6-13 名刀 獅子王 黒漆太刀拵(こくしつたちこしらえ)
祓い屋御用達の店、雅楽堂の前で、香住のスマホへメールが入る。
「神木先輩からだわ……全部終わりました。ですって」
そう言って香住は、スマホの画面をこちらに向けて、メールに添付された写真を見せてきた。
スマホの画面に写し出された画像には、目を回した大ムカデの親玉の隣で、ピースサインをしている神木先輩と、腕組みをしている赤城の龍神さんが写っていた。
「ふん。赤城の奴、こだわりのあるラーメン屋のオヤジか!!」
写真を見たセイがツッコミを入れる。
というか、二人とも写ってて、誰がシャッターを切ったんだろう……セルフタイマーかな?
香住から終わったと言う写真を見せられたので、僕は念話で、矢を撃ってくれた天若日子さんにお礼を伝えると――――――
『なーに、お安い御用です。他のムカデ達も、親玉がやられた途端に逃げて行きましたから、もう大丈夫ですよ』
天若日子さんから、何とも頼もしい御言葉を頂いた。
赤城さんの所が片付いたし、これで後顧の憂いも無くなり
僕らは主犯であろう初老の男の顔を、マヤさんに確認してもらう為
マヤさん所有のお店、雅楽堂の敷地へ入る。
そんな山奥の洋風造りな店。雅楽堂のドアが小鳥遊先輩によって乱暴に開けられ――――――
「マヤ姉、お邪魔するわよ」
「なんだい、なんだい。外が騒がしいと思ったら、アンタ達かい」
雅楽堂の店主、マヤさんがカウンターのレジ脇に座り、ローブのフードを撒くってそう言うと、入って来た珍客に溜息をつく。
「なんだいって? マヤ姉、御挨拶よね。こっちはガラクタ堂を襲撃しようとしていた賊を捕まえたのに」
「ガラクタ堂って言うな!! ウチは雅楽堂だ!! 今度言ったら、旅先の土産物店で買った木刀を投げるわよ」
マヤさん、あの木刀買ったんだ……そう言えば、去年中学校の修学旅行で行った東北で、正哉が土産物店で買ってたっけか……僕は婆ちゃんに、買うなら御茶請けの菓子物にしろ! と言われてたので、何とかの月って御菓子? にしたんだよね。
あの何とかの月……甘くて美味かったなぁ。
あとで調べたら、地元にも名前は違えど、中身は似たようなの売ってたけどね。
でも正哉に限らず男子は木刀とか、不思議と好きなんだよなぁ。何でだろう……
小鳥遊先輩が、はいはい次から気を付けますよ。といい加減な返事をするので、マヤさんは深い溜息をついてから――――――
「それで? 捕まえた賊が、どこに居るって?」
「マヤ姉の目は節穴ですか? 目の前にいる……え?」
初老の男が居たはずの隣には、小鳥遊先輩そっくりの人物が立っていたのだ。
「小鳥遊先輩が……二人?」
「先輩、いつから双子に成ったんです?」
僕と香住が先輩に向かってそう言うと――――――
「わ、私に双子なんて居ないわよ! 女になる変な兄は、約1名程いるけど」
「あれは櫛名田比売の櫛のせいですから、仕方ありませんて」
一応、尊さんのフォローをして置く。
「貴女いったい誰よ!?」
「貴女こそ誰よ!?」
同じ顔が言い合いしている……まるで淤加美様の本体と分霊で、同時に喋っていた時の様だ。
でも、背後に居る僕と香住には、どちらが偽者か分かってしまった。
片方の小鳥遊先輩には、スカートの下から茶色と黒色の縞々模様がついた尻尾の先が出て居るからだ。
そんな縞々の尻尾付きの先輩を、香住がパワーボムによって担ぎ上げて床へ叩きつける。
床で唸っている偽先輩をうつ伏せに回すと、背中に乗って上半身を海老ぞりにする技、キャメルクラッチを決めた。
パアワーボムからのキャメルクラッチは流れるように決まると、偽先輩は苦しそうにうめき声をあげている。
そんな香住の隣で、尻尾のついてない小鳥遊先輩が――――――
