6-01 盗まれた龍玉
瑞樹千尋が、学園へ通っているのと同刻。
N良県南部の山中にて、妖たちで編成された部隊が集結いた。
地元民も近付かない様な、奥まった山の中から、一筋の煙が上がる。
そこは呪弾の撃てる銃の密造工場であった。勿論、非合法の……
製造しているモノがモノだけに、警察を呼ぶわけにいかず。工場を警備する為に雇ったプロ達だけで応戦するのだが、攻めてきているのが妖や式神など、人外で編成された部隊なだけに、かなり手を焼いていた。
そんな人外の部隊を指揮するのが、安倍晴明の名を受け継いでいる、本名 神農原 真である。
「呪弾には気を付けよ! あれは神すら殺す弾である故、負傷した者は直ぐに手当てを受けように! あと工場の関係者は、生かしたまま戦闘不能にするのだ! 死人を出すと軍が動くからな」
そう指示を出しながら、工場を制圧していくと、狐巫女のお玉が晴明に――――――
「晴明様、東側の区画はほぼ制圧しました。図面が置いてあると思われる西側は、武装した人間に立て籠られ制圧に手間取っています」
「あぁ、ご苦労。人は逃がしても構わんが、図面だけは持ち出させるな。それと責任者の重定だけは捕らえよ。他に工場が無いか詰問する」
「他の人間は、本当に逃がしちゃって良いんですか? 警察にでも駆け込まれたら……」
「何て言って駆けこむ気だ? 銃を密造してた工場が襲われてますって? しかも妖の軍勢に? 鼻で笑われるか、良い病院紹介されるぞ」
「それじゃあ、水鉄砲を造ってたら襲われました……とか?」
「ほう……今どきの水鉄砲は、鉛の弾が出るのか? そもそも水鉄砲ごときで警察が動くとは思えぬ」
「瑞樹の水神なら、水鉄砲クラスでも十分兵器に成りえますよ」
「水神の龍と一緒にするな! あれは最早、霊的国防兵器だぞ。いや、瑞樹の龍神だけではない。国津神全般をそう呼んでも良い」
中には戦闘に不向きな神もいるがな。
お玉とそんな無駄話をしていると、雷獣が目の前に現れて――――――なぜかドヤ顔をして居る。
「雷獣ちゃん、どうしたの?」
いきなり素手で触らない処を見ると、このポンコツ狐巫女は学習したようだ。
式神によっては喋れない者も多く、呼び出した主に直接念話を送る者も居る。目の前に居る雷獣が、正にその類であった。
「どうやら、工場に電気を供給している変圧器を焼き切ったらしいな……そのお陰で、図面を持ち出そうとした重定が、中に閉じ込められているとの事だ」
「重定って華千院重道の父親ですよね?」
「あぁ、重定は全くと言っていいほど、陰陽術が下手くそでな。本来なら家督を継ぐのは、重定の方だったのが、当主の孫である重道の出来が良すぎた為。祖父で当主だった直中の……所謂、鶴の一声ってヤツで、家督は重道に譲ると言う、前代未聞な抜擢が行われた」
「選ばれなかった重定さんは辛いですね……」
「そうでも無いさ。他人なら兎も角、自分の血を分けた息子が家督を継ぐんだ。喜ばない親は居ない。しかし……面白くないのは分家の実力者達だ。なにせ、実力はあっても実績の無いポッと出の若造に、当主の座を持って行かれたのだからな……鳶に油揚げをさらわれるってヤツだ」
「ほへ~ よく内部分裂しませんでしたね」
「実際危うかったらしいぞ。だが、倅を分家に認めさせる為に、父親の重定が呪弾と銃の設計図を盗み出し、贋作銃の量産に入る。神をも殺せる銃と成れば、この業界の者なら誰でも欲しがる銃だ。妖退治も飛躍して楽になるだろう。そんな銃を渡す代わりに、重道の次期当主を約束させたと言う報告を聞いた」
その華千院家も、瑞樹千尋に関わった為。今は資産を抑えられ、東の陰陽師達の管理下に置かれているのだから、一寸先は闇である。
密偵の報告では、銃の製造に御堂家も一枚かんでいて、製造は重定、横流しのルートを確保するのが御堂進だったとか……その御堂も、昨晩ハルカスで失敗し、瑞樹千尋に氷漬けにされたと報告を受けた。
本当に、北関東の龍水神に関わると、碌な事に成らないと言うのを痛感する。
「晴明様の話を聞いてると、重定さんは息子思いの良い父親じゃないですか」
「あぁ。その銃口が、こちらに向かなければな」
晴明はそう言って工場へ目線を向けるのだが、やはり呪弾で撃たれると、妖は弱くて脆い。
