6-14 山口霊神社(やまぐちれいじんじゃ)
瑞樹千尋達が、神社で装備を整えている間
四国、E媛県にある道後温泉にて
その温泉施設の一室に宿をとる、白衣姿の二人が、部屋で器材を弄っていた。
沼田教授と助手の八月一日君が泊まる、ここ道後温泉は。神話として日本書紀にも描かれている温泉であり。その歴史は古く、発掘された土器などから縄文中期より続いているとされ、3000年もの歴史を持つ日本最古の温泉として有名である。
そんな歴史ある温泉宿の一室で――――――
「沼田教授、機材のセットは終わりました。折角の温泉だし、お風呂に入ってきて良いですか?」
「八月一日君。ドローンの試運転はしてみたのかね?」
「ま、まだです……」
「ならば風呂は、試運転が終わってからだ。そう残念な顔をするな。晴明様から妖が借りれなかったから仕方あるまい」
結局偵察用の妖が借りられず、代わりにドローンを飛ばす事に成ったのだ。
借りられなかった、というのは言い過ぎかな?
小物の妖なら貸して貰えるとの事だったが、データを持ち帰ってもらう為には、妖の身体にカメラを着けたりせねばならぬ為。小さ過ぎても困りモノなのである。
結局、データ収集用の撮影ドローンを飛ばす事に成ったのだが――――――
ドローンを一晩中飛ばす為には、今度は電池を頻繁に変えねばならぬ為。わざわざ現地へ赴いたのだ。
「しかし教授、検体Nが四国に出るって言いますが、四国って4県もあるんですよ。それなのにE媛県に的を絞ったのは訳があるんですか?」
器材を弄りながら、そう尋ねてくる助手の八月一日君。
「八月一日君は、平家物語を知らないのかね?」
「平家物語ですか? すみません教授。詳しい内容までは……」
「そうか、ここE媛県にある赤蔵ヶ池は鵺が棲んでいると言われる池でな。そこから京の都へ飛んで行っては、当時の天皇に夜な夜な鳴き声を聞かせて嫌がらせをしていたと言う伝承があるのだよ。結局キレた天皇の命令で、源頼政とその部下によって弓矢で撃ち倒されてしまうがな」
「なるほど、それで赤蔵ヶ池を見張ろうとE媛県なんですね。でも教授、夜な夜な飛んで行って悪さをするなら、京で待ち受けた方が良いのではないでしょうか?」
「そこなんだが……検体Nは鵺をベースにしているとはいえ、いろいろ遺伝子を混ぜすぎて居るからな、伝承の鵺と同じ動きをするとは限らんのだよ。人魚の遺伝子を組み込んだら、凶暴化して言う事も聞かなくなり、ラボを抜け出す羽目になったしな」
「それで京ではなく、目撃証言のある四国方面って言う情報を元に、確実性が高い赤蔵ヶ池ですか? よっと、沼田教授、ドローンの試運転してみましたが、リンクもばっちりです」
「うむ。では温泉に入ってきたまえ。風呂から上がったら赤蔵ヶ池へドローンを飛ばすぞ」
「教授は入られないのですか?」
「時間があったら入る。どうせ2泊3日で部屋をとっているのだし、別に今日でなくても良いだろう。どうしても駄目なら、シャワーで済ませるから別によい」
折角の温泉なのに勿体無いなぁ、と言いながら風呂へ向かう八月一日君。
そう言えば、八月一日君って男性か? 女性か?
中性的な顔立ちだし、どっちとも取れるが……う~む。
八月一日君の性別に少しだけ興味が湧いたが、今はそれ以上に、検体Nの方が気になって仕方がないので、それはまた今度だな。
でもそうか……八月一日君とは、仕事の上で付き合いが長いけど、今まで有能な助手であれば、性別などさして問題ないと、考えた事も無かった……が……同室でよかったのだろうか?
まあ良い。どうせ寝ずにデータ収集だし、今夜はゆっくりしている暇も無いだろう。
検体Nである鵺は今、狸たちと交戦中と聞いたが、色々掛け合わせた遺伝子が強すぎて、本気のデータが集まらずにいる。
どこかに、鵺を本気にさせる良き相手がいればな……
誰も居ない部屋でそう呟くと、再度バッテリー残量のチェックとか、替えのバッテリーなど器材の確認して回るのだった。
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一方
北関東の瑞樹神社境内
雅楽堂から戻ると、子狐ちゃんズのコン太とコン平に、手痛い洗礼を受ける狸君。
「コイツ! 外来種だ!!」
「外来種め~」
「ち、違うよ! オイラは日本の狸だよ。尻尾の縞々は、寝て居る時に気が抜けて、変身が解けてしまった時用に描いたんだよ」
その証拠に――――――と、セイの水かけで滲んでいた縞々尻尾を、手水舎から溢れこぼれて居る水で洗い、綺麗に縞々を消して見せた。
その様子を見て僕は――――――
「どうしてアライグマの縞々なんて描いたの? 今は外来種のアライグマより、狸の方が捕まらないでしょ?」
「そうなの!? オイラが老狸の爺さんに聞いた話だと、人間に捕まるとカチカチ山の狸の様にされるからって……あと、オイラの事はポン吉って呼んでください」
それで見つかっても行政に処分されぬ様、アライグマの尻尾に描いたのか
今はアライグマの方が畑を荒らすって、ヤバいのにね。
というか、カチカチ山って……狸の爺さんの話は、古い話だなオイ。
「とりあえず僕らは用意済ませてくるから、狐も狸も同じイヌ科なんだし喧嘩しないようにね」
3匹にそう言いくるめて玄関を開けると、そこには――――――
足拭きマットの様に廊下にうつ伏せで寝そべる、有村君と犬神君の姿があった。
「ちょっと、大丈夫!?」
「み、瑞樹君……もう……動けない」
「わお~ん……」
主人の有村君に同意とばかり、隣で力なく鳴く犬神君。
そこへ淤加美様が飛んできて――――――
「なっさけないのぅ。あれしきの修業で音を上げるとは……千尋なら3倍はこなすぞ」
「いやいやいやいや、人間と龍では持っているステータス値が違いますから。だいたいどんな修業をしたらこうなるんですか!?」
「山奥へ行って、熊に追わせてみたんじゃ」
「死ぬわ!! 食われたらどうするんですか!!」
「そこは大丈夫じゃ、食われる寸前で助けてやろうとして居ったしな……建なんぞ雷を避けさせていたぞ」
建御雷様まで……
「偶然なら兎も角、狙って雷を避けられたら人間じゃありませんよ!」
良く生きて帰って来たと、吃驚するぐらいだ。
とりあえず有村君が動けなそうなので、空いている部屋に布団を敷いて寝かせてやる。
結局、古い神様達は居間でゲームか御酒呑んでるかで、ちーっとも寝ないから、部屋が余りまくっているのだ。
とりあえず有村君の事は、神使の桔梗さんにお願いして
僕は部屋に戻ると、チャージの終わった麒麟の角を持ち、空のペットボトルに水を汲む為、外へ出る――――――
「……お地蔵様が3体?」
境内の真ん中に、石で出来たお地蔵様が3体ならんでいたのだ。
「あら? いつからお地蔵様が?」
家に帰って着替えて来た香住が、お地蔵様を見てそう言ってくる。
「さっきは無かったから、どうせポン吉、コン太、コン平の3匹でしょ」
「へぇ、それにしても、よく出来てるわね」
「そりゃあ、狐も狸も人を化かすのが生業だもの」
僕は地蔵を他所に、手水舎で水を汲む。
裏の瀧で水を組んでも手水舎で水を汲んでも、結局は同じ水源だからね。
殻のペットボトルを全部満タンにし終わると、セイが水筒を持ってやって来る。
「セイも水を汲むの?」
「ふっふっふ。これはな、オレンジジュースを入れようと思って持って来たんだ」
「はぁ? なぜにオレンジ? いやまぁ、E媛県の蜜柑は、W歌山県の次に生産量が多い、全国2位の生産量だけどさ。(温州みかんは1位かな?) それとオレンジジュースとどういう関係が?」
「実はな、E媛県では蛇口からオレンジジュースが出るんだそうだ」
「あ~またガセネタに引っ掛かってるな……それは、お祭りとかイベント用に貸し出してる、オレンジジュース専用の蛇口で、一般家庭の蛇口からはオレンジは出ないんだよ」
「なんだと!?」
「だって一般の蛇口から、オレンジが出たら困るだろ。洗濯物はオレンジになるし、お米もオレンジで炊くんだぞ」
「知らなかった、そんなの……」
アホな奴め。
準備が整うと、丁度小鳥遊先輩が現れて――――――
「明るい満月とはいえ、一応ライトも持って来たわ」
さすが祓い屋、用意周到だ。
そんな小鳥遊先輩に香住が――――――
「私のヘッドライトの方が明るいわよ。手で持たなくて良いから両手も空くし」
また喧嘩を吹っ掛ける。どうして、どーでも良い事で張り合うかな。
「あら高月さん。何時ぞやの廃鉱探索で使ったやつでしょ? 電池ないんじゃない?」
「残念でした。ちゃんと充電池のエモループを充電して来ましたから」
「はい二人ともストーップ。用意が済んだのなら、そろそろ行きますけど?」
二人の間に割って喧嘩を止めると、龍脈を開こうとするが――――――
「千尋ちゃん。案内役のポン吉君を連れて行かないの?」
「そうでした。ほら、ポン吉君。おいでってば」
「……戻る気なさそうよ」
仕方ないな……ハッタリをかますか
「お地蔵さんを、匂いの強いボディソープで洗いますよ」
僕が3匹に聞こえるように声を掛けると――――――
「わーそれだけはヤメテ!!」
「鼻が利かなくなるぅ~」
そう言って、2匹の子狐が姿を現す。
これで、ボディソープの匂いなど知らない、ポン吉君だけが残るっと……
残ったお地蔵さんを、持ち上げて抱えると、龍脈を開くはずが、また邪魔が入る――――――
「千尋よ。妾と、建御雷も連れて行け。あと御主が命を助けた、天若日子もじゃ」
「天照様も一緒に行くんですか?」
「うむ。今回は、どうも嫌な予感がして、仕方がないのじゃ」
伊邪那岐様が引退して以来、現在日本の最高神である天照様にそう言われると、滅茶苦茶不安なんですけど……
「千尋殿、心配せずとも天照様は、この建御雷が責任を持って護って見せる」
建御雷様……口の端にカレーが付いてますよ。本当に大丈夫なのかな?
不安な気持ちもあるけれど、これだけ人数が居れば、鵺なんかどうにかなるでしょう。
僕は最後に、みんな忘れ物は無いかと確認してから
「それではポン吉君。妹が居ると言っていたけど、連れて行く?」
僕がお地蔵さまに問いかけると、やっと狸の姿に戻り――――――
「いや、オイラの妹の花子は、天皇様に鵺の退治をお願いする為、京の都へ行っているんです。つまりはオイラが武器探し、花子が天皇様に御願へと、二手に分かれた次第で……」
「天皇様? 今は京に居ないけど……」
ひょっとして、鬼ごっこの時に、トラックから助けた狸がそうだったり?
もしそうなら世間は狭いなぁ。
「え!? 天皇様が京に居られない!? 老狸の爺様から聞いた話と違うけど……でも、それならそれで、花子は京に居た方が、戦禍に巻き込まれずに済むから、そのままにして置いてください」
そう言ってポン吉の指示した座標は、四国の道後温泉から南に行った場所にある。山口霊神社であった。
僕は龍脈を開き、山口霊神社へ抜けると、いきなり竹槍で武装した数匹の狸に囲まれたのだ。
「なにヤツ!? ここは狸の総帥、犬神刑部ゆかりの地と知っての討ち入りか!?」
「こいつらの頭の角!? もしや鬼か!?」
鬼じゃ無いのに……
僕は手を挙げて、大人しくしていると、背後からポン吉が飛び出して――――――
「みんな待って! この方々は、北関東から来ていただいた龍神様なんだよ」
「なっ!? 龍神様だと!? ポン吉よ誠か?」
「はい。なので急いで長老へお目通りを……」
「それが……我々の様に、足手まといに成る若狸以外は、全員出払っていて……長老も現地で指揮をとって居られる」
「まさか鵺が!?」
「いや、今回はヤマミサキだ。何かに追われる様に、山から大量に出てな。そのヤマミサキの退治に行っている」
ヤマミサキか……確か、カワミサキが陸に上がると、ヤマミサキに成ると言われていたな。
要するに、朝方来た時に戦ったカワミサキと、内容は一緒だと言う事に成る。
川か山かの違いだけだ。
「つまりは、そのヤマミサキを片付けないと、長老さんに逢えないって事よね」
「陸の上に出るってだけで、朝のと同じでしょ? ならば簡単じゃない。今回は手を出さないでね千尋」
小鳥遊先輩も香住も、ヤル気満々だし
「手を出すなって言われても、あのドレインタッチは触れただけで体力を削られるから、見てるだけって訳にもいかないよ」
倒れられても困るしね。
とりあえず、若い狸にヤマミサキが大量発生している場所へ、案内してもらうと――――――
南東の山の中から、どんどん湧いて出る黒い影のヤマミサキに、苦戦している狸達の姿が見て取れた。
「いるなぁ、今朝のカワミサキより多いんじゃない?」
「ならば結構! 拳が疼くわ」
「今回は川の上じゃ無いから、俱利伽羅剣で燃やしてみようかしら」
「ちょっと、小鳥遊先輩。山火事には気を付けてくださいね」
しかし二人とも純粋な人間なのに、全然怯まないな。
「じゃあ、狸達とは違う方向から攻めて、挟撃って、おーい」
「千尋は話が長いのよ! こんな奴ら、近いモノからぶん殴って!!」
一番近くのヤマミサキを、香住がオーラを纏った拳で屠る。
僕の作戦なんか聞かないし。
「高月さんに負けてられないわね。私も俱利伽羅剣で――――――」
小鳥遊先輩の持つ俱利伽羅剣から、炎が踊り出し、ヤマミサキを包み込むと跡形もなく消え去った。
さすが俱利伽羅剣。その炎は不動明王の聖火であり、不浄なモノを燃やし尽くす浄化の炎である。
なので、ヤマミサキには効果抜群だ。
頭の上のセイから――――――
「千尋。このまま嬢ちゃん達に、やらせておくのか?」
「ん~、横から手を出すと怒られそうだしね。危なくなったら助けるから」
二人にいつでもサポートできる位置に居ながら、御坂川から水を引き上げると、その水で水刃を創り出し、狸達の援護を放つ。
水刃を受けて霧散するヤマミサキを見て、指揮をしていた老狸が此方に視線を向けた。
あれが長老かな?
僕の隣に居るポン吉君に気が付いたのか、味方と判断した長老は、援護ありきの陣形に立て直している。
戦闘経験があるのか? それとも持って生まれた才能か? その用兵術の的確さは、さすがと言うほかは無い。
かの犬神刑部狸も、八百八匹の眷族を従えて、お家騒動に巻き込まれるまで、松山城を守り抜いたと言われているが
あの長老狸は、その末裔だろうか?
僕らは更に湧くヤマミサキを倒す為、尽力するのだった。