5-18 院内疾走
ここ3~4日間ぐらい、ルーターのエラーランプが出てしまい、ネット接続が出来ませんでした。
本当に申し訳ありません。
天若日子様と憑いていた人間……身元不明人を布団に寝かせると、廊下にある固定電話へ向かい、O阪へ置いて来た西園寺さんへ電話を入れる。
時刻は21時に成ったばかりであり、まだ寝てはいない思うけど……
しかし、いつもなら数回の呼び出し音で、直ぐに出てくれるのに、今回は中々出て貰えないので、忙しいのかな? と受話器を置こうとしたら――――――
『はい、もしもーし。切れる前に、何とか間に合った……』
「西園寺さんですよね? すみません。お忙しい様なら、かけ直した方が良いんでしょうか?」
『いやぁ、ごめんごめん。もう大丈夫だから……実は、先程まで病院の受付だったんですよ。今はもう外に出たから、電話を使っても問題ないですよ』
「病院って事は、被害にあった女生徒の搬送ですか?」
『えぇ。ホテルに宿泊している、担任の教諭にも連絡して置きましたから、もう直ぐ来られるかと』
「だったら赤城の龍の巫女である、神木先輩も一緒の方が良いですよね?」
『ん~そうですね……行方不明の女学生3人の内、1人だけが北関東で発見されるって訳には行かないでしょうし……しかし、もう憑依の解呪は終わったんですか?』
「僕が戻った時には終わってました」
『さすが古神様達。仕事が早いですね。今すぐに、女学生を連れて来てもらえれば、ボクが病院前に居ますから、同じ病室になるよう手続き出来ますよ』
「じゃあ、お話したい事もあるので、そちらで……えっと、場所をメモします……はい……はい……」
西園寺さんが話す病院の場所を、固定電話脇のメモ用紙に書き留めて行く。
メモ用紙と言っても、日付が過ぎて剥ぎ取られたカレンダーの裏面を使った、エコ用紙である。
昔は新聞に挟まって来る、チラシの裏面へ書いたりしたのですが、今は裏面迄印刷されてしまっていて、メモ用紙には出来ない。その為、メモ帳にカレンダーの裏面を使っているのだ。
こういう細かい処が、実に幼馴染の香住らしいのだけど、もう一枚プロレスのカレンダーは、写真の部分を切り取ってコレクションしているので、細かいのだか、激しいのが好みなのだか、良く分からない。
病院の場所をメモし終わり、受話器を置くと居間へと向かう。
みんな御通夜モードかと思いきや、そこは――――――いつも通りの、賑やかな空間であった。
まぁそうだよね。神様達が、どうしよう……なんて狼狽えたり、気持ちが沈んだりはしないよね。
それをするのは、神頼みをする人間と、元人間の僕ぐらいである。
「神木先輩を、O阪の病院まで送って来ますよ。ついでに淤加美様へ約束していた揚芋菓子も買って来ます」
「ついでとは何じゃ! ついでとは……」
淤加美様がゲーム機に夢中になりながら、そう声を荒げると、他の神様達もお土産の要求をされる。
「時間的にお店の都合もありますけど、出来るだけ御期待にそうようなモノを買って来ます」
「ならば、我も行きます。志穂は赤城の龍の巫女ですから」
そう言いながら、赤城の龍神さんが神木先輩を背負うと、セイが俺も行くと名乗りを上げた。
「俺も連れて行けよな! まだ約束の串カツを食べて無いし」
セイが小さく成って、僕の頭の上に陣取る。
チッ、忘れて居なかったのか……
他に行く人が居ないか聞いてみたが、食べ物は土産で良いし、戦闘が無いなら興味が無いと、くつろぎモードに入ってしまった。
ちなみに、小鳥遊 緑先輩の兄である尊さんは、大学へ提出するレポートを別室で作成中であり、天神様と一緒に部屋へ籠っている。
来週、中間テストのある身としては、天神様……菅原道真公の助力がものすごく羨ましい。
天神様は、雷神と学業の神様として有名であり。生前は実力で右大臣にまで上り詰めた勤勉な方である。
その実力を妬んだ貴族達に、謂れのない罪を着せられ。本人どころか、子供達まで流刑にされたという。
謂れの無い罪で流刑とか……なんだか怨霊になった、早良親王様に似ているな……その怨念で、清涼殿に集まった貴族たちの上へ、雷を落とすところなんか特に。
他にも病が流行ったとか……その所業も、道真公の怨念だと言う噂が絶えなかった為、鎮魂として祀り上げられたのが……天満大自在天神。すなわち皆が知ってる天神様である。
