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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
5章 常陸の大鯰(おおなまず) と 逆さハルカス
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5-19 八咫鏡(ヤタノカガミ)


夜中に突然現れた少女は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様だと名乗った。


だが、高天ヶ原(たかまがはら)拝謁(はいえつ)した時は、もっと背の高くて凛々(りり)しいお方だったはず。


しかしどうした事か、現に眼前で(たたず)む少女の身体からは、(ほとばし)神氣(しんき)も小さいままであったし。


高天ヶ原(たかまがはら)天照(あまてらす)様はもっと神々(こうごう)しい神氣(しんき)を放って居たので、どうしても目の前の少女が、同一神だとは思えなかった。


「お嬢ちゃん迷子かな? もうすぐ日付が変わるから、早く自分の(やしろ)へ戻りなさい」


僕は(あせ)って落としてしまったエコバッグを拾うと、そのまま玄関へ向かう。


(わらわ)(やしろ)伊勢(いせ)にあるわ。今から歩けと(もう)すのか?」


伊勢神宮(いせじんぐう)って事は、やっぱり天照(あまてらす)様で間違いないのか?


そういえば、O阪へ龍脈移動する時に、M重県あたりで違和感を感じたけど、あれは天照(あまてらす)様が降臨されたからかも知れない。


だとしたら、やっぱり天照(あまてらす)様本人かも……出来れば偽者(にせもの)であって欲しいと、そう思っていたのに……



僕と天照(あまてらす)様のやり取りを、頭の上で見ていたセイと赤城(あかぎ)さんは、巳緒(みお)と揚芋菓子の入ったエコバッグを(つか)むと、そのまま逃げる様に玄関の中へ飛び込んでしまった。


薄情者め!


このまま夜の境内(けいだい)で話すのも何だし、天照(あまてらす)様を居間へ案内する。


玄関で、神様の履物をどうしたものか……そう思っていると、天照(あまてらす)様は微妙に浮いているので、履物は必要なさそうであった。


その辺りは、いつも浮いている淤加美(おかみ)様そっくりだ。


だが、淤加美(おかみ)様と根本的に違う部分は、色々な装飾品を身に着けており、一番目立つのは頭についている太陽を(かたど)った髪飾(かみかざり)りである。


浮いているので、スリッパも必要ないと判断し、そのまま居間へ御通しすると


普段なら淤加美(おかみ)様達が所狭(ところせま)しとゲームをしている(はず)が、(ふすま)の向こうへ隠れてしまって出てこないので、居間は久しぶりに閑散(かんさん)としていた。


まぁ、自分の(おさ)める神佑地(しんゆうち)を放っておいて、瑞樹神社(うち)で遊んでいるのだから、(しか)られたくないと思っているのだろう。



そんな神様達が(ふすま)の向こうへ隠れている中、目を輝かして座り続ける人間が一人……


(きも)()わった小鳥遊(たかなし)先輩が、今度は何が起きるのだろうとワクワクしながら此方(こちら)を見ていた。


「先輩……お風呂あがったなら、なんで実家へ帰らないんですか?」


「お土産(みやげ)が来るって話だったから、待ってたのよ。でも……思った以上の土産(みやげ)だわ」


相変わらず食べ物よりも、人智(じんち)を超えたイベントが好きな人だな。



しかし先輩の言葉で、お土産(みやげ)としてホルモンを貰った事を思い出し、ホットプレートを使いホルモンを焼き始める。


焼けるまでの間は、僕が()けて置いたナスの(ぬか)漬けをだして、それを()まんでて(もら)った。


「うむ。ナスがよう(うれ)れておる。土によく()が通っている証拠じゃな」


もきゅもきゅと音をたて、ナスを咀嚼(そしゃく)し出来具合を味わうと、それを神酒で胃の中へ流し込む。


そんな天照(あまてらす)様を前に、ホルモンを焼く僕なのだが……どのくらい食べるかが分からず少し困っていた。


だいたい瑞樹神社(うち)に居る神様達は、好みの違いはあっても、等しく大食であり。天照(あまてらす)様も同じ量で良いのか迷う。


まぁ(ふすま)の向こうから、(うま)そうな(にお)いじゃのぅ~、なんて声がしているので、多めに焼いても余りはしないはず。


ホルモンが焼けてくると凄い煙が出てしまい、煙感知器(けむりかんちき)を鳴らさない為に、扇風機3台掛けで窓の外へ煙を出す様にしていたが、やはり全部は出し切れないのか、徐々に煙が溜まっていく。