弾が切れるのを待つか……そんなふうに持久戦を考えて居ると、窓が開き白い布が振られるのが見て取れた。
「どうやら、降参と言う事らしいな」
妖がやられたら、再召喚を続ければ良いので、持久戦ならこちらに分がある。
一方たて籠もった人間側は、呪弾の弾数にも限りがあり、雇われた警備人の替えも効かないのだ。長引けば士気が落ちるのは当然であった。
「晴明様、やりましたね!」
「うむ。怪我をしている者の手当てを優先に! 重定以外の人間は解放せよ! 動ける者は、工場が再稼働できぬ様、中の機械は徹底的に壊して置け」
「久々に格好よく決められましたね。惚れ直しそうです」
「京からの脱出では、霊狐と瑞樹千尋にしてやられ、散々だったからな。やっと本来の調子を取り戻した」
お玉に煽てられ調子に乗って格好良くポーズを決めると、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてくる。
警察無線を聞いてみると、どうやら地元の人が、工場から出る煙を見て火事の連絡を入れたとの事。
「晴明様、先ほど警察は来ないと仰いましたのに」
「あれは消防だ。くっ、仕方がない……工場の方は金型だけ壊して、重定を連れ撤収するぞ」
妖たちに撤退を命じて消防とは逆方向へ山を下る。
アジト迄、少し遠くなるが仕方がない。
そんな苦労も知らずに、狐巫女のお玉が――――――
「南側へ出るなら、帰りに W歌山ラーメン食べて行きましょうよ」
「このポンコツ狐め! 縛った重定を連れて店に入って見ろ。即通報だ!」
「いや、何かのプレイかと思われたり?」
「そんな趣味は無い!!」
お玉の懇願をビシッと断り、O阪のアジトへ向けて帰っていくのだった。
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一方、北関東。
瑞樹千尋が通う学園では、午前中の授業が終わり、お昼休みに突入していた。
毎度の事ながら、お馴染みのメンバーで集まり、レジャーシートを屋上で広げる。
「今日はねぇ、千尋が持ち帰ったホルモンを、秋野菜と炒めて見ました」
「おお! 香住嬢ちゃんの飯はいつも旨いな」
「あら本当。高月さん、また腕を上げたわね」
相変わらず小鳥遊先輩が、後輩の僕らと一緒にご飯を食べているが、もう誰もツッコミを入れない。
というか、先輩も一緒に鹿島神宮から朝帰りしたんだもの、徹夜だよな? いつ寝てるんだろう……
淤加美様の話だと、龍は自然の氣……特に水氣があれば寝ずに済むとか言っていたが、小鳥遊先輩は人間なのに倒れないよな? 逆さハルカスに鹿島神宮と連戦して、体力も凄すぎ。
「あの……先輩は、いつ寝てるんですか?」
「ん? そんなの決まってるじゃないの。授業中によ」
言い切ったよこの人……授業はちゃんと受けてください。
「はぁ……そんなので中間テスト、大丈夫なんですか? 来週ですよ」
「この連休中に頑張るわ。千尋ちゃんこそ大丈夫なの?」
「うっ、理数系は大丈夫かと……」
「得意科目があるだけ良いじゃない。私なんて、お経を読むぐらいしか取り柄が無いわよ」
先輩はそう言って笑っているが、笑い事じゃないっす。
ま、まぁ食事の時ぐらいは、勉強の事を忘れるかな。
香住の作ってくれた、お握りに手を伸ばすと――――――
「今年の新米かな?」
「らしいわね。一昨日、壱郎君が持って来てくれたの」
あの神社の石段を、米俵を担いで登るとは、さすがオロチ。
「新米……と言う事は、収穫祭が近いね」
御利益が、五穀豊穣だけあって収穫祭は毎年欠かさず行われる。
規模で言ったら夏祭りの方が大きいのだけど、神事としては此方の方が重要である。
「千尋は今年の収穫祭には出ないとか言ってたけど、出雲行きが中止に成ったんでしょ?」
「中止じゃなく、免除になっただけ。しかし地元に居るなら、出ない訳にいかないよなぁ」
お握りの中に入っていた梅干しの酸っぱい味で、口を窄め。お茶を飲んで一気に流し込む。
そんな僕を見て笑っているセイに、梅干しの種を飛ばすと――――――
「あぶねっ! 種が勿体無いだろ!」
「別に良いんだよ、天神(種)は食べないから。食べたら梅の木が生えてくるし」
「マジカ!? 俺食っちまったぞ……」
生えねーよ!