神仏習合で、色々な神様と混ざってるけどね。
特に清涼殿の落雷事件でついた神名は、火雷神とか呼ばれたり等、沢山の神号を持つ御方である。
まぁ、妖や悪霊を退ける京の千年結界も、空からの落雷や流行り病には、効果が無かったと言う事か。
そんな道真公は、11歳で漢詩を読むなど文章系に強く、幼少の頃から学業に対して、天才的な才能を発揮した為。神として祀られた後も、学業の神として崇められ、合格祈願の学生で、現代でも天満宮は大入りだと言う。
瑞樹神社と違って、まさに羨ましい事である。
尊さんの妹。小鳥遊先輩に至っては、ウチのお風呂に入ってるとの事……長男の尊さんは兎も角、先輩は女の子なんですから、実家へ帰らないと、御父上の御住職が心配しますよ。
小鳥遊先輩は、天狗の団扇を手に入れ、お祓いアイテムが増えたと喜んでいたが、今持ってる独鈷杵や俱利伽羅剣も御住職のコレクションでしょうに……
本人曰く。こう言った、力のあるアイテムは、出回ること自体が奇跡であり、お金をいくら積んでも手に入らないモノだと宣っていた。
何と言うか……僕の周りの女子って、普通じゃ無いよな……香住も、緋緋色金で出来たナックルで喜んでたし……まあ口に出すと、千尋が言うな! なんて突っ込まれそうだから、言わないけどね。
さて、他に行く人も居ないし。先輩のお風呂を待っていては遅くなるので、早速出かけようとすると、淤加美様が何やら袋の様な塊をを無造作に投げてくる。
そのクシャクシャになった塊を広げたら――――――
「エコバッグ?」
「うむ。その袋に一杯の揚芋菓子を頼むぞ」
「食べ過ぎですよ……先日ダンボールで頂いた芋菓子は、どうしたんです?」
それもダンボール3箱……
「決まっておろう、食った!」
本当に食い過ぎだ。
揚芋菓子ばかりでなく、ちゃんと御飯を食べてくれれば良いのに……
まぁ若い龍神さん達が、普通の御飯は食べ飽きたと言うぐらいだし、それよりも長く存在している古神様たちは、とっくの昔に食べ飽きているのだろう。
そんな古神の淤加美様達が、夢中になってるゲームを横から覗き込むと、対戦系のゲームに夢中だった。
「もっと、なんちゃらの森とか言うのを、やってるのかと思いましたよ」
「あぁ、あれはのぅ……きゃらくたぁ? も可愛いし、面白いとは思うのじゃが……数千年も生きて人間を見ているとのぅ。つい50年ぐらい前までの人間は、開拓や虫を捕まえたり等、ゲームと同じ感じじゃからのぅ。現代では余り馴染みが無いので、ウケるのじゃろうて」
なるほど、見飽きているのね。
食事も純和風に食べ飽きて、ファストフードとかを好む傾向があるけど、それと一緒であろう。
この前イタリア風に、ミートソースのパスタを作ってあげたら、面白い味のうどんだと言って食べていたっけ。
和食も洋食も、どちらに偏るとかに無く、両方万遍無く食べてくれると、作る方も嬉しいんだけどね。
でも淤加美様……対戦ゲームばかりと言うのも、荒ぶりすぎですよ。
ゲームも食べず嫌いはやめて、色々やってください。
それにしても、荒魂を持った神様が多い事で……
僕はどちらかと言うと、和魂と奇魂かな?
とりあえず、病院前の西園寺さんを待たせ過ぎるのも良くないので、僕とカチューシャとして首に巻き付いた巳緒、そして頭上に陣取ったセイと、意識の無い神木先輩を背負う為、大きいまま人化した赤城さん。そんな5名で神社の境内に開けた龍脈を抜ける。
だが……ちょうど、M重県の北側を掠めるところで、龍脈に違和感を感じたのだ。
龍脈の中は、もの凄い速度なので、本当に一瞬の出来事であり、違和感を感じた時には、すでにO阪へ着いていた。
気のせいだろうと、メモに書き留めた、病院の場所に一番近い神社の境内へ、龍脈を開いてお邪魔する。これが本日2度目のO阪であった。
もうすでに21時を回っているのだが、さすがはO阪。街はまだまだ会社帰りのサラリーマンでごった返し。
最寄り駅は、その人々の群れを、次々に吐き出していた。
そんな雑多の中を歩くこと数分で、メモした病院が見えてくる。
すでに面会時間は終わっているので、正面の自動ドアはかたく閉じられていたが
病院の閉じられた正面から、反時計回りにぐるりと回り込むと、救急外来の入り口で、白衣姿の西園寺さんの姿を発見し、そこへ駆け寄った。
何故、ドクターみたいに白衣?