やっぱり、ちゃんと排気(はいき)がしっかりしている、お店みたいにはいかないな。



天照(あまてらす)様、すみません。本殿は神事以外の火気は厳禁なので、居間へと御通ししちゃいましたが……(けむ)いですよね?」


「別に構わぬぞ。(わらわ)(しの)んで出て来たのでなぁ、大事(おおごと)にして(もら)っても困る」


そう言って(もら)えると、店も閉まっているこの時間では、たいした御もてなしが出来ないので、此方(こちら)としては凄く助かった。


他の神様達が、なかなか居間へ出てこないので、せっかくのホルモン焼きが(こげ)げてしまうと思い。電源をオフにして余熱で焼きながら、先に焼けたモノを天照様へお出しした。


「酒の(さかな)になるモノばかりですみません」


大山咋神(おおやまくいのかみ)様が醸造(じょうぞう)の神様だけあって、造るだけでなく呑む方も好なので、酒の(さかな)になるモノばかりが冷蔵庫の常備品(じょうびひん)と成っていた。


「これはこれで(うま)いではないか。酒の(さかな)と米の酒……それさえあれば、何も言う事はあるまい」


焼けたホルモンを口に放り込み、御猪口(おちょこ)に注がれた神酒をぐいっとやる。


まさに良い飲みっぷりだ。



空になった徳利(とっくり)を片付けながら、新しいぬる(かん)徳利(とっくり)を置いていると、天照(あまてらす)様が――――――


「さて……本題に入ろうか……千尋(ちひろ)天若日子(あめのわかひこ)を助けたのは分かって()る」


……きたか……


「はい……しかし、僕に見殺しにすることは出来ませんでした。もし……罰を受けよと(おおせ)せられるなら、僕だけにして(いただ)けないでしょうか? 瑞樹(みずき)神佑地(しんゆうち)に住む人間や、他の神様には手を出さないようお願いいたします」


僕が頭を下げ、そう直訴(じきそ)すると――――――


「そう早まるでない。たしかに高天ヶ原(たかまがはら)では、瑞樹(みずき)神佑地(しんゆうち)ごと滅ぼしてしまえ! などと過激(かげき)な意見も出て居たが、(わらわ)は反対したのじゃ」


「なぜで御座いましょう?」


「まず、妾が龍の希少種である千尋が欲しくて仕方がないのじゃ」


「……今すぐ罰を執行してください」


「なにゆえ!? 妾が嫌いかや?」


「いえ、天照様は好きですよ。天津神様達は怖い方が多いけど、天照様だけは温かい心で包み込む感じです……しいて言えば、お母さんみたいな感じです」


「お、お母さん!? じゃ……じゃあ妾の眷族に……」


「でも駄目なんです。罰則に私情をはさむと、必ず反対派の神様に遺恨を残す事に成ります。それに――――――この神祐地を……そこに住む人々を護りたいから……だから天照様の眷族となって、高天ヶ原へは行けません」


僕はそう言って、畳にめり込むほどに頭を下げた。


「民の為……か……そこまで言われては、引き下がるしかあるまい。民を護るのが国津神の本分じゃからのぅ。しかし、妾とて諦めた訳では無いぞ。首を縦に振るまで何度でも勧誘させて貰う」


手に持った御猪口をグイッと飲み干すと、見た目の少女に相応しく、にかっと笑った。


空になった御猪口に、徳利をもって御注ぎしながら


「しかし、罰は受けるんですよね?」


「そうじゃのぅ、妾は良くても、他の者が納得せぬから……特に、弟神の月読なんか頭が固いせいで、千尋に罰を受けさせよとする天津神筆頭じゃ」



天照様でも弟の月読様に頭が上がらないのか……


まぁ、天照様の弟神である、須佐之男命の高天ヶ原で大暴れの一件以来、月読様に負い目を感じているのかもしれない。


須佐之男命を高天ヶ原に引き入れたら、田畑を荒らすわ、暴れまくって神殿の前に粗相をするわ、機織り女に馬の生皮を投げつけ、死なせてしまう(過失致死)等々。非道の限りを尽くしたので、天照様は自分を責め天岩戸へ閉じこもってしまう。


