5-22 闇対闇
天照様入りの神器。草薙剣を構え、龍の少女との擦れ違い様に、闇の球体を切り裂く尊さん。
東北の神器戦の時もそうだったが、少女の纏った闇は、何でも闇の中へ融かす術ではあっても、神器だけは融かす事が不可能であった。
闇の濃度によっては、覆う様に纏っている闇を、貫通さえしてくる神器。
おそらく龍の少女は神器相手に、さぞ慌てているであろう。
東北戦の時の僕は、どうせ神器が抜けてくるならと、闇の纏いを解いて、武器だけの打ち合いに切り替えたが
龍の少女はその決断が出来ず、闇を纏ったまま戦っていた。
はっきり言って闇を切り裂いてくる草薙剣の前には、闇の球体は何の意味も成していない。
しかも、天照様を内包した草薙剣の刃は、眩い光を放っており。斬り込む度に闇をかき消し霧散させている。
誰が見ても圧倒的である。
「すげぇ……」
セイの驚きの声も分からないでもない。なにせ、僕と一緒に東北での神器戦を見ているのだから……いや、呑み過ぎで吐いてたな……
龍の少女は闇が切り裂かれ減る度に、再度張り直しているのだが、あれでは焼け石に水である。
前にも言ったが、やはり戦い慣れしておらず、相手を怯ませる手段を用いて居ない。
僕が少女の立場なら、砂を蹴り上げ目潰しを狙ったり、木を上手く倒して攻撃タイミングをずらしたり、水があれば泥濘を創ったり幻影を創ったり小技を挟んで行くだろう。
そう言った、意表を突く事をしない少女の攻撃は、実に単調で避け安い。
何度も繰り返される単調な攻撃に飽きたのか? はたまた、無駄だと感じたのか? 少女が空中で止まり――――――
「ちょっと! アンタ何者よ!」
「知らんとは片腹痛い! 北関東の風雲児と呼ばれる俺様の名をな!」
そう高らかに言い放つ尊さんを見て、妹の小鳥遊 緑先輩は――――――
「風雲児とか初めて聞いたわ。ちっとも実家に帰らないから、風来坊の間違いじゃ無いの?」
「そこ! 余計な事を言うな! 俺はな、小鳥遊 尊。いずれ世界を手にする男よ」
「男? どう見ても、人間の女に見えるけど……」
櫛名田比売の櫛で女体化している尊さんを見て、困ったように答える龍の少女。
「今は仕方ねーんだよ。変身しないと神器が使えないんだからな」
確かに、神族の血筋しか扱えないのが、草薙剣だしね。
尊さんは櫛のお陰で、疑似神性を得ているからこそ、神器を扱えているのだ。女体化はその副作用に過ぎない。
「貴女、訳が分からないわね……何でもいいけど、そこをどきなさい人間!! 私は瑞樹千尋を倒して母様に認めてもらうのよ! 人間など倒しても、誰も褒めてくれないわ」
先程から母様、母様と……ひょっとして、淤加美様の隠し子?
『そんな訳あるか! 妾の娘は日河だけじゃ』
淤加美様から念話でお叱りを頂く。
『本当ですか? 僕の御先祖って事は、他にも神子が居る気がしますけど?』
『まぁ……人間と恋に落ちた事はある……寿命の関係で、相手が先に亡くなってしまったがな』
少し寂しそうに答える淤加美様の言葉からは、種族は違えど本当に愛していたと言う、切なさと哀愁が漂っていた。
でも普通の水神の龍と違い、闇水を使うのからには、龍の少女がタダの龍族ではない事を物語っている。
少女の母親が誰か? それも、相手に聞けば分かるか……
僕は宙に浮いている龍の少女に向かって――――――
「キミの母親ってどんな方?」
「……私の母は、気高い龍神よ。もっと詳しく知りたいなら、その人間どもを下げて私と一騎打ちしなさい!」
やっぱり簡単には教えてくれないか……
「じゃあさ、キミの勝ちで良いから、教えてよ」
「舐めてるの!?」
「そんな事ないよ。僕は、平和主義なだけ」
「それが舐めてるのよ! 龍族はもっと気高く! 力強い存在じゃ無きゃ駄目なのよ!!」
気高くねぇ……頭上でアフロを直してるセイとか、揚芋菓子で懐柔される淤加美様を見てると、そうは思えない。
でも、このまま僕の負けで良いと言ったとして、納得してくれそうに無いので、僕は頭上のセイを貧血で休んでいる建御雷様に託すと、尊さんの前に出る。
「雨女……お前、勝算は?」
「出たとこ勝負」
僕の言葉に、マジかよと呟く尊さんを他所に、そのまま少女に対峙する。
「やっと出て来たわね、瑞樹千尋」
「こうしている間も、睡眠時間が削られてるからね。早めに終わらせよう」
