6-16 再生限界
僕らの目の前で、完全な灰から再生をしていく鵺に驚愕していると、天若日子さんから念話がきて――――――
『千尋殿! 鵺に狙撃しますので、お気を付けを!』
念話が切れると同時に、一本の光の筋が流れ星のように降り注いだ。
もちろん再生中だった鵺は、神器の矢を避けることができず。光の矢がモロに直撃し、鵺はその身体を貫かれた。
鵺を貫通し風穴あけた天羽々矢は、地面に突き刺さる――――――
刹那、目をくらます閃光を発しながら爆風が吹き荒れ、穴の空いて脆くなって居る鵺を四散させたのだ。
さすが神器とは言え、威力があり過ぎだ!!
吹き荒れる爆風に狸達が転がって飛んで行く中、僕は風の抵抗を減らす様に背を屈め、さらに身体が飛ばぬよう尻尾と両足との3点で支える。
どうにかその場に堪えると、射抜かれた地点に目をやった。
クレーターの様に抉られた地面の真ん中に、天羽々矢が突き刺さており、少しずつ薄くなって消えていった。
おそらく天若日子さんの矢筒に戻ったのだろう。
さて肝心の鵺の方だが――――――
「セイ。もしかして、今ので終わった?」
「さぁてな……平家物語という人間の書いた書物でも、鵺は矢で墜としたと記されて居るしな。書物に準えるならば、矢が鵺の弱点なんだろ」
雷雲に乗って移動すると言うし、属性は雷……つまりは木氣だろから、金氣が相剋になり、金属が弱点になるので、矢や刀に弱いのは確かだ。
だが――――――
そんな楽観的な考えも、すぐに間違えだったと知ることになる。
四散した鵺が、また一ヶ所に集まり始めたのだ。
「おい千尋。なんだ、あの再生力は!? あそこまでバラバラになって、生き返ったヤツなど知らんぞ」
「だから生きて無いんだってば! 死んでもいないけど……」
断面を見る限りでは、血液どころか骨すら見当たらないのだ。
すなわち身体の中が空洞だと言う事……その状態で、どうやって動いてるんだよ。
「何よアレ、反則じゃないのよ!」
「レンチンが効かないなんて、お弁当の容器みたいなヤツね」
いつの間にか、僕の隣に来ていた小鳥遊先輩と香住が、鵺の再生を見ながらそう吐きだす。
「香住……お弁当の容器って……」
「だってそうでしょ。電子レンジにお弁当突っ込んでも、オカズや御飯は温まるけど、容器自体は熱を発せないもの……たま~に持てない程熱い時あるけど、それはオカズの熱が伝わっただけだし」
香住の言いたい事は分かる。けど容器って……もう少し他に言い方があるだろうに……まぁ目の前の鵺は、小鳥遊先輩の火災旋風でもダメだった訳だし。それを鑑みれば、お弁当の容器より凶悪だぞ。
鵺が再生している間は動けないので、とりあえず負傷した狸達を洞窟へ避難させると、鵺の再生が終わる前に洞窟へ逃げ切る事に成功した。
洞窟の入り口は狭くなっているし、中にまでは入って来れないだろう。
外からは、大きさ的に洞窟へ入れない鵺の腹いせか、不気味なヒョーヒョーという鳴き声を挙げて、狸達に恐怖を植え付けていた。
その鵺の鳴き声を聞いて、天照様が――――――
「あの呪いの声はマズイのぅ。この鵺の声を聞いて、天皇が悪夢を見るようになり、衰弱させられたという記述があるくらいじゃ。あまり長く聞いて居ると、耐性のない人間や狸は衰弱させられるぞ」
天照様の言う通りなら、神々以外の全員が倒れてしまう事になる。
「あの鳴き声……なんだか聞いててイライラしてくるわ」
「待て待て香住。対策なしで出て行っても、同じことの繰り返しで、体力が消耗するのはこっちだよ」
「そうね、千尋ちゃんの言う通り、高月さんは少しは落ち着きなさい」
