6-18 闇揺炎(シャドウフレア)
所変わって
瑞樹千尋達が淡路島へ移動したのと同時刻
部屋を借りた道後温泉宿の一室にて、検体N(鵺)のデータをとっている、沼田教授とその助手の八月一日君は、真っ暗な部屋でLED電灯片手に機器の復旧作業に追われていた。
「八月一日君……そっちはどうかね?」
「これは駄目ですね。基盤が焼けて溶けちゃってます」
「こっちのハードディスクも駄目だな……過電圧でデータがとんでしまっている」
「まさかこんな事になるなんて、思いませんでしたよね教授」
「瑞樹千尋め……せっかく良いデータが取れると思ったのに」
「あれほどの電流が来ると思ってなかったので、過電圧防止装置を持って来なかったのが失敗でした。おそらく、ドローンも墜落してると思いますよ。下手すると黒焦げですし」
八月一日君はそう言いながら、他の機材もカバーを開けて焼けた基盤を引き摺り出している。
「まあでも、神通力をほとんど失った犬神刑部の子孫狸が相手では、あそこまで鵺のダメージが蓄積せずに、いろんな事が分からなかったからな。あの鵺が再生する度の強化は凄かった」
「その分、細胞の再生回数が大きく減っちゃってましたね」
「ああ。今後の課題も山積みって訳だな。はぁ……電源に繋いでいた器材は全部駄目だ……おのれ瑞樹千尋!」
イラつく声をあげて居る処に、温泉宿の仲居さんが現れ――――――
「お客さん。大丈夫ですか? 近くに大きな雷が落ちて、電力会社が復旧に当たっているそうです」
「大丈夫なモノか! データが全部とんで……」
「あああ、すみません。教授は今機嫌が悪いので、気にしないでください。こっちは大丈夫ですので」
助手の八月一日君が、2人の間に割って入りフォローを入れた。
「そ、そうですか? 電力会社の方は、直ぐに復旧すると言われましたんで……」
仲居さんがそこまで言うと、急に部屋の明かりが点きだしたのだ。
「点きましたね。教授明かりが点きましたよ」
「今更遅いわ!!」
そんな言い合いをする白衣姿の二人の様子を見ながら、仲居さんは――――――
「では他に何かありましたら、インターホンで受付にお聞きください。それでは御ゆるりと……」
あまり関わるとマズイ客だと思ったのか、そそくさと部屋から出て行く仲居さん。
「教授ぅ。一応お尋ね者なんですから、あまり騒ぎ立てるのはマズイですってば」
「ちゃんと宿泊費は、器材の電力使用料も上乗せして前払いしてある。何を咎められ様か」
「いやぁ宿の事じゃなく、西園寺が率いている組織の八荒防に、見付かったらマズイんでしょ? また投獄されちゃいますよ」
「へんっ! 今は八荒防より瑞樹千尋と鵺のデータだ。八月一日君、車から予備の機材を持って来たまえ」
「それは構いませんが、あの予備の機材にはドローンはありませんよ?」
「時間が無くて、先程まで運用していた雷墜落の1機しか、用意して無かったから仕方あるまい。だがドローンだけがデータ採取器材って訳でもないぞ。今夜は満月で晴れているしな」
「満月で……晴れ……はっ!? 衛星ですね!」
「うむ。衛星のカメラに接続して、画像データを採取するぞ。鵺と瑞樹千尋の戦いが終わる前に、セットを急ぐ」
「あいあいさっ!! て、教授!? スマホなんか出してどうするんです?」
「今見たら、どうやらスマホの基地局は死んで無いようで電波が来ているからな。ここから遠隔操作で2号を出す」
「はい!? 教授!! 駄目ですって、2号は危険すぎます。教授も仰っていたじゃないですか! 2号は危険だから廃棄だと!!」
「だから瑞樹千尋に差し向けて検体2号を廃棄して貰おう。相討ちに成れば儲けものだ」
「教授! それは2号が、瑞樹千尋にちゃんと向かって行った場合でしょう? あの検体1号ですら手に負えなかったのに、2号はもっとヤバイんですよ? アジトのあるO阪が壊滅します」
「こら、八月一日君止めないか!? スマホを奪おうとするんじゃない!」
二人がスマホを奪い合っていると、スマホからピピッと電子音が鳴った。
スマホの画面には、開錠の文字が大きく出ていて、それは検体2号が解き放たれたことを告げていたのだ。
「あぁ……教授、なんてことを……」
「わ、私ではないぞ。八月一日君が押したんじゃないのかね?」
「教授の指が画面に触ってたじゃないですか」