天津麻羅様へ依頼した、海神の槍修復の時に、緋緋色金の余りで創った香住のナックル……さらに、その余りで創って貰ったビー玉の神器? 本当に余りカスだな……それを使い、鹿島神社の御手洗池から水を引き寄せる。
余り物の余り物とは言え、神器である事には変わりないので、水を引き寄せるぐらいはお手の物だ。
今回水を引き寄せる、鹿島神宮の御手洗池は、どんなに水を汲み上げても、決して枯れることが無いと言われる池であり。常に水が湧き出でていて、その水量は1日に600トンとも言われている。
また豊富にミネラルを含んでおり、お茶を淹れる時のお湯として使うと最高だとも言われ、周辺の田畑の灌漑用水としても重宝されている凄い池なのだ。
その御手洗池から御水を拝借し、龍の少女と同じ様に闇を纏って行く。
そんな僕の姿をみて、少女が――――――
「私と闇水勝負をしようって言うの? 上等じゃない」
そう答えると、自分を包む闇の球体を創り直す。
少女と僕、お互いが闇に包まれた処で、同時に体当たりをするのだが
二人とも術反射があるせいで決定打にならない。
だが、そんな事は百も承知。
闇の球体同士がぶつかり合ってる処へ、僕は自分の闇の制御を少女に押し付ける。
当然、押し付けられた方は、球体が大きく成っていくのだが――――――
「ちょっと……こんなに沢山……」
当然押し付けられた方の重量は、どんどん増える訳で……
僕の方は、1日600トンの湧き水が入る御手洗池から、どんどん水を引き寄せ、闇に変換し少女へ押し付ける作業を、永遠と繰り返す。
本来なら、闇の纏いを解除してしまえば、それで済むのだが、強情な性格なのか絶対に闇を解こうとしなかった。
少女は重くなった闇に押しつぶされる様に、地面へ両手をついて苦しそうに息をするので
「この程度で音を上げるんですか? 僕なんて、碓氷湖の時はこの何倍もの闇を纏って平気でしたよ」
「じょ……冗談でしょ……こんなの潰れずに居られるわけが……無いわ」
「制御を手放してしまえば、術反射が効いて弾いてくれるんですよ。さっさと観念して……」
「嫌よ!! 母様に……認めて貰うんだから!!」
そう叫ぶ少女だが、さすがに龍の身体とはいえ、これ以上の水の重さは限界の様なので。此方から少女の闇水に干渉して、強制解除を試みた。
闇の水は一気に、タダの水へと変わり、森の中へ流れて行ったのだ。
あとは木々が水を吸ってくれるだろう。
森から視線を少女へ向け直すと、少女は苦しそうに息を吐きながら、ふらふらと立ち上がった。
「もう止めようよ。勝負はついたでしょ?」
「まだよ!」
「強情だなぁ、そもそも水神の龍は深い処に潜れるよう、水圧にも強いんだから。あの程度の水で潰れて居る様では、豊玉姫様の龍宮にも行けないよ」
「良いのよ……海水じゃなく真水の龍なんだから……」
苦しそうに肩で息をする少女が、乱れた衣服を直そうと白衣を引っ張ると、一瞬だが少女の胸元に、何やら光るモノが見えたのを見逃さなかった。
「今の……八咫鏡じゃ?」
「なんじゃと!? そうか!! 鏡の力で術反射をして居ったのじゃな」
天照様が、僕の言葉に反応して、尊さんの持つ草薙剣から顔を出して叫ぶ。
術反射の絡繰りが分かってしまえば、そんなモノである。
龍の少女は、しまったと言う顔をしながら、胸元を手で隠し――――――
「瑞樹千尋! 今回は引き分けにして置いてあげるわ!」
そう言って西の空へ飛び去って行った。
「あぁ……八咫鏡が行ってしまう……草薙剣の担い手よ。早う撃ち落とすのじゃ」
「無理っスよ。俺は接近戦専門だし」
「あっ、僕も無理ですよ。遠距離術があっても、八咫鏡で反射されちゃいますから」
天照様へ、先に釘を刺して置く。
そんな僕らを見て、天照様が――――――
「お主等の仲間には、弓遣いとか居らんのか?」
居たら苦労しません。唯一の弓遣いである天若日子様は、まだ瑞樹神社で寝てますからね。
だから、今の処遠距離攻撃できるのは、セイの水ブレスだけなのだ。
しかし決断を早くしなかったが為に、すでに少女は射程外へ逃げてしまっているので、事実上追撃は不可能であった。
悔しそうにしている天照様に――――――
「今回は逃がしましたが、いずれ向こうからやってきますよ」
「そうかや? 八咫鏡を渡したくない一心で、もう現れぬのではないか?」
