14 氷結下降気流
半分まで、淤加美神の視点です。
朝の起床から、千尋君に戻ります。
深夜のコンビニにて、対峙する妾と参頭目のオロチ
オロチの術で、徐々に揺れが強くなる中
参頭目のオロチが、目障りな高笑いをする
残された手段は、術者を倒すしかない!
だが、須佐之男命によって、首を落とされても死なない化け物を、どうやって倒したら良いか……
━━━━考えている余裕はない! 揺れが大きくなれば街が崩壊する
その前に、術者の昏倒させてでも、術は止めねば成らぬ
妾は、狭い店内用に水の小太刀を創ると、参頭目のオロチへ斬りかかる━━━━━━筈が
裏から出てきた、壱頭目の怒声により止められた。
「遣るなら他所でやれ!」
そう言って、壱頭目の店員オロチが、右足を床に打ち付ける
すると、揺れが収まって行くではないか
「なん……だと!?」
「ふんっ! お前に出来ることが、同じオロチのオレに出来ない訳、無いだろうが!」
そう、壱頭目のオロチが言う
壱頭目の奴、同じ術をぶつけて相殺しおったな
「貴様……龍神と手を結ぶとは、本当に裏切ったか!?」
「先程も言ったが、オレの邪魔をする奴は、全て敵だ! あーあ、こんなに棚の商品落としやがって……店長に怒られるだろうが!!」
「「はっ?」」
妾と参頭目のオロチの目が点になる
心臓探索の邪魔をするな! ではなく、バイトの邪魔をするな! と怒っているのだから無理もない
「もう御主、人間として暮らしてしまったらどうじゃ?」
「其れは其れ。バイトは生活の為に遣ってるだけだしな。ほら、お前らが滅茶苦茶にした棚を、元に戻せ」
壱頭目の指示で、棚を戻していく
何で妾まで、片付けさせられてるんじゃ……
そこへ、店長が裏から飛び出してくる
「壱君! 地震だよ! 揺れたけど大丈夫?」
「大丈夫っすよ店長。震源は片付けましたから」
「そ、そうかい? まだ余震があるかも知れないから、危ないと思ったら逃げてね」
了解っす。と手を上げて答える壱頭目
「御主……壱君って名前かや?」
「へへへ、良いだろう。お前ん所の糸目のオッサンがな、バイクの免許取るなら戸籍が必要だからって、掛け合ってくれてな。『でぃーえぬえー』とか言うのを渡せば、交換条件で作ってくれるってさ」
でぃーえぬえー? 妾もさっぱりじゃが、千尋なら知って居るやも……
糸目と言うのは、西園寺の事じゃろうが、何か嫌な予感がする。後で、でぃーえぬえーとか言うのを調べてみるかの
しかし戸籍か……
「それで、人間としての名前が『壱郎』なのじゃな」
胸についている名札に、八俣 壱郎と書かれてているのに気が付いた
今度教習所へ通うんだと嬉しそうに語る壱頭目のオロチこと壱郎君。
「ふんっ! 人間なんぞに媚びて、見下げ果てた奴め。」
「別にオレは、人間が憎いわけではない。第一、食料にムカついてどうする?」
成る程、コヤツらオロチにとって、人間は食料以外の何物でも無いわけじゃな
2匹の対極な意見を聞きながら、商品を棚に戻していく
「あー、そこの商品ラベルを表に向けろよな! そんな事もわかんねーのか兄弟」
「うるせぇ! どうだって良いだろ! やっぱり街ごと潰してやる!」
壱郎君に五月蝿く指示されて、遂にキレた参頭目のオロチが手に持ってた商品を投げ捨てる
「また商品を……表に出やがれ!」
「上等だ! オラァ!」
二人……いや、二匹か?
