13 危険な買い出し
今回は、淤加美神が主役です。
対オロチ用組織、『八荒防』を立ち上げた西園寺さんの電話を受け
甘い言葉で誘い出された小鳥遊 尊さんが、九頭龍大神に強制連行されて行った後
何事も起きず、夏祭りの1日目が無事終了した
と言うのも、九頭龍大神が空を翔んで帰る際に、姿隠しで雨雲を呼び、雨を降らせた為
花火大会が中止になってしまったからだ。
どうせなら、龍脈移動を使ってくれれば良いのに、龍なんだしね。
その雨のお陰で、お祭りに出る人も激減し、社務所も閑古鳥が鳴く始末
せっかく、降水確率0パーセントで、花火大会が盛り上がる予定だったのに、残念な結果になってしまった。
迷惑な爺龍じゃのぅと言う淤加美様に
あんたのが婆古龍じゃねーか、と怖いもの知らずのセイが突っ込みを入れ
頭に特大な瘤を、3段トッピングされていた。余計な事、言わなきゃ良いのに……
まぁ、もう1日あるし。
花火は翌日に繰り越され、更に最終日は役場の庭で盆踊りもあるので、明日の最終日の方が忙しくなりそうだ。
翌日に備えて、皆解散し風呂に入って就寝したのだが━━━━━━
本来なら、誰も居ない筈の居間にて、ゲームの音楽が鳴り響く
そう、淤加美神が独りで、配管工メーカー2を興じて居るからだ
身体を持たない、思念体である淤加美神は、寝る必要も無く
食事すら必要無いのだが
如何せん、寝なくて良いと言うことは、24時間フルに使えるため、時間が余ってしまっている
要するに、『暇』なのだ。
(此処から淤加美神視点になります)
「むむ、此処で河豚が飛び出して来るとは、なかなか遣りおるわ。妾を吃驚させるとは、良いコースじゃ」
いいねボタンを押して、揚げ芋菓子の袋へ手を突っ込む━━━━
「ん? なんじゃと!? もう終わってしもうた」
朝まで処か、まだ丑の刻にすら、成っておらぬではないか……
困ったのぅ
台所へ買い置きが無いかと、探しに行ってみるも、買い置きは全部食べてしまい
どの棚も空っぽであった。
仕方がない、『こんびに』と言ったか? そこへ買いに行こう
そう思ったのだが、買い物という奴をした事が無いのに気が付いた
本来、祀られる側の神であるため、勝手に人間により供物がそなえられ
買い物等、する必要無かったのだから、仕方がない。
千尋は、とっくに寝てしまっているし。この時間、起きて居そうなのは……
「アイツか……背に腹は代えられぬ。千尋の旦那に聞くかのぅ」
そう呟くと、セイの部屋へ向かうと、案の定襖の間から、光が漏れているのが見て取れる
まだ起きて居るようじゃの
「済まぬが、入るぞ。実は揚げ芋菓子が……て、何をやっておる」
元龍神セイが、マスクをしてフィギュアに色を吹き付けていた
「ああ、大婆様駄目ですよ。斑に成ってしまう。それに廊下へ流れると、千尋が五月蝿いから早く閉めて下さい」
「お……おぅ。済まぬ」
慌てて襖を閉めると、セイの手元を眺め
「大婆様、ちょっと待ってください。途中で止めると色合いが可笑しく成るので」
「うむ。しかし、器用なモノじゃのぅ」
セイの手元で色が着けられて行くのを、見て感嘆の声をあげる
周りには、色が着かぬよう部屋中ビニールでマスキングされており
窓には小さい簡易換気扇がセットされて唸りをあげていた
暫くして━━━━━━
「ふう、終わりました。で、大婆様の要件は何で……あ! まだ乾いて無いから、触らないように!」
手に取ろうとした処を、止められてしまった。
「む、実はの。揚げ芋菓子を買ってきたいのじゃが……御主が行ってきてくれぬかや?」
「まだ、仕上げが残ってますから……それに、着替えねば成らないし……ん~、3時間程待って貰えますか?」
「夜が明けるわ!」
「だったら、千尋に頼んだらどうです?」
「もう寝てしまって居るし。此処のところ、祭りの準備やらオロチやらで、疲れて居るのに、ちと可哀想でのぅ」
「俺も忙しいんですが……」
「御主は遊んでおるだけでは無いか!」
「大婆様だってゲームしか遣ってないでしょ」
二人で睨み合うが、確かに自分もゲームで遊んでいるだけだし、そこを指摘されると何も言い返せない
「むう、仕方がないのじゃ。自分で買いに行こう」
買い物の仕方も、千尋の中で見ているので、だいたいは分かるが……
品物との引換券みたいなのが良く分からん
「自分で買いに行くって……大婆様、遣り方は?」
「だいたいの流れは、千尋の中で見ておる。心配はない」
では、此処で練習してみましょう、と言う若龍の提案で、模擬『こんびに』を遣ってみることに成った
その辺にある天蔵さんの箱を手に取ると、店員役の若龍の前に持っていく
「らしゃせー。こちら一点で135万円っす」
「おい、幾らなんでも高すぎじゃ!」
「嫌なら買わなくて良いっす。あーりゃあとしたー」
「待て待て待て、こんな店員居らんじゃろ!?」