「今回の騒動を起こした動機は、僕に勝って彼女の母親に認めてもらう事だと、彼女自身が言ってましたからね。それに去り際、引き分けだ! なんて言ってたっ事もありますし、必ず決着を付けに来るはずです」
どう考えても、引き訳じゃ無かった気がするけどね。
「しかし千尋よ。分かって居るのか? お主には期日があるのじゃぞ? 幾ら八咫鏡を見つけても、期日内に取り返せぬ様では、妾とて神罰執行派を止めることは出来ぬ」
「大丈夫ですって。彼女が幾つかのヒントを残していきました。1つ目は、水神の龍であると言う事。2つ目は、闇水を使うと言う事。3つ目は水圧の話の時に、海水に棲んで居ないと言った事……この時点で、海神の豊玉姫様や玉依姫様は候補から外れます」
「それで?」
「以上の事から分かる事は、彼女の母親が陸の水神龍であり。淤加美様の妹神であらせられる、闇御津羽神……だと思われます」
「淤加美神の可能性もあろうが? 本体でなくても、分霊と言う可能性もありえよう?」
「その辺は淤加美様本人に聞きました。本人曰く、身に覚えが無いそうです。記憶も他の分霊と同期してますからね、どの分霊が子作りしたと言うのも、分かる筈です」
「なるほど……理に適って居る……ならば闇御津羽が?」
「龍の少女の言動だけなので、絶対とは言えませんが、かなりの確率で当たりだと思いますよ」
闇御津羽神……淤加美様とほぼ同等の力を持ち。降雨神で五穀豊穣の淤加美神に対して、井戸と灌漑を司る神である闇御津羽神は、雨が降らない日が続いたとしても、井戸により飲み水を人々に与え、水路をつくり田畑に水を届ける神として崇められる。
此方は、淤加美神とは違い、闇水のみの神様であり、谷間の暗い処から湧き出る水を現している。
対する淤加美様は、闇淤加美神の他に、高淤加美神と言う2面性を持つ神であり、降雨により恵みの雨を降らせ作物のみならず、動物の喉を潤す命の水として、崇められている。
そんな闇御津羽神の娘であると思った理由は、闇の術しか使っていないからと言うのもあった。
なぜなら、高淤加美神は存在しても、高御津羽神は存在しないからである。
「う~む。ならば千尋の処に、暫らく厄介になろう」
「瑞樹神社へ泊るんですか?」
「お主を狙ってくるなら、わざわざ探さなくも、向こうからネギを……いや、鏡を背負ってやって来るのじゃからな。果報は寝て待てじゃ」
果報は寝て待てって……それ神道でなく、仏教用語ですよ~
まぁ何でも有なのが、今の日本らしくて良いけどね。
「さて、全部片付いたし。石に戻った鯰を海底洞窟に戻して帰りますか」
「そうは言うがな……戻すの大変だぞ」
みんな疲れ切って、その場でへたり込んでしまっていた。
「セイは何もやってねーだろ!」
僕の指摘に、頭のアフロを指さして、もう駄目とサインを送ってくる。
このアフロ龍め。
そんな時、草薙剣から出て来た天照様が――――――
「仕方がない。木の精と土の精に手伝ってもらいます」
そう言って、手をパンパンと打ち付けると、木々の間から、手のひらサイズの根っこ? の様な生き物が出て来て、天照様の前で頭を垂れる。
更に地面からは、やはり手のひらサイズの土人形が出て来て、天照様の前に整列し点呼を取っていた。
その手には可愛いツルハシやらスコップやらが握られていて、頭には黄色いヘルメットをして居る。
ちゃんとヘルメットを被るとは、本格的だな。
「みなの者、良く集まってくれたのぅ。御主等が長年住んだこの森が、心亡き者に荒らされてしまった」
すみません。僕も雷落としたりしました……ごめんなさい。
天照様は更に演説を続ける。
「ここの元の形は、長らく住んでいた御主等には、よ~く分かるであろう。その脳裏に浮かんだ姿を、もう一度ここに再現して貰えんだろうか?」
木の精と土の精のリーダー格がそれぞれ前に出て――――――
「お任せください天照様。いつも日光を頂いています故、頑張らせていただきます」
「こんな穴なんか直ぐに埋めて見せますぜ! 野郎ども! おっ始めようぜ!」
そう言て作業開始する精霊達。
すごい勢いで、修復されていくので、1時間もあれば元通りに成りそうだった。
「あっ! 穴を塞ぐの待った!! 先に鯰を入れさせてよ」
そう言って、穴の中へ再度石に成った鯰を落として貰い。洞窟内で僕がキャッチする。