「ちょっと、高月さん? なんか私怨入ってない?」
姿が先輩のままなので、そんな感じがするのも否めない。
「いいえ。賊を退治してるだけですよ」
にっこり微笑みながら、偽物の先輩を海老反りにして行くが、気を失われると動機が聞けなくなるので、僕は偽先輩に向かって――――――
「早くギブアップして!! ギブと言って早く!!」
「ぎ……ぎぶぅぅぅ……」
その瞬間に、マヤさんが空き缶をゴング代わりに叩く。ノリのいい人だ。
空き缶のゴングが鳴り、両手を挙げてドヤ顔の香住と
解放された自分そっくりな偽物を、青ざめた顔で見ている小鳥遊先輩。
薄暗い店内が、何ともカオス状態である。
偽先輩は、ダメージが蓄積しすぎたのか? 床に伸びながら変身が解け、姿を現した。
「……犬?」
「いやいやいや、マヤさん。これはどう見ても狸でしょう? 犬よりも尻尾が太くて縞々だし」
「レッサーパンダと言う可能性も……」
「「「「 ないない 」」」」
「人間の店主よ。まだアライグマの方が説得力あるぞ」
セイがまた混乱させるような事を言うので、僕が横から――――――
「アライグマ? 狸じゃないの?」
「尻尾が縞々なのは、アライグマだし外来種だ。だが、その床に伸びてる奴は、尻尾も偽って居るがな。今からその証拠を見せてやろう…………ここなら瑞樹の神佑地内だし、人間の建物内でも水は簡単に出せるだろう」
セイはそう言って、少量の水を空中に出すと、それを狸の尻尾にかけた。
すると、縞々模様が滲んで、取れていったのだ。
「マジか? 本当に尻尾を偽ってるし……意味が分からん」
「うむ。俺の言った通りだっただろ?」
そんな僕とセイのやり取りを聞いて、マヤさんが――――――
「そうかぁ……やっぱり狸か……」
マヤさんは、なぜか肩を落として店の奥へ入って行く。
奥でガサガサ音がしていると思ったら、銀色でノートパソコンぐらいのアタッシュケースを持って戻って来た。
そのアタッシュケースを力無くレジ脇に置くと、カチャリと音を立てて留め金を外す。
「ま、マヤ姉。そのアタッシュケースは?」
「はぁ……そこの狸が化けてた初老の男から、依頼料だって貰ったんだけど……開ける勇気が無いわ。悪いけど緑、開けてくんない?」
小鳥遊先輩に開けろと言ってくるマヤさんだが、えらく元気が無いので大丈夫か? と心配してしまう。
そんなマヤさんに向かって小鳥遊先輩は、もう何なのよ……と毒づきながら、アタッシュケースを開けると
中には、ぎっしり詰まった――――――
「……葉っぱ?」
「いやあああああ!!」
頭を抱えてカウンターの向こうに倒れる店主のマヤさん。
「ちょ!! 大丈夫ですか!?」
「駄目よおおお、大損じゃないのよ!! 札束は!? ねえ! ケースに一杯の札束は!?」
「どう見てもありませんね。葉っぱだけです」
「ふっ……タヌキの皮っていくらで売れるかしら……」
「だ、駄目ですって。いくらなんでも狸さんから、話を聞かなきゃ」
「じゃあ龍神様が、店の損害も補償してくれるのかしら?」
やべえ、目がすわってるよ。
「ちょっと待ってください。ケースにいくら入ってたんですか?」
「2千万……」
そんな大金、肩代わりできねーし。
2千万かぁ、そりゃあマヤさんも、専門じゃない呪いの解呪を受けるわな。
「と、とにかく話を聞きましょう。ね?」
マヤさんは、しばらく色々と騒いでいたが、僕らが必死に説得して。店のアイテムのいくつかに、神氣をチャージすると言う事を伝えると、どうにか留飲を下げて貰えたので。聞き取りをマヤさんに任せ、僕と香住は逃亡防止で入り口の前に立つ。
もちろん、マヤさんがキレて掴みかかったら、羽交い絞め出来るようにと、小鳥遊先輩がマヤさんの隣へ行って待機済みである。