それが日本神話の天岩戸の(くだり)である。


後日、閉じこもった岩戸の前で、他の神々が賑やかに騒いでいるのを、ひと目見たくて、戸を開けてしまうあたり、元来はお祭り好きなのかも知れない。



その岩戸の時に、須佐之男命を庇って酷い目にあっている周りの天津神が、僕を庇う天照様を見て、同じ事に成るんじゃないかと、心配しているのかもしれない。



「天照様の御立場もあるでしょうから、罰は受けます」


「そうじゃな、他の天津神を納得させるために、罰を受けて貰う」


そう言って、懐から何やら取り出すと、テーブルの上に円形のモノを置いたのだった。


「なんですか?」


「千尋ちゃん、それ鏡じゃない?」


僕と小鳥遊先輩が覗き込むと、確かに姿がうつし出されていた。


そんな僕らに向かって、天照様が一言――――――


「八咫鏡じゃ」


「「 えぇ!? 」」


「と言っても、それは偽物じゃがな」


で……ですよね。吃驚したわ。


偽物じゃ無ければ、無造作にテーブルの上へ放り出すはずがない。


だって本物なら、三種の神器の一つなんですから……


それに今、本物の八咫鏡は伊勢神宮で管理されているはず。



「でも良く出来た偽物ですね」


「うむ、天津麻羅に創らせたからのぅ、素材は本物と変わらん」


と言う事は、この鏡も緋緋色金で出来ているのか……作成者が同じなせいか、とてもよく出来ている。


そんな八咫鏡を、怖いもの知らずの小鳥遊先輩が手に取って、まじまじと眺めているが、宮内庁の偉い人だって直に見れないのに、手に取って見るとか凄い人だ。偽物だけど……


落とさないか内心ヒヤヒヤして先輩を見ていると、天照様が――――――


「千尋は神器の事を、どこまで知って居る?」


「そうですね……どれも神話の中で、重要な位置を占める宝具……と言った感じでしょうか?」


「うむ、この八咫鏡が無ければ、妾が岩戸から出てくる事も無かっただろうし、草薙剣の前名……天叢雲剣が無ければ、倭建命は火に巻かれて命を落としていたじゃろう」



倭建命の東征の時、オロチの尻尾から出た天叢雲剣が、敵の罠である火のついた草での攻めを、草を薙いで食い止めた為。それ以降、天叢雲剣の名前を草薙剣と変えたのは有名な話である。



天照様が話してる間も、八咫鏡にLED灯の光を当てて、何やら色々と確かめている小鳥遊先輩が、手を滑らせて落としそうになっているので、僕は気が気では無かった。


そんな僕らに目もくれず、糠漬けを口へ放り込みながら、天照様が――――――


「じゃが、妾が言わんとしている処は、其処ではない。千尋は、神器が増える……と言うのは知って居るか?」


「存じています。現に草薙剣は3振りありますから」


「確か1振りは、御主が壇ノ浦から引き上げたのじゃったな?」


「はい。所有権は熱田神宮に成っていますが、今起こっている事が納まるまで、仮受けた事に成っていて、現在の所有者は人間の尊さんです」


持って来ましょうか? と申し出た処、所在がはっきりしているなら構わないと言われてしまった。


「実はのぅ……増えるのは剣だけではないのじゃ」


「え!? もしかして、鏡も?」


「うむ。しかも、増えた鏡を高天ヶ原へ献上されたのは良いが、高天ヶ原に賊が侵入してな……増えた八咫鏡を盗み出されてしまったのじゃ、まったく高天ヶ原で盗みを働くとは、罰当たりな奴もいたモノだわ」


「はい!? ぬ…盗まれた!? 神器を?」


僕の驚きの言葉に、襖に耳を当てて盗み聞きをしていた淤加美様達が、襖ごと居間の中へ倒れ込んできた。


「いつ出て来るやと思ったら、やっと出て来たかぇ」


呆れたように言い放つ天照様に向かって――――――


「今の話、真ですか!?」


海神である穂高見様が前に押し出され、豊玉姫様に言わされて居る様だった。


「本当の話じゃが……他言無用じゃぞ。幸い伊勢神宮の八咫鏡は無事であったが、高天ヶ原で盗みを働くものは居ないと思って居た為、警備を手薄にして居ったのが裏目に出たわ」