「だってぇ……先輩は悔しく無いんですか?」
「全然。悔しさより戦慄したわ。火災旋風は私の全力の技だったのよ、それで倒せないんだもの、正直お手上げね」
「祓い屋の嬢ちゃんの技で、あそこまでやって再生すると言う事は、普通の鵺では無いと思った方が良いな」
セイの言う通り。鵺の背後に、あの沼田教授の顔がチラついて仕方がない。
おそらく、鵺の身体に細工してあるのだろう。
僕らの話を黙って聞いていた、天照様が――――――
「そこの人間のお嬢さんの火柱と、天羽々矢の2回攻撃が当たった訳じゃが……両方とも灰や残骸を残してしまって居る」
「つまり灰をも残さず消し去れば良いと?」
「うむ。それに打って付けの術を、千尋は持って居るではないか」
「闇淤加美神の闇水の術!?」
「そうじゃ。何でも融かして闇に同化させてしまう術。本来なら水が生れ出る、生命の根源を逆に辿って居るのじゃから、無に戻しておると言っても過言ではない」
「えっ!? そんな危ない術だったのアレ!?」
「千尋、お前……知らずに使ってたのか?」
通りで、淤加美様も再現できないと言う訳だ。下手をすれば術者自身が無に帰してしまうのだから……今更ながら、おっかねぇ術だわ。
引き攣った僕の顔を見て、全員が溜息をつく。
「皆、そんなに残念そうな顔しないでよ。術反射が無ければ、こんな危ない術使わないよ」
術反射が常時発動状態なので、闇を纏っても身体が融けずに居るだけなのだ。それが無ければ僕だって、こんな術怖くて使えたモノじゃない。
常に闇を反射と引き戻しを繰り返しているのが、僕の使う闇術の纏いなのだ。引き戻しを上手くしないと闇が霧散してしまうので、上手く留めて置くのが難しいんだよね。
「でも、この闇の術を使うには2つほど問題があります。1つは僕が自分で水を生成出来ないと言う事です。水が無ければ闇が創れませんから」
「千尋、アンタ水を持って来てるでしょ? それもペットボトルに5本もね」
「あのねぇ香住。5本程度の水量で、あの大きな鵺をすっぽり覆うほどの闇は、さすがに創れないってば。川の水量も乾期に近くなって減ってるから、大量の水を集めるのに時間が掛かるし」
「じゃあ大量の水がある、ダムの様な水源が必要ね。後の1つは?」
「もう一つは、鵺を融かす速度です。あの再生力を上回る事が出来なければ、融かし切るよりも早く回復され、僕の唯一苦手な物理攻撃で、簡単にやられてしまう」
「良いわ、打たれ強くなれば良いって事よね」
「待て待て待て待て、緋緋色金で出来たナックルを出して何をする気だよ! だいたい、今からド突き回されても、一朝一夕に打たれ強さなんて上がらないよ! そもそも、打たれ強いだけじゃ鵺は倒せないでしょ。香住は根本的に間違ってる!」
僕の指摘に、むーっと頬を膨らませてナックルをしまう香住。
そう言うのは鵺に使ってください。
僕らがどうしたものかと話し合っていると、ポン吉君が――――――
「水源なら東に面可ダムがあって、南東の方角に赤蔵ヶ池があります。どちらも似たような距離ですが、ダムには近くにキャンプ場があって、この時期だと人が居ると思いますよ」
「人間が巻き込まれるのはマズイ、赤蔵ヶ池に決定じゃな」
「移動に使うなら、近くに赤蔵神社があります」
「いや、この時間なら人も居ないだろうし、直接池のほとりに出ちゃいますよ」
ポン吉君のお陰で水源は何とかなりそうだ。
残りの問題である、融かす速度の方は、実際にやってみないと分からない。
あとは赤蔵ヶ池まで、どうやって鵺を連れて行くか……