そんなマヤさんは僕らが見守る中、気絶寸前のグロッキー状態から回復した化け狸を、レジカウンターの前に椅子に座らせると、聞き取りが始まった。
その化け狸の向かいに座ったマヤさんが――――――
「さて……さっさと吐いて貰おうか? ウチの損害をどうしてくれるの?」
どこから持って来たのか、今では珍しいLEDライトでなく、白熱電球の明かりを化け狸へ向ける。
さながら、昔やっていた刑事ドラマの取り調べ風景のようだ。
相手が人間でなく、大きめな狸なので、すごく間抜けな風にも見える。
しかも、僕らが来る前に、夕ご飯を作って居たのか? マヤさんも紺のローブの上に花柄のエプロン姿だし……もう訳が分からん。
「あのぅ、マヤさん? 店の損害は後回しにして貰って良いでしょうか? 先に動機の方を聞いて貰えたら……いいかなぁなんて」
「うっ、龍神様が言うなら……」
マヤさんに、まだ理性が残っててよかった。
だが、小鳥遊先輩が余計な事を言い始める。
「マヤ姉、カツ丼は? 取り調べには付き物でしょ?」
「そんなの無いわよ! それにあのカツ丼は自腹だから!! 公費じゃ落ちないんだからね」
確かに、昔の刑事ドラマでは小道具として良く出て来たが、最近の刑事ドラマで取り調べに全然出てこないのは、モノで釣って証言を誘導したと捉えられるからだと、元刑事さんがテレビで言っていたのを覚えている。
今の刑事ドラマは、それだけ本物の取り調べに、近付けた演出だと言う事だろう。本物の取り調べを受けた事ないけどね。
だが目の前では、昔ながらのドラマ風景が繰り広げられていた。
「喋って楽になりな……田舎のおっかさんが泣いてるぞ」
「オイラのおっかぁは、アイツにやられた傷が悪化して寝たきりだ。おっかぁだけじゃねえ、おっとぅも……他の皆もアイツにやられちまった」
どうやら話がおかしな方向へ行き始めたな。
いや、刑事ドラマのコントがおかしかっただけで、話が正常に戻ったと言うべきか……
「アイツって?」
「……分からねえ……オイラは、今まで見たこともねえバケモンだった。老狸の爺様は、ヌエだって言ってたけど……」
「鵺ですって!?」
「一族では手に負えず、それでオイラと妹の花子とで、倒す手立てを探していたんだ」
狸はそう言って、悔しそうに唇? を噛んだ。
「そうか……それで名刀獅子王を取りに来たのだな?」
黙って聞いていたセイが、狸に向かってそう言った。
「名刀獅子王?」
「俺も盟約で瑞樹神社から出れなかったから、赤城の奴から聞いた話になるが……昔平安京にて、夜な夜な鵺に悩まされていた天皇が、鵺の退治を源頼政って人間に命じたんだ。その源頼政は部下である猪早太と一緒に鵺を討った訳だが……その時に褒美として送られたのが名刀獅子王……まさか、ここにあるとはな」
「おぉ、さすが龍神様。ウチの倉庫にあるのが良く分かりますね」
厳密に言えばセイは龍神じゃなく、今は唯の龍であり元龍神なのだけどね。まぁいっか。
「ふん。俺ほどの龍になると、倉庫とやらから伝わる氣で名刀があるのが分かる。あとは鵺と聞いたのでな獅子王だと思った訳だ」
「でもそんな名刀が、なんでこんなガラクタ……じゃなかった雅楽堂にあるの?」
店主マヤさんに睨まれ、言い直す小鳥遊先輩。その疑問は僕らも同じくあった為、マヤさんの回答を待つ。
「……守秘義務があるんで、依頼人の事は明かせないんだけど……早い話預かりモノよ。ある刀匠にメンテナンスを頼みたいって言うので、アタシが仲介してるのさ。で件のその獅子王は、さっき龍神様が言った通り、源頼政が鵺退治の褒賞で貰ったとされる刀なんだけど。そいつがメンテナンスの為、ここにあるわ」
とんでもない国宝じゃねえか!
