの?」
店の奥からマヤさんの声がする。
「あ、えっと。マヤ店主、瑞樹君が用事があるそうです」
「龍神様!? 入って貰って!!」
「え? 今、マヤさんが有村君の事をバイト君って……」
「そっか、言ってなかったね。ボクはここでバイトしながら、呪具の勉強しようかと思って、マヤ店主に頼んだんです。対価払いとか言ってたけど、結局は犬神の首輪をタダで貰っちゃってますから、お礼がてらに……ね」
中へどうぞと、有村君の案内で店内へ入る僕達。
「龍神様! いらっしゃい」
「マヤさん、お邪魔します」
「なーに、龍神様なら御神徳も入るし大歓迎さね」
僕は水神の龍で、商売繁盛には成らないんだけどなぁ。
「ちょっと! マヤ姉、私も居るんですけど?」
「あら、緑居たの?」
今先輩の事、わざと見ない振りしてたな。
「マヤ姉……せっかく御酒のお土産を持って来たのに、そんな事言って良いのかなぁ」
小鳥遊先輩は袋から一升瓶を取り出すと、マヤさんに銘柄が見えるようラベルを向ける。
「そ、それはE媛県の銘酒! しかも良いヤツじゃないの!! なによ緑、四国まで行ってきたの?」
「さっき帰って来たところです。そりゃあもう色々ありまして……」
「その色々とやらを聞こうじゃない。今ケーキ切るから、バイト君お茶淹れて」
ういーす、と有村君が紅茶を入れ始める。
確か昨日もケーキだったよな? 何で一人暮らしでホールケーキを買うかなぁ、僕らが来なかったら一人で食べる気だったのか?
マヤさんって結構な甘党だったりして……
僕達は、所狭しと並べられたマジックアイテムや調合品のある狭い店の中で、前日同様にケーキを御馳走になりながら、四国であった出来事を話す。
「はー、なるほどねぇ。あの鵺が実在するとは驚きだわ」
「いやぁ、大変でしたよ。何度も再生するし。硬くなったり、食べたモノを取り込んだり……」
「ちょっと見てみたかったわね……それで、狸の一族を脅かす危険な鵺が居なくなり、狸君は戻って来たと?」
「はい。オイラは御店主に二千万の借りがありますから、それを働いて返しに来ました」
「殊勝な心掛けじゃないの。良いわ、バイト君と共にこき使ってやるから覚悟しなさい」
有村君、こき使われてるんだ……自分で選んだ道だし、仕方ないよね。
「ふぅ、マヤ姉にポン吉君が皮を剥がされたらと心配してたけど、大丈夫そうで良かったわ」
「緑……アタシを何だと思ってるのよ」
「昨日、二千万が入ったと思い込んでいたアタッシュケースの中身が、葉っぱだった時の言葉を忘れたんですか? 狸の毛皮にして売る~とか言ってましたよね」
「うっ……気のせいよ。そ、それで、龍神様の方のご用件は?」
御店主、無理やり話を変えたな。
「実は、G阜県の関市から知り合いが訪ねてきまして」
「関市!? もしかして、根小屋さん?」
「はい。雅楽堂の座標をお教えしたので、そろそろ見える頃かと……」
言ってる傍から、扉がノックされる。
すぐに有村君が扉を開けると案の定、信一さんと天津麻羅様の御二人が立っていた。
「あれ? やけに若いね。クライアントに聞いた話だと、御老人だと窺ってましたが?」
「どうも、根小屋信一です。実は仕事を受けたのは、祖父でして……」
「はぁ……えっと、アンタが代わりに? まだ若そうだけど、仕事の方は出来るのかい?」
「それがまだ見習いでして。あっでも、こちらに鍛冶屋の神で、師匠の天津麻羅様が居られますから」
「鍛冶屋の神!? なによ凄いじゃない!! あぁ、成る程。この方が龍神様の知り合いの神様って訳かい」
「そう言う事です。さて部外者が居ては、守秘義務のある仕事の話もできないでしょうし、神社へ帰りますね。ケーキ御馳走さまです」
ただでさえ狭い店内に、巨漢の天津麻羅様が入るもんだから、すれ違うのもやっとである。
「千尋ちゃん。私はここから実家へ帰るから良いわ。千尋ちゃん処から帰るのも、ここから帰るのもさほど変わらないしね。それに、マヤ姉ともう少し話もしたいし」
「分かりました。じゃあ先に帰ります」
「うん。明日学園でね」
