6-17 天之尾羽張(あめのおはばり)
「天之尾羽張って、天照様が噛み砕きませんでしたっけ?」
「妾が砕いたのは、それとは違う弟の持って来た十束剣じゃ。弟の須佐之男が妾の元に持って来た時、誓約に使ったのがそうじゃ」
須佐之男様の善悪を占う為に、刃を噛み砕いちゃうところが凄まじいというか、なんというか……
そのお陰で噛み砕いた欠片から、宗像三女神という3柱の女神が生まれたんだけどね。
噛み砕いて生み出したのは天照様なのに、砕かれた剣は須佐之男様のモノだったから、清らかな女神が生まれたのは自分の心が清らかであり、よって戦闘の意志は無いと姉の天照様を説得したのは、神話で有名なお話である。
須佐之男様はその後、高天ヶ原でやりたい放題だったのだが……ある意味、純粋だったのかも知れない。
何も知らない子供が、生き物を死なせる気は無くても、力加減が分からず強く握って死なせてしまうような……そんな気がするのは僕だけかな?
香住とは違う、もう一人の幼馴染である正哉なんか、小さい頃からイタズラ好きで、悪さをしてきたのを間近で見ているせいもあり、なんだか須佐之男様が憎めないんだよねぇ。
姉の処で粗相するのは、やり過ぎだが……
「じゃあ八岐大蛇を斬ったのが、天羽々斬って事ですね」
「そうじゃ。羽々というのは大蛇の事を言うモノで、言うなれば対大蛇用の剣という訳じゃ。オロチ以外を斬っても切れ味は凄いがのぅ」
「では天之尾羽張が、火之加具土命を斬った剣ですね?」
「うむ。両方とも十束剣……もしくは十拳剣と呼ばれているのは、拳10個分の長さ、と言う単位を現しているだけなのじゃ。なので拳10個分の長さがあれば、十束剣と言って良いのじゃぞ」
そんな、アバウトな……
リンゴ何個分とかで表記する、どっかの喋る猫キャラクターじゃあるまいし……
海外から入って来た長さを表す単位のセンチと言っても、古神様達は分からないだろうし。僕が代わりに長さを言うと、十束剣はだいたい75センチから80センチ弱ぐらいの長さと言う事になる。
「神器の説明は分かりましたが、鵺の再生が終わるんで手短にお願いします」
「ぬっ!? 今は緊急事態だし仕方がない。実はな……ここに天之尾羽張があるのじゃ」
どこから出したのか分からないけど、いつの間にか1本の神剣が天照様の手に握られていた。
「はいぃぃ!? そんな料理番組で、こちらに出来たモノが! の感覚で神器を出されても困るんですけど!!」
「千尋は簡単に言うがな、月読の目を盗んで、天之尾羽張を宝物庫から持ち出すのが、どれだけ大変だったか……この剣はな、我が父、伊邪那岐命が火之加具土命を倒すのに使い、多くの神々を生み出したと言われる神生みの十束剣じゃ」
「それはまあ神話を読んで知ってますけど、どうして今なんですか?」
天照様が地上に降りて数日経ってるのに、こんな大変な時に出さなくも……
「お主が初めて高天ヶ原に来た時、確か……国津神就任の時じゃったか? あの時、水に刃を使った技を披露したので、てっきり剣士に成ると思って天之尾羽張を持って来てみれば、術師になって居るではないか!? 千尋が術師では、天之尾羽張を渡しても使いこなせないと思って、渡してなかったのじゃ」
それで渡し損ねてた訳ね、納得。
「だったら尚更、天之尾羽張を渡されても、剣術は全然駄目ですよ」
たぶん対消滅を使った方が強いし。
いや、強すぎて使えないのが現状かな? 水半滴分の反水素で、廃鉱が丸ごと吹っ飛んで、後々テレビで地震情報観たら震源地で4~5弱だったぐらいだし。
反水素が、角砂糖一個分の大きさなら、四国処か山陰山陽が無くなっちゃうぞ。
危なくて使えないわ。
「まぁ侍や剣士でない千尋に、剣術は期待して居らん。だがな……神氣は本物じゃろ? 龍の神氣を刃に載せて振り抜いてみよ」
天照様はそう言って、天之尾羽張を投げて来る。
「ちょっと! 剣を抜身で投げないでくださいよ!! 鞘はどうしたんですか?」
「鞘は偽の剣を刺して、宝物庫に置いて来た。あの抜け目のない月読の事じゃ、もう気がついて居るかも知れぬな」
それで鞘無しなのか……抜身のままとか危なすぎる。
だいたい、天之尾羽張が簡単に持ち出されるところを見ると、高天ヶ原の宝物庫の警備とか穴だらけだし、そりゃあ分身の八咫鏡が水葉に持ち出されるわけだわ。
アルショックに警備を頼んだ方が良いんじゃね?
まぁとりあえず、天照様がヤレと言うんだから、やってみるか!
