6-07 首無しライダー
瑞樹千尋達が、首無しライダーの件で、地元警察と打ち合わせをしている頃。
そこから遥か西へ行った瀬戸内海の海辺では、月明かりに照らされた白衣姿の2名が、あるモノを手に入れる為に、漁村へと赴いていた。
漁師に大金を払い手に入れたソレは、未だに脈打っており、ただの肉片とは思えない感じがする。
「沼田教授。例の検体を採取しました」
そう言ってクーラーボックスの様な入れ物に、肉の塊を入れる白衣の片割れ。
「そうか、間違っても食わぬ様に」
「もう、いくら何でも人魚の肉なんて食べませんよ。お玉さんじゃあるまいし」
「晴明様に仕えている、あの狐巫女は、うっかりを通り越してポンコツであるからな。まぁ八月一日君は優秀だから、うっかりは無いと思うが……」
「恐縮です。しかし教授、大枚をはたいて買った、この人魚の肉……何に使うんです?」
「不死と言うモノに興味があってな……もちろん、自分が不死に成りたいわけではない。単純に生物学として興味があるんだよ」
沼田教授はそう言いながら、海水を片手ですくって溢していく。
手から零れ落ちる海水を見る教授の目は、まるで生命の根源である、海水の更に奥を覗こうとして居る様に、月明かりで妖しく眼光を反射させる。
そんな教授に八月一日君は――――――
「しかし、遺伝子物理学の権威である教授が、オカルトに興味があるとは思いませんでした」
「八月一日君、キミは何を言っているのかね? 神話の神、火之加具土命を完全復活させようとしている時点で、オカルトもヘッタクレもないぞ」
「言われてみれば、確かに……」
「それにな……人魚の肉が元になっている不死者……八尾比丘尼の話も、この瀬戸内海を始め、日本各地の海辺で語られることが多い。それは人魚が居たと言う証明にも繋がるだろ?」
「なるほど、そんなに各地で人魚の伝承があるとは、知りませんでした。実際にこうして人魚の肉は買えましたし、人魚が居た事に疑う余地はないのですが……不死となると、もうそれは生物とは、言えないんじゃありませんか?」
「そう! そこだよ八月一日君! 人魚の肉で生命の枠組みから外れるのに、何を目的で存在するのか? 神である伊邪那美命ですら、火傷により黄泉に行ったのだぞ。不死が存在するとしたら、もうそれは神を超えているモノだと思わんかね?」
そう熱弁をふるう沼田教授に気圧され、数歩後ずさる八月一日君。
「そ、それで実験体Nを創ったのですね?」
「うむ。色んな遺伝子を掛け合わせたが、細胞が上手く繋がらず手を焼いていた。だが人魚の肉を使った途端、細胞が繋がりが強固になって形と成したのだ。まさに傑作!」
制御できないのが難点だがな、と困った顔で肩を窄める。
そう、人魚の肉が混ざった検体は理性が吹っ飛び、言う事をまったく聞かないのだ。
火之加具土命の肉体を甦らそうとする、加具土命プロジェクトを目前にして、神々の出雲入りがなされないと、DNAが安全に搾取出来ない為、未だ休止状態であり。
時間を持て余した沼田教授は、人魚の肉を使ったNプロジェクトを、加具土命プロジェクトと同時進行中であった。
だが検体1号は、9月に入って間もなく……つまり約1ヶ月ほど前に研究所を逃げ出し、今は行方不明状態になっている。
よって2号を創ろうかと思って、人魚の肉を手に入れに来たのだ。
人魚の肉は極稀に、漁師の網に引っ掛かり。そのまま持ち帰られることが多い。
漁師はその肉の危険性を知って居り、絶対に口に入れることは無いが、捨てて置いても腐らない為か、カモメなどの海鳥が突いて食べると、凶鳥化して人を襲うので、持ち帰って土に埋めるのだという。
そんな危険な肉も、金持ちの愛好家には売れるらしく。時には高額で取引されたりもするが、食べた者が必ず不死になれるかと思えばそうでも無い。
大概の者は、人の形を保っている事が出来ず。古事記の蛭子の様に骨は融け、軟体化してスライムの様になって、干乾びて消えてしまうというのだ。
ヒルコは島になったが、神と違ってこちらは人間が変わった姿だから、そう簡単に上手く行くはずもない。
しかしそれは、食した場合の話。
検体1号は培養カプセルの中で、直接人魚の肉片を混ぜたのだから話は別だ。
実験自体は上手く行ったのだが、如何せん。言う事を聞かないのだから、生物兵器としては使い物にならない。
どうにか成らぬものか……
そう考えを巡らせていると、助手の八月一日君が――――――
「そうそう、教授。先程人魚の肉を買って来た漁師さんから、面白い話を聞きましたよ」
「面白い話?」
「はい。なんでも、巨大な狸だか虎だか分からぬ化け物が、四国の方へと空を飛んで行ったんだそうですよ」
「まさか!? 検体N1号!?」
「その可能性は高いかと」
助手君の話を聞いて、海辺から踵を返すと――――――
「晴明様に、追跡能力の高い妖を貸して貰えぬか聞いてみよう」