「八月一日君がスマホを奪おうとするからだな……まあ、最初から押す気だったし別に良いか」
「良くありませんよぉ」
「やっちゃったものは仕方がない。早く予備の機材を用意するぞ。データがとれなければ、タダの大虐殺で終わってしまうからな」
科学を進歩させる為の尊い犠牲と言うヤツだ。
そう自分に言い聞かせながら、予備の機材を取りに、車へ急ぐのだった。
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所変わって
淡路島に居る、瑞樹千尋達は――――――
空を飛んで向かって来る、鵺を待ち構えていた。
闇を絡めた天之尾羽張で、闇揺炎を再現できるか……初の試みである。
理論上は、太陽神である天照様が御霊として、天之尾羽張へ入って居られる為。
闇を刀身に絡めれば、闇揺炎を再現できるはずなのだが、あくまで理論上の話である。
僕は出来るだけ命中率を上げる為に、鵺が近くに来るまで待つつもりだが、あまり近すぎて気が付かれ進路を変えられても困る。だからこそ、鵺に気が付かれず、命中率の上がる絶妙の距離を待って居るのだ。
狸達の隠れ家前の時と違い、光の刀身に闇を絡めているので、光は闇に遮られ鵺には見えないはずだが
元々夜に活動する夜行性の妖である為。夜目も利くであろう。
丁度いい距離を測るが大事である。
龍眼を使い、正確な距離を取ると、だいたい3キロメートル弱と言った処か。
本来、大気圏から落とす揺炎を考えると、十分な射程距離である。
僕は天之尾羽張を上段に構えずに、正眼のままで狙いを定める。それは技として振り抜くのではなく、あくまで術として放つので、狙いさえ正確ならその方が良いからだ。
刀身に込められた、天照様の太陽熱を闇で包むと――――――
「天照様。行きますよ」
『何でも良いから早くせい! こっちは刀身に纏わせている闇のせいで、真っ暗闇なのじゃぞ』
では御言葉に甘えて、刃の切っ先を鵺に向け――――――
「防御貫通型闇揺炎!!」
僕の叫んだ声と同時に、天之尾羽張から闇の炎が鵺に迫る。
その距離、約2キロ強。
だが、その距離を一瞬で詰める闇の炎に、鵺は反応すらできず、直撃する。
刹那――――――
鳴き声ひとつ上げれぬまま、100万度の炎に焼かれ、灰すら残らずに消滅したのだ。
その炎は、水素型原子爆弾1000万個を余裕で超える程であり。
闇の炎はそのまま真っ直ぐ空へ向かって飛んで行き、大気圏を突き抜け宇宙の彼方へ消えていったのだ。
まぁ、実際は太陽神の天照様が10分の1の力なので、100万度には達して居ないだろうけどね。
他にも、炎を闇で包んでいるので、輻射熱も電磁波も出ておらず、周りに被害はないようだ。
まさに、ターゲットだけをピンポイントで焼く、太陽の超火と言えよう。
「おっかねぇ術」
「自分で言うな自分で」
セイがいつもの定位置である、僕の頭の上に乗って、そう言って来る。
「まったく御主らは、妾を何じゃと思って……」
天之尾羽張から出て来た天照様が、頬を膨らませてそう言った。
「すみません天照様。普通は昼間の太陽が出て居る時にしか、闇揺炎は使えないんですよ。夜に使えたのは、天照様のお陰です。ありがとうございました」
「……そうか? まぁ、今回は許して進ぜよう。しかし、ごっそり神氣を持って行かれたのぅ。些か疲れたわ」
「はい? 普段昼間に使っても、そんなに疲れる事はありませんが……」
あ、なんかすごい驚いた顔で、天照様がこっち見てる。
「…………千尋よ、少し御主の氣を読ませてもらうぞ」
天照様は、僕に屈むように指示すると、僕の額に自分の額をくっつけ、体温を測る様な仕草をすると目を瞑った。
かなりの時間、僕に額をくっつけて居たが、突然目を見開くと――――――
「千尋よ。御主の神氣は読み切れなかった。海の上から底の見えない深海を覗いているような……そんな感じで全く読めぬ」
「それは良い事なんでしょうか?」
「少なくとも、本体から一部を切り離した妾では、読み切ることは出来んかった。もしかしたら万全の状態で測れば……実際にやって見ぬと、何とも言えぬがのぅ。それに御主の中には淤加美も居るじゃろう? あと元祟り神だったモノまで……色々混ざって居って、余計に分かり辛くして居る」
