5-21 大落雷と火災旋風
大鯰を強制に起こすなんて、何て無茶苦茶な!
前回大鯰を倒したのは、小鳥遊兄妹だった為。大鯰の怒りの矛先は、必然的に小鳥遊兄妹へと向けられる。
となると、残った龍の少女は、僕の担当になる訳だが……これがまた厄介な相手であった。
龍の少女は、身体に纏った闇を球体にして全身を包み込むと、そのまま僕へ突っ込んで来る。
この闇の術は、僕が初期によく使った術と同じモノだ。見た目は地味だけど、何でも融かす闇に包まれている為、攻守を兼ね備えた効率の良い使用方法だった。
だが、全身を闇水で纏うには、大量の水が必要となる為、水量の在る川やダムなどが無いと使用できず効率が悪い。だからこそ、少量の水で使える術を開発していったのが、今の僕である。
しかしながら目の前の少女は、近くに真水の貯まったダムも無いのに、この闇水を纏っていると言う事は、自分で水を生成出来ると推測できた。
僕は持っている水の薙刀を急ぎ闇水に変換し、闇の球体に包まれた少女を待ち受ける。
最悪、闇に触れても術反射があるから大丈夫だと思うが、僕以外で闇を纏って戦う者が居なかったため、今回が初めての試みであり、本当に大丈夫という根拠は無かった。
間合いのタイミングを見計らい、闇の薙刀を振りかぶり、大きな闇の球体目掛けて手振り下ろすのだが――――――
「なっ!? 刃がすり抜けた!?」
此方の刃は、吸い込まれる様に闇の球体へ沈んでいき、そのまま球体の後方へと抜けてしまったのだ。
僕はバランスを崩し、右半身を闇の外側へ触れてしまったが、融けたのは服の部分だけだった。
身体自体は術反射が効いているので無事だ。
つまりは最悪頭から飛び込んでも、服だけが融ける程度で済むだろう。
そう考えて居ると、考えを読んだ天照様が念話で――――――
『待て待て待て、御主……頭上に座る妾の事を忘れては居るまいな? 今のは右半身だけじゃったが、些か肝を冷やしたぞ』
『すみません、すっかり忘れてました。でも、太陽神ならその身体から出る光で、闇に触れても平気なんじゃありませんか?』
『あのな千尋……妾は10分の1だけ本体から切り離している状態なのじゃぞ。流石の妾でも、今の力では無事で済むかどうかは、あやしいモノじゃ』
天照様と念話していると、避けられた闇の球体が、空中で弧を描いて戻って来る。
さすがに、この国の最高神である天照様を、一部分とはいえ融かしてしまう訳には行かず――――――
「天照様、先に謝って置きます。すみません!!」
そう言って頭上に鎮座する、手のひらサイズの天照様を掴んで振りかぶると、そのまま尊さんに向かって投げたのだ。
「千尋おおおおぉぉ、御主と言うヤツはぁぁぁ」
だから謝ったのに……
尊さんは、飛んでくる天照様をキャッチすると、頭の上に乗せた。
妹の小鳥遊先輩の方にしなかったのは、最高神を人間が直接触るだけでも、どうになるか分からないと言うのがあったからだ。
中には直視するだけも、人間の目が潰れる神様も居るので、大事を取っての処置である。
兄である尊さんの方は、神器である草薙剣を使う為に、疑似的に神性を付与する、櫛名田比売の櫛を挿しているので、女体化し半神的な状態だからこそ、そちらへ天照様をお願いしたのだった。
これで心置きなく……え?