そう言ってO阪のアジトへ向かう、沼田教授と助手の八月一日君であった。
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一方その頃。
北関東では、首無しライダーを誘き寄せるべく、1度目の下りが行われようとしていた。
夜21時から0時までと言うのが、目撃者が一番多い為。その時間に合わせて作戦が決行される。
今回、作戦に参加するメンバーは、自慢のバイクに跨るオロチの壱郎君と、その子孫である酒呑童子の末裔の娘。酒呑童子と呼んで良いと言う事なので、末裔の娘なんて長いし面倒臭いのから酒呑童子と呼ぶ事にする。
他のメンバーは、スタート地点の頂上から少し下った、1つ目のカーブ手前で、大きくなった狼のハロちゃんとハロちゃんに跨った僕。そして頭の上にセイと赤城の龍神さん。首にチョーカーと化けた巳緒の、いつものメンバーで待ち構えているのだ。
ちなみに小鳥遊先輩には、乗り物がない為、大人しくお帰り頂いた。ハロちゃんに2人乗りしても良いんだけど、飛んだり跳ねたりで振り落とされた場合、人間の先輩では大怪我に繋がる可能性があるので、今回は欠場していただいた。
かなり渋っていたけど、たまには帰って顔を見せないと、御住職が泣くぞ先輩。
兄である尊さんも、お見合い写真の件以来、実家へ帰らないしね。
さて、僕達がスタート地点に居ない理由は、大きくなったハロちゃんが、地元警察に見られてしまう危険性がある為。途中からスタートなのである。
21時になると、耳に着けた無線機のインカムから、西園寺さんの声がして――――――
『用意は良いかい? 地元警察の協力で道は封鎖されているが、観光地でもある為。それほど長くは通行禁止に出来ない。よって0時を超えたら、通行止めを解除して撤収になる。いいね?』
『おう! まかせておけ』
元気よく答えるオロチの壱郎君だが、どうなることやら……
その返事がした後に、バイクの排気音が聞こえてくるので、どうやら壱郎君がやってきたようだ。
壱郎君のバイクを先に行かせて、僕らはその後をつける。
しかし、カーブに入る時――――――
壱郎君のバイクが、そのままガードレールまっしぐらで、突進していくのだ。
キキキーとタイヤを鳴かせた音がして、ガードレール手前でどうにか止まる。
首無しライダーが出るまでは、スピードを出さず走らせて居たのが、これ幸いだったようだ。
「何事!?」
僕がインカムに向かってそう叫ぶと、壱郎君が――――――
『このドアホ!! 身体を逆に寝かせてたら、バイクが曲がらねーだろ!!』
『え!? だって、内側に寝かせたら倒れちゃうんじゃ?』
『遠心力を相殺するんだから、内側で良いんだよ!! 曲がらなきゃ危ねーだろーが!!』
どうやらバイクの後ろに乗る酒呑童子が、内側に寝かせる処を、外側へ寝かせようとした為、バイクが曲がらずに直進したらしい。
初めてだと、気持ちは分からんでもない。内側に寝かせたらアスファルトがすぐ目の前に迫るのだから、そりゃあ怖いわな。
それでも、外へ膨らもうとする遠心力を相殺するには、バイクと共に内側へ身体を倒す、ハングオンと言う技術が必要になる。
「まぁまぁ、壱郎君もそんなに青筋立てて怒らなくも良いでしょ? 良く教えて置かなかった僕らが悪いんだし」
そう僕がフォローすると――――――
『ごめんなさい』
素直に謝る酒呑童子に、壱郎君は――――――
『いや、オレも言い過ぎた。次は気を付ける様に』
そう言ってエンジンを掛け直し、首無しライダーを捜して下りを再開する。
まず1巡目は、首無しライダーが出て来ないままで下まで行きついてしまい。再度上って2巡目をスタートする。
しかし、2巡目も出て来ることは無く、3巡目、4巡目と時間だけが過ぎて行った。
セイ達は欠伸をして退屈そうに、豆腐を持って来るんだった、とアホな事を言っている。
豆腐ってどこへ運ぶ気なんだよ……
そんな中、ハロちゃんは久々の出番と言う事で、かなり張り切っていた。
先日、御堂さんを逃がした責任も感じて居るらしいので、汚名返上とばかりに頑張って居る様だ。
あれは学園前に解凍した、僕が悪いと言ったのに……真面目だなぁ。
まあ、そんなこんなで5巡目に入る頃――――――
後ろからライトの光が追ってくるのが分かったのだ。
「来た!」
『御出でなすったか!?』
インカムから壱郎君の声が返って来ると同時に、バイクのスピードが一段上がる。
まったく、スポーツタイプでない外国産のバイクでスピードを出すなんて、とんでもない奴だ。
しかしオロチの身体能力で、スポーツタイプのバイクと変わらないペースをつくり出していく。
「ハロちゃん、追えそう?」
『我が脚の速さをお見せしよう』
狼のハロちゃんも、置いて行かれまいと速度を上げるが、その横をいとも簡単に抜き去る首無しライダー。
速い!!