分かっていたけど、僕の中に3柱分の神氣が入っていても、パンクしないのだから、それだけ強い神氣を入れる器はあるって事だ。
ただ、神氣は多くても、引き出して使う処理能力には限界があるので、淤加美様が元の姿に戻ったりすると、処理能力を持って行かれて、大術を使うのに支障が出て来る。
宇迦之御霊様の処へ初めて行った時がそうだった。
せっかく3柱分の神氣があるのに、処理能力が不足で使いきれていないのが現状である。
処理能力ってどうやって上げるんだろう。
『それは使いまくって熟練度を上げるしかないのぅ』
僕の中の淤加美様が念話でそう言ってくる。
『聞いて居たんですか?』
『天照殿が、御主の額にくっ付けたときに、何かに覗かれているような気がして、目が覚めたのじゃ』
なるほど
『じゃあ回復術みたいに熟練度を上げろって事ですか? 攻撃系は練習する処が無くて……』
『術の熟練度ではなく、処理速度の熟練度なのじゃから、どんな術でも使えば上がるはずじゃ』
簡単に言ってくれるなぁ。一番周りに被害が出ず、使える術は回復しかないんだけど。掛ける対象が無いとねぇ。
しかも僕の術は水を使うので、対象が濡れちゃうから、香住とか小鳥遊先輩は嫌がるし。
まぁ小鳥遊先輩は、条件付きでなら協力してくれそうだが、たいてい割に合わないので、やめた方が吉。
お風呂に入った時にでも、子狐ちゃんズに使わせてもらうかな? どうせ頭を洗ってあげるのに一緒に入るしね。
僕が淤加美様との念話を終えて、みんなに帰ろうか? と言おうとした時。
あのヒューヒョーと言う鳴き声が聞こえてくる。
「この鳴き声って……まさか鵺!?」
「そんな馬鹿な!? 千尋の術で、灰すら残らず消滅したんだぞ!」
「でもセイさん。狸達の棲み処で聞いたのと同じよ」
「待って……鳴き声の聞こえてくる方角……背後から聞こえてくるわ」
西側の瀬戸内海を向いていた僕らは、背後の東側……O阪方面に向き直ると、確かに其方から鵺の鳴き声が聞こえて来たのだ。
「いつの間に追い越されてたんだ?」
「いや違う。さっきの鵺じゃない」
僕とセイは、すかさず龍眼を望遠モード全開にして、O阪方面に目を向ける。
さすがに望遠モードでも、直線距離で50キロはあるので、視認性の悪い夜間では尚更様子がうかがえない。
だが――――――
「居る……O阪上空に、黒っぽい何かが……」
「信じたくはねーが、さっき消滅した以外に、もう一匹いるって事だよな」
「この鳴き声だと、おそらくもう一匹の鵺……」
「まったくよぉ、どっから湧きやがった」
「それは分からないけど、街の上空って言うのがマズイ。大技も大術も使えないし」
「本当にマズイわね。さっきの鵺みたいに再生強化能力があるなら、小技や小術程度では直ぐに効かなくなるほど硬くなるでしょうし」
小鳥遊先輩の言う通りだ。
終いには、天若日子さんの天羽々矢すら殆ど傷がつかなかったし。
「せめて海の上まで引っ張って来れれば、闇揺炎で焼き切れるんだけど……」
僕が親指を噛みながら何か手が無いか、考えて居ると天若日子さんが――――――
「ならば、ここから矢を放ってみましょう」
「はい!? いやいやいやいや。いくら高天ヶ原まで届いた神器の矢でも、50キロは無理でしょう」
「ここから鵺の目だけを射貫け! と言われれば、さすがに無理かもしれませぬが、あの巨体のどこかに当てろと言う事なら、何とかなるかも知れません」
天若日子さんの弓の腕はともかく、50キロの距離は届くのか?
僕達の心配を他所に、天若日子さんは弓の弦を限界まで引き絞る。
普通なら弦が切れてしまうだろうが、そこは流石神器、天之麻迦古弓である。その弦は切れる事無く、弓をしならせて、主人の手から弦が放たれるのを待って居るのだ。
「私達人間には、全然鵺が見えて無いわ。これで当たったら奇跡よね」
小鳥遊先輩がそう声を上げるのを、天照様が――――――
「奇跡は神が起こすモノじゃからな。見て居ると良い。日の本の国にある神器の威力を」
あくまで神器を褒めて、天若日子さんの事は褒めてくれないのね。
高天ヶ原に矢を撃ちこんだことを、いつまで引き摺ってるんだか……
できれば、和解させてあげたいな。
僕はそう思いながら、天若日子さんに目を向けると、鵺に狙いが定まったのか――――――
「行きます!!」
そう一言吐き捨てると、天若日子さんは弦から指を放すのだった。