睨み合いながら店を出ていく━━━━━━
「妾はどうしたら良いんじゃ……」
取り敢えず、適当な揚芋菓子を籠に入れてレジへ持っていくと、先程の店長が出て来て会計をしてくれた
妾がレジに立つと出てくるとか、この人間……やはり、ただ者ではない
(※来客センサーがあるだけです)
壱君何処に行ったんだろうと捜す店長を他所に、店を出て神社へ向かう
やれやれ……揚芋菓子を買いに来ただけで、酷い目に合うたわ……
まあ、不幸中の幸い。変わった芋菓子も入手できたし
此れで朝まで、配管工メーカー2を堪能できるのう
嬉しさのあまり、石段を3段跳びで駆け上がる━━━━━━と
二匹の馬鹿蛇共が、境内で両手を組み合ってるではないか
「お前ら……何処かへ消えたかと思うたら……」
「仕方ねーだろ。近くに広い場所無いんだし」
と言う壱郎君に
「此れから朝まで、ゲーム三昧を楽しみとした、妾の邪魔をするとは良い度胸じゃ! 神佑地を荒らされて赦す程、妾は寛大では無いぞ!」
ちょっと待ってと言うオロチの戯言に、問答無用とばかりに大量の水を出して空に浮かべ、ニヤリと微笑む。
「やべえぞ兄弟! アレを何とかしないと……」
「遅いわ! たんと呑むが良い! 『強酸性雨』じゃ!」
前に、千尋が『浄化雨』を使ったが、それの強酸性雨版である
「熱ちゃちゃちゃ、マジで溶けるぞ」
「うおおお、再生が微妙に追い付かん」
勿論、千尋の身体も範囲内にあるが、術で創った酸性雨な為、術反射が効いて無傷である
多少着ているジャージがボロボロに成ってはいるが、本人が無事じゃし良いとしよう
空の水を使いきると、降った雨を蒸発させ積乱雲を発生させる
天候を操る、古の龍神である妾を舐めるなよ!
積乱雲からの冷えた下降気流により氷の塊が降ってくる『雹』だ
「本気だな古龍の婆さん、オレは先に逃げさせて貰うぜ」
壱郎君は、再生も途中なのに、氷塊に打ち付けるられながら、這うように逃げて行った
ズルいぞ! と喚く参頭目のオロチに向かって、天から手を伸ばし降りてくる死神
雹は副産物に過ぎぬわ。本命は……静かに降り立つ冷気の下降気流
先程まで打ち付けた雹は消え空気が乾燥していく
音すらも停止し消えて無くなり、虫の鳴き声一つしない境内に、冷たい死神の吐息が掛かる
氷結下降気流
時間すら凍り付いたかのように、全てが白く塗り潰された
「そこで頭を冷やすが良い」
白い霧が晴れると、参頭目のオロチの氷像が出来上がっていて、完全に活動を停止しさせたのだった。
翌朝……と言っても、オロチ達との戦いの数時間後
(ここから、千尋に戻ります)
「ふあぁ~、何か髪の毛がパリパリする」
僕は目を擦りながら、手鏡に手を伸ばすと━━━━━━
霜? 髪が部分的に凍り付いてる……
そんなに、昨夜は冷えたのかなぁ。冷夏なんて聞いてないけど……
御祓を済ませる為に、行衣へ着替えようとして━━━━━━
「何だこれ!? ジャージがボロボロだし」
慌ててセイの部屋へ乗り込むと、俺じゃねーぞと言ってくる
おかしい……こういう時は、大概セイが1枚絡んでる筈なのに……
頭を捻りながら、部屋を出ようとしたら━━━━
「あ、大婆様に立て替えた千円、返せよな」
「淤加美様何か買ったの?」
「昨晩、揚芋菓子を買って来るって出ていったぞ」
お前の身体でな、と聞き捨て成らない一言を漏らす
今回の首謀者は淤加美様か!?
急ぎ居間へ向かうと、淤加美様が配管工メーカー2を遊んでいる
「淤加美様! 僕のジャージが、大変な事に成ってるんですけど!」
「なんじゃ、千尋かや……今良いところなんじゃ、後にしてくりゃれ」
━━━━━━ダメだ。こうなっては、暫くゲームに没頭して反応してくれない。
仕方がない。先に御祓を済ませて来よう……
裏の滝壺へ向かうために玄関を開けると、何処かで見た氷の像が二つ……
二つ!? 一つは狼のハロじゃん!!
大急ぎで風呂場へ抱えていき、熱いシャワーを掛ける
普通の生物なら心臓停止だが、そこは荒神である。みるみる血色が良くなっていく
まるで、カップラーメン……いや、フリーズドライされた食品のようだ
「大丈夫? 何があったの?」
意識が戻り僕の顔を見るなり怯えて震え出すハロ
この怖がり様、尋常じゃない。
普段お風呂に入りたがらないハロが、珍しい大人しくしてるので、良い機会だしシャンプーを泡立てて洗ってやる
『待て待て千尋殿。千尋殿……だよな?』
「他に居ないでしょうが」
『いや……昨晩の千尋殿は、別人の様に怖かった』
……ボロボロに成ったジャージと言い、境内の氷のオロチ像と言い……淤加美様何やったんだよ
ワシャワシャと泡立ててハロを洗いながら考える
シャンプーの香りで、鼻が効かなく成るからと、香りの強いシャンプーは嫌なんだそうだが、この際だし隅々まで洗ってやり
シャワーを掛けて泡を流しやったら、漸く落ち着いて昨晩の事を話始めた。
『参頭目のオロチの匂いを嗅ぎ付け、襲い掛かろうと駆けて居たら、溶ける雨が降りだして……慌てて本殿の軒下へ逃げ込もうとして引き返したら、急に凍り付いたんだ』
何のこっちゃ?
