6-19 鵺と幽世へ
天若日子さんの指から弦が放たれ、天羽々矢は弦に弾かれ風を切り裂きながら撃ち出される。
龍眼の望遠モードをもってしても、はっきり捉える事が出来ない程、遠方の鵺に対しての射撃なのだが
夜間なのに、あんなのが肉眼で当たるのか?
もしかしたら、天若日子さんの事だから、鷹の眼とか持ってても可笑しくはないが、満月の夜とはいえ暗すぎるのだ。
幸い、鵺の居るO阪上空には、街の明かりが届いていて、鵺を照らしてくれては居るが……果たして……
天羽々矢はそんな心配など気にもせず、光の帯を流す様に流星の如く鵺に向かって飛んで行く。
「これは当たるんじゃないのか?」
セイの楽観的な言葉が、現実になろうとしていた――――――その矢先
「「「 なっ!! 」」」
なんと、矢が鵺を抜けたのだ。
なんだあれ!? 血液などが無いのは、最初に倒した鵺と同じだろうけど、肉片すら飛び散った様子が無く矢が抜けたから、驚きの声を上げるしか無かった。
何と言うか……幻を撃った様な感じである。
「明らかに抜けた感じじゃない?」
「千尋にもそう見えたか? 俺もだ」
「儂もそう見えた」
僕だけなら気のせいも有り得ようが、セイや淵名の龍神さんまで同じに見えたとあっては、もう気のせいでは無いであろう。
「……視覚光屈折」
「千尋が良く使うアレか? 確かにそんな感じだったな」
空気中に漂う水を使って視覚光を屈折させ、あたかも其処に居る様に像を暈す術である。
上手く使うと虚構を見せるだけでなく、自分と同じ幻影を何人も見せたりして分身の様に使ったり、術者自身が其処に居ないように姿を消して見せる事も可能だ。
と言う事は――――――
「最初の鵺は木氣だけだったが、今度の鵺は水氣も使えると思って良いかも知れない」
「おいおい、そいつは厄介だな。空中に飛んで居られたら、土氣は当てれ無いぞ」
セイが声を上げた直後――――――
ヒョーヒョーと言う鳴き声が直ぐ真上から聞こえて来たのだ。
「しまった!! O阪上空の鵺は幻影か!?」
気が付いた時には鵺が風を起こし、その風にまかれる僕達。
「マズイぞ千尋。これは尻尾の蛇が毒吹いて絡めた毒風だ。人間のお嬢ちゃん達は、こんなの受けたらひとたまりも無いぞ」
セイの言葉に、小鳥遊先輩たちの方へ目を向けると――――――
小鳥遊先輩が天狗の団扇を使って、風の壁をつくり毒の侵入を遮っていた。その後ろに居る香住達も毒は吸わずにいる様だ。
本当に小鳥遊先輩は、異形との戦いに慣れている。とっさの判断が凄すぎるわ。
一応、周囲が汚染されている為、残りのペットボトルの水で毒を浄化する水を振りまいて置く。もちろん自分たちも含めてね。どんな強力な毒だか分からないから、遅効性で効いてくると厄介だもの。
直ぐに、天若日子さんが鵺に向けて天羽々矢を放つが――――――
またもや矢は鵺をすり抜けて、空の彼方へ飛んで行ってしまった。
また幻影か!?
この術を相手に使われると、これほど厄介なモノだと思わなかった。
普通の生物は、目に頼った戦いをするものであり、剣神建御雷様のような方でもない限りは、氣を追うなんてことは不可能である。
鬼も京の追いかけっこで、氣を察知するといった似た様なことをしたけど、精度の方は剣神がけた外れだろう。
「この!」
セイが鵺に向かって水を収束したブレスを吹いたが、またもや幻であり。水ブレスは天を穿っただけであった。
「セイ、落ち着きなよ! 無暗にブレスを撃ちまくっても、消耗するのはこっちだよ」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「鵺の氣をよむんだよ。龍族は元々、龍脈の中の氣の流れが正常か? どこか氣が漏れて無いか? を察知できるだろ。それを鵺に利用するんだよ」
「なるほど、すっかり忘れてた」
コノヤロウは……
龍は龍脈の中の氣の漏れを直す、といった事を生業にする為。剣神建御雷様ほどではないが、氣の流れをよむのは何とかなるはず。
さっきの不意打ちは、鵺に幻術が出来っこないと、油断をしていたが為に起こったアクシデントだ。
ちゃんと氣を読もうとすれば――――――
「真正面。今俺の水ブレスが外れた場所より少し下か?」
「うん。ゆっくりと西へ移動してる」
鵺の氣とは逆方向に幻の鵺が3体現れた。
