6-02 酒呑童子の末裔
夜20時から始まる鬼ごっこには、まだ少し時刻が早い黄昏時。
龍玉を盗まれた責任は、自分にあると言う荒神狼のハロちゃんが、龍玉を持って逃げた御堂さんを追うと意気込んではいたけれど
やはり小川で匂いが途切れてしまっている為。捜索は難航して居る様であった。
ハロちゃんは、下流まで小川を辿ってみると言っていたが、あの狡猾な御堂さんの事だ。ずっと小川の中を逃げずに、何処か適当な処で乗り物に乗っている筈。
そうなれば、もう匂いで辿る事は、不可能といえるだろう。
次案としては、僕の連絡した西園寺さんが、警察へ働き掛けてくれているので。御堂さんを誘拐犯として指名手配してくれている筈。そうなれば、移動はかなり制限されるはずだが、どう成る事やら……まぁ捕まってくれれば、御の字である。
さて、残りのメンバーは、京へ行く者が全員境内に集まった為。西への龍脈で移動して置く。
水神の龍が京で集まると言ったら、やっぱり淤加美様の本体が祀られている貴船神社である。
神社の主神である淤加美神が、久々に等身大の姿で出て来るはずだが、ウチの分霊である淤加美様の様な珍竹林とは訳が違う。
『む。珍竹林とはなんじゃ! 御主に力がないから、省エネダイブになって居るのじゃぞ!』
『すみません。謝りますから右手を勝手に動かして、頬を引っ張らないでください。あと、省エネダイブじゃなくタイプです』
僕の中の淤加美様に、そう念話で謝った。
だいたい省エネに跳び込んでどうする……慣れて来たとはいえ、まだまだ現代の横文字には弱い古神の淤加美様。
今回、淤加美様が2柱居ると、鬼ごっこで間際らしいと言う事になり、ウチの淤加美様は姿を現さず僕の中に居る方向で行くらしい。
『千尋の中で、指令役と言った処かの』
『確かに、京の事は長年棲んでて、良く知ってそうですよね』
任せて置け! と頼もしいお言葉を頂いたが、貴船に祀られたまま社から出歩いていない様な気がするけど、大丈夫なんだろうか……
そんな話を淤加美様として居ると、貴船の龍の巫女である、小川伊織さんが御茶を淹れて持って来てくれた。
「今日は遠くから御出で下さいまして、ありがとうございます」
集まった僕らに、御茶や御神酒を振る舞っていく。
「こんばんは、伊織さん。私も手伝いますよ」
「あら香住さん、こんばんは。数日ぶり? かしら……香住さんも、今夜の鬼ごっこに出場するの?」
「やだなぁ、違いますよ。私は千尋の応援です。それに私は生粋の人間ですし」
「あらら、そうでしたの? お強いから、千尋様と同じく龍族かと……」
元々天然ではあるが、伊織さんが勘違いするのも分かる気がする。なにせ香住は、龍すら叩きのめすもの。
仲良くお茶を配る二人を見て居ると、姉妹なんじゃないかと思うほど、仲睦まじく感じられた。
時々、淵名の龍神さんに龍脈を開けて貰っては、京料理を教わりに来てるって話だしね。
そんな仲の良い二人を遠くから眺めて居ると、小鳥遊先輩が――――――
「千尋ちゃん! 見て見て、恋愛が成就するですって」
「水占いやってたんですか? 先輩ダメですよ、枝に結んである他人のヤツ持って来ては……」
「そんな事しないわよ。ちゃんと200円で籤を引いたのよ」
「僕としては、失せモノの方が気になります」
「あぁ、八咫鏡ね。でもそれは、向こうからやって来るって言ってたじゃない?」
それはそうなんですが、実は失せモノ……もう一つ増えましたから
しかも、大地震の氣で一杯の龍玉がね。
直ぐには龍玉を解放できないとはいえ、其ればかりが気になっていた。
そんな中、貴船の主である。高淤加美神が姿を現す。
「皆の者、早いではないか? とはいえ、聞いていた神の数より少ないのぅ」
「大山咋神様は、松尾大社を見に行かれました。しばらく留守にしていたから心配だったのでしょう。それから、宇迦之御霊様も伏見稲荷大社へ戻られましたよ。御自分の神域にネット回線を通すんだって張り切って居られました」