先輩と雅楽堂で別れ、口にケーキのクリームをつけたセイと、オロチの巳緒の二人と一緒に外に出た。
来た時と同じく真っ暗ではあるが、木々の間から星空が見えている分、完全な夜を感じさせる。
今日こそは帰って勉強しないと、テスト初日は僕の苦手な文系なのだ。
でも秘策があるんだな。
秘策と言ってもカンニングじゃないよ。
僕は龍脈で瑞樹神社の境内へ直接移動すると、そのまま玄関を開けた。
「ただいま~」
「やあ、おかえり千尋君」
「西園寺さん!? どうしたんですか?」
「出ましたよ。行方不明者の身元」
「天若日子さんが憑依させられてた人間ですよね?」
「そうそう。顔認証はあまりにも変わり過ぎててヒットしなかったんだけど、先日採っていった指紋でヒットしたんだ」
「おおっ、さすがですね」
「うん。パソコン様様だ。昔ならもっと時間が掛かったがね、今じゃこの通り」
そう言って行方不明者の情報が入った封筒を渡して来るが――――――
「あのぉ……晴明さんみたいな指名手配犯とかじゃない、一般の方の情報を見て、個人情報保護法に引っ掛かりませんよね?」
「心配ならボクが個人の名前だけ伏せて話しましょう……行方不明の男性、仮にHは、T取県に籍を置き、妻と子供がいる……いや、居たと言うべきか? 9年前まで陸自に所属していたが、その銃の腕を活かそうと、早期退職をして海外の長距離射撃などの射撃大会で5年連続上位入賞」
「すご! その射撃の技術と天若日子さんの神の御業が合わさって、あの長距離狙撃を可能にした訳か」
なるほどねえ。
「お互い、武器はライフル、弓と違えど、遠距離の武器使いとして相性は良かったんでしょうね」
「確かに京での狙撃なんか、ライフル性能の射程以上の飛距離が出ていましたし、そういう意味では150パーセントの性能を引き出してたと言えるかも知れませんね」
ネットで調べたライフルの射程を大きく上回っていたのは、完全に神の御業が入ってる証拠だわな。
「ん~陸上自衛隊を辞めてからの詳細は、こんな感じですね……在隊時の方は黒塗りが殆どで話せることはありません」
だろうなぁ
いくら西園寺さんが政府側の人間としても、門外不出の情報までは閲覧できない様に成ってるらしい。
内閣情報調査室あたりなら見れそうだけど、それで監視が付くのも嫌だしね。
正直そう言った怖い人たちと、関わりたくないのが本音だ。
西園寺さんは、ペラペラ捲っていた資料を閉じると――――――
「続きを話します。陸自を辞めた後に築いた、輝かしい記録も長くは続かず、若く天才的な名射手に取って代わられてしまい。自暴自棄になって酒浸りに成ります」
栄枯盛衰ってヤツか……栄えれば衰えも来る。栄えっぱなしって言うのは無いのが世の常である。
それを受け入れられなければ……辛いわなぁ。
「しかし、それでは妻子が……」
「ええ……お察しの通り、狙撃教室の生徒には逃げられ、妻子は離婚して出て行ったので、その後の消息は分からず終い」
それで、やつれてるのは納得だ……無理やりの神降ろしである、神懸かりのせいばかりではないって事か。
「じゃあ、捜索願も出てなさそうですね」
「千尋君どうしますか? Hさんが籍を置くT取県の実家へ連絡入れましょうか?」
「ん~そうですねぇ。御家族に経緯をどう話したモノか……」
「確かに、神懸かりにあったなんて、信じて貰えないでしょうしね」
「しかも、T取県の近県ならともかく、北関東で見つかるとか、おかし過ぎますよ」
さすがに困ってしまった。
目が覚めるまで待って、自力で帰って貰うか。もしくは、T取県かその近県で見つかるとかしないと、難しいかも……
「一番良いのは、アパートなどの一室で、衰弱して倒れてるのを発見され、T取県内の病院へ担ぎ込まれたのを、実家へ連絡するとか? でしょうかね」
「あっ、それいいかも知れませんね」
「では段取っておきます。千尋君には明日、学園が終わったら、龍脈でHさんをT取県の病院まで運ぶのを手伝ってください。公共交通機関を使うと、移動中に理由を聞かれた時大変ですから」
「了解です」
何だかまた忙しく成ったな。