「氣をよんでる僕らには引っ掛か……えぇ!?」
龍族は氣をよんで位置を把握しているが、人間の小鳥遊先輩たちには幻に向かって、炎の俱利伽羅剣を振るっている。
「これも幻だったわ」
「ちょっと!! 小鳥遊先輩、無駄撃ちしないでください。と言うか、淵名さん。氣を探って教えてあげてください」
「うむ。祓い屋の嬢ちゃん。こっちの見えてる3体は幻で、本物は西側」
「西ってどっちだっけ? 龍脈であっちこっち行くから方向感覚がオカシイのよ」
「ならば妾の太陽が沈む方じゃな」
「いやいやいやいや、天照様。もう沈んだ後ですから」
「む? 夜空の事は弟の月読で無いと分からぬ」
何やってるんだか……
「えっと先輩の右側です。距離は……30メートルぐらい先の上空」
「こっちね!!」
そう叫びながら俱利伽羅剣を振るうが、炎は鵺の身体を軽くかすめただけであった。
「惜しい」
「千尋ちゃん。鵺が居ないじゃない」
「だってゆっくり移動してるんですよ。それを口頭で正確な位置を知らせるなんて出来ません」
「くっ、厄介ね」
こればかりは仕方ない。氣がよめる者で鵺を地面に落とし、再生しきる前に片付けるしかないわな。
セイと淵名さんが氣をよみながら、鵺に水ブレスを当てる。
今回の鵺は水属性を持っているせいか、本来なら金剛石すら真っ二つにする、レーザーの様な収束ブレスを受けても致命傷には至らず、直ぐに回復してしまった。
埒が明かない。
僕は海水を使い、塩水の雨を降らせる。
闇や光に変換しなければ、海水でも使えるのだが――――――
「千尋。この雨塩辛いぞ」
「そりゃあ海水だからね。でもこれで場所はハッキリわかる」
視覚光は曲げれて消える様に見えていても、本当に消えている訳でなく。
雨が消えている鵺に当たると、其処で雨が弾けるので、場所が分かるって寸法よ。
「あそこに居るのは分かるけど、雨の中じゃぁ炎の俱利伽羅剣は威力が殆ど出せないわ」
「大丈夫です。位置さえわかれば――――――」
あとはウチの射撃手が居ますから。
そう声に出す前に、天若日子さんが天羽々矢を撃ち放った。
矢は塩の雨を切り裂きながら飛んで行き――――――
鵺の身体を貫いて海へ落ちていった。
街まで飛ばぬよう配慮して加減したのだろう。
さすがだ。
天羽々矢に貫かれた鵺は、ギャアアアとカラスの声を濁らせたような鳴き声を上げると、そのまま地面に向かって落ちてくる。
「好機!! 幽世への穴を開けるぞ」
天照様が、地面に手を添えると、大きな黒い穴が開いて鵺をのみ込んだのだ。
「天照様。このまま閉じちまうってのはどうです?」
「若い雄の龍よ、幽世は牢獄ではない。ふとした事で出て来てしまうって事もあり得るのじゃ」
「トドメを刺しに行こう。人が居ないってだけでも、大技が使えるし。なんなら僕独りでも良いし」
「馬鹿野郎、妻だけを戦場に向かわせられるかよ。言っただろ、一蓮托生だって」
まだ祝言挙げて無いんだけど……まっ良いか。
僕とセイは、鵺を追って幽世への穴へ飛び込んだのだが――――――
「なんで先輩や香住まで来てるんですか!?」
「元龍神様も言ってたでしょ、一蓮托生って奴よ千尋ちゃん」
「そうよ、私なんかまだ一発も殴って無いんだから」
この二人は本当に命知らずだな。
暗いトンネルを落ちていくと、やがて昼間の淡路島に降り立った。
幽世では、時間の流れが違うと聞いて居たが。この淡路島には橋が架かって居らず。舗装された道や車も無く、文明の利器は一切見当たらない、
港やコンクリートの建造物が一つもない状態であり。大昔の日本の風景って感じで、僕らの足元には砂浜が広がっていた。
そこに再生の終わった鵺が、距離を取って睨みをきかせてくる。
鵺を見て直ぐに小鳥遊先輩が――――――
「あれもどうせ幻よね」
「正解です。本物はもうちょい右側の奥に居ます」
しかし、視覚光を曲げるのがこれほど厄介とは、敵にすると本当に良く分かる。
「千尋、どうするよ?」
「現世の毒浄化をする時に、ペットボトルの水を全部使っちゃったんで、海水を真水に替えて闇揺炎をもう一度使います」
「ちょっと待て千尋。妾は神氣を使い過ぎて、アレをやるのはもう無理じゃぞ」
「大丈夫です。天照様のお手を煩わせたりしませんよ。幸い幽世側は太陽が出て居ますから、それを使って闇揺炎を落とします。皆には海水を真水に変える時間稼ぎをお願いします」