「なんじゃ、宇迦もネットを引くのかや? 妾は寝床に引いて貰ったぞ。豊玉は来ておらぬのかや?」
「海神の豊玉姫様と弟神の穂高見様は、瑞樹神社に残られました。鬼ごっこには興味ないそうです」
ネット回線も、深海にある龍宮迄は引けないから、拗ねてたんだよね。
それでも、自分の管轄する神佑地を放っている訳だし、天照様が居る瑞樹神社へ残るか……出発ギリギリまで悩んで居たが、敷地内なら無線でネット出来るので、天照様に隠れて別室でゲームの修業をして居るんだと思う。
そんな天照様も、時代劇に嵌まっていて。居間で婆ちゃんと一緒に、録り溜めしてある時代劇をずっと観ている状態だ。
「それで、5人目の龍は見つかったんですか?」
「地元の龍は皆無理じゃと言って居ったのでの、その龍の知り合いに声を掛けて貰ったのじゃが……危ないと言う噂が広まって居ってのぅ。千尋の方はどうじゃ?」
「僕は無理ですよ。まだ国津神に就任して、半年経たないんですから、神様の知り合いなんて居る訳がありません」
一応、夏休みに逢った、戸隠神社の九頭龍様に話してみたけれど、急にリュウマチが……と言われてしまい断られてしまった。
神様がリュウマチに成るとか、初めて知ったわ。
たぶん仮病だと思うけどね。
そんな処に、セイが――――――
「大婆様。歴戦の龍が、みんな尻込みするとか、そんなに危ないんですか?」
「お主等の参加は初めてじゃから、知らぬのも無理はない。まぁ制約が無く、単純な勝負なら龍族の勝ちなのだが、飛行は禁止。水ブレス等、人間に被害が出る様な大技も禁止。龍脈での移動も禁止され。さらに平安京の結界内でしか逃げ回れないのじゃ。一応回復など補助の術は、使用許可が出て居るがのう」
「平安京の結界というと、この前僕が書き換えたヤツですよね?」
「うむ。千年前より、だいぶ北東よりに移動しているが、その結界内が逃げ回れる範囲じゃ」
それで6時間耐久とか……龍族が誰も出たがらないのは、分かる気がする。
「大婆様、こんな恐ろしい鬼ごっこ、誰が決めたんですか?」
「それを話すには、少し長くなる。実はな、平安京に移って以来。鬼による人間への被害は、年々増加の一途を辿っておってのぅ。鬼に娘が攫われたり、田畑を荒らされ、酒を呑みまくる……その都度、人間の秀でた剣豪が、鬼を斬っては事を治めると言うような事が続いていたのじゃが、人間に秀でた剣豪が出ない時代は、それはもう酷い有様で……」
それもそうか、毎回人間側に、英雄が産まれてくるとも限らないのだから、英雄の居ない時代は、どうする事も出来なかったのだろう。
「じゃあ、龍族が人間の英雄の代わりに?」
「うむ。じゃがしかし、我々龍族が出雲へ赴いてる時とか、そう言った留守を狙っての犯行が増えてのぅ。現行犯で無いと手が出せぬのを良い事に、酒池肉林し放題じゃった」
「現行犯のみとか、警察の取り締まりみたいですね」
「人間が極端に減ると、黄泉の入り口である千引の岩が開いてしまうので、これはマズイと出雲でも議題に上がってな」
なんだか国会みたいだな……そういえば、何も議題が無いと、夫婦札を出して終わりとか言ってたな。
「それで、鬼ごっこですか?」
「うむ。年に一回、身体の丈夫な龍族と鬼族とで、5人ずつ選んで鬼ごっこをする。ただの鬼ごっこだと、鬼族が首を縦に振らないので。龍族が負けた場合の褒賞として、その翌年に作物へ回す為の氣を鬼族にとられると言った事で、凶作に成ってしまうのじゃ」
それで、豊作だったり凶作だったりするのか。農家さんには迷惑な話だ。
僕がそんな事を考えて居ると、僕の中の淤加美様が――――――
『そうは言うてもな、鬼ごっこをやらねば、鬼たちは好き勝手に暴れて、もっと酷い事に成る。それを抑える為には仕方がないのじゃ』
『まぁ、それも分かりますがね。現代に置いては、銃など近代兵器があるんだし、鬼族も昔ほど脅威では無いと思うんですが』
