6-20 幻を見切れ
鵺に向かって反物質が炸裂する寸前。
鵺は自分の尻尾を引き千切り、海の中へ投げ込むのが見えたのだ。
「しまった!!」
僕は不敵な笑みを浮かべる鵺の猿顔を見ながら、巳緒の開けた退避用の穴に落下する。
刹那、反物質が正物質に触れて対消滅を起こし、凄まじい爆風と振動が吹き荒れるが、こちらは穴の中なので外の様子は分からない。
爆発は大概、横方向と上空へ広がるので、地下は深めに掘ってあれば無事である。
土が崩れて生き埋めに成らなければの話だが……
最悪生き埋めでも、土氣の使える巳緒が居るので、地上まで穴を掘って貰えば何とかなるモノだ。
幽世側の龍脈は、使おうと思えば使えそうだが、現世と同じに使えるかが分からない内は博打なので、おいそれと使えない。もしかしたら変な場所に流れ着く可能性もあるしね。
暗い穴の底で――――――
「みんな無事?」
龍眼で暗視を行い、辺りを確認する。
「痛たた……お尻から落ちたわ」
「先輩はあれだけ独鈷杵を太ももに着けてて、よく自分に刺さりませんね」
「そんなヘマはしないわ、足元の地面が急に無くなったのは、些か焦ったけど……」
そう言いながらお尻を擦っている小鳥遊先輩。
先輩の肩に居たはずのセイが居ないので辺りを見わたすと、ちょうど先輩の影の死角に居て、頭から地面に刺さっているのを引き抜いて居るみたいだった。
運の悪いヤツめ。
息が出来なくて可哀想なので、足をもって引っ張ってやると――――――
「ぷはっ!! 千尋、いったい何が起きた!?」
「落っこちたんだよ。あそこからね」
そう言って穴の中から天井を指さした。
天井に開いた穴の向こうはまだ砂埃が舞って居るようで、ここからでは外の様子が分からなかった。
「他の奴らは?」
「香住は……」
僕はそう言い掛けながら、逆方向を見てみると、香住が気絶していた。
「大丈夫。香住殿は儂が水の緩衝材を創ったから、気を失ってるだけで、命に別状はない」
「起きた時が怖そう……」
「それは覚悟するしか無いな」
淵名の龍神さんめ~他人事だと思ってるけど、香住は怖いんだからね。
巳緒に指示したのは僕だけどさ……説明なしに落とすとは思わなかったし。
言い訳にしかならないけど
「天照様と建御雷様は?」
「此処に居るぞ……千尋は恐ろしい術を使うのぅ。アレを使われたら高天ヶ原も無事では済むまい」
「いえ、高天ヶ原は防衛の護磐があります故……」
「む。そうであったな」
護磐? 建御雷様が今確かに護磐と言った。
高天ヶ原は国津神就任の時に行ったけど、そんなの無かったけどな。
まぁ天照様には悪いけど、あの闇水使いの水葉に八咫鏡を持ち出されてる時点で、あまり信用できるものでは無いと思う。
それとも、その護磐と言うのは、高エネルギー体にしか反応しないとか?
