6-23 それは帰省と共にやってくる
言いたいことだけ言ってから、淤加美様は姿を消した。
姿を消したと言っても、僕の中に居るので、戻ったと言う方が適当だろう。
まぁチェックイン時と人数が合わなくなるから、その方が温泉宿の方々も混乱しなくていい。
代わりに念話で、土産を忘れるなと再度釘を刺されてしまった。
僕は肩が浸かるまで湯船につかりながら――――――
「急いだところで神酒が出来ていませんから、今日ぐらいは英気を養って……」
「千尋は明日、何とかテストがあるのではないのか?」
そうだった……中間テストがあるんだった、すっかり忘れてた。
「帰って勉強しなきゃ……」
「飯ぐらい食ってくだろ?」
「ん~。ここまで来て、1時間やそこら惜しんでも仕方がないしね。食べてくか!」
「そうと決まれば、さっさと行こうぜ!」
本当に食いしん坊だな。
せっかくの温泉なのんだから、もっとゆっくり浸かれば良いのに
僕もセイの後を追うように湯舟を出る。
「じゃ、水葉。お先に」
まだ来たばかりの水葉に声を掛けてから脱衣所へ行くと、もうみんな浴衣に着替えていた。
「遅いわよ千尋」
「ごめん。あれ? 香住、みんなも浴衣なの?」
「私たちの服はね。砂だらけだったのを見た仲居さん達が、洗ってくれるらしいよ。帰りに渡してくれるって。武器なんかは受付が預かるらしいから、温泉宿を出る時に返してくれるってさ」
至れり尽せりだ。
「なんか独鈷杵が一つも無いと落ち着かないわね」
祓い屋の性分なのかな? 小鳥遊先輩は無防備に成るのが嫌らしい。
まぁ、ここは神や神使しか入れない温泉宿とはいえ、妖怪たちの住む幽世だからね。余計に警戒しているのだろう。
皆を待たせるのも悪いので、急いで浴衣に着替えると、見計らったように仲居さんが現れて――――――
「皆さま、着替えが終わったなら、宴会場へご案内いたします。お部屋で食事をされる時は申し付け下さい。ただし、お部屋のでの食事は4名づつ別れて頂く事になります」
「泊りでも無いのに部屋を用意させるのも悪いからの、宴会場で構わぬ」
「畏まりました。では、宴会場へ案内いたします」
天照様の言葉に頭を下げてから先頭を歩き、宴会場への案内をしてくれる仲居さん。
着物の裾から細い尻尾が見えているので、猿の神使かも知れない。
虎なら尻尾は縞々だしね。
確か京の西を護る白虎君がそうだった。
あぁでも細くて長いと言うと、牛の尻尾という可能性もあるのか?
僕がそう考えて居ると、セイが念話で――――――
『それは無いな』
『セイは虎だと思うの?』
『いや、牛は無いって言ったんだ。さっき露天風呂迄迎えに来た時に見ただろ? あの胸! 牛ならもっとこう……』
『みなまで言わなくて良いわ。お前みたいに四六時中胸ばかり見てないからな。だいたいその理屈で言ったら、僕も牛だぞ』
『千尋の尻尾はあんなに細くないだろ』
『はぁ……お前の基準はいつも胸だな……もう止めよう。心なしか香住の視線が痛い』
『大丈夫だ。人間の香住嬢ちゃんには、念話は聞こえん』
コイツは……香住にバレた時が怖いから止めろって言ってるのに――――――
『あ~済まんな二人とも……念話の内容は香住殿に話してしもうた』
『ちょっ!! 淵名さ……』
言い切る前に、目から星が散った。
「おおおぉぉぉ……」
「いつぅー 何で僕まで……頭にチキンライスが……」
「今度旗を立ててあげるわ」
墓を建てるの間違いじゃない?
