6-10 対価
雅楽堂の御店主……マヤさんが言っていた、対価と言うモノが何なのか、気になって仕方がない。
僕は小鳥遊先輩に――――――
「先輩はここの常連なんですよね? 対価って何を要求されるんだか、知ってませんか?」
「さあ、知らないわね」
「え? じゃあ先輩は品物を買う時、何を払って……」
「そんなの決まってるでしょ。代金よ」
「お金!? だって代金の請求を、御店主がしてきませんでしたよ?」
「品代がお金と言うのは本当よ。その証拠に値札がちゃんとついてるもの」
先輩に言われて、棚の商品を手に取り裏返すと、2000と数字の入ったラベルが張ってあった。
「マンドラゴラが2000円? 安っ!!」
「こっちの龍の肝は5000円って入ってるわ」
香住が瓶の底に張ってあるラベルを見せてくる。
すると先輩が――――――
「あっ、それ単位が万だから」
「「「 えっ!? 」」」
先輩以外が声を揃えて驚くと――――――
「じゃ、じゃあ、この2000って言うのは……に、2千万!?」
「こっちの龍の肝は5千万って事じゃないの!? ど、どうしよう千尋……この田舎なら、庭付きの豪邸が建つよ」
「おおお、落ち着け香住……ゆっくりだ、ゆっくり瓶を棚に戻すんだ」
僕の言葉に頷きながら、油の切れたロボットのように、ギギギと小刻みに動いて、棚へと瓶をゆっくり戻す香住。
無事に瓶を戻し終わると、二人で安堵の溜息をつく。
すると、レジ前に居る有村君が――――――
「この犬神の首輪にも、値札が……えっと600って……600万!? そんなお金ないよ!!」
「私が可愛い後輩の為に、貸してあげても良いわよ」
「いや……それはさすがに……値段が高額過ぎますし、マズイですってば。お昼のラーメン代を借りるのと違うんですから」
「そう? 私はどっちでも良いけど……でも、私達が学生で高額の品代が払えないと思ったから、対価で支払う事に変えてくれたのかもね? マヤ姉さんも、私達と同じ学園の卒業生だから」
「え? 御店主が?」
「えぇ、可愛い後輩の為に、高額のお金なんて取れないんでしょ? でも、他の客の手前。タダであげる訳にいかないし……それで対価って事なんじゃないかな?」
なるほど、小鳥遊先輩が招き猫を投げられた時は、口より先に手が出るタイプだと思ったのに、結構良い人なのかもね。
まぁアレは、小鳥遊先輩がガラクタ堂なんて呼ぶのが悪いんだけど……
僕達が雑談をしていると、奥に引っ込んだ御店主が現れて――――――
「お待たせ。犬神の首輪に対する対価はコレ」
プレートに載せられて来たモノ……おそらく材質は木かな? 金属ではないっぽい、立方体の箱をカウンターに置いたのだが
その箱を見た途端に、僕と小鳥遊先輩が数歩後ずさった。
箱からは嫌な気配がして居り、黒い靄の様なモノが立ち上っていたからだ。
「呪い……の箱……」
小鳥遊先輩が、手で顔を隠す様にしながら呟く。
「さすが緑。見ただけで分かるのね……そっちの龍神様も同じ反応とは、さすが神様だわ」
「僕には用途まで分かりませんが、箱から嫌なオーラが出まくってるのは分かります」
僕がそう答えると、黒い靄が見えていない香住と有村君も、ヤバイ代物だと分かり、数歩下がって箱から距離を取る。
「香住嬢ちゃん。俺がやった、あの眼鏡掛けてみな」
頭の上のセイがそう言うと、香住はポケットから眼鏡ケースを取り出して、霊や妖が見える眼鏡を掛ける。
普段は余計なモノが見えると目が疲れるらしく、妖との戦闘時以外は眼鏡を外しているとの事だ。
まぁ龍達が人化している状態で、意図して姿を消したりしなければ、眼鏡無しでも姿は見えるしね。さすがに角と尻尾は、眼鏡無しで見えないみたいだけど……
そんな香住も眼鏡を掛けると――――――
「なにあれ!? ヤバイわね」
さらに数歩後ずさる香住。
これで見えて居ないのは、有村君だけみたいだが――――――
「ボクの魅了の魔眼には、ハッキリ見えませんが、箱の周りに黒っぽい……なんだろ……やっぱり、よく見えないや」
「へえ、魔眼持ちとは、また珍しい。小鳥遊緑……その名の通り、数奇な縁を結んで来るわねぇ」
「ふふっ。すごいでしょ?」
「アンタ自身は凄くないっつうの!」
御店主であるマヤさんは、ゴホン! と咳をして話題を切ると、本題に入って来る。
「この箱なんだけど、数日前に店に持ち込まれてね……処分を頼まれたんだが、煮ても焼いてもビクともしなくて、困っていたのよ」
焼くのは定番だが、煮たのかよ……
変なこと言うと、小鳥遊先輩みたいに怒られそうなので、黙って置いたら、有村君が――――――