元々、首無しライダーが狙ってくるのは、バイク乗りだけの様なので、僕らには目もくれず加速して行く。
まぁ眼どころか、頭が無かったけど……
どんどん離れていく首無しライダーを見ながら、頭の上に座るセイが――――――
「雌の首無しか……噂通り、良い尻のラインだ。眼を奪われて、ガードレールに突っ込むのも分かる気がする」
「奪われるなよ!! だいたい今はそんな場合じゃ無いだろ!? このエロ龍め!!」
「そう怒るな。来る前に調べて置いてやったが、妖怪首無しは、お隣県の信州で有名な妖だ」
「ふ~ん。で、弱点は?」
「知らん!!」
肝心な処が、抜けてるじゃねーか!!
まったく役に立たない相棒は放って置いて、先行する壱郎君にインカムで連絡を取る。
「壱郎君。そっち行ったよ!」
『あぁ、サイドミラーにバッチリ映ってるぜ』
と言う事は、まだ壱郎君は抜かれてないって事か……ならば!
「次にカーブを抜けたら、セイと赤城さんは水ブレスを放って!!」
「いい加減、退屈してた処だ!」
「待ってましたよ千尋さん!」
二人ともやる気満々だが、ここでアクシデントが起こる。インカムから壱郎君の叫びが――――――
『しまった!! カマボコだ!!』
どうやら、スピードを出す暴走車対策で、道路がカマボコの様に上下に畝っている場所があり、そこへスピードを落とさず侵入してしまったらしい。
ちなみに、カマボコは壱郎君が勝手に命名したモノであり。正式には、スピードバンプと言う名前だと、後で聞いて分かった。
そんなスピードバンプに、速度を落とさず侵入すると、ジャンプ台の様に跳ね上がり、吹っ飛ばされるため。大変危険な代物なのだ。
僕らの目の前で、宙を舞う壱郎君と酒呑童子だが
空中でバイクと壱郎君を抱えて、酒呑童子が地面へ着地する姿は格好よく見え、僕らは歓声を上げる。
すげぇな……元々重いバイクに落下速度も加われば、その重さは数トンだぞ。
「二人とも大丈夫?」
『俺らは大丈夫だ! 雌龍。お前らはそのまま首無しを追ってくれ!』
カマボコに気を付けろと、インカムから注意を促して来るが。
その辺は心配ご無用! 何故なら……こちらは4本の足で地面を蹴る、ハロちゃんの四駆仕様なのだから。
相手は、スピードバンプの無い対向車線を走り、上下のうねりを回避して行く。
まぁせっかく地元警察の協力で、道路閉鎖をしているんだし、対向車線を使わない手は無いわな。
首無しライダーは、目標だった壱郎君のバイクが視界から消えると、さらにスピードを上げて逃げ始める。
「ハロちゃん!」
『くっ、最近の運動不足が祟ったか!』
ハロちゃんは、だいぶ荒い息をしており、これ以上は速度を上げれないみたいであった。
ならば……
「最短コースを行こう! こちらはバイクじゃ無いんだから、アスファルトの上を走る必要はない! 真っ直ぐ崖を下りれば、首無しライダーへ追い付くはず!」
僕の言葉に、ハロちゃんはガードレールを超えて、木々の生い茂る斜面を真っ直ぐショートカットする。
3つほどショートカットを繰り返すと、首無しライダーのテールランプが見えて来たのだ。
更にショートカットをすると、首無しライダーの真後ろへ出ることができた。
すかさず、水のブレスを吹くセイと赤城さんだが――――――
「「「 避けた!? 」」」
まるで背中に目でもついて居るかの様に、横にかわして走り去る。
偶然かも知れないと、もう一度水ブレスをするのだが、それも簡単に避けられてしまった。
冗談じゃないぞ。直線的で避け安い水ブレスだとしても、口から吐かれた瞬間には、ダイヤモンドをカッティングする水圧カッターと同じで、秒速500メートルは超えるのだ。
それを真正面からでなく、背後から迫る状態でブレスを避けたのだから、洒落にならない。
どうする――――――
僕は策を考えて居ると、突然目の前を走る首無しライダーのバイクが粉々に粉砕されて、燃え上がったのだ。
その粉砕地点に目をやると、一本の矢が地面に刺さっているではないか!?
