6-11 神酒造りは順調で
小鳥遊先輩を雅楽堂へ置いて戻った後。
瑞樹神社の裏手で龍脈から出ると同時に、有村君が淤加美様に捕まり、何処かに連れていかれる。
なぜか建御雷様も一緒に着いて行ったので、かなりハードな修業になりそうだ。
おそらく相棒役の尊さんが、大学のレポート作りで忙しく、建御雷様は暇を持て余しているのであろう。
使役されてる犬神君も、主人の有村君も生きて戻れよ。
そんな中、香住はお昼何にしようか……と呟きながら神社の表へ歩いて行く。
香住のつくる御飯は美味しいので、何が出てこようとも外れは無いだろう。
最近また料理の腕を上げて、すぐにでも店を出せるんじゃ? と言うぐらいになっている。
あの五穀豊穣と穀物の神である宇迦之御霊様が、香住を専属料理人に欲しがるぐらいだし、相当な腕であるのは間違いない。
…………神様の料理人か、ちょっと肩書がカッコ良いかも。
残った僕ら龍族は、鬼族の案内で神社の裏手に建った醸造所……と呼ぶには立派過ぎるかな?
醸造小屋が出来上がった場所へ連れて行かれる。
小屋と表現はしたが、それはお酒を生業としている、プロの酒蔵さんに比べたらの事であり。
燃えた木造廃校舎から出た廃材で造ったとは、到底思えない出来であるのは、大工の棟梁の腕が良いからだろう。
そんな醸造小屋のから少し離れた広い処で、オロチの壱郎君がバイクを弄っていた。
「もしもーし。ここは修理屋じゃないんだけど?」
「おう! 雌龍おかえり。いやなに、アパートの駐車場で弄ってたら、下階に住んでるオバちゃんが五月蠅くてよ。少し場所借りてるぜ」
そう言って何やらバイクのワイヤーを交換していた。
おそらく、昨夜の首無しライダー捕獲の時に、壊れたんだと思う。
遊びで壊したんじゃないんだし、今回は大目に見るかな?
しかし毎回思うんだけど、神社の境内までの石段をどうやって上るんだか……担いできたのかな?
人化しているとはいえ、中身はあの神話のオロチだし、力も相当強そうである。
しばらく壱郎君の作業を見て居ると、棟梁と大山昨神がやって来て――――――
「おう、帰ったか? ご希望の小屋が出来上がったぜ」
「先ほど中の温度を測ったら、米麹が発酵するには丁度いい温度だぞ」
そう言って小屋を眺めている一人と一柱に、僕は――――――
「じゃあ、いよいよ酒米を蒸して発酵させるんですね」
「そうさな、酒造りに入るか!」
「地酒ならぬ自酒とは、聞いてるだけで呑みたくなるな」
「はいはい棟梁、分かってますよ。出来上がったら棟梁にも、何本か持って行きますから」
「へへ、済まねえな千尋ちゃん。しかし、こりゃあ出来るまで待ってられねーや。おう! 壱郎の兄ちゃん! 今日仕事休みなら一杯つきあえや」
少し離れた場所で作業中の壱郎君が振り返り、オッケーっすと手をあげる。
日曜とはいえ、昼間っから飲むのかよ。
まぁ、呑んで酔っ払っていてくれた方が、オロチの心臓の心配をしなくて良いし、かえって良いのかも知れない。
そんな壱郎君に、神社の表から走って来る酒呑童子が――――――
「ご先祖様ぁ~、私の宿が見つかりましたよ」
「こら、抱き着くな! 相棒のバイクが倒れるだろうが! たくっ、やっぱりこの町に住むのか?」
「はい! 大工の棟梁さんの口利きで、南下出荘の202号室に決まりました」
「南下出荘って……ウチのアパートじゃねーか!! しかも202はオレの部屋201の隣!! 棟梁!?」
「いやぁ、すまんすまん。そこしか部屋が空いてねーって、大家が言うからよ」
「くっ! オレが引っ越そうかな……」
「おいおい、まだ住み始めて半年も経ってねーだろ? 2年契約だから、違約金とられるぞ」
「むっ? 違約金!? バイク買ったばかりで貯金が無いし。致し方ないか……」
壱郎君は悔しそうにバイクに手を置くと、オレにはお前が居れば良いさ。と呟いた。
そんな壱郎君を他所に、僕は棟梁に向かって――――――
「それにしても、201号室とか202号室ってアパートの2階ですよね? 普通なら真っ先に埋まりそうですが、空き部屋なんですか?」
「ん~。風評被害になるから、あまり言いたくねーんだが……ここだけの話、出るんだとよ」
「出るって……黒いカサカサ動く、台所の敵?」
「いや、幽霊って奴さ」