別に高天ヶ原と敵対する気は無いし、関係無いか。
よく見ると、気絶した香住の後ろに天若日子さんも居るみたいで、天井のに開いた穴の外を睨んだままである。
全員無事で良かった。
僕が胸を撫で下ろしていると、天井睨んでいる天若日子さんが――――――
「千尋殿、鵺はまだ生きていますね」
「やっぱり分かる? 実は穴に跳び込む寸前に見えたんだけど……鵺のヤツ……自分の尻尾を千切って海に投げ入れたんだよね」
おそらく海の水が緩衝材になって、尻尾は無事に居るだろう。
つまりは――――――
「ちょっと千尋ちゃん。細胞が少しでも残って居れば、戻ってしまうんじゃ?」
「そうだと思いますよ先輩。最初に戦った鵺とどこまで違うか分からないけど、強化が抑えられてる分こちらの方が再生は高めでしたから」
「では、尻尾から再生をしていると思って良いですね?」
こちらに視線を向けずに外を睨んだまま、そう言ってくる天若日子さんに、僕は頷いて肯定した。
しかし、今回の事でもう一つ分かった事は、最初の鵺と違って知恵が回るって事だ。
最初の鵺は、破壊衝動の様なモノで暴れて居ただけに過ぎなかったが、今回の鵺は生き残るために尻尾を千切るなんて行動に出たのだから、知性があると言っても良いだろう。
長引くと学習していく為、前の強化型の鵺とは違った厄介さがある。
しばらく待つと、穴の外から太陽の光が降り注ぐようになるので、どうやら爆風に巻き上げられた砂埃は静まったようだ。
その様子を見て、天若日子さんが穴から飛び出すと、鵺の姿はいないと合図を出す。
「僕達も行きましょうか」
「なら香住殿は儂が背負って行く」
小さく成って香住の肩に乗っていた淵名さんが、大人の姿に成ると香住を背負ってくれたので、香住を任せて先に跳躍する。
龍の脚力なら、学園の屋上ぐらいまで跳び上がれるので、穴の底からでも余裕で上がれる。
何と言うか、半年前の体力測定で、幅跳びの砂場を飛び越したのが、懐かしく思えるが、いまだもって体育の授業は加減が難しいので大変である。
元々運動は苦手だから、赤点さえとらなければ御の字だ。
外に出て安全を確認してから、穴の中から出て来る先輩に手を差し伸べる。
「ありがとう千尋ちゃん。それにしても幽世側は本当に何もないのね」
「前に東北で幽世側へ入った時は、やっぱりこんな感じでしたよ。妖の村はありましたがね」
あの時は、小鳥遊先輩のお兄さんの尊さんが居ただけで、先輩は居なかったのだ。
代わりに香住と正哉が居たけどね。
「妖の村かぁ、私も行ってみたかったな。妖が普段どんな生活してるとか、見てみたいじゃない?」
「いやいやいや、それ処じゃありませんでしたよ。大太坊は出るし、河童は出るし、海坊主は出るし、挙句の果てに正哉が座敷童は連れてきちゃうしで大変だったんですから」
天照様の前だから言えないけど、大綿津見様から娘である豊玉姫様が受け継いだ、海神の槍も折れちゃったし。
あの時は本当に大変だった。
「人間の娘よ、この幽世側だってかなりの数の妖が棲んで居るのじゃぞ。その殆どが山奥や沼地とか海の底に居るので、分からんだけじゃがな」
天照様は服を叩いて土埃を払いながらそう言った。
どうやら神様達は、みんな一足飛びで穴から出て来たようで、それぞれが服を叩いて居た。
これなら先輩を背負って上がっても良かったみたいだが、それは結果論であり。
先輩を背負った状態で、生きているかも知れない鵺に遭遇したら、こちらは隙だらけで一溜まりも無いからだ。
天若日子さんを信じていない訳では無いが、今回の妖は大物過ぎて天若日子さん独りでは止めきれない可能性もある。
ようは僕が慎重すぎるだけなのだが、皆が向こう見ずな性格なので、自然と慎重にならざるを得ない。
天若日子さんが海面を見ながら――――――
「千尋殿。鵺が尻尾を投げ込んだのは此方の海中ですか?」
西側の瀬戸内海を指してそう言った。
「確かそうだと思ったけど……」
「そうだと思った? ハッキリしない奴だな」
僕の頭の上に戻ったセイが言ってくるが、正直自信が無い。
「あのなぁ、セイ。半物質を投げてから穴へ跳び込む瞬間だったんだぞ。慌ててたしハッキリ見てないっての!」
「だが、あの再生スピードだ。もう上がって来ていても良いはずだろ? 上がって来ないのは再生失敗してるんじゃないのか?」
「だと良いけど、あの鵺は幻術を……」
そこまで言い掛けて、背中にゾクリとしたものを感じた。
なぜなら、O阪上空に現れた時、幻を見せられていたのだ。あの時と同じく、今回弾け飛んだ鵺が幻で無いと誰が言えよう。
いや例え幻だとしても、実際に消えている訳でなく。消えているように見えるだけで実物は存在するのだから、対消滅で吹き飛ばない筈はない。
ならやっぱり、尻尾を投げ入れたのは幻ではない?