頭に出来たコブに痛がっていると、小鳥遊先輩が――――――
「O阪の逆さハルカスで、ライフル弾を至近距離で受けても赤くなる程度だったのに、高月さんの拳はコブに成るのね」
頭に出来たコブを不思議そうに見ているのだが
「そんなの僕も分かりませんよ……うぅ……」
「香住嬢ちゃんは、淵名が肩に乗ってドラゴンライダーに成ってるからな、普通の拳打ではないんだろ……痛てて」
鬼族の使うオーラを、利き腕だけとはいえ再現しているのだから、かなり人間離れしているのは確かだ。
何にせよ、これ以上この話は危険と判断して、仲居さんの尻尾から目を逸らし廊下の先に視界を移す。
廊下のかなり先に、普通の襖の3倍はあるんじゃないかと思うほど大きな襖が見えている。
おそらくこれも、身体の大きな神様が入れるような配慮なのだろう。
となると、当然会場も大きくなるわけで……
「おお、広いな。首都のドーム球場何個分だろ?」
「まさかセイ、そこまで広いわけ……あるな」
他の皆は会場の広さに、開いた口が塞がらないと言った感じであった。
全面総畳の広い会場に、テーブルが規則正しく並んでおり、そのテーブルの前に座布団が敷いてある。
この辺は現世の宴会場と変わらないが、とにかく広さとテーブルの数が尋常ではない。八百万の神々が全員入れるんじゃないかと思うぐらいだ。
「これだけ会場が広いのに、寒くない……」
「左様でございます。ここは空調もしっかりしております故」
何か僕達だけで使うのも悪い気がしてきた。時期が時期なので貸し切り状態だし。
他の神々は、出雲へ向かってるだろうしね。もしくはその用意に追われているとか
国津神で暢気に小旅行しているのは、天照様により出雲行きを免除になっている僕ぐらいだろう。
本来、出雲行きの強制力はないって聞いたけどね。
それでも神々が集まるのは、御酒と料理を前に呑んで騒げるからだろう。
本当にお酒好きな神様達だ。
「お好きな席へどうぞ。直ぐに料理を持って参りますので」
仲居さんにそう言われたが、あまり中へ行くのもねえ。持って来て貰う料理が冷めるだけで徳は無い。
天照様もそう思ったのか、入り口から近くの席に座ると隣に建御雷様が座った。
僕らも適当に座ろうとしたが――――――
「これ千尋、妾の前に来い」
「えええ!?」
「なんじゃ、不満かや?」
「そ、そうじゃありませんが……僕は新参者だし、天照様の前では緊張して……」
「いまさら何を言って居る。御主の社で、飲み食いを一緒にしているではないか」
それはそうなんだけど、真ん前に座るのは緊張するなぁ
ウチでは、天照様の前はテーブルを挟んでテレビがあるので、大概録画した時代劇を観ながらの食事に成っている。
何十年と録り溜めた、婆ちゃんの時代劇コレクションだ。
僕の座る所はいつも台所に近い場所であり、セイのお代わりを持って来やすい場所に座っている。
神使の桔梗さんとセイの間に座って、喧嘩させないって名目もあるんだが……
今回の給仕は、温泉宿の仲居さん達がやってくれるため、僕にその手の言い訳は出来ない。
仕方なく観念して真ん前に座った。
僕の隣にはセイが座り、その隣に香住と人型に戻った淵名さんと天若日子さんという感じで座る。
天若日子さんは、離れて座って居る処を見ると、やっぱり天照様に遠慮して居るのかな?