「もしかして、その箱の処分が対価ですか?」
「おっ、話が早いね。処分方法は任せるけど、別に呪いだけ祓って箱を残せとか言わないから、タダの箱だけ残ってもゴミなだけだしね。そう言う事で、好きにヤっちゃってよ。駄目なら暫らく店でアルバイトして貰うけど……ね」
そう言いながら、御店主の視線は僕に向けられていた。
御店主の視線に気が付いた小鳥遊先輩が――――――
「まぁ、千尋ちゃんなら簡単よね」
先輩は、何処からか出した手袋をすると、プレートの上にある呪いの箱を掴んで、僕に放ったのだ。
あまりに突拍子もない出来事に、避ける余裕もなく箱を受け取ってしまうと、その途端に箱はバラバラになり、塵になって消えてしまった。
「…………ええええっ!? 消えちゃいましたよ! しかも、呪いを素手で触っちゃったし!」
取り乱す僕を見ながら御店主と小鳥遊先輩が――――――
「さすが龍神様。呪いの箱なんてイチコロね」
「千尋ちゃんには、呪い返しが付いてますからね。箱を造った人は、倍返しにあってるわよ、きっと」
そうだった。術反射、呪術反射があるんだったわ。すっかり忘れてたし。
僕が胸を撫で下ろしていると、御店主が――――――
「いやぁ、助かったわ。焚火の中へ投げ入れても、燃えるどころか、煤ひとつ付かないんだもの。元々龍神様は、穢れを洗い流す事で有名なのに、術返しまであるとは、恐れ入ったわ」
そこまで言うと、ここの御店主マヤさんは、時計を見て――――――
「それじゃあ、10時の御茶にしましょうか。実はワンホールケーキがあるのよ、一人じゃ食べ切れないし、切って来るから待ってて」
と、空のプレートを持って店の奥へと引っ込んだ。
今回は呪いの箱が相手であり、洗い清める龍水神との相性が良かったから助かった。呪術反射もあるしね。
これで対価が、冬に向けて暖炉用の薪をワンシーズン分作ってくれと肉体労働を仰せつかったら、どうしようかと思ったもの。
「でも先輩。呪いを反射しちゃって、造った人は大丈夫だったんでしょうか?」
僕の呪術反射で、お亡くなりに成ったとかだと、目覚めが悪過ぎる。
「あのね千尋ちゃん。呪いの箱なんてモノを造る時点で、呪い返しも覚悟をしておくべきなのよ。人を呪わば穴二つって言うでしょ? それこそ自業自得なの」
「緑の言う通りさ。呪いなんて相手だけでなく、使う方も不幸になるからね。よっと、一度に持ちきれなかったんで、先に紅茶持って来たわ、次はケーキ持って来るから」
会話に割り込んだマヤさんは、紅茶を置いてから、もう一度店の奥へ引っ込んでいく。
そんなマヤさんが戻って来た時には、人数分のケーキが載ったプレートを、カウンターに置くのだった。
「マヤ姉……簡易テーブルとかないんですか?」
「あん? そんな気の利いたもんは無いよ。だいたい、ウチのように山奥にある店で、これほど大入りに成った事も珍しいんだから」
「場所より、ガラクタばっかり売って……」
「アンタそれ以上言ったら呪うわよ」
ついさっき、呪いは不幸になると言っていた人の言葉とは思えない。
ケーキを食べるように勧められ、セイと赤城さんが小型のままケーキに齧り付く。
「セイ達は、大きくなって食べないの?」
「小さいままの方が、ケーキが大きくて食べ応えがある」
食いしん坊な奴らめ。
オロチの巳緒と、香住の肩に乗っていた淵名の龍神さんは、大きくなって食べていた。
「へえ。大きさも姿も、自由自在なんだ。龍の姿にも成れるんでしょ?」
興味深々で龍達を観察するマヤさんに、僕は――――――
「僕は成れませんが、セイ達は龍に成れますよ。元に戻ると大きすぎて、この店が壊れますけどね」
「それはヤメテ」
僕とマヤさんが、そんな話をして居ると小鳥遊先輩が――――――
「しかし……呪いの箱の解呪なんて、よく引き受けましたね? ここは売り買い専門で、解呪は畑違いでしょうに」
「それがね、あの箱を持ち込んだのは初老の男性でね。所有者はその男性の、主のモノだったらしいのよ」
「主って事は雇われ人か……おお方、金持ちのオッサンが、興味本位で手に入れたは良いが、自分が呪いに掛かって処分を決め込んだって処でしょ? よくあるのよね」
ヤレヤレと言った顔で、紅茶に口をつける先輩。
よくあるんだ……何て酔狂な。
「持ち込んだ男性の話だと、呪具のコレクターだったみたいよ。あとは、ほとんど緑の想像通りだけど、少し修正するなら……呪いに掛かったのは持ち主じゃなく、仕えているお手伝いさんの方みたい」
ん~お手伝いさんかぁ、それだけで大きな屋敷や洋館を想像してしまうのは、映画の観すぎなのだろうか?