もう訳が分からなくなって来た。
直ぐに視覚に頼った捜索から、氣を追う捜索に切り替えると――――――
砂浜に何か変わった氣を感じ。
「おい千尋。砂浜に鵺の氣と違うのが居るぞ」
「いや微かに、鵺の氣も混じってる」
僕は視覚光を反射している水を操って正常に戻してやると、そこには変わり果てた鵺の姿があった。
何と言うか、貝の様な貝殻を背中に着け、尻尾は蛇の尻尾の他に魚の尻尾が増えていたのである。
「アイツ貝を貪り食ってる……しかも、貝殻事バリバリと……」
セイの言う通り、砂浜に居る幽世の化け貝を、そのまま齧って食っていたのだが
咀嚼して呑み込んだ途端、鵺の背中の貝殻が大きくなったのだ。
「食べたモノを取り込んでいる!?」
尻尾が魚の尾びれって事は、魚も食べたな?
それも歯が鋭く鮫の歯の様になっている事から、和邇(鮫の事)でも食べたのだろう。
「おい千尋。早く倒さないと、色んなモノ取り込んで変化しちまうぞ」
「分かってる!」
とは言え、少しでも細胞が残って居れば、また復活してしまうので、倒すには完全消滅が求められる。
何か手は無いかと考えて居ると、突然! 鵺が炎に飲み込まれたのだ。
こんな事が出来るのは唯一人。小鳥遊先輩が、炎の俱利伽羅剣と天狗の団扇での合わせ技を放ったと直ぐに分かった。
火災旋風の火柱に飲み込まれる鵺が、またもやカラスの様な悲鳴を上げる。
千度を超える炎の柱である。普通なら灰になり再起不能だろうが……おそらく倒せないだろう。
何故なら、火氣は水氣に弱いからである。
水棲生物をあれだけ取り込めば、水氣もかなり強くなっている為。元々持っている水氣に加算され
火氣ダメージは良い処で半減……もしくは25パーセントと言った処かな?
だが、先輩の無駄とも思える火氣の火災旋風のお陰で、一筋の光明を見出す事が出来たのだ。
それは、水棲生物を取り込んだせいか? 再生が極端に遅くなっているみたいである。
「火氣が全然効かないわね。まだ最初の鵺の方が灰になった分、効いていたわよ」
「先輩、無理ですってば。アレかなリ水氣側へ寄ってますから、土氣でないとダメージは出ませんよ」
とは言え、鵺は元々が木氣の妖であるが為。金氣……つまり武器を使ったダメージなら通るはず。
「天照様! もう一度天之尾羽張を御貸ください」
「それは構わぬが、妾はもう剣の中へ入ってとか、あの闇の術に神氣は使えぬぞ。ここに居る妾は本体じゃ無い故な」
「分かっています。闇揺炎は使いません。最初の鵺と違って水氣も強いみたいですから、火氣系は無駄でしょう。下手に一部が残ると再生してしまいますしね」
闇で包んだ炎で防御貫通とは言え、炎である事には変わりないので、鵺の水氣に阻まれてしまう。
だから炎は使わず、純粋に天之尾羽張を龍の氣で振り抜く方が、木氣を基礎としている鵺には効くのだ。
僕は天之尾羽張を再度借り受けると、龍の氣を刃に溜めていく。
刃に光り輝く氣が、切っ先までゆっくりと覆って行く。
これで倒せなければ……現状で鵺を倒し切るのは無理だ。
完全に龍の氣で光輝いた天之尾羽張を振り上げると――――――
「日出国の――――――神生みの剣!!」
掛け声と共に、天之尾羽張を振り抜いた。
最初に使った時よりも、丹精に練って込めた龍の氣が、光の衝撃波になって鵺に迫る。
鵺は先輩の火災旋風のダメージが完全に回復しておらず、そのまま逃げられずに光の奔流に飲み込まれた。
鵺を貫通した後の衝撃波は、前回の経験を活かして、やや下方向に放ったので、海を越えることは無いだろう。
そのせいもあってか、衝撃波が海面に当たると同時にもの凄い水飛沫を上げて辺りへ衝撃波を四散させた。
勿論こちらにも、衝撃波が戻って来て吹っ飛ばされる。
鵺を倒せているなら、このぐらいは全然問題はない。寧ろ喜ばしい事であった。
倒せている……よね?
そう願いながら、砂浜の砂の中へ突っ込むのだった。