「しかし、場所が場所ですからね……人間では入り込めないでしょうし……神々の中に不遜な輩が居るとしか……」


「豊玉姫、待たれよ。神族を疑うのは……」


「しかし、大山咋神……」



言い合いを始めた古神様達に、天照様が――――――


「犯人捜しは後じゃ、まず八咫鏡を取り返さねばならぬ……千尋よ、それが罰を無くす条件じゃ」


「盗まれた八咫鏡を探し出せばいいんですね。受け承りました。しかし……今月下旬には旧暦の神無月に成ってしまうため、出雲へ赴かねば成りません」


「その事なら、今回は特例処置をする事になった。本来は1ヶ月の間、出雲を出ることは禁止されるのじゃが……こと千尋に至っては、最後の挨拶がある3日間以外、自由に出入りを許すよう通達して置いたのじゃ」


「じゃあ、もしかして……神無月の間も、北関東に残っていても良いと?」


「それは構わぬ。しかし、旧暦の神無月が終わるまでに、八咫鏡が戻らぬ場合。いくら妾とて、他の天津神の執行を止めることは出来ぬぞ」


つまり、猶予は今から1ヶ月ちょっと。上手く行けばいいが……


天照様の言葉を聞いて、やっと出て来た淤加美様が――――――


「良かったのぅ、千尋。要は八咫鏡を見付けさえすれば、すべて丸く収まるって事じゃな」


「ですね。寛大な処置、ありがとうございます」


そう言って、再度頭を下げた。


しかし簡単に引き受けはしたが、手掛かりが一切無いのが不安である。


心配事も無くなり、やっと一息付けると、各神様達がホルモンを焼けと騒ぎだす中


奥の部屋で天神様と一緒にレポート作成をしている筈の、尊さんが飛び込んで来たのだ。


「雨女! 居るか!? ん? 新しい神様か?」


「こちら天照大御神様……お寺に生れた尊さんには、神仏習合での大日如来様って言った方がしっくりきたり?」


「大日如来って……大物のボスじゃねーか!」


「違うから! 大物は間違ってないけど敵じゃ無いから! あまり口が悪いと罰が当たるからヤメレ」


仏道に生まれた者が、大物のボスとか言うんじゃ無いよ!


「それより聞いてくれ。今鹿島神宮の宮司さんからメールが着たんだけどよ……倒したはずの鯰に異変があるらしいんだ! 頼む! 龍脈を開いて連れて行ってくれ!」


「連れてけって……もう深夜だよ? 向こうにも迷惑が……」


僕がそこまで言い掛けると、御猪口の酒を呑み干した天照様が――――――


「鹿島神宮と言うと、建御雷の社……妾も気になる故、一緒に連れて参れ」


「ちょっと天照様。何かあった場合、助けられないかも知れませんよ……本体の10分の1だと言ってたし」


周りに助けを求めようとしたら、みんな早く連れてってやれと目で訴えかけて来る。


大丈夫かなぁ……本体では無いとしても、天照様の身に何かあったら、今度こそ僕の存在を消されそうだ。


そんな天照様は、手のひらサイズに小さく成ると、セイ達の定位置である僕の頭の上に、どかりと腰を下ろした。


僕の頭って、そんなに座り心地が良いのか?


まぁ角があるから、揺れても掴まれると言うのもあるのだろう。


他に行く人を聞いてみると、小鳥遊先輩が手をあげている。


どうしてこの人は、人間なのに怖くないのだろうか?


前に聞いた時は、好奇心が勝って居る様な感じだったけど、気を付けてくださいよ本当に。


結局、深夜の境内に集まったのは、僕と天照様、そして小鳥遊兄妹だけであった。


セイの奴め……こういう時は出てこないのかよ。


サッと行ってサッと帰って来よう……明日の高天ヶ原行が無くなった為、学園に行かねばならないしね。


睡眠を時間を残す為、僕は急ぎ龍脈を開けるのだった。




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