「…………僕には無理っす。絶対近寄れないわ。特に夜」
「なんだい千尋ちゃん。神社に住んでるのに、相変わらず駄目なのかい?」
「最近ハッキリ見える様になって、余計苦手に……」
「しまらねーな」
棟梁はそう言って笑っていた。
笑い事じゃねーっての……
まぁ、オロチの壱郎君も酒呑童子も神話の化け物だし、幽霊ごとき小者なんて、まったく気にしないのだろう。
もしかすると、部屋に現れた霊を捕まえて、晩酌の相手をさせてるとかもあり得る。
大家さんが、本物の化け物が住み着いて居るのを知ったら、卒倒しそうだ。
まさに知らぬが仏である。
さて、肝心の神酒造りだが――――――
僕は、醸造の神である大山咋神様の指示のもと、宇迦之御霊様に貰った酒米を洗米していく。
通常ならこの後、米に水分を吸わせる為。水に浸け置くという作業があるのだが、そこは水神のなせる業。水分を吸収しやすい様に変えて、大幅に作業時間を短縮する。
米が水分を十分吸った処で、蒸しに入るのだがこちらは大鍋……もちろん、御堂さんを解凍したのとは別に用意した新しい大鍋を火にかけ、湯気にて酒米を蒸す。
この蒸したお米は、外硬内軟な状態にするのが、最高であり。
そこは水神の腕の見せどころ。水分調整を見極めて、神業で仕上げていく。
十分蒸し上がり、最高な状態の外硬内軟な酒米を造り出した処で、自然に冷ませて製麹と言う作業に入る。
ここからは、醸造神である大山咋神様へバトンタッチをし、選手交代になった。
そう製麹とは、麹菌を米に付着させる作業の事であり、日本酒の味を左右させる大事な工程なのだが、僕達に抜かりはない。何故なら、醸造の神である大山咋神様が居られるからだ。
大山咋神様が別途造って置いた麹菌を混ぜ合わせると、通常なら数週間から1カ月以上かかる発酵の工程を、醸造神の力で更に短縮する。
酵母、乳酸菌を加え。途中、発酵し盛り上がって来るのを、上手くこなしながら掻き混ぜていると、直ぐにアルコールの匂いが醸造小屋に充満する。
そんな発酵中のお酒の匂いだけで、酔ってしまいそうだ。
「よし、下ごしらえは終わりだな。あとは、糖分がアルコールに変わり、発酵し終わるのを待つだけだが……神業で短縮しちまうか? 出来るだけゆっくりな方が、味が良いんだよなぁ」
「ほえ~、それでも十分早いですって。ここまでの作業だってかなり短縮されてますよ。機械醸造よりも早いですもの」
「そうさな、人間が造るならここまでの作業だって1カ月以上は掛かるだろうよ。だが醸造神の儂が人間と同じでは、沽券に関わるわい」
そう言って、かっかっかっ! と笑う大山咋神様。
本当に、全工程を1週間で終わらせてしまいそうだ。
僕は臭いだけで酔っ払いそうなので、扉を開けて醸造小屋の外へ出ると、丁度香住がエプロン姿で、お昼ですよーと、声を掛けてくる。
「メニューは?」
「今日はカレーにしてみました」
「なぬ? 香住嬢ちゃんのカレーだと!? こうしちゃ居られぬ」
セイは、酒米蒸しに使っていた火の始末をして、神社の表へ走っていく。
食べる前に、ちゃんと手を洗えよな……香住のカレーは美味しいから、すぐに食べたいという気持ちも分かるけどね。
社務所に、御昼休憩中です。と手書きのプレートを出して、僕も居間へ向かう。
すでに、みんな席へ着いてカレーが装られるのを待って居た。
しかし、天照様だけは――――――
「こ、これは……食べ物……なのか?」
やっぱりなぁ、初めてカレーを見る神様はそう思うよね。
そもそも神社でカレーを御供えされる事なんて、まず無いだろうし。
セイ達も最初は同じ反応してたもの、仕方ないって。
そこへ、天神様が現れて――――――
「香ばしい良い匂いですね。ほほう、カレーですか?」
「菅原よ、この食べ物を知って居るのか?」
「もちろん知ってますよ、天照様。これはカレーライスと言って、1800年代後期に、仏教の国から西洋の商船によって、海を渡って持ち込まれたと言います。さらにこのカレーは、日本にて独自に改良を……」
「ええい、分かったから御託はもう良いわい。菅原がまず食って見せよ」
「構いませんよ…………うん、美味いです! これは私が昔食べたカレーより、美味しいですよ!! 何か秘密でも?」
天神様が、香住に問いかけると――――――