まあ、ジャージがボロボロなのは、溶ける雨ってヤツだろう
となると、髪が凍り付いてたのも淤加美様の仕業か
流石、神話の古龍神。強さは折り紙つきだな
出来れば、僕の身体を使わないで欲しいのだけどね
ドライヤーで乾かそうとしたら、嫌がって逃げられてしまい。脱衣場で身体をドリルのように振るって水滴を飛ばされた。
お陰で脱衣場が水浸しだし、片付けが大変だ
狼ハロが『シッシッシ』と昔のレースアニメの犬みたいに、笑ってる処を見ると
洗われた報復で、わざと遣ったらしい。
にゃろめ……今日のご飯は、カリカリのみにしちゃるぞ
取り敢えず。ウチの電話で、西園寺さんへ凍ったオロチの回収をお願いすると、ヘリコプターで飛んできて、回収に取り掛かった
凍ってる内なら、逃げられる心配もなく、回収が楽だと思ったんだろうけど、朝っぱらからヘリは爆音過ぎる
近所から、苦情が来なければ良いけど……
西園寺さんは、武甲山で逃げられた参頭目が回収できたので、大喜びで帰っていった
氷が溶ける前に、帰りたいんだろうけど、とんぼ返りとは……本当に忙しい人だ
他に気が付いた事は、木々の元気がない。ハロが言っていた、例の『溶ける雨』ってヤツの影響なのかな……
見て居て可哀想なので、滝壺の水を使って境内だけでも『恵みの雨』を降らせる
植物の様子から、境内だけがピンポイントで被害を受けてるので、街の方は無事だと思うが……
祭りが始まる前に、溶ける雨の影響をチェックをしなければ……ちゃんと提灯が点灯するかな?
恵みの雨で、活力を取り戻していく植物達
何か僕……水神らしいことを、遣ってるなぁ。
その後、大急ぎで御祓を済ませ。巫女装束に着替えて台所へ向かうが
桔梗さんが、もう作り始めて居た。
「すみません桔梗さん。今日の当番僕なのに」
「千尋様、おはようございます。お気になさらず大丈夫ですよ。その為の神使なのですから」
と、文句一つ言わず。にっこり微笑んでくれる
僕が男なら放っておかない位、出来た人……いや、蟹だ。
途中から手を出すのも何だし、朝食は任せて境内の掃除に向かい
前日新たに棄てられた、露店の容器ゴミを拾いながら、淤加美様に念話を飛ばす。
『淤加美様、昨日はお楽しみでしたか?』
『変な言い方すると、誤解されるであろう』
『まったくもう、ハロまで凍らせないでください』
『敵味方を別けて攻撃とか、妾にそんな器用な真似は出来ん。だいたい、大量の水でドバーっと一気に流すのが妾のスタイルじゃ』
そんな、トイレの大を流すみたいに言われても……
『もうちょっと味方には、配慮してください。でないと……芋菓子は暫く禁止します』
『なんじゃと!? 妾の楽しみを奪う気かえ?』
『そもそも淤加美様、食べなくも餓死しないでしょ』
『餓死はせんが……口寂しくてのぅ』
凄い残念そうな声で言われると、こちらも弱いので
『分かりました。此れから気を付けて下さい』
と注意だけにしておくと、淤加美様の喜びの声が上がった。
全く、怒られる時だけ、子供みたいに成られるんだから……調子の良い方だ
『そうそう、忘れておった。でぃーえぬ……何とか言うのが分かるかや?』
『何とかって言われても、分かりませんよ』
でぃーえぬ……どっかのサプリメントメーカーか? それとも野球のチーム名?
淤加美様から昨晩の話を聞くと、どうも壱頭目のオロチが、西園寺さんに取られたらしい
『もしかして、DNAですかね?』
『そう! それじゃ!』
西園寺さんが、オロチのDNAを取ったって? 何に使うんだろう……
『確かに、キナ臭いですね』
『じゃろう? 妾の嫌な予感は当たるのでの』
また不吉な事を言う淤加美様。止めてくださいよ、出来れば味方は疑いたくないし
……此れから伍頭目が現れた時のために、解析して対オロチ用の兵器でも造るのかな?
対オロチ用のライフルも、あんまり活躍しないしねぇ
でも、封印を解いて回ってるヤツが居るって話だし、いつ伍頭目が現れても可笑しくない状況なのは確かだ。
少しでも戦力アップを狙っての、DNA採取なのかも知れない。
そもそも封印を解く輩の目的も気になる処。
せっかく、参頭目のオロチを捕まえたのに、何だか手放しで喜べない感じであった。