対する小鳥遊先輩の方は、畏れも無く建御雷様の隣に座ると、隣に巳緒を座らせて面倒を見てあげてるようだ。ポン吉君はその隣に座った。
先輩の古神を前にしても臆さない度胸は、あやかりたいモノだ。
全員が席に着くと、見計らったように料理が運ばれてくるのだが――――――
「こ、これは……野菜?」
「左様でございます。水神様は肉や魚などの生臭いモノを口にすると、その身の水氣を穢すと言われております故。料理のすべてを野菜やキノコで作って居ります」
僕はこれでも構わないんだけど、隣のセイが――――――
「ここまで来て、精進料理……俺……仏じゃなく、神道の龍なのに……」
残念そうに泣いていた。
確かに精進料理は殺生を禁じられた仏道の戒律だけどさ、水神が肉を食べれない時点で、どうしてもこうなるのは仕方がない。
「泣くなよ。これが本来の龍水神の食事なんだからさ。淤加美様なんか芋しか食べないし」
「ミミズの干物になるまで生きた、大婆様と一緒にするな」
「誰が干物じゃ!!」
淤加美様が一瞬だけ現れて、ボカッと頭を叩いて消える。器用な方だ。
まあ淵名の龍神さんも泣くまで行かないが、この世の終わりの様な顔をしているし
少し可哀想な気になって来る。
「すみません仲居さん。お手数ですが、セイの食事と淵名さんの食事を、他の神様と同じく鯛めしにしてあげてください。あと僕らはお酒要りませんので」
お酒を持って来た、おそらく羊であろう仲居さんに、そうお願いをする。
「ええ!? それは構いませんが……龍水神様が魚肉を食されて、穢れの方は大丈夫なんでしょうか?」
当然心配するよね。
「大丈夫みたいですよ。食後に僕が淹れたお茶を飲むと、穢れは浄化されるみたいでして」
「はぁ、そう仰せられるなら、すぐに鯛めしと茶器を御用意します」
最初に言っておけば良かったな。気を遣って野菜料理にしてくれたのに、悪いことをしてしまった。
せめて僕だけでも、野菜料理を食べようと思っていたら、僕の分まで鯛めしに替えてくれたので、本当に申し訳ない。
「楽しい思いをして頂かないと、御神徳が神様から溢れませんから」
と笑顔で給仕してくれた。
なるほど、御神徳の出し方は、心から嬉しさや楽しさを感じると、自然と溢れるものらしい。
全員に料理が行きわたると、女将の湯名さんが現れて――――――
「本日は当温泉をご利用いただき、誠にありがとうございます」
「うむ。あれほどの露天風呂は、高天ヶ原でもそうはあるまい」
「ありがとうございます。日本の最高神であらせられる天照様にそう言っていただけると、私共も励みになります。今日の献立は、道後名物の鯛めしになって居りますが、北関東の皆様が御存じの鯛めしとは少し違います」
女将さんの言う通り、ご飯と一緒に鯛を炊くのが鯛めしかと思ったのに、目の前に出されているのはご飯と別々の鯛の切り身が出ている。
「へぇ、面白いわね」
珍しい料理を目の前に、目を輝かせる香住。さすが瑞樹神社で料理が一番うまいだけはあり、研究熱心だ事。
「日本書紀に出て来る鯛めしは、ご飯と一緒に炊き込む松山式の鯛めしでございますが、本日は宇和島式の鯛めしを御賞味下さいませ」
「宇和島式の鯛めし?」
「はい。目の前に御用意した、だし汁に卵を溶きまして、お好みの薬味を加え、その中に鯛の切り身を浸してください。出来ましたら御飯に浸した鯛の切り身をのせ、その上からだし汁を好みの量お掛け下さり出来上がりでございます」
僕らは女将さんに言われた通り、だし汁に放り込み、出汁の染みた鯛の切り身をご飯に載せて出汁を眩しご飯を頂く。
「なにこれ……一緒に炊き込むのも美味しいが、これは鯛の身が生なので、炊き込んだ鯛めしとはまた違った美味しさが……具が豪華な卵かけ御飯って感じ」
年相応の反応なら、ヤバイ、めっちゃうまっ! とかかな?