振り返ると、戻って来た闇の球体は、すでに回避不能な距離まで迫っていた。
いまさら小細工は間に合わない。
闇の刃が、すり抜けて効かないと言うのなら――――――
僕はその場で左足を軸にし、身を捩って回転をする。
そのまま遠心力を乗せて、尻尾を使い球体の横っ腹へ叩き込んだ。
球体の外側にある闇の部分の感触は何も無かったが、球体の中央部分に硬いモノがあり、それを尻尾で弾き飛ばした。
「きゃああああ!」
闇の術が解けて、木々をなぎ倒し吹っ飛ぶ少女。
自分でやって置いて何だけど、さすが龍の尾撃……かなり痛そうだ。
だが思った通り、攻撃が単調で読みやすい。僕より高いスキルや術を持っていても、戦い慣れをしていないのが窺える。
此方は、クローンオロチに始まり、東北で執事と対神器戦まで経験しているのだ。
そう簡単には負けはしない。
少女が鬱蒼と茂った木々の中へ消え、戻って来ないので。小鳥遊兄妹の方へ目をやると――――――
彼方はずいぶんと苦戦していた。
それもそのはず、海底洞窟に居た時は、要石の石柱により動きの一切を封じられていたのに、今はその封印から解き放たれているのだ。
さらに鯰の身体が小さく成った事で、当たり判定も厳しくなり、その機敏な動きで小鳥遊先輩の使う帝釈天の真言を避けている。
しかし小さく身軽になった分、大した術は使って来ないみたいで、攻撃方法は主に体当たりと言った感じだ。
もう一つ不利な事は、建御雷様が戦闘に参加できないと言う事。
天照様の助力で、すっかり傷は癒えたのだが、いまだ貧血状態であり。
あれでは草薙剣の中へ入っても、雷神剣草薙を撃つことは出来ないだろう。
僕も其方へ助けに加わろうとして、踵を返すと――――――
「待ちなさい! 瑞樹千尋! まだ勝負は終わってませんよ」
そういって草木を掻き分け現れたのは、先ほど吹っ飛ばした龍の少女だった。
……まったく、頑丈な身体だな。
しかし闇を全身で纏ったのに、服が融けて居ないと言う事は、あの少女の服も鱗を変換させた自分の身体の一部と言う事か?
前にセイや赤城さんが言ってたっけ? 鱗を服に変換できるって……
僕には、そんな高度な事出来ないので、こうして闇に触れた部分の服は、融けて露出してしまっている。
まったく勘弁してよ。O阪へ私服で行って、そのまま着て来ちゃったんだから……
龍の少女は脇腹を手で押さえているので、尾撃がかなり痛かったのだろう。
痣に成ってるかな? 可哀想な事をした。まぁ、向こうも龍なら再生で直ぐ治るだろうけどね。
いまだに敵意剥き出しの目で睨んで来る少女へ――――――
「ねえ……僕達初対面だよね? はっきり言って恨まれる筋合いは無いと思うんだけど」
そもそも初対面ていう時点で、恨まれるとか以前に、少女との接点が無いのだ。
「……恨まれる筋合いが無いですって? 気に入らないわ」
「はい?」
「気に入らないって言ってるのよ! 希少種ってだけで龍族の中で一目置かれる貴女がね!!」
そんなの知らねーし……
だいたい、ウチの淤加美様は、僕の事を基礎が出来ないと嘆くぐらいだ。
褒められた事なんか一度も無い。
というか、自分で水を出せないという弱点を克服する為に、色々とやって来たので。普通の龍神とは違う方向へ、成長過程が進んで居るだけだ。
進まざるを得なかったと言う方が正解かな?
術の開発をしなければ、すでに消滅して、この世に居なかったかも知れない。
それを希少種だからと簡単に言われても……ねえ。
「キミだって、闇を纏えてるじゃないか!? その闇術は、他の龍神でも術者自身が融けてしまい、再現は無理なのに、キミは再現した。それは誇って良いのでは?」
「駄目よ……これは貴女の猿真似にすぎないもの……それに、一番許せないのは母様が貴女を褒めたのよ!! それが一番許せないわ!!」
あ~もぅ、面倒臭い娘だな。そんな理由で恨まれる方の身にもなってよ!
まぁ、建御雷様を傷つけて、要石を抜き、大鯰を復活させるなんて事をしたんだ。少しお灸を据えないとね。
再度、闇を纏い直す龍の少女だが、その術は既に効かないと分かっているだろうに……
それとも、他に手持ちの術がないのか?
僕は、闇薙刀の闇を解いて水に戻すと、一部を水素に分離させ始める。
そんな僕に向かって再度突進してくる龍の少女へ――――――
「悪いけど、少しお灸を据えさせてもらうよ!」
「何をしようとしているのか分からないけど、この闇水を纏って居れば、私にはダメージが通らないわ!」
「知っているよ。でも叩きつけられた衝撃は、受けてるみたいだからね」
水素と酸素の混合気を創ると、圧縮着火を行う。
「瑞樹千尋、一体何を!?」
「ちゃんと受け身を取ってね! 水素爆発!!」
水素が弾けると同時に、辺りが光に包まれ、轟音と爆風で砂埃が巻き上げられる――――――
はずだった!