「実は、カシューナッツとヨーグルトを合わせてミキサーに掛け、それを入れてみたんです」
「なるほど、それがコクと成って美味さを引き立ててるんですね? うーん。これは食が進む」
「さすが天神様。学問、学業の神だし博識ですね」
「もう100年ぐらい昔の話ですが……私の神社にお参りに来た人間が、美味しいカレーが食べたいと願っていたのが聞こえましてね。学業の願いじゃ無いにせよ、カレーとは何だろう? という疑問が払拭できず、探し回わったんですよ。そうしてやっと見付けたお店でカレーを食べて、そこで存在を知ったんです」
いや~懐かしいなぁ。と言いながら、スプーンを口へ運ぶ手を止めない天神様。
学業の神様に、美味しいカレーが食べたいって……願う方も願う方だなオイ。
そりゃあ畑違いの願いをされても、天神様も困るわなぁ。
しかし、疑問をそのままにして置かないといった、知りたいという欲求こそが、学業の神と呼ばれる所以なのかもしれない。
そんな天神様も、珍しく……いや、初めてかも知れない。カレーのお代わりを、香住にお願いしたのだ。
「最近大所帯になりましたからね。鍋2つも作ってますから、どんどんお代わりしてください。ちなみに福神漬けは、千尋が作ったモノです」
するとセイが、空の器にお代わりを要求しながら――――――
「福神漬けはいいから、カレーをお代わり」
「いいからとは何だコノヤロウ、泣くぞ」
「冗談だよ。脇役だが、あった方が美味いし」
脇役で悪うございましたね。
後で福神漬け大盛りにして、主役にしてやるぞコノ。
そんな遣り取りをしていると、天照様がスプーンにすくったカレーを、口元に持って行ったまま固まっていた。
「無理をなさらないでください。駄目なら千尋が片付けますから」
「ちょっと、僕を何だと思って……」
そこまで言って黙ると、全員の視線が天照様に向けられているので、僕もその視線の先を追ってみた。
すると天照様はカレーを口へ放り込み、咀嚼しているようだった。
「……う、美味い。これは美味いぞ!」
「お口に合ったようで、良かったです」
スプーンが止まらない天照様を見ながら、御代わりはありますよ~と皆に声を掛ける香住。
鬼達も凄い勢いで食べているので、あっという間に大鍋2つが空に成ってしまった。
僕は香住に小声で――――――
「淤加美様は芋があれば大丈夫だけど、建御雷様と有村君の分はどうするの?」
「実は中鍋に残してあるのよ」
さすが香住、抜け目がない。
尊さんの分を御盆にのせて、レポートを書いている部屋へと運んで行く香住の背中を見送ると、全員に御茶を出してあげる。
御茶を啜りながら、鬼族のナンバー2である茨木童子が――――――
「千尋殿、少しお願いがあるのだが」
「僕に出来る事なら何なりと、棟梁と鬼さん達には、醸造小屋造りをして貰いましたしね」
「実は、ウチのお嬢が住む場所を決めましたので、引っ越しの荷物運びに、龍脈を使わせてもらいたいのです」
「酒呑童子さんから聞きましたよ。なんでも壱郎君の隣の部屋とか」
「そうなんです。物とかも通りますかね?」
「ん~箪笥みたいな大物じゃ無ければ、たぶんイケると思いますよ」
「運ぶのは我らがしますから、龍脈だけ貸して頂ければ大丈夫です」
「分かりました。醸造の方が終わったら……」
そこまで言うと、大山咋神様が――――――
「もう今日する事はないぞ。後は毎日様子を見て、掻き混ぜるだけじゃ」
なるほど、後は菌に委ねるって事みたい。
「じゃあ片付けが終わったら、引っ越ししちゃいましょうか」
うっす! と2メートル超えの鬼達が食器を持って台所へ向かう。
なんでも、美味い飯を貰ったから、洗い物はやります。だそうだ
けして狭いわけでない台所も、大男が4人も入ると、僕らは入る隙間も無かった。
鬼さん達に食器を洗って貰ってる間を利用し、カレーを持って神社の下に居る、荒神狼のハロちゃんに声を掛ける。
「ハロちゃん大丈夫? お昼食べれそう?」
『すまぬ千尋殿。筋肉痛なんて、情けない姿をさらす訳にいかないので、そこに置いてくだされ』
「カレーってイヌ科は食べれたっけ? 玉ねぎも入ってるし……」
『我は犬でなく狼です。しかも荒神……』
「ゴメン、そうでした。空いたお皿は後で片付けるから、食べたらそのままで良いよ」