「甘いですね大婆様。世の中広いんですよ、こんな店員も居るやも知れません」
確かに言われてみれば……絶対居ないとは言い切れぬ
しかし、つい数ヵ月前まで、神社の敷地から出られなかった若龍に言われるのは、どうにもしっくり来ない
「ならもう一度、商品の値段の処から頼む」
「良いっすよ。1ドル27セントになりやす」
「………………」
「大婆様、無言で水の刀を創らないで下さいよ」
「主の言ってる事は、良く分からん!」
冗談ですって、と言う若龍の巫山戯た態度に苛立ち
次やったら3枚におろす! と忠告し水の刃をしまった。
よく、千尋が我慢しておるモノじゃと感心する
「でも、品物を持って、レジ前までは行けそうじゃないですか」
「うむ。そこで引換券みたいなのを渡すのが、良く分からんのじゃ」
「引換券? ああ! お金ですね。この千円札を持っていけば、150円としても6袋は買えますよ」
そう言って、お札を渡してくれた。
6袋か……朝までなら十二分じゃな
「邪魔して済まなかったの、人形造りを続けてくれ」
「ちょっと! 大婆様。その成りで行く気っすか?」
「む? いけぬかや?」
「さすがに浮いてるのはマズイかと……それとその容姿で、夜中に歩くのは補導されますよ」
若龍の指摘を受け、人間との面倒事はマズイと思い始める
仕方がない。寝ている千尋の身体を借りるか
一旦、千尋の中へ戻り、寝ている身体を操作する
千尋も成り立てとは言え、龍神の端くれ。妾が入ってもビクともしないが
人間なら神が入っただけで、許容範囲を超えて狂人化するか、廃人化して終わるところだ
所謂『神憑り』と言うやつじゃ
有名処では、邪馬台国の卑弥呼が、その身体へ神を降ろし、国の指針の御告げを行ったと言うのがある。
それでも長時間は降ろせずに、御告げだけ聞いて終わるような、短い神憑りだった筈
それに比べたら、千尋の中には、常に妾の光か闇の御霊があるのだから、やはり人間とは許容量が桁違いだと言うのがわかる
「あとは、使い方を教えて遣れば、化けるやも知れぬのぅ」
そう千尋の身体を動かしながら呟くと、若龍に貰った千円札を握り締め、『こんびに』へ買い物に向かう
着替えは面倒なので、寝間着のジャージのまま外へ出ると、数刻前まで雨が降ったせいか、熱気がだいぶ和らぎ、虫の鳴き声が心地好い響きを奏でる
石段を降り、提灯が照らす街道を歩く事5分、店の明かりに誘われるように入ると━━━━
「いらっしゃいま……なんだ……雌龍か」
店員をしている壱頭目のオロチに出くわす
「また御主かや、何処にでも出没するのぅ」
「……何かお前、今日は何処か……喋り方が婆臭いぞ」
「妾が婆臭くて悪かったのう、その悪態をつく舌と耳……削ぎ落として遣っても良いのじゃぞ」
「妾って……あんた雌龍の中に居る淤加美神か?」
「悪いかや? 千尋は眠って居るのでな、身体を借りて揚芋菓子を買いに来たのじゃ」
「成る程……予算はいか程で?」
オロチの問に、千円札を取り出して、此れで買えるだけ、貰おうと言い放つ
お菓子が置いてある棚の前へ案内されると、色んな種類があるのに気が付いた
何時もは、千尋が食材の買い出しで、一緒に買って来てくれるので、任せきりだったが
こうも種類があると、他の味も試してみたくなる
「むう、これ程色んな味があるとは、思いも寄らなかったわ」
「此れなんかお勧めだぜ、チーズ味。コッテリしてて甘しょっぱくて……酒の肴に結構合うんだ」
「なんじゃ『ちーず』とは?」
「ん~、オレも良く知らねーんだけどよ。牛の乳を発酵させて造るらしいぜ」
「む、牛の乳とな? それではサクサク感がベトベトに成って仕舞わぬか?」
「否、この袋のに写ってる芋菓子に黄色いの付いてるだろ、それがチーズってやつらしいぞ」
そう言って袋の絵柄を見せて来た
このオロチ……コッテリだとか、甘しょっぱいとか、此方の食指が動かされそうな、刺激的な言い方をしてきおる
商売上手な奴め
「じゃあ、ソレを貰おうかの。後此れなんか美味そうだが」
「ああ、限定の岩塩のヤツだな。確かに美味いが……限定プレミアム商品だけあって、価格が高めなんだ」
むむ……6個買えなく成るのは、本来の予定が狂ってしまう
千尋の食材の買い出しで買って貰うまで持たせねば成らないからだ。
質を取るか……量を取るか……
妾が、どちらにするか、迷っていると━━━━━━
店のガラス扉が開き、1人の男が入店してきた
「いらっしゃ……お前は!」
「よう、兄弟」
壱頭目のオロチの動揺する声が気になり、妾もそちらを振り向くと
そこには、武甲山で取り逃がした、参頭目のオロチが立っていた。
「やっと見付けたぞ! 瑞樹の龍神!」
「ふんっ! 尻尾巻いて小笠原へ逃げ帰ったかと思うたが、違うてたのう」
「ただ単に、巻く尻尾が『須佐之男命』に斬られて、無かっただけだろ」
と、壱頭目のオロチが口を挟んで言うけれど、自虐ネタかや?