『……千尋はまだ、鬼族に逢ってないから、そう言えるのじゃ。片手で10トントラックを止める様な奴らじゃぞ』
マジカ!? 転生の製造機である、トラックも形無しだなオイ。
「なんだか胃が痛くなってきた……帰って良いですか?」
「今帰ったら、全国の農家さんから、苦情が来ると思うがよい」
進も地獄、退くも地獄で洒落に成らん。
「俺は、だっちゃ! とか語尾につけて喋る鬼なら大歓迎だ」
「あれは宇宙人だ。日本古来の鬼は、もっとこう……赤かったり青かったり、豆ぶつけられると逃げて行くようなヤツだよ」
淤加美様の話だと、豆で退散してくれるような鬼じゃなさそうだけどね。
セイとそんな遣り取りをしている間に、僕の中の分霊である淤加美様が、本体の淤加美様と同期を行っている。
僕の反射が邪魔をしているせいで、遠距離の同期が行えない為、定期的に直接同期を行っているらしい。
同期で得た記憶に、貴船の淤加美様が――――――
「八咫鏡の紛失とか、また大変な事になって居るのぅ。何千年と生きて来たが、これほど短期間で事が起こるとか、千尋だけじゃろうな」
「嬉しくありませんよ。人間として生きるより大変だとは、思いませんでした」
まぁその内慣れるじゃろうて……と笑う淤加美様だが、笑い事じゃねーですよ。
そんな雑談を淤加美様としていると、大山咋神様と宇迦之御霊様が応援に駆けつけてくれた。
時計を見たら、既に19時半に成ろうとしているので、開始会場へ移動する事に成るのだが
「ん? どうしたのじゃ千尋。周りを見渡して……」
「いや、一緒に龍脈で着たはずの壱郎君が居ないんですよ」
「あの蛇野郎、逃げやがったな」
セイがそう叫ぶと――――――
「ふははははは。オレが逃げるわけなかろう」
とうっ!! と掛け声を上げて、木の上から飛び降りて来た。
「蛇……お前は漫画の見過ぎだ」
セイに言われたくないと思うよ。
「ふっ、待たせたな皆の衆。頭に龍の角として刺すネギを、下仁田ネギから九条ネギに変えて居たんだ」
「どっちもネギじゃねーか!!」
「いくら何でも、バレるじゃろ……」
おぉ、いつもボケ役の二人が、珍しくツッコミを入れてる。
「でもほら、下仁田ネギだと太すぎてバレるからな」
「それ以前の問題だ!! それで角として通ったら、鬼族は節穴の集まりだぞ」
セイの言う通り、もう少しこう……地元の猟友会の人に頼んで、鹿の角で代用するとかさ……ネギはバレるぞ絶対。
とはいえ、もう時間も無い事だし。このまま鬼ごっこの会場へ移動した。
会場はあの麒麟が眠る、平安神宮であり。
毎年ここで行われる行事として、代々管理されている宮司様にも話が通って居り、この日ばかりは人知れず鍵が開けられていのだった。
「こんばんは、宮司様。麒麟さんに呼び出された時は、開けて頂きありがとうございました」
「おぉ、あの時の龍神様。今回は参加なさるのですか?」
「はい。成り行きで……」
「毎年怪我をする神様が出ますので、お気を付けくだされ」
お気遣いありがとうございますと、宮司様に頭を下げて居ると、何やら凄い妖氣が塀を飛び越してやって来るのが分かった。
「でけえ……」
隣でセイが、生唾を飲み込む音がする。
それもそのはず、現れた鬼の全員が2メートルを超える大男であり。筋肉が盛り上がったマッチョマンなのだ。
鬼族は全員が横一列に並ぶと、一斉に大胸筋をピクピク動かしながら、そのあり余る筋肉を見せつけてくるのだから、僕を含めた龍族が全員青ざめる。
こんなのと体力勝負とか、無理でしょ。
鬼達はポーズを決めながら、自己紹介に移るのだが、左から茨木童子、熊童子、虎熊童子、星熊童子、金童子と、いずれも酒呑童子の配下で有名な鬼達である。
特に、茨木童子は、酒呑童子の副官として有名であり。残りの4名も、鬼の四天王として有名な鬼達であった。
向こうが自己紹介したので、こちらも自己紹介する事になるのだが……
「オレは壱郎。北方で生まれた蛇龍だ!」
九条ネギを頭に挿したまま、胸を張って言い切る壱郎君。絶対バレるって!