そんな時、外で鵺を見張っている天若日子さんから念話が入った。
『千尋殿、鵺の様子がおかしいのです。外までご足労願えますか?』
『おかしい? どんな風にです?』
『それが……なんと表現したら良いか……今さっき蛇の尻尾まで完全に再生が終わったのですが、最初に現れた時とだいぶ姿が……その、禍々しすぎて……申し訳ありませんが、直接確認してくだされ』
何とも歯切れの悪い言い方だった。
僕らは狸達に、絶対外に出ないように言い含めると、天若日子さんの言った鵺を見る為に外へ出たのだ。
満月の光に照らされた、その姿は――――――
西洋の魔獣を彷彿させる、禍々しい姿に変わって居り。
猿の頭は角が生え、身体の表面は狸の毛並みだったはずが、固い甲羅の様に変わっていて、最初に現れた時より2廻りは大きくなっていた。
そんな鵺を見てセイが――――――
「本当に何なんだあの化け物は? 黄泉がえりをする度に、強化する妖なんて聞いた事ねーぞ!」
僕だってそうさ、でもアレが改造された妖なら話は別だ。
身体を弄られた時点で、すでにこの世の理から外れている。
「僕に言えることは、時間をかければかける程、鵺が強化されて行き、此方が不利になるって事」
「千尋ちゃん。もう赤蔵ヶ池まで引っ張ってく余裕は無いわね」
「そうですね。狸さん達には悪いけど、ここで決着をつけましょう」
「でも水はどうするの?」
「神器の玉で水を引っ張って来ます。多少時間が掛かるので、鵺の足止めをお願いしますね。あと、香住にはセイと巳緒……それから麒麟の角を預かってもらいたいんだ。僕が闇に包まれると融けてしまうから」
「分かったわ」
頭の上のセイと、チョーカーに化けている巳緒、それから麒麟の角を香住に渡すと、僕は水を手繰り寄せるのに集中する。
鵺は、何かをしようとしいている僕に危険を感じたらしく。襲い掛かろうと駆け寄って来るのを、天羽々矢が貫いて、足止めをしてくれた。
さすが言わずとも意を汲んで足止めをしてくれる天若日子さんだ。頼りになるわ。
すると、身体の硬さが増しているのか? それとも再生速度が上がっているのか? 将又その両方か分からないけど、前回の天羽々矢で与えたダメージより傷が浅い。
矢が貫通して、威力余って炸裂もしなかったぐらいだ、相当硬いに違いない。
マズイな……再生も格段に早くなっている!
もう一矢飛んで来るかと思いきや、建御雷様が――――――
「儂も今回は何もして居らぬ故、助太刀いたす!!」
そう言って腰に付けた布都御霊の剣を引き抜くと、天に向かって高らかに掲げた。
すると、今まで良く晴れた満月の夜空が黒い雲に覆われ始めたのだ。
「雷を呼ぶ気だわ! みんな伏せて」
小鳥遊先輩の言葉に、その場の全員が耳を塞いで地面に屈む。
「参る!! 招雷撃!!」
建御雷様の叫び声と共に、黒い雲の中から雷の柱が落ちて来た。
眩い光と共に、轟音が地を揺るがす。
だが――――――
雷の中で焦げると同時に再生も進行しており、たいしたダメージには成っていない様だ。
そんな轟音の中で、かすかに聞こえてくる呪文がある。
「……因陀羅耶 莎訶……帝釈天の雷撃を受けてみよっ!!」
小鳥遊先輩がいつの間にか帝釈天の真言を唱え、建御雷様が呼んだ黒雲から雷を落とす。
神仏混合の2重雷撃!!
その光は目を開けて居られぬ程であったが――――――
「香住嬢ちゃん! 今だ!!」
「我々が補助しておく、思いっきりいけ」
セイと淵名の龍神さん、2龍の言葉を受けた香住が、先ほど渡した麒麟の角を使って、雷撃を放った。
雷の3重撃!!
天と地の両方から雷が鵺を焼く!!