要石が外れちゃったな……だいぶ小さく成ってるし、どうしたものか……
そう考えて居ると、洞窟内に入れた鯰の身体が大きく成り始めたのだ。
急いで元の位置に戻すと、完全に大きさだけは元の大鯰に戻ったのである。
「やっぱり洞窟内の方が、氣が充満してるんだろうな……緋緋色金の鉱石があるぐらいだし」
一緒に大鯰を運んでくれたセイがそう言うと、天井の穴から小鳥遊先輩の声がする。
「お二人さ~ん。土の精が穴を塞ぐってよ~」
「ちょっと待って、要石を降ろして貰わないと」
僕がそう答えると、穴から長い石柱が降りて来くるので、それを大鯰の頭を抑える様な位置へと誘導する。
これで穴を埋めて貰えば元通りだ。
埋められる前の穴から出ようとしたのだが、龍に成ったセイが穴につっかえて、出れずに涙目だったので、僕らは正規ルートの海へ通じる道から出ることにした。
「セイは人化したまま飛べないの?」
「飛べねーよ! そんな事が出来るのは、妖怪じみた大婆様だけだ」
セイがそう答えると、淤加美様が急に現れて――――――
「こんな美しい古龍をつかまえて、誰が妖怪じゃ!」
そう言って、セイのアフロの真ん中に、2段鏡餅の瘤をつくると消えてしまった。
「おおぉぉぉ……」
「淤加美様は、僕の中に御霊があるんだから、会話が聞こえてるって何時に成ったら学習するのかな? ほら、見せてみ」
洞窟内に溜まった水を使って、セイの2段鏡餅に回復水を掛けてやる。
「回復術とか、本当に便利だよな千尋は」
「希少種らしいからね……はい、終わり。セイにも助けられているよ」
そう言って腰裏で両手を汲みながら、少し屈んで上目遣いで言うと――――――
「今すぐ祝言を挙げたくなるぞ」
「だ~め。卒業まで待ってくれるって約束でしょ」
「卒業とか関係なくなる様に、千尋の学園を破壊するか……」
「ヤメイ!!」
その後海底洞窟を出口の方へ歩いて行くと、干潮が終わり海水がだいぶ増えた中を、一緒に泳いで外に出た。
海水は出た後が、べたつくんだよね。
そんな海水でも、水分がつけば癖毛が直る様に、アフロもいつの間にか直っていた。
海から参道を通り、要石のある方向へ向かうと、すっかり元通りに成っていたのだが……
「なんで、木の精と土の精が揉めてるの?」
「千尋ちゃん、元龍神様、おかえりなさい。何か……ここに木があったかどうかで、揉めてるみたい」
「そんな事かよ」
「ちょっと! そんな事じゃありません!!」
「んだ! ここに木なんか無かったぞ!」
「ありましたよ! 天照様、そうですよね?」
「天照様を抱き込もうとは、ふてえ野郎だ! 木なんかありませんよね?」
両方の精霊に詰め寄られて、困っている天照様。
困った顔とか新鮮だなぁ。須佐之男命を庇った時なんかも、あんな感じに困ったんだろうか?
「わ、妾は天津神ゆえ、地上の事は良く分からぬ。ここは建御雷の社じゃ。建御雷に聞くのが良からろう」
答えに困って逃げた!? しかも、建御雷様へ丸投げ!?
「建のオッサンなら、貧血が酷いとかで、本殿へ戻ったぜ」
そう答える尊さん。
おおっ! さすが建御雷様だ。剣神、武神であるが為に、危険察知能力もズバ抜けてる。
だが建御雷様が居ないせいで答えが得られず。木の精も土の精も意見を譲らないから、言い合いは更にヒートアップしていく。
このままでは、埒が明かないのだけど、空は明けて来てしまっていた。
さすが海辺に近いだけはある。北関東の山の中よりも、日の出が早い。
「とりあえず、明るくなってきましたし、木の事は保留と言うことにして置いて、人が来る前に撤収しましょう」
僕が助け舟を出すと――――――
「うむ、それが良い。一時保留じゃ!! みなの者、ご苦労であった! 人間に見つかり、騒ぎになる前に撤収じゃ」
僕の意見に乗っかった、天照様の解散の声で、森や土へ消えていく精霊たち。
「何とかなりましたね」
「うむ。こちらも帰るとしようぞ」
僕らは宮司様と、天津麻羅様に挨拶をしてから、帰りの龍脈を開くと、宮司さんが――――――
「皆さんのお陰で、社も元通りです。お礼と言っては何ですが……地元の農家さんから貰ったサツマイモです。お土産にお持ちくだされ」
そう言って、袋一杯のベニアズマを頂き、セイが大喜び。
宮司さんにお礼を言って、再び北関東の瑞樹神社へ帰るのだった。
はぁ……長い一日だわ……