昭和生まれの婆ちゃんに育てられてるんで、その辺の反応は年相応には、なかなかできない。
「千尋、細けーことは良いから、ご飯が終わっちまった。御代わりくれ」
「早っ!! ちゃんと味わって食べろよな」
セイの茶碗を貰うと、御代わり用に備えられた御櫃のご飯を装ってやる。
つい先程まで涙目だったのが嘘の様に、御代わりを貰った鯛めしを持ってガッツいていた。
こりゃあ3杯飯じゃ足らないな。
香住に至っては、出汁の正体を確かめようと、何度も出汁を吟味していた。
御飯に掛ける分が無くなるぞ。
テーブルを挟んで反対側、天照様が僕らの様子を肴に酒を呑んでいるようだった。
何と言うか、子供たちの食べっぷりを見て、喜ぶお母さんの様な笑顔で微笑んでいる。
その隣で、空いた天照様の御猪口に御酒を注ぐ建御雷様が、天照様の鯛めしを創って差し上げたり忙しそうだ。
建御雷様の隣に座る小鳥遊先輩は、巳緒の鯛めしを作ってあげると、自分も鯛めしに口をつける。
先輩の物腰は柔らかで、粗雑な僕らとは正反対であった。
しかし、巳緒に至っては、先輩につくって貰った鯛めしを――――――
器ごと丸吞みした!
「ええええっ!?」
いくら神話のオロチでも、器までは消化できないんじゃ……
そう心配して居たら、器用に器だけ戻して吐き捨てる。
なんか、凄いもの見ちゃった。
ここは幽世だし、人間で無いのが普通だからか、仲居さん達も動じてない。
小鳥遊先輩とは巳緒の逆隣に座ったポン吉君が、空になった巳緒の茶碗に御飯を盛り付ける。
どことなく震えている気がするのは、次は自分が丸呑みにされるんじゃないかと、恐れているのだろう。
大丈夫だよポン吉君。食べ物があるうちは、巳緒に食われないから……
ちょっと前に、同じくオロチの一頭である壱郎君が、現代の日本には美味いモノが沢山あるので、自分が人間と敵対するリスクを冒してまで、人間を食う必要はないと言っていた。
おそらく同じオロチの片割れである、巳緒も同じであろう。
ポン吉君は人間ではなく化け狸だけど、たぶん大丈夫だ。
その向こうの天若日子さんが、独りで可哀想かなって思ったが、寡黙な感じが女性に受けるのか、仲居さん達に両脇を挟まれて、お酌されている。
さすが色々な民間書物に、愛を貫いたイケメンと書かれているだけはある。
高天ヶ原に矢を撃ち込まれた天津神には嫌われているが、民間には御伽草子に天稚彦と名前を変えて出て来るほど、大人気なイケメンなのだ。
仲居さん達に囲まれているあの様子なら、寂しくもないか
僕はセイに3杯目のお代わりを装ってやってから、自分の鯛めしに舌鼓を打つと――――――
「ああっ!! 何食べてるのよ瑞樹千尋!!」
遅れて風呂を上がって来た、水葉が大声を上げている。まことに五月蠅い奴だ。
「何って、鯛めしだけど?」
「ちょっと知らないの!? 水神は水が穢れるような血が滴るモノは食べれ無いんだからね」
神生みで、その血から淤加美様も御津羽様も生まれてるんですが……あと、建御雷様もね。
「知ってる。水葉も食べる? 鯛めし美味しいよ」
「食べる訳ないでしょ!! 食べたら穢れが溜まって、祟り神になっちゃうもの」
「僕らが、祟り神に成ってるように見える?」
「…………見えない。なんで!?」
「いや、僕も天神様に聞くまで無意識で遣ってたんだけど、どうもこのお陰らしい」
そう言って茶器から注いだお茶を啜る。
「な……お茶?」
「お茶に限らず普通の飲み水でも良いみたい。僕の創った浄化の水で入れた飲み物なら、どんなものでも効果があり、身体の穢れを浄化するみたいなんだ」
自分では良く分からんけど
「千尋のソレは使うたびに熟練度がどんどん上がって居るのぅ、変若水に迫る勢いじゃ」
「変若水って和製エリクサーですよね? しかも若返りや不老とか不死までオマケに着いて来る、とんでも神水」
「うむ。妾の弟、月読のヤツが創れる秘薬じゃな」
万葉集にも出て来るぐらい、凄い霊薬だと聞いているが――――――
「はて? 僕の浄化水に、そこまでの価値があるのかなぁ?」