「兄弟……お前はどっちの見方なんだ?」
そう参頭目のオロチが壱頭目のオロチに問う
「オレはどちらの見方でもない。強いて言うなら、オレの身体を取り戻すのを邪魔する輩は、全て敵だ!」
「オレの身体だと? 『オレ達』の間違いじゃないのか?」
そう言いながら、参頭目のオロチの赤い酸漿目に殺気が籠る
「言って置くが、オレはオロチではあるが、コンビニ店員でもある。何も買わぬなら帰って貰おう」
壱頭目の酸漿目も赤みを増した。
一触即発。このままではコンビニが無くなり、揚芋菓子が買えなくなるではないか
其れだけは、阻止せねば
妾が止めに入ろうとした……その時━━━━━━
「ちょっと! 壱君! 外のゴミ箱のゴミを、片付けてくれた?」
「て、店長!? これからっす」
「早く遣って置いてね、 後ジュースの補充も」
「ういっす!」
慌てて裏へ入って行く壱頭目のオロチ
この店長……神話の化け蛇を顎で使うとは……強者に違いない
きっと、何処ぞの神の生まれ代わりやも知れんのう
(※違います)
「此れでやっと二人きりだな」
「済まぬが、今菓子選びで忙しいのじゃ。後にしてくれぬかや?」
そう言って、参頭目を無視し棚へ目を戻す
━━━━━━が
「巫山戯るな! 心臓の在処。吐いて貰うぞ!!」
そう激怒して、手の平に何かの術の塊を出す。
一瞬で詠唱も無しに、出すとは流石神話の化け蛇
だが、忘れてもらっては困る。コヤツが神話の化け蛇なら、此方は神話の水神の龍神である
即座に『龍眼』により術を解析し構成を探ると、ただの水玉ではないか
但し、水温が恐ろしく低い
凝固点を術で落として、液体のまま零下へ持っていっているのか……器用な事をする
だが、相手が悪かったのう
この千尋の身体には、術反射が常時発動しており、術で弄った水であるなら、反射で術者へ反るだけじゃ
寧ろ、水や毒ブレスの方が、反射出来ない分。勝ち目はあったかも知れぬのに……残念だったのう
妾は指をパチンと鳴らして、落とされている凝固点を零度へ戻すと
参頭目のオロチの手の平の水は、氷の塊に変わってしまった
「そもそも、水の勝負で、妾に勝てる訳無かろう」
水神を舐めるな! と言い放ち菓子選びに戻る━━━━が
「舐めてるのは……貴様の方だ!!」
怒声をあげて、違う術を発動させる
「やれやれ、術反射が…………て、この術は!?」
龍眼には、『広域地揺れ』と出ている
マズイ。地震だ! これは反射したところで、震源が数メートル先のオロチの下へ移動するだけで、巻き込まれるのは変わらない
しかも、水属性ではなく、土属性、地属性なのだ。妾には手が出せぬ
風を呼び、飛翔してしまえば無傷なのだが
それでは、護るべき瑞樹の神佑地と、そこに住む人間が壊滅してしまう
急いで震源にある術の根元を探る━━━━━━
地上から深度数百メートルと言ったところか……自然発生の地震より遥かに浅い!
しかし、どうする?
止めるには、術者の死亡。もしくは、術根元の破壊。
荒業で広域術消滅と言う闇の術があるが、神器八尋鉾を失ったのが痛い
神器無しでは、地下の根元まで届かぬであろう
「ふははははは! 全て破壊し尽くしてから、ゆっくりと心臓を探してやる! どうした? 瑞樹の龍神よ、手も足も出まい」
ぐぬぬぬ……
揺れが酷くなる瑞樹の神佑地に、参頭目のオロチの高笑いが響くのであった。