だがどういう訳か、爆縮する寸前の状態で、水素の塊が少女の前から消え、僕の前に現れたのだ!
まさか!? これは術反射!?
僕の目の前で爆発しようとする水素の塊だが、僕も術反射を持っている為。もう一度少女の目の前に移動する。
術が行ったり来たりして、反射合戦に陥るかと思いきや、少女の纏う闇に水素の塊が触れてしまい、闇に融けて消えてしまった。
そのまま突進してくる少女を避けると、自分の馬鹿さ加減に頭痛がする。
アホか僕は!?
少女が何でも融かす闇を纏っている時点で、僕と同じく術反射がある事ぐらい、容易に想像できたはず。
だとしたら、あの少女を倒すには、術以外の物理ダメージしか無いのだ。
とは言え、融けずに闇の球体を貫くには、神器クラスの武器が必要である。
少女の闇の球体を避けながら、天照様へ念話を飛ばす。
『先程は、すみませんでした。実は天照様に折り入ってお願いが……少しだけ、助力をお願いできないでしょうか?』
『仕方ないのぅ、何をしたら良い?』
余程、高天ヶ原が退屈だったのか、戦闘の参加にワクワクしながら答える天照様。
『では、尊さんの持つ神器に入ることは出来ますか?』
『うむ。やってみよう』
そう言って念話が切れた直後、尊さんの持つ草薙剣が眩い光を放ち始める。
さすが太陽神、輝き方も半端ない。
『そのまま少女の方をお願いします。神器でなら物理攻撃なのでダメージが通る筈です。代わりに僕が大鯰に向かいます』
『心得た! こちらは任せて置くのじゃ』
そう言って互いのターゲットを交換する。
何も相手の思惑通りの相手と、戦う必要は無いのだ。
僕は、鯰と対峙している小鳥遊先輩と合流し、宙を飛んでくる鯰に跳び蹴りをお見舞いする。
「千尋ちゃん、この鯰は物理で倒せないわ! 海底洞窟に居た頃と同等の再生を持っているもの」
そうアドバイスをくれる、小鳥遊先輩の息はかなり乱れていた。
無理もない、O阪の逆さハルカスでも、あれだけ術を連発していたんだ。息も上がるに決まっている。
寧ろ人間の身で、よくあれだけ術を連発できるものだと感心した。
まぁ聞く処によると、小学生の頃から住職である父の書斎に入り、真言を覚えては修業に明け暮れたのだから、その修業の賜物だろう。
そんな先輩も、帝釈天の雷撃を当てようと頑張ったみたいだが、海底洞窟内の様に要石の石柱で封じられている訳でもないので、動きが素早く殆ど掠り傷程度しか当てられてない様だ。
こんな時に限って、麒麟の角は持って来てない。
相手が土氣なので、相剋は木氣……木氣かぁ……
「そう言えば先輩。天狗の団扇は? あれ木氣ですよね」
「持って来ているわ、でもね……相手が風船の様に風に乗って飛ぶだけで、ダメージが与えられないのよ」
練習すれば、鎌鼬も作れそうだけど……と悔しそうに呟ていた。
それは仕方ありませんよ。何しろ天狗の団扇を手に入れたのって、5時間ぐらい前だし。
やっぱり、僕が何とかするしかないか……
まだ一度も使った事が無い、理論上の術だけどね。
上手い事に、今夜は雲があるので。この術を使うには、お誂え向きだ。
水素爆発に一部を使った為に、短くなった薙刀と、腰に付けた残りのペットボトルの水を全部使って、空へ飛ばす。
「千尋ちゃん、一体何を?」
鯰の攻撃を避けながら僕に問いかけてくる先輩に――――――
「先輩、雷ってどうやって出来るか知ってます?」
「え? 雲の中で発生するとしか……」
「実はね、氷の塊がぶつかり合った時に生じる静電気で発生するんですよ」
僕がそう答えると、上空でゴロゴロと雷の音が鳴り出したのである。
「じゃあ今さっき、空に飛ばした水は……もしかして」
「正解。氷の塊を創る為に飛ばしたんです。そして雷の発生を促すためにね」
そこまで言い切ると、今度は音だけでなく、雲の間から光が見えだしたのだ。
たぶん天候を操る淤加美様なら、こんな遠回りなやり方でなく、直接雷雨を呼んで雷を落とすだろうが、僕はそう簡単には行かない。
だから雷の素を創るので精一杯であり。大体の落とす場所は指定できても、完全に個人を指定して落とすのは無理なのである。