これは鹿島神宮の地下で、小鳥遊先輩が大鯰へ放った2重雷撃の、約2.56倍に成るだろう。相乗効果も含めてね。
雷は、もはや昼間より明るい光を放ち、まるで巨大な爆撃でもあったかの様な轟音と共に、暴力的な爆風を撒き散らした。
こんな状態で水など呼べるはずもなく、爆風に巻き込まれて吹き飛ばされる僕。
何かが飛んで来ると思いきや、折れた大木だったりして、爆風で吹っ飛んでる最中でも気が抜けない。
やがて、爆風は収まって行き、雷光も消えて静寂が戻った。
やり過ぎだコンニャロ!
これは足止めじゃねーし!
他のメンバーは無事かと見回すと、全員が術を撃った噴き戻しの様なモノで無傷で立っていたのだ。
「結局、飛ばされたのは僕だけかい!!」
「妾も居るぞ……けほっ! けほっ!」
天照様が、僕の隣に山となった土の中から這い上がって来ると、パンパンと服を叩いて汚れを落としている。
「お互い酷い目に遭いましたね」
「全くじゃ!」
僕は子供の様に頬を膨らませる、愛嬌いっぱいの日本最高神に苦笑しつつ。
「この雷撃は今まで使ったどんな術より、威力はありそうですが……天照様はどう思われます?」
「そりゃあ威力だけはあるよのぅ、ただ……灰や塵すら残さずに消せたかは、何とも言えぬ」
結局闇で融かすしかない訳か……とほほ
あれ巫女装束も融けて無くなって、全裸になるんだよなぁ。
むぅ、着替えを持って来るんだった。
まぁ狸達を助ける為には、全裸程度で嘆いてもいられないか……龍眼で暗視望遠モードで大きく抉れた爆心地を見ると、やはり鵺の再生が始まって居た。
「にゃろ~」
「ほれ千尋。早く水を呼ばぬか! 鵺の再生が終わってしまうぞ!」
「了解です」
さすが天照様。日本の太陽神だけあって、暗闇も見通しているんだね。
僕はもう一度水を呼び寄せるべく、意識を集中し始めると――――――
何と、鵺の再生が終わろうとして居るのが目に入ったのだ。
早すぎる!!
黄泉がえりの度に、どんどんレベルアップしている様だが、僕はある事に気が付いた――――――
鵺の身体が部分的に腐って居るのだ。
「もしかして、細胞の再生限界!?」
「何じゃそれは?」
「実は細胞の再生には、ある回数の再生を繰り返すと再生できなく成るらしいんです。ヘイフリック限界って言うんですがね」
「ほう、そんなモノがあるのか……」
「あるのかって……人間は天照様達、古神様が創ったんじゃないんですか?」
「いや、いつの間にか地上に居ったぞ。父である伊邪那岐命の時代では、どうだったか知らぬがな。妾が生れ出でた時には、すでに湧いて居った」
そんな湧くって……
「まぁ、鵺のあの部分的に腐ったようになっているのは、再生限界に達しているんではないでしょうか? 断言はできませんが……」
普通なら再生限界が来るには早すぎるのだが、度重なる超再生や強化の反動が、細胞に負荷をかけているのかも知れない。
「千尋の言う、へいふ……なんちゃら限界って言うのであれば、もう何度か再生させれば、倒せることになるのじゃな?」
「ええ。と言っても、まだ予想の域を出て居ませんがね」
再生限界と決めつけるには、データが少なすぎる。
これで再生限界が来なかったら、相手を強化させるだけで終わってしまうのだ。
どうする……伸るか反るか。
「千尋よ迷って居るのか?」
難しい顔をして居る処を察した天照様が声を掛けてくれる。
「分かっちゃいます? すでに鵺は、かなり強化されているので、これ以上強化されたら……手の打ちようが無いんですよ」
「ならば千尋、妾の誘いに乗って見ぬか?」
「誘い……ですか? 良い策があるなら喜んで。それで、何をするんです?」
「それは今から説明してやろう。神器、天之尾羽張剣の使い方を」