そう言って海水を操って引き上げ、塩の分離を開始すると、セイが――――――
「ならば俺は、祓い屋の嬢ちゃんに鵺の位置を教えてやる。香住嬢ちゃんには淵名が居るから大丈夫だろうしな」
「よろしくお願いしますね。元龍神様」
先輩の肩に乗るセイに、笑顔で応えると――――――
「セイで良いぞ。元龍神様じゃ呼びづらいだろ」
「分かりましたセイさん。私も祓い屋の嬢ちゃんでなく、緑と呼んでください」
「あい分かった」
セイの奴、先輩には肩に乗って頭に乗らんのね。
そう言えば、同じく僕の頭に乗る赤城の龍神さんが、角に掴まれるからとか言ってたな。
香住も小鳥遊先輩も純粋な人間だから、角は生えて無いモノね。
角なんて無いに越したことはない。だって服を着る時に角が邪魔で仕方ないし……でも、さすがに半年も経つと慣れたわ。
そんな事を思いながら、真水にする作業を続ける。
氣をよむ事のできるセイや淵名さんが水ブレスを撃ち込み、そこに小鳥遊先輩の俱利伽羅剣や香住のオーラナックルで畳み掛ける。
天若日子さんの天羽々矢が追い打ちをかけ、建御雷様が布都御魂剣で雷撃を呼び鵺を焦がす。
だが――――――
前に倒した鵺よりも、明らかに再生速度は上がっていた。
その代わり、強化が抑えられている様で、あまり進化は見られない。
なるほど……再生重視型って事か……これは厄介だな。
前の鵺は、強化で再生限界が低く成って居た為に、力押しで倒す事が出来たのだ。
今回の鵺は、強化が最小限と言う事は、再生限界も高く成っているのだろう。
こちらは既に2戦目であり、体力も気力もかなり減った状態なのだ。そんな状態で再生限界の高い鵺に力押しなど出来ようはずが無い。
やっぱり再生できない程、細かい細胞まで完全に消滅させるほかは無いか
と成れば、闇揺炎か……もしくは対消滅しかない。
しかし――――――
事はそう思い通りに行かないのが、世の常である。
やられっ放しだった鵺が、攻撃に転じたのだ。
突然鵺の周りに無数の水刃が浮かび上がり、香住や先輩達に向けて放たれたのである
「ちっ!!」
急遽海水を真水へ変換する作業を中止すると、僕は同じように水刃を創り鵺の水刃を相殺した。
水刃は僕自身でもよく使うので、先輩の天狗の団扇で起こす風程度では、抜けてしまうのが良く分かっていたのだ。
神々や龍族は再生で治るから良いけど、人間の二人は再生って訳には行かない。
「ちょっと千尋ちゃん!! 変換してた水を使っちゃったら駄目じゃない」
「そうですけど、今のは防ぎ切れないですってば」
「あんなの受けたって、唾付けとけば治るわよ」
「そんなぁ、包丁で指先をちょこっと切った程度じゃ無いんですから無理ですよ」
「私なら包丁で指先を切るなんてしないわ。どっかの先輩さんと違って、料理は上手いモノ」
また香住が喧嘩を売る。どうしてこう……二人は仲が悪いかなぁ。
「あらぁ、高月さんは今回見てるだけで、先程から何もして無いんじゃありません?」
「鵺が落ちて来た所を殴りましたよ」
こりゃあ駄目だわ……
直ぐに香住が持っている巳緒へ念話を送り――――――
『巳緒聞こえる?』
『千尋? どうしたの?』
『巳緒は土氣を使えたよね。それで穴を掘ってくれないかな?』
『良いけど、どのくらいの穴? 千尋の神社がすっぽり入るぐらい?』
『いやいやいや、そんな大きいのは要らないから。対消滅を使うんでみんなが退避できる程度の穴が欲しいの』
対消滅なら水の量は1滴……いや、半滴もあれば幽世側の淡路は消滅するだろう。
天照様に怒られるかな?
出来るだけ空に向けて撃てば大丈夫か
『了解。じゃあ広さより深め重視にしとくね』
『お願い。皆が退避したら、対消滅をぶちかますから』
巳緒は説明が面倒なのか? 将又、説明下手なのか? 先輩達に何も説明せずに、足元を抉る様に穴を開けてそのまま落下させた。
僕はそのまま半滴の水を反水素に変換すると、鵺に向かって放り投げた。
反物質である反水素が、正物質に触れた途端に対消滅を起こす訳だが――――――
今回の正物質はターゲットの鵺である。
光り輝く反水素の粒が、鵺に向かって放物線を描いていく。
これで倒せなければ……
僕は決着が着く事を祈って、巳緒の開けた穴にとび込むのだった。