「まぁ、変若水は劣化が激しいから、効果を持続したまま持ち歩くには、それなりの入れ物が必要じゃ」
天照様はそう言って、御猪口のお酒をグイッと飲み干す。
入れ物かぁ、真空の魔法瓶じゃ無理だろうな……
「なーに、千尋はその心配いらねえだろ。その都度現地で創れるんだから……飯お代わり」
「はいはい4杯目ね。それに、まだ変若水に迫るってだけで、変若水自体が創れるわけじゃ無いから」
セイに、お代わりを装った茶碗を渡しながら答えるとセイが――――――
「とにかく、騙されたと思って食ってみろよ。雌龍ツインテール」
「ちょっと雄の駄龍! あだ名を増やさないでよ! 私の名前は水葉よ水葉! でも、そこまで言うなら少しだけ食べてみようかしら……」
僕らと同じく、仲居さんに料理の変更をお願いする水葉は、少し離れて座り、持って来て貰った鯛めしを恐る恐る口に入れる。
「どうだよ娘っ子? 美味いだろ?」
「なにこれ! ものすごく美味しい!! え? なに? こんなに美味しいモノが存在するなんて!」
突然がっついて食べ始める水葉。
まぁ気持ちは分かる。自分から決めて肉魚を絶つのと違い、血の穢れを水氣に持ち込まないと聞かされて育ったため、ずっと野菜中心のご飯だけしか食べて来なかったのだろう。
食べて来なかった味を知れば、ああなるわなぁ。
結局、御櫃のご飯は食べ切ってしまい。しめに鍋焼きうどんまで綺麗に平らげると、全員満足して御茶を飲んでいた。
やっぱり魚介の出汁が良い味を出しているんだな。瑞樹神社のある海なし県では、流通が発達しなかった昔では再現は難しいだろう。
今は流通が発達してるから、海の魚介も手に入るので、香住の舌コピーなら再現できそうだ。
「さて現世に帰るとするかの、幽世では時間の流れがゆっくりなので、長居は禁物じゃ」
そうだった……天照様の言葉を聞いて思い出したわ。
時間の流れが違うんだった。
幽世に居た時間は3時間ぐらいだと思うけど、現世はどれだけ時間が進んで居る事やら。
考えただけでもゾッとした。
幽世側の温泉宿に入った時が真夜中だったから……現世はもうお昼って処かな?
なんだか時差ボケしそう。
フロントで着替えや装備品を返してもらうと、それを着込む。
「えっと、支払いは――――――貰い過ぎなんです」
「千尋もかなり神徳を垂れ流しておったからのう」
「そうなんですか? 気が付かなかった……」
「嬉しかったり、楽しかったりすると、勝手に出るモノじゃから仕方あるまい」
駄々洩れかい。
確かに料理は美味しかったし、温泉も良かった。
神徳が溢れ出るほど満足したって事みたいだ。
余るほどの神徳のせいで、温泉宿を出る時に、滅茶苦茶感謝されてしまった。
世話になったのはこっちなのにね。
結局、温泉宿の入り口に神使総出でお辞儀されてしまった。
こういうの慣れていないので、少し照れてしまう。
「でも本当に良いんでしょうか?」
御神徳云々言われたけど、お金をちっとも払わずに、あれだけ飲み食いして……何だか本当に申し訳ない気がして仕方がない。
僕が心配そうな顔をしていると、天照様が――――――
「千尋はまだ気にして居るのか? 難儀な奴じゃな……良いか、あそこの従業員がなぜ神使なのかを考えれば分かるであろう?」
「全く分かりません」
「はぁ……説明してやろう。この温泉宿は仕える神を失った、神使達の駆け込み寺なのだよ」
「え? 仕える神を失うって、どう言う事です?」
「人間達は、ここ百年弱の間に国を急成長させた。当然、道路の拡張や町の拡張で邪魔になった社はどうなると思う?」
「移動させられるか、合祀により他の神社と合わせられるか……ですかね?」
「うむ。祀られてる神はそれで良い。粗末にされぬ限りは、祟り神になる事もあるまいて。じゃが神使はそうはいかぬ。山の中の神使が海辺の社へ行けぬ様に、土地との相性もあるからな」
なるほど、仕えていた神が移動した先の社にも、神使が既に居るだろうし、やっぱり居ずらいのかな?