まぁ、考えても仕方ないので、西園寺さんへ向かって――――――
「すみません。遅くなりました」
「大丈夫ですよ。まだ担任の教諭は着いて居ませんから」
西園寺さんがそう答えると同時に、数台のタクシーが病院の駐車場へ入って来た。
「ヤバ、あれ3年の先生達だ」
龍眼の暗視望遠モードで、車から降りた人物の顔を確認し、そう声をあげる。
「間一髪ですね。赤城の龍神様、こちらのストレッチャーに、彼女を乗せてください」
「すとれ? あぁ……この細長い台の事だな?」
言われるままに、ストレッチャーへ神木先輩を優しく寝かせると、西園寺さんが布を被せる。
「千尋君はこの服を着て、赤城の龍神様は、小さく成って千尋君の頭の上に!」
テキパキと指示を下す、西園寺さんの言う通りに着替えると――――――
「これ、ナース服じゃないですか!」
そんな僕の姿を見てセイが――――――
「千尋。終わったらナース服を脱ぐ前に、写真を1枚撮らせて」
「そんなこと言ってる場合か! それより西園寺さん。変装なんかしなくても、大丈夫だと思いますけど!?」
「いえいえ、形から入るのが日本人です。それに似合ってますよ。さぁ、教諭達が来る前にストレッチャーを押してください。部屋まではボクが案内しますから」
西園寺さんはそう言いながら、ストレッチャーの舵を取り、他の二人が寝ている病室を目指す。
前から少し変だと思って居たが、この人もやっぱり変な人だ。まったく……まともな人は居ないのか?
「千尋、類は友だな」
一番変な、セイが言うな!
ストレッチャーを押しながら、心の中でツッコミを入れると、背後で3年の先生方の声がする。
「西園寺さん。追い付かれちゃいませんか?」
「大丈夫です。彼方は、部屋の場所を聞いたりするのに、ナースステーションで足止めされる筈ですから」
「そんなの数分ですよ!」
僕が声を荒げると、ストレッチャーが廊下の突き当りを、速度を落とさずドリフトして曲がる。
遠心力で、ストレッチャーの上へ寝かされた、神木先輩の足が外に振れるのを、僕は慌てて抑え込み、外側の壁を蹴って遠心力を相殺し、ストレッチャーの方向を修正した。
本物のナースさんに、こんなの見られたら怒られるぞ!(※病院内は静かにしましょう)
西園寺さんは、何やら小さい丸い鉄球をポケットから取り出すと、そのままエレベーターの開閉ボタンへ飛ばし、僕らがエレベーター前へ付くと同時に、開いた扉の中へ滑り込んだ。
もう、何だか滅茶苦茶である。
3階へ到着すると、そのまま暗い非常灯だけの廊下を、ストレッチャーを押して疾走するのだが、なんだか分からない黒い人影が彷徨っていた。
だが此方も龍神であり、国津神なのだ。横を通り過ぎるだけで、妖しい人影は霧散して消えて行く。
「ちょっ! 今の人間じゃ無かったよね?」
「よく頭脳は大人! みたいな推理モノのアニメに出てくる、黒い影一色の犯人だろ?」
それ……名探偵をいっぱい集めないと足らないぞ。
「だいたいオカシイだろ! 消えたじゃん! 音もなく消えたし!!」
「じゃあ、犯人が居なくなって、未解決で迷宮入りだな」
どうせなら迷宮で彷徨っててください。
「そんな事より、こっちの黒い影を解決してよ!」
セイと馬鹿な事を言い合っていると、西園寺さんが――――――
「さすが龍神様。神氣だけで成仏……いや、神道だから黄泉送りかな?」
「やっぱり幽霊じゃん! もう帰るぅ!!」
僕が声をあげると、その咆哮……叫び声とも、言うモノで、さらに3体の幽霊が消えて行った。
「お前本当に怖がりだな……あんな弱い霊なのに」
「千尋さんは元人間ですからね」
「怖いモノは怖いんだから仕方ないだろ……でも、ゾンビなら実態あるから平気だぞ」
余裕綽々の2龍に、頬を膨らまして答える。