本気にして、青くなっているセイを他所に、香住が疑問を投げかけてくる。
「そう言えばさ、なんで梅の種を天神って言うんだろ……」
「あぁ、それは主を思う梅の飛梅伝説からきてるんだよ」
「飛梅伝説?」
「うん。菅原道真公が九州の太宰府へ左遷される時に、梅と松と桜の木へ、お別れの歌を詠んだんだけど。桜の木は悲しみで忽ち枯れてしまい。松と梅は道真公を追って太宰府へ向かうも、松は現代の神戸市に落ちてそこで根付き。梅はそのまま太宰府まで飛んで行って根付いたと言う伝説さ」
その飛梅伝説から、九州まで飛んで行った梅の種を、天神様にあやかって天神と呼ぶように成り。太宰府天満宮の御神木は梅の木とされ。樹齢千年を超える飛梅は今も太宰府天満宮にて美しい梅の花を咲かせていると言う。
「なんか、ロマンティック……」
香住が夢見る少女みたいな顔してるし。パイプ椅子振り回す様な乱暴者には、そんな顔は似合わない。
そもそも菅原道真公は、その左遷が原因で怨霊と化してるんですよ。その後、怨念を鎮めるために、天神様として崇め。鎮魂する事に成る。
「そして今、天神様は瑞樹神社に居ます」
「はい?」
「だからウチに居るの」
「どうして、そう言う事を、早く言わないのよ!! 挨拶してないじゃないのよ!!」
怒った香住が、お弁当のお握りを僕の口に押し込んで来るので、お茶で胃へ流し込むと、僕は話を続け――――――
「天神様は、殆ど部屋に籠りっ放しだからね。滅多に出てこないよ。尊さんの大学の本を読んでたり、ネットのやり方を聞いて、そこで色々難しい事を調べたりしてるって、神使の桔梗さんが言ってた」
「さすが学業の神様ね。勤勉な方だわ」
あとで勉強を教わろうと呟く香住。確かに中間テスト前で、実にタイムリーな方だ。
そんな話のをして居る中、僕は周りを見渡すと、セイの隣で寂しそうに弁当を突いている、赤城の龍神さんが目にとまる。
「そう言えば赤城さん。神木先輩は残念でしたね」
「仕方がないですよ。ケンサニュウインとか言うヤツで、帰りが数日延びただけですから」
昨夜の今日だもの、検査をするのは仕方ない……筈なのだが、やっぱり少し寂しそうだ。
他の生徒は、今日の夕方着の新幹線で帰ってくるはずだが、神木先輩と友人2名は検査入院で数日遅れるとの事。
まあ幸い、明日は土曜日で学園が休みなので、来週の中間テストは休まずに済むと言う話だ。
おっと、いけない。折角テストの話はやめて、美味しく弁当を頂いてるのに……
僕は話題を変えるべく――――――
「そう言えば、今夜だよね……地獄の鬼ごっこ」
「地獄のって大袈裟な……たかが鬼ごっこでしょ?」
「香住……僕が死んだら、お猫様を御供えしてくれ」
「やあよ。猫ちゃんが可哀想じゃない。それにしても、瑞樹神社の周りには猫が殆どいないわね」
「何故だか、なかなか寄り付かないんだ」
龍や狼など、食物連鎖の上位種がいぱっぱい居るからね。猫様が近寄らないのは仕方ないのかも……
「猫の生態は兎も角。今夜の応援は、私も行くからね」
昨夜の様に来るなと言っても、今回は無理らしい。
「でも、5人目の龍は見つかったの?」
「どうなんだろ……さすがに、病み上がりの淵名の龍神さんに、出て貰う訳にいかないし」
「すまんな千尋殿」
「いえいえ。淵名さんは瀕死だったんですから、しっかり療養なさってください」
そう声を掛けると、セイが――――――
「千尋、俺も……たぶん駄目だ」
苦しそうに言ってくるので、少し乗ってやる――――――
「ほう、それで病名は?」
「身体から梅の木が生える病」
「そんな病気ねーよ! さっきのアレは作り話だし」
「なぬ? 騙したな!?」
「実は梅の種ではなく、スイカの種だから」
「えっ!?」
本当に騙しがいのあるヤツ。
まぁ。今夜の事は、どうしても5人目の龍が見付からない場合。壱郎君が化けて参加するとか言っていたが……大丈夫なんだろうか?