「そうして仕える神を失って、幽世側の温泉宿で、給金替わりに御神徳を貰っている……と言う事ですね」
「神使達の生きる糧が、神徳でもあるからの。本来なら仕える神から貰っているモノなのだが……その仕える神が居なければ、元の動物に戻るか、こういった温泉宿で貰うしかないと言う事じゃな」
「ええっ!? 神使の生きる糧!? ちょっと待ってください。僕なんか、一度も神使の桔梗さんに、神徳払ってないんですけど」
婆ちゃんから給金として、日本銀行券が支払われてるから、ちっとも考えて無かった。
「払って居るはずじゃぞ。でなければ、人間の姿を保って居られずに蟹に戻って居るはずじゃ」
となると、温泉宿の支払いの時に言われた、僕の神徳が駄々洩れ状態って言うので、知らぬ間に払ってる事になるのかな?
僕は全然自覚が無いんだけど……今度、神使の桔梗さんに、神徳が足りているか聞いてみるか?
あれだけ家事の出来る神使さんに、蟹へ戻られてもマズイし。
桔梗さんが居てくれた方が、僕も安心して社を任せ、学園へ行けるしね。
でも、天照様の話を聞いたお陰で、無銭飲食の感じは薄れたから、だいぶ気が晴れた。
「それじゃあ時間の短縮で、現世でお土産を買ってくる方、お願いしますね」
僕は香住と先輩に現世の松山廻りをお願いした。
「仕方ないわね。千尋が巫女装束で来るからそうなるのよ」
「現世の昼間じゃ、巫女装束で歩いてると目立つモノね」
鵺を倒して、ちゃちゃっと帰るはずだったんだから、仕方ないでしょうが
そんな御土産部隊に、セイと巳緒も一緒にくっ付いて行った。どうせ食べ歩きが目当てだろう。アレだけ食ったくせに底なしか!?
しかし、セイや淵名さんや巳緒みたいに鱗が服に成って、自在に変えられるのは便利だなぁ。
残念ながら、僕にはそれは出来ないので、毎回着替える必要があった。
私服を取りに龍脈で戻るって手もあるけど、それだけの為に帰るのもねぇ。
結局僕の方は、狸さんの洞窟前の大穴(香住達が3重雷撃で開けた)とか、鵺との戦いで滅茶苦茶に成った地面を、手伝って直していたら、15時を回っていて。
御茶を淹れに洞窟に戻ると――――――
「ポン吉よ。どうしても行くのか?」
「はい長老。オイラは今回、沢山の人間や神様に御迷惑をおかけしました。その罪滅ぼしに、まずは北関東の雅楽堂で、2千万の借金を返しながら修業をやり直したいと思います」
「……そうか、考えは変わらぬ様じゃな。ならばお前の好きにするが良い。お前の修業が終わり、二回りも三回りも大きくなって戻るまで、長の席は開けて置いてやろう」
儂もそこまでは死ねぬな、と言って大笑いをしていた。
良い長老さんじゃないのよ。
其処へ、丁度お土産部隊が帰って来たので――――――
「お疲れ様。土産買うだけなのに遅いから、迷子になってたのかと思ったよ」
「その辺はスマホのGPSがあるから大丈夫よ。それが聞いてよ千尋ちゃん。高月さんたら、出汁が試飲出来ますって言うのを何度も飲んでて……」
「だって味が複雑なんですよ。それでいて濁った味がしないんです。もうちょっと味わいたかったんで、出汁を2本ほど買って来ちゃった。鰹出汁がベースだと思うんだけど……」