「ほう、北方からわざわざ……遠い処ようこそ」
そう言って握手をする茨木童子とオロチの壱郎君。
鬼族の目は、節穴どころか、特大の穴が空きまくっていた。
握手が終わると、壱郎君の手が3倍ぐらいに腫れあがり、赤い野球グローブの様になっているので、大丈夫かと聞いたら――――――
「あの馬鹿力の鬼め……」
壱郎君はそう呟きながら、涙目に成っていた。
そんな時、背後から女の人の声が――――――
「ご先祖様!?」
「誰だ!? オレを先祖だと呼ぶヤツは!?」
振り返ると、すごい美人な鬼が、御先祖様と叫びながら、壱郎君に抱き着いて来たのだ。
「なんだ蛇の癖に隠し子か?」
「待て待て待て、オレには身に覚えがないぞ」
なんか修羅場に成っているが
もしかすると伝承の一説に、八岐大蛇と丹波の豪族の娘との間に生まれた子が、酒呑童子だと言う話がある。
その話が本当なら、オロチである壱郎君は酒呑童子の先祖にあたり。ずば抜けた身体能力も、オロチの血を引いて居るなら、納得と言うモノだ。
もの凄い力で壱郎君に抱き着く鬼の娘は、絶対に離さないとと言った感じで、そのまま力を籠める。
「おい千尋。あの蛇野郎……千切れるぞ」
「そんなこと言っても、どうやって引き離すのさ」
僕らが突然の事に困惑して右往左往していると、白い髭を携えた老神が現れ――――――
「なんじゃ、まだ用意できとらんのか?」
そう言って、少し苛立ちながら杖で地面をついた。
『淤加美様、あちらの方は?』
僕が念話で、淤加美様に尋ねると――――――
『あちらは大年神殿じゃ。毎年審判役をかって貰って居る』
『大年神様って、正月とかそう言った節目の行事に、お祀りする神様ですよね?』
『それだけではないぞ、田畑の稔りを司る神でもある為。今回の様な、来年の豊作に関わる、鬼ごっこの審判役には、最適な神とも言えよう』
なるほど、田畑の稔りに関係しているので、年神様が審判役なのか。
淤加美様との念話を切って、壱郎君に視線を向けると、抱き着いて居る鬼娘が――――――
「大年神様! 出場のメンバー交代を要請します」
「うむ。まだ始まる前じゃ、儂は構わぬ。だが時間が押しておる故、早めにせよ」
「はい! メンバーの茨木童子の代わりに、私……酒呑童子の末裔が出ます!! これで、ご先祖様と鬼ごっこできる!」
「お嬢っ!!」
いきなりの事に、焦る茨木童子へ向かい、もう決めたからと、わがままを通すあたり。凄いワンマンな性格である。
出場の宣言後、動きずらい着物を脱ぎ棄てると、スポーツ用のトップとパンツ姿になるのだが、他の鬼同様、筋肉の塊であった。
着物を着て居る時は分からなかったが、一切の無駄な肉が付いて居ない戦闘用の体つきであり、背丈も雄の鬼ほど高くは無いが、2メートルに届くかどうかと言うぐらいの、長身であった。
まあ。マッチョな茨木童子よりは、楽になったかな?
そう思っている僕であったが、その儚い希望が打ち砕かれる事に成るとは、まだ知る由も無かったのである。