『りょ、了解した……』
本当に大丈夫かなぁ。でもまあ……筋肉痛ならすぐに回復するか。
荒神だしね。
大工の棟梁は、壱郎君と待ち合わせの時間と場所を決めると、酒楽しみにしてるぜ! と言って帰って行った。
醸造小屋は本当に助かったわ。棟梁に感謝です。
セイと赤城の龍神さん達は、夜まで録り溜めたアニメを観に部屋へ戻った。
ニャロ~、引っ越し手伝う気なしかよ。
とは言え棟梁との呑み時間まで、壱郎君が手伝ってくれると言うし、他にも身長2メートル超えのマッチョの鬼が沢山いるので、僕の仕事は主に龍脈移動係である。
「えっと、K都府側の座標は? やっぱ昔話に出て来るように、丹波の大江山なのかな?」
茨木童子さんに尋ねると――――――
「そいつは大昔の事ですよ。今は市内でスポーツジムとスポーツ用品店を経営してます。ちなみに、今の話し方は営業用です」
そう言えば、鬼族四天王の熊童子さんも、インストラクターやってるとか言ってたっけか。
人目の付かない処を選び、K都市内へ龍脈を開けると、スポーツジムから色々なモノを持って来るが――――――
「ちょっと待った! バーベルとか北関東でも買えるから、わざわざ持って行かなくも良いってば」
「いやでも、お嬢は毎日筋トレしないと、すぐに肩が凝ってしまうんすよ……」
どんな筋肉だよ。
「ああっ! 金熊童子さん! なにそれ!?」
「これは石型アイロンす。これを熱して、平らな面でアイロン代わりに……」
「重っ!! 普通のアイロン使え!! 普通ヤツ!!」
そんな具合で、引っ越し作業と言うより、荷物の選り出しに時間が掛かり、移動する時には16時近くに成っていた。
しかも、移動先の北関東は、南下出荘と言う名の通り、本当に何か出そうなアパートだし。
「ねえ、茨木童子さん。本当に此処で良いいの?」
「お嬢が、御先祖様の近くが良いと聞かないもので、仕方ないのですよ」
霊とか苦手な僕では、絶対無理だわ。
古くて壊れそうなアパートを見て絶句している僕に、茨木童子さんが小声で――――――
「近々、私も近くに引っ越しますから」
そう営業用の丁寧語とつくりスマイルで言ってくるが、鬼の角と牙が見えている僕には、作り笑いが怖く映る。
こんなマッチョな鬼に掛かっては、幽霊も形無しでだな。
運び入れが終わると、契約の最終確認の為に茨木童子さんを残し、四天王はK都へと帰って行った。
今夜は引っ越し祝いだと、壱郎君と一緒に棟梁の元へ向かう酒呑童子と茨木童子。
僕も誘われたが、未成年だし断った。
それにこれから、小鳥遊先輩の様子も見に行かないとだしね。
3人の背中を見送った後、瑞樹神社へ戻る。
すると、久しぶりに姿を見た神木先輩が立っていた。
と言っても、数日前に病院へ運び込んだのは、僕らだけどね。
「千尋様。おかえりなさいまし」
「神木先輩! ただいまです。それにしても、今回は災難でしたね。お身体の方は?」
「お陰様で、検査結果も疲労だけでした。本当に、ご心配おかけしました」
そう言って、深くお辞儀をする神木先輩。
本当に無事で良かったわ。
「志穂! 遅いではないか!」
そう言って玄関から出てくる赤城の龍神さん。
「申し訳ありません龍神様」
「……う、うん。それで、もう良いのか?」
「はい。すっかり元気に成りました。またお世話をさせていただきます」
「そうか……」
それだけ!? もっと労ってあげればいいのに
じれったいので念話で――――――
『赤城さん、この後はセイと二人で行きますので、赤城さんは神木先輩と戻ってくださいな』
『しかし……』
『御堂さんが、逃げたまま野放しに成っています。また狙われるかも知れませんので、着いて居てあげてください』
『……そう言う事なら……』
素直じゃ無いな
「神木先輩も旅の疲れがたまって居るでしょうから、早めに帰って休むことをお勧めします」
「そ、そうだな。志穂、龍脈に乗るが良い。赤城に帰るぞ」
赤城さんは、神木先輩の為に龍脈を開けてくれて、また来ます。と言って一緒に帰って行った。
これで良し。
月が出るにはまだ少し早い、黄昏時。
夕ご飯を食べて、用意万端にし。小鳥遊先輩を援護に行きますか!
僕は、水とか色々用意をする為に、玄関を潜るのだった。