なんともまぁ香住らしいな。
「こっちも買って来たぞ。揚芋の御当地味!」
そう言いながら、セイが袋から色々出して見せて来た。
「みかん味? 何か凄いな。もう一袋は……焼うどん味!? こんな味まであるなんて、企業さんの努力は凄いな」
「他にも、じゃこ天と地元の麦酒を買って来た」
それは大山咋神様が喜びそうだ。
「先輩は、実家の御住職に何か買って帰らないんですか?」
「買ったわよ。鯛めしを御家庭で楽しめるセット。これで作ってあげれば喜ぶでしょ」
御住職……明日のニュースに成らなきゃ良いが……
僕はすぐに念話で――――――
『誰も止めなかったの!?』
『止めたさ! 緑嬢ちゃんが傷付かないように、生モノだし、すぐ食べないなら止めた方が良いって……でも聞かなくてな』
『まさかメシマズだから止めろなんて言えない』
なんでも丸吞みする巳緒にまで、メシマズ言われてるし……
そんな先輩だって、レシピ通りに調理すれば、絶対に失敗は無いはずなのだ。
たぶん煮込んでる時間とかが手持ち無沙汰で、余計なモノを入れるから謎の物体みたいなヤバイ物が出来上がる。
レシピ通りに作ってくださいと、何度も言ってるんだけどね。目を離した隙に何か入れちゃうんだよな……
まぁ、あとは御住職の耐性次第。長年先輩の飯も食ってるし、たぶん大丈夫だろう。
お茶を飲んで一息ついた後、僕らはやっと北関東へ帰る事に成る。
「それではポン吉を、よろしくお願いしますじゃ、龍神様」
「はい。また困ったことがあったら連絡ください」
とは言っても、雅楽堂で借金返済するんだから、実際面倒見るのは御店主さんだけどね。
僕らは狸さん達に見送られながら、北関東への龍脈を開けると、全員がその中へ飛び込んで、瑞樹神社の裏手に出た。まだ明るいから念のためにね。
天照様達は、まだ酔いが残っているのか? 軽い千鳥足で神社の表へ行ってしまい。後を追うように香住も土産を持って歩いて行く。
セイは相変わらず小さく成ると、僕の頭の上に陣取り横になる。もう乗り物扱いだなコノヤロウ。
巳緒も首に巻き付き、カチューシャに成るとそのまま静かに成った。おそらく満腹で動きづらいのだろう。
土産を探しに行って、何を食って来た。この食いしん坊コンビめ。
天若日子さんは、相変わらずの隠密行動で、高い処から神社の護りをしているのだと思う。気が付いたらいなかったしね。
残ったポン吉君と小鳥遊先輩だが――――――
「千尋ちゃんはこれから、ポン吉君をマヤ姉の処へ送ってくんでしょ?」
「そうですね。全員で行っても仕方がないんで、先に瑞樹神社へ寄っただけですから」
「じゃあ、マヤ姉にお土産渡したいんで、私も行くわ」
先輩も一緒に行くとの事で、雅楽堂への龍脈を開けようとすると、何やら神社の表から走って来る人が――――――
「ちょっと、待ってくださーい!」
あれは……鍛冶見習いの根小屋信一さん?
それと信一さんの後ろから、巨漢の神様が息を切らせて走って来るのが見える。
鍛冶屋の神、天津麻羅様であった。
なんだか……また面倒事じゃ無きゃ良いが……
僕はそう願わずには、いられなかった。