「自分の自己満足な趣味に、他人を巻き込むなんて最低じゃない。呪いを集めようとか普通じゃ無いわよ!」
「趣味は人それぞれだからねぇ。呪いの研究目的とか、他人を呪う為とかじゃなく、純粋にコレクションして楽しんでた部類みたいよ。もちろん厳重に封印してね」
それを聞いて僕が――――――
「その話、変じゃありませんか? 厳重に封印して居たのに、お手伝いさんが呪われるなんて……」
矛盾した部分にツッコミを入れると、マヤさんが――――――
「……確かにねぇ」
「マヤ姉、そんな怪しい話を信じたんですか?」
「だって、依頼料を沢山もらったし」
オイ!
お金に目が眩んで、自分が呪われる危険を冒すなんて信じられない。
「その男、他に何か言ってませんでしたか?」
「ん~そういえば……何か探してるって言ってたわね……何だったか忘れちゃったけど」
肝心な事を覚えて無いのか……
話が一通り終わると、みんなのお皿が綺麗に片付いていた。
「すみません。御馳走になっちゃって」
「いえいえ、こちらこそ魅了の魔眼や解呪なんて珍しいものを見せて貰ったし。龍神様とも御近付きになったしね。こんな商売していると、祓い屋関係の人しか来ないから寂しくて。だからいつでも遊びに来なよ」
「だからもっと町に店を出せばいいのに、そうしたら私もマヤ姉の店へ頻繁に冷やかしに来れるから」
「そこ! うるさいよ! 町中だと扱ってる商品が商品だから、周りに気味悪がられるので仕方ないって教えただろ。それに冷やかしってお前……」
ジト目で先輩を見るマヤさんに、有村君が――――――
「あのぅ、犬神の首輪なんですが……装備しても良いんですかね?」
「ああ良いよ。対価を貰ったし、その首輪はアンタのもんだからね。しかし、首輪を装備とか……大人しそうな顔をして、そういう趣味が?」
「えええええ!? ありませんよ!! ボクはノーマルです!!」
「じゃあ彼女につけるの?」
「つけません!! そもそも彼女居ませんし」
「「「「「 ええっ!? 」」」」」
「なんですか? みんな揃いも揃って」
「いや……魅了の魔眼持ちなのに、彼女なんて選り取り見取りだろうにと思って……」
マヤさんの言葉に、全員が頷く。
「あのですね! みんなはボクを何だと思っているんですか!? 心から付き合いたい人には、魔眼なんて使わずに、ちゃんと言葉で好きだと告白しますよ!!」
「おおっ、純粋だねぇ。今どきの男子にしては珍しいわ」
「確かに有村君は、転校初日に比べると、だいぶ人が変わったよね。あの頃は女生徒を操り人形として使うだけだったし」
そんな人を人とも思わない有村君からは、想像できない言葉だったので、みんなが驚いたのだ。
「ボクも瑞樹君たちに逢ってから、自分の力の無さを痛感しましたから」
「そう悲観するな小僧。お前はまだ若い、修業によってはかなりの陰陽師になるだろうよ」
セイが僕の頭の上から、ケーキで膨れたお腹を擦りつつ、偉そうにそう言った。
「お!? 龍神様の御墨付だね。もし陰陽師になったら、ウチの店を御贔屓に」
ちゃっかり未来の陰陽師に売り込んで置く、商売上手なマヤさんに苦笑いをし、犬神に首輪をつける有村君。
すると、透けていた犬神の色が濃く色付いて行き、勝手に飛び回るのを止めて、有村君の背中に寄り添うようにくっ付いて来た。
「なんか変わった?」
「……分からないや。でも、もう夢に出たりしませんよね?」
「アタシも、犬神に憑かれた事がないから、何とも言えないけど、出たりしないんじゃないかな?」
御店主のなんとも、頼りない言葉である。
そんな時、淤加美様から念話が入り――――――