そんな事を考えながら、お昼休みを終えて、午後の授業に勤しむ。
3年生の修学旅行で起こった、生徒行方不明事件の話が出なかったので、学園側は公にしない様だ。
生徒の3人も無事だったし。O阪府警の方からも、捜査するのに口止めしているのかも知れない。
誘拐した犯人は、瑞樹神社に居るんだけどね。
その誘拐犯の御堂さんだが……帰って吃驚。なんと! 逃げられていたのだ。
「千尋様、すみません。買い物に出ている隙に、逃げられまして」
『千尋殿、すまぬ。まさか自分の式神である貝に、自分自身を食わせて、小川から逃げるとは……不覚をとった』
神使の桔梗さんと、荒神狼のハロちゃんが泣きそうな顔で謝って来る。
子狐ちゃんズもお昼寝の時間で、すべてが間の悪い時を狙われて、逃げられたと言う事らしい。
「解凍したての御堂さんに、そんな元気があるとは思いませんでしたから……学園から帰った後に、解凍しなかった僕のミスです。何か無くなったモノは?」
そう聞いてみると――――――
『それがな……言いずらいのだが……本殿に収めてあった龍玉が無くなっている』
「え!? 大鯰の地震エネルギーが溜まった龍玉が!?」
ハロちゃんの言葉に、急いで本殿へ向かうと、扉の鍵が壊されているではないか!! 僕は恐る恐る中を確認すると、そこにあったはずの龍玉が無くなっているのが見て取れた。
これはマズイ。あのエネルギーを解放したら、関東大震災クラスの地震が起こってしまうからだ。
御堂さんは兎も角、あの龍玉だけは取り返さないと、何処で大地震が起きるか分からない。
本殿の入り口で固まり、顔を真っ青にしている僕に、セイが――――――
「龍玉は2つあっただろ? 鹿島神宮の要石に仕掛けた分と、香取神社の要石に仕掛けた分」
「うん。1つは此処に奉納し、もう一つは……小鳥遊先輩の実家!」
直ぐに、龍玉の無事を確かめるべく、小鳥遊先輩の実家である御寺へ電話を掛ける。
固定電話を使い、小鳥遊先輩へ電話しようと番号を探していると、セイが追い付いて来て――――――
「2つとも此処に奉納されてたんじゃ無かったのかよ」
「リスクは分散するべきなんで、一つは先輩の処へお願いしたの」
こんな近い距離では、リスク分散にはならないだろうけどね。
何度かの呼び出し音の後、やっと繋がったと思ったら、先輩の母親であった。
一応、龍玉の事を聞いてみたんだけど、先輩の母君では分からないとの事。
「どこに電話してるの?」
すぐ後ろから先輩の声がして振り返ると、既に京へ行く準備万端で廊下に立っていた。
「気配を消して、背後に立つのはやめてください。寿命が縮まりますから!」
「そう? 格好いいと思うんだけどな……忍者みたいで」
「先輩は祓い屋でしょ!? そんなことより、龍玉が先輩の実家にありますか?」
「無いわね」
即答かよ!
「失くしたんですか?」
「違うわ。ここにあるもの」
先輩はそう言って、胸元から野球ボール程の龍玉を取り出して見せてくる。
今どうやって出した……いや、あんな大きなモノ、何処に入れてたんだろう。
いろいろ疑問は尽きないが、先輩にも奉納された龍玉の喪失と、御堂さんの脱走を話す。
「なるほどねぇ。それで、もう一つの龍玉も、無事なのか気になったのね」
「最悪の場合。先輩の持つ龍玉で、エネルギーを相殺できるかも知れませんから、貴重なんですよ」
「しかし、こんな持ち運びに便利な大きさで、震災クラスのエネルギーだなんて……まるで歩く震源だわ」
洒落に成らない一言を仰られる。事実だろうけど……
また厄介事が増えてしまい、頭が痛くなるな。
「通常では、龍玉にロックが掛けてありますから、龍族でない限り簡単には解放できないと思いますが……」
僕が口籠って居ると、それを続ける様に先輩が――――――
「相手は陰陽師……正規の手順じゃない、裏技的な開け方なんかも出来そうよね」
そうなんだよ。一般人なら兎も角、御堂さんは陰陽師なので、ヤバさ倍増である。
とりあえず、事のあらましを西園寺さんにも報告して、指名手配を行って貰う事に……
電話したら、西園寺さんが絶句して居たけど、すぐに手配書を流してくれる事に成った。
名目上は、神木先輩達を攫った誘拐犯としてだが……
龍脈を使えない人間の御堂さんなら、そんなに遠くへは行ってないだろうし。
直ぐに指名手配で、監視カメラのある駅には近寄れない。
手配写真が出回る前なら、タクシーという手もあるが……カードは足がつくし、現金は遠距離だと高額になり、遠くには行けないだろう。
よって、北関東から出れずに居るんじゃないかな?
そう楽観的に推測する。
まぁ、なんにせよ。小鳥遊先輩の持ってる龍玉が無事で良かった。
本来なら、鬼ごっこなんてやってる場合じゃないのだが、行かないと淤加美様に身体を乗っ取られて、強制参加を余儀なくされるので
今夜ばかりは、何事も起きませんように……そう願いつつ、鬼ごっこの準備をするのだった。