「千尋ちゃん、雷を創れるなんて凄いじゃない!」
「あはは、何せ初めて使う術なので、命中が天任せなんです。先輩、当たったら済みません」
「なによそれ! 洒落に成らないわよ!!」
先輩と二人して地面に伏せると、辺り一面が光に包まれたのだ。
古来より、雷は金属とか高い場所に落ちるのだから、身体を低くして居れば、僕らに当たる確率はだいぶ低くなる。
雷が当たって欲しい敵さんは、宙に浮いている分、僕達より高所に成っているので、必然的に其方へ落ちる。
此処で地面に伏せた僕らに、雷が当たるぐらい運が悪いなら、一度お祓いする方が良いだろう。
雷光より音が遅れてやって来るが、その時には既に、鯰は真っ黒に焼けていた。
落雷の轟音が過ぎ去り、辺りに静寂が訪れると同時に立ち上がり、周りを見渡す。
どうやら木々には雷が落ちたりせず、火事には成っていない様だが、一カ所煙が燻っているのに気が付いた。
マズイ。もし火事になっても、手持ちの水は全部使ってしまったのだから、消す事もままならない。
火が出る前なら、土を掛ければ何とかなるかもと、草木を掻き分けて煙に向かって行くと――――――
其処には髪をアフロヘアにした、セイが横たわっていた。
「セイ……お前は何をやっているんだよ!」
「痛てて……何って、妻に戦わせて置いて、夫が何もしない訳にいかないだろ?」
「見てただけじゃねーか!」
「飛び出すタイミングを計ってたら、突然雷に打たれたんだよ! 仕方ないだろうが」
そう言って手のひらサイズに変化すると、僕の頭の上に乗るアフロ龍。
天照様に定位置を奪われてたのを、ようやく取り返したと満足そうに笑みを浮かべている。
暢気な奴。
まぁ、一緒に居たいっていう気持ちは嬉しいけどね。
セイは、アフロになった髪を手櫛で直しながら、俺……水氣で良かったと呟いていたが、なかなかアフロは戻らなかった。
確かに、セイが水氣でなく土氣だったなら、単にアフロに成るだけじゃ済まずに、鯰と同じく真っ黒だっただろう。
周りに、落雷での火事はなさそうなので、先輩と合流しようと黒焦げの鯰の処へ戻ろうとすると――――――
突然前方で、火柱が上がる。
「どう? 炎の俱利伽羅剣と風の天狗の団扇を使った合わせ技。火災旋風よ。動き回ってた時には上手く当てられなかったけど……怖い合わせ技だわ」
自分で技を使って置いて、怖いもへったくれも無いモノだ。
この火災旋風と言う技を見た処、竜巻に炎を乗せる凶悪な技であるみたい。
実際に、火災の熱により上昇気流が発生し、自然発生した例は世界にいくつもあるのだ。
その温度は1000度を超えると言われており、自然に出来た場合、危険極まりない災害なのである。
事もあろうに、それを俱利伽羅剣と天狗の団扇で再現するとは、先輩……恐ろしい人だ。
さすがの大鯰も、火災旋風の中では再生が追い付かなかったらしく、今度こそ石に成って、長き眠りに落ちたのだった。
真っ赤に熱せられた鯰の石を見て、セイが――――――
「食材を乗せたら、石焼きになって美味そうだな」
「おまっ! つい数時間前に、O阪で串カツ食っただろうに!」
「いやいやいや、甘い物は別腹って言うだろ? ここら辺の名物で、芋があるじゃん。馬鈴薯じゃない方」
別腹って何だ。胃が4つある牛じゃあるまいし……まぁ甘いモノが欲しいというのは、分かる気がする。
「あ~、石焼きイモね。確かサツマイモの生産量は、全国2位だったはず。ベニアズマか……それも良いねぇ、時期的に10月だし丁度いいかも」
そんな暢気な事を話していると、呆れ顔の先輩が――――――
「ちょっと、お二人さん。戦闘中なのをお忘れなく」
すみません、思いっきり忘れてました。
気を取り直して、龍の少女へ視線を戻すと、尊さんが善戦していた。
さすが、天照さまの御霊入りの草薙剣である。
そんな光る草薙剣を持つ尊さんと合流しようと、僕らは其方へ向かって行くのだが、果たして……神器以外を融かす、闇の球体をどうしたら良いか、それが問題であった。