『なんじゃ、念話が通じるって事は、地元かや? 四国はどうしたのじゃ?』
『行きましたよ。犬神の骸も弔ったんですが……成仏しなかったんですよ』
僕が経緯を説明すると、淤加美様が――――――
『ほう、犬神の首輪のぅ……制御には練習あるのみじゃ。瑞樹神社へ連れてくるが良い、妾が直々に教えてやろう』
淤加美様が? 容赦ないからなぁ、有村君倒れなきゃ良いけど……
『それで淤加美様の用事は何だったんですか?』
『おおっそうじゃった。鬼どもから伝言での、醸造所ができたそうじゃ』
『じゃあ直ぐに帰らないとですね。淤加美様が浄化水を創ってくれても良いんですけど?』
『戯け! 妾に浄化水は創れても、御主の様に水分の温度を調整して、醸造の速度を上げるとか、そんな器用なことは出来んぞ』
あらら。やっぱり僕が行かないと駄目なのね。
淤加美様へ、直ぐに戻ると伝えて念話を切ると――――――
「さて、そろそろ帰りますね。淤加美様が有村君に、犬神の制御を教えるので、連れて来いって言ってるし」
僕がそうマヤさんに話すと、目を輝かせながら――――――
「淤加美様って、日本神話の龍神?」
「えっと、そうなりますかね」
「今度、お参りに行くから、紹介して!!」
マヤさんの好奇心に、おされながら良いですよと返事をする僕。
そんなマヤさんに、また来ますと言って店を出ると、先輩が――――――
「千尋ちゃん……私は残るわ」
「何かあったんですか?」
「さっきの箱を持ち込んだ男の話だけど、やっぱりオカシイもの」
思い過ごしなら良いんだけど……と、口に手を当てて呟いている。
「男の話は作り話で、店主のマヤさんを衰弱させる為に、わざと持ち込んだと思っているんですか?」
確かにありえなくはない。
解呪ならマヤさんの所じゃなく、瑞樹神社でも小鳥遊先輩の御実家の御寺でも、いくらでも来る途中にあったはずなのだ。
ぞれをわざわざ、人里離れた山奥にある、解呪とは縁遠い、祓い屋御用達のアイテムショップに持ち込むなんて。
まるで、マヤさんを狙う為に、呪いの箱を置いてったと考えるのも、分かる気がする。
「マヤ姉さんは、男が何か探してるって言ってたじゃない? 実はあの店には奥にもっとヤバイ、いわく付きのアイテムが沢山あるのよ。たぶんその男は、店の奥のアイテムを物色したいんじゃないかしら? 私も、トイレを借りに店の奥へ一度だけ入ったけど、不思議なアイテムがあるのは確かよ」
「そのアイテムを男は狙っていると?」
僕の言葉に、無言で頷く先輩。
なるほど、狙いは御店主の命ではなく、店の奥にあるアイテムか……
確かに先輩の話も一理ある。
ある程度以上の術者なら、アイテムから出るオーラみたいなモノを感じ取るらしいしね。
「僕も残りましょうか?」
「いえ、確証は無いから。今はまだ、あくまで私の推理でしか無いわ。ただ……今夜は満月なのよね」
そう消え入りそうな声で呟いた。
満月の夜は術の力が増すので、先輩はそれを心配しているのであろう。
術者が襲撃してくるには、最高の夜であると……
しかしそうか……満月か……晴明さんの婚約者、霧積 弥生さんの居る常夜へ入り、逢いに来るであろう晴明さんと話すチャンスだったが、どうも行っている暇はなさそうである。
先輩は駆け出しの頃から、マヤさんにお世話になってるらしく、そんなマヤさんへの恩返しもあってか、雅楽堂とマヤさんを護って術者を撃退しようとしているのだろう。
乗り掛かった舟だ。日が落ちた後に、僕も見に着てみるか……
僕らは小鳥遊先輩を雅楽堂の前に残し、瑞樹神社への龍脈を開けるのだった。