「しかし、無害な霊も、有害な霊も、等しく消してしまうとは、さすが浄化の雨と恵みの雨を降らせる龍水神です」
そう西園寺さんがフォローしてくれるが、雨は使ってないんですよね。
「さっきから結構な数の霊が消えましたけど、ちょっと多すぎません? ウチの学園でも霊なんて見ませんよ!」
「お前の学園は、千尋の身体から出る神氣に怯えて、霊など入ってこれねーぞ」
「でも学園祭の時なんか、トイレに女の子の妖が居たし、赤紙青紙のオッサン妖も居たよ」
「あれは人間の有村が招き入れたからだろ。千尋は成体の龍になり、国津神まで任命されたんだ。普通の霊なら学園の敷地へ入ろうとは思わんさ」
非常灯だけの薄暗い廊下を、ストレッチャーを押して疾走しながら、セイとそんな話をしていると、横から西園寺さんが――――――
「千尋君は便利な除霊グッズという訳ですか? 確かに神社は、祀られた神を核にして、神域全体を神聖で保ってますからね。その核になる千尋君が、学園へ通学した時は、無意識に神域を張ってると言う事ですか……実に興味深い」
西園寺さんの言葉を聞いて妙に納得した。
クラスで、こっくりさんをやってる生徒が居たが、何度やっても降霊が出来なかったらしい。
神域化しているなら、悪い霊はやって来れないわな。
と言う事は、僕が学園を卒業した後、神域化が解除され変な霊が入り込んで、学園の七不思議みたいなのが出て来るのだろうか?
だからと言って、ずっと卒業しない訳にいかないし……まぁ強力な悪霊が出た場合は、僕か小鳥遊先輩が、除霊に赴けば良いだけの事だしね。
それに同じ事は学園だけでなく、神社仏閣にも言える。
僕が瑞樹神社に居ない時は、神使の桔梗さんが代わりを務めてくれているし。その桔梗さんが買い物に出て居たとしても、淤加美様が居てくれるから、瑞樹神社は無神状態には成っていない。
だが俗に言う廃神社と言うヤツは、神域の核になる神様が居なくなり、そこの龍脈の氣を吸い上げたくて、良からぬモノが住み着いたりする。
そう言う輩は、龍脈の氣を吸って強化し、更に凶悪化もしており。手に負えなくなっている事が多い。
だからこそ、無神状態に成った廃神社は、心霊スポットとしては危険なのだ。
そんな事を考えて居ると、僕達龍神の神氣に当てられて、更に5体の幽霊が消える。
先頭でストレッチャーの舵を切る、西園寺さんも見えているので――――――
「しかし神氣は凄いですね。千尋君を各病院に、1柱づつ欲しいぐらいです。まぁ千尋君はまだ若いから、病院とか縁遠い存在かも知れませんが、どこの病院も霊とか多いんですよ」
「そうなんですか!?」
「昔みたいに、畳の上で亡くなるって事も、少なくなりましたっからね。だいたいの人が病院で最期を迎えるので、身体から抜け出た霊魂が院内へ留まったりしますので」
なるほど、それで多くなるのか……
否、いかんいかん。考えると寄って来るって言うし、頭を空っぽに……もう無我の境地にでも入ったかの様に、ストレッチャーを押す。
廊下の一番奥にある大部屋へ到着すると、そのまま部屋の中へなだれ込んだ。
6人部屋なので、無関係な人も寝ている為。此処ではゆっくりとストレッチャーを押していき、空いているベッドへ横付けると、僕と西園寺さんで神木先輩を病院のベッドへ移す。
足元に畳んである布団を掛けると、枕元で赤城の龍神さんが神木先輩の表情を心配そうに見つめていた。
「赤城さん……心配なら残った方が……」
僕の言葉に、しばらく沈黙した後。
「いえ、志穂には地元へ帰って来た時に、お帰りを言ってやらねば成りませんから」
赤城さんは、頭を振ってから答えると、そのまま僕の頭の上へ戻ってしまった。赤城さんの人間嫌い克服……もう一息だったのになぁ。
でも、かなり心は開いて来ている……はず。神木先輩限定だけど……
それも仕方ないか……赤城さんが人間だった時に、お家