あれは天若日子の持つ神器!! 天羽々矢!?
いったいどこから?
僕は暗視望遠モードで、天若日子様の姿をさがすと、丁度本人から念話が入った――――――
『千尋殿! ようやく動けるようになったので、我も助力に参った!』
『天若日子様、御無事で何よりです』
『千尋殿は命の恩人ですから、呼び捨てで結構です。それより、その妖は射抜いてしまっても、構わないのでしょうか? いや、もう手遅れか……』
天若日子は残念そうに呟くと。少し離れた場所に、光の柱が立ち上ったのだ。
「あれは龍脈!? いったい誰が……」
セイも赤城さんも頭の上に居る状態で、他に龍脈を開けれる方は――――――
僕のその疑問は、直ぐに解決する。
なぜなら龍脈から出て来たのは、神器のナックルを装備した、香住だったのだから。
その香住の肩の上に、淵名の龍神さんが居るので、龍脈は淵名さんが開けたのだろう。
妖怪首無しは、前方に香住。後方に僕らが居る為。逃げられないでいるようだ。
逃げたとしても、天若日子さんが狙撃して終わりだろうけどね。
「さて、もうライダーさん達を困らせないと約束してくれれば、見逃しますよ」
逃げ場のない首無しに、話し合いを持ちかけるが――――――
突然首無しは、香住に向かって突進を始めたのだ。
見た目で判断するなら、巨大な狼に向かって行くより、人間の女の子の方が勝てると思ったのだろう。気持ちは分かるが、その考えは甘すぎる。
突進してくる首無しに、低く腰を落とし拳を握って待ち構える香住。
まあ正拳突きになるよね。首が無いから得意なラリアットも、フランケンシュタイナーも出来ないし。
そうこう思ってる間に、香住の間合いに入り込む首無しへ、正拳突きを叩き込む。
香住には、鬼族の様に氣とかは無いけど、神器持ちなので相当痛いはず。
案の定、鳩尾へ叩き込まれた拳で、くの字になって吹っ飛ぶ首無しの妖怪だが。その妖怪の身体を、追い着いて来た酒呑童子がキャッチしたのだ。
酒呑童子は口笛を吹いてから――――――
「人間の癖にやるねぇ。そのうち、手合わせしてみたいもんだよ」
いやいやいや。いくら何でも、香住はタダの女子高生ですから!
「私でよければ喜んで」
香住も承諾するなよ!! 鬼族は半端ないんだから!!
そんな香住に僕は――――――
「だいたい、香住は門限は良いの? もうすぐ0時になるけど」
「大丈夫よ。来週中間テストでしょ? 天神様に勉強を教わる名目で、千尋の処へ泊るのを許して貰ったのよ」
天神様で、良く御両親が納得したな……まぁ、馬鹿正直に神様だなんて言わずに、勉強の天才が居られるので、教わりたいとか言ったのだろう。
そんな話をしていると、バイクを押して現れる壱郎君が――――――
「なんだ、もう終わっちまったのか!?」
「良いとこなしだな」
「雌龍の頭の上に乗ってるだけの奴に言われたくねーわ」
「なんだと!?」
またセイと壱郎君が喧嘩するし。
何はともあれ、妖怪首無しも捕まえたし、西園寺さんに引き渡して、ミッション終了である。
全員を龍脈で回収しながら、今日こそは自室の布団で寝てやると、そう願いを込めるのであった。