僕は天之尾羽張を正眼に構え――――――
「えっと、天之尾羽張に神氣を載せれば良いんですね?」
「集中せよ!! 神氣は神氣でも龍の神氣じゃ。剣技はともかく猛々しさなら、剣神建御雷にも負けはせぬじゃろ!!」
いわれた通りに、剣の先まで氣を集中していく――――――
すると、光の粒子が剣全体を包み込んでいき、輝きがどんどん増していく。
「おおっ!」
「自分の氣に驚いて居る場合か!? 氣が全開に溜まったと感じたら、天之尾羽張振り抜いてみよ!」
僕はすぐにセイ達に念話を送ると、香住と小鳥遊先輩が退避行動に出た。
その間も、天若日子さんが鵺に向けて神器を放ち、二人の退避を援護していたので、香住達は無事に退避することが出来た――――――が、鵺は再生の度に強化されていて、もう天羽々矢が貫通するまでには至っていなかった。
これだけ強化された鵺を、果たして――――――天之尾羽張で仕留められるのか?
僕は正眼の構えから剣を持ち上げていき上段に構え直すと――――――
「日出国の――――――神生みの剣!!」
叫びながら天之尾羽張を一気に振り抜いた!!
その刹那!! 辺りは昼間の様に……いや、昼間よりも明るくなり。目をまともに開けて居られぬ程の眩い光が放たれたのだ。
光の粒子を載せた衝撃波が鵺に向かっていく――――――
鵺は危険を察知し、回避行動に移ろうとするが、天若日子さんの放った天羽々矢の傷が癒え切っていない為、退避できずに光の奔流に飲み込まれた。
「見事じ……んん!?」
「ヤバッ、天照様。光の衝撃波が止まりませんが!?」
「おおおおお、瀬戸内海を突き抜けるぞ!!」
「突き抜けるぞって、射線上にある街はどうするんですか!?」
僕らが慌てふためいて居ると――――――
「神器で放った技は、神器で打ち消せばいい! 布都御霊剣よ!! その力を示せ!!」
いつの間にか建御雷様が光の衝撃波の先に居り、布都御霊剣を抜き放って構えていたのだ。
「さすが建御雷じゃ! 同じ神剣同士の打ち合いなら、剣神である御主の方に分がある」
「参る!! 魔を祓う雷鳴の剣!!」
雷を載せた衝撃波が、僕の放った龍神氣の衝撃波とぶつかり合う。
「天照様。まさか突き抜けないですよね?」
「ふむ。建御雷は剣神じゃぞ。我武者羅に振り抜くだけでなく、威力の調整もお手の物じゃ」
どうせ僕は我武者羅に振り抜きましたよ。侍でも剣士でも無いのに、そんな微調整は出来ません!
やがて天照様の言う通り、衝撃波が突き抜けることは無く、丁度いい塩梅で相殺されたのだ。
さすが剣神、格が違うわ。
どうにか人間の町へ、被害が出る事も無く終わりそうなので本当に良かった。
まぁ3重の雷撃で停電になってそうだけど、強化された鵺を野放しにして置くよりは、何倍もましだろう。
満月の月明かりの下で、その場の全員が安堵の表情を浮かべる。
が――――――
その表情も長くは続かなかった。
なぜなら――――――鵺がまたもや再生を始めたからだ。
「冗談でしょ!?」
「何度も再生強化したせいで硬くなり、完全には消滅させられなかったのか!?」
「でも見て! 身体の急激な変化に耐えられず、鵺の身体が腐ってるわ!」
地面に伏せていた香住とセイと小鳥遊先輩が、LEDライトの灯かりを当てた鵺を見て、それぞれ声をあげる。
「こうなったら再生限界で、再生できなく成るまでやるしかないね」
「うむ。こっちの氣が尽きるか、鵺の再生限界が来るか、勝負よのぅ」
全員が武器を構えて鵺に対峙するのだが――――――
鵺は、ぎゃああっ!! とカラスの威嚇鳴きの様な声をあげると、いきなり空に飛び上がったのだ。
その鵺を逃がさんとばかりに、天若日子さんの天羽々矢が飛んできて、鵺を射抜こうとするのだが――――――
余りの硬さに、矢で小さい傷をつけた程度で、刺さるまでに至らなかったのだ。
神器の矢ですらその程度しか傷つかないとか、鵺が強化されて過ぎてて硬すぎる!
そんな鵺は、僕らを前に転進すると、空高く舞い上がり逃げるように飛び去って行った。
「あの野郎! どこ行った!?」
「赤蔵ヶ池かな?」
「それなら南東の筈でしょ? ポン吉くんがそう言ってたし。だいたい鵺が飛び去ったのは北東よ」
「北東……O阪方面? まさか!? O阪の向こう側、K都の二条城!?」
「おいおい、京のド真ん中じゃねーか!! あんな化け物が行けば被害甚大だぞ!!」
セイの言う通りだ。
度重なる再生と強化で身体が悪魔のように身体が変化した鵺は、普通の人間が見ただけで気絶しそうだわ。
その前に何とかしないと――――――
「嵐を呼べば、目撃者はだいぶ減ると思いますが、ゼロという訳には……」
今回は西園寺さんが居ない為、情報操作が出来ないので、見つかれば即ネットに書き込まれ大騒ぎだ。
「なら空中戦しか無いんじゃないのか?」
「それも無理でしょ。龍が空を飛べると言っても、風に乗って飛ぶような感じだし。強化した時に生えた翼で空を飛ぶ、鵺には追い付かないと思うよ」
淤加美様なら風を操って、追い風で結構な速度が出せそうだけど、空中戦はどうだか分からない。
「じゃあどうするんだよ千尋」
「先回りするのさ、龍脈移動でね。場所は――――――H庫県、淡路島!」
淡路島で待ち受けて、飛んでくる鵺を撃ち落とす。
夜の海上なら、陸上で戦うより遥かに安全だ。
最悪水も海水が沢山あるしね。闇水を使うには、一度真水に変換しなきゃだけど……
「えっと、天照様に御願があるんですが」
「なんじゃ? 妾に鵺を倒せと言うのは無理じゃぞ。今の妾は、10分の1しか力が出せぬ故な」
「いえいえ、せっかく天之尾羽張を御借りしたのです。僕が何とかしてみますよ。ただ……天之尾羽張の中に入って力を貸していただけないでしょうか?」
「それは構わんが、あれだけ硬くなって居ると、妾が天之尾羽張に入った処で、鵺を消滅させるには至らぬかもしれぬぞ」
「大丈夫です。秘策がありますから」
「秘策じゃと? どんな秘策じゃ?」
「それは淡路島へ行ってからのお楽しみです。早く行かないと鵺が通り過ぎてしまうかも知れませんしね」
通り抜けられてしまうと、大都市が続くので、鵺を倒すのが余計に難しくなる。
僕は淡路島への龍脈を開けると――――――
「皆行くわよ!」
「おおよ!」
「今度こそケリをつけるわ」
なぜか行くのが当たり前のように、声をあげる香住達。
「ちょっと待て! みんなも行くの?」
「なによ千尋。ここまできて待機なんて言わないよね」
「千尋ちゃん、あきらめなさい。やられっ放しで終わるほど、私は人間出来て無いのよ」
「嬢ちゃんたちの言う通り、ここまで来たら一蓮托生だぞ」
淵名の龍神さんは、普段からあまり喋らないけど、表情は一緒に行くと顔に出て居た。
巳緒に限っては、自分たちオロチを退治した、須佐之男様の姉である天照様が居る時は、本当に喋らなくなるが、行きたくない時は意思表示をするので、それが無いと言う事は一緒に行くと言う事だと解釈している。
僕は大きくため息を吐くと――――――
「言い争いをしていて、鵺を逃がしたら目も当てられないし。そうと決まれば、龍脈へ入った入った」
僕が、全部を言い終わる前に、みんな龍脈へ飛び込んでいくので、肩を窄めてから後を追うように龍脈へ入った。
龍脈から出ると、淡路島西部の海岸に出たのだが――――――
龍眼を暗視望遠モードにすると、西の海上から空を飛んで来る鵺の姿を発見した。
「良かった。まだ淡路島の上を通り越してない」
「千尋、飛行機も今なら飛んでないみたいだぞ」
「チャンスだね! では、天照様お願いします」
「うむ。天之尾羽張に入れば良いのじゃな」
そう言って、天照様が天之尾羽張の中に入った途端、いきなり刀身から光が放たれる。
僕が神氣を通すのに数分は掛かっていたのに、天照様が入ったら、いきなり全開モードか! すげえ。
「でもこれでは、先ほどの二の舞いよね? どうするの千尋ちゃん」
「天照様は太陽の神様です。つまり太陽そのモノ。だからこそ昼間にしか撃てない術を、夜に撃てるのです」
僕はペットボトルの蓋を開けると、闇淤加美神の闇水を生み出し、天之尾羽張に纏わせる。
「うおおお。千尋、御主何を!?」
「神器は闇でも融かせませんから、神器の中に居て頂ければ大丈夫です」
「そうでは無いわ!! 急に暗くなって見えなくなったぞ!!」
「すみません。少しだけ我慢してください。今から闇揺炎をぶちかましますから」
「なんじゃその……しゃどんなんちゃらと言うのは!?」
「天照様、闇揺炎ですよ。何でも融かす闇を混ぜた揺炎ですので、硬い防御も貫通します。太陽の出て居る昼間にしか使えなかったのですが、天照様が太陽神で助かりました」
防御貫通の火氣ダメージという、硬い敵には最高の術なのだが
如何せん、弱点が夜には使えないと言うネックな部分があり。今まで夜の戦闘ばかりで使えずに居たのだ。
今回は天照様が居るので、試したくなったのだ。
しかも相手は海の上を飛んでいて、街に被害が出ないし。絶好の闇揺炎日和である。
『千尋、お前後で怒られるぞ。だいたい闇揺炎日和ってなんだよ』
『それは置いといて、セイも一緒に謝ってくれるよね。一蓮托生だし』
『お前な……』
突然来たセイとの念話を切ると、射程に入った鵺を見据える。
いくら硬くても防御無視なら効くはずだ!
僕は闇を絡めた天之尾羽張を上段に構えると鵺との正確な間合いを測るのだった。