『何を言うておる、瑞樹神社で尊の小僧が持ってる剣も、壇ノ浦から引き上げた神器ではないか!』
また話を聞いていた淤加美様から念話でツッコミを頂く
『そうでした。草薙剣でしたね』
そう言われると、神器は一杯あるな……海神、豊玉姫様の持つ海神の槍も神器だし、建御雷様が持つ布都御魂の剣も神器で、天若日子さんの持つ天之麻迦古弓と天羽々矢もそうだものね。
『お主が物干竿にしている、比比羅木之八尋鉾も忘れるな』
『そんなのもあったなぁ』
神器や宝刀が北関東に集まり過ぎだろ。
『千尋、貴様! そんなのも? じゃと!?』
ヤバ! 藪蛇ならぬ藪龍だった。
淤加美様の小言が始まる前に、僕は話を逸らすべく
「えっと、その獅子王? とか言う宝刀で、鵺を倒そうとしたと?」
「そんだ。この店に獅子王があるって風のうわさで聞いて、それを手に入れる為にやって来たんだ」
「だったら、呪いの箱で店主のマヤさんを殺そうなんて考えないで、事情を話してみたら良かったのに」
「無理だ……貸して貰えるわけがねぇ。需要文化財の宝刀だぞ」
マヤさんの方を見ると、さすがに貸し出しは無理よ、と頭を振っていた。
クライアントは守秘義務で分からないけど、元々が預かりモノだしね。又貸しはさすがに無理だろう。何かあった場合責任も取れないし。
そこへ、セイが――――――
「預かりモノの名刀を使わずとも、我々が出向いて鵺を倒してしまえば、何の問題もなかろう」
「セイさん、良い事言うわね。私もそれで良いわ! 大ムカデだけじゃ殴り足らないし」
「ちょっと香住!? 門限は?」
「中間テスト前なんで、今日も泊まって勉強を教わっていいって」
鵺退治は勉強じゃねえし! 御両親が知ったら腰ぬかすぞ。
「でも明日学園が……」
「あら、明日は祝日よ? 体育の日。知らなかったの?」
「いやいや、体育の日は知ってるけど、明日がそうだっけか?」
「はぁ……しっかりしてよね」
香住に溜息つかれたし……
だいたい10月に入ってからの毎日。朝昼晩って妖退治で忙しくて、カレンダーなんて見てる暇ないよ!!
「それじゃ、決まりね。今宵は鵺退治と行きましょうか」
小鳥遊先輩もやる気満々で、そう宣言する。
「分かりました。でも一度、水の補給とか装備の確認とかもしなくては成らないし、瑞樹神社へ戻りますよ」
「「「 はーい 」」」
こんな時だけ返事が良いなオイ。
「という訳で、この化け狸は道案内に借りて行きます」
一応化け狸は、2千万の担保に成っているので、マヤさんにお伺いをたてると――――――
「龍神様の言う事だし、連れてって良いわよ。その代わり……要らないアイテムが出たら、売って頂戴ね」
さすが独りで店を切り盛りしているだけあって、しっかりしている。
妖から出た拾得物は、だいたい小鳥遊先輩が持って行くので、先輩次第かな? ほとんどアイテムが出ることは無いけどね。
マヤさんも一緒に着いて行きたいみたいだったが、預かりモノの獅子王黒漆太刀拵があるので、店を空にする訳には行かないと、かなり悔しそうであった。
「それでは狸君、瑞樹神社へ寄る前に、行先を聞いて置きましょうか?」
「行先は…………オイラ達、狸の故郷。四国だ」
まさか、今朝行ったばかりの四国へ戻る事になるとは、思いも寄らなかったが
狸の故郷か……確かに伝承があるわな。
なにはともあれ、瑞樹神社へ戻って、まずは装備を整えよう。鹿島神宮の大鯰戦で使った、麒麟の角のチャージも終わってるだろうしね。
僕らは雅楽堂の前に龍脈を開けると、装備を取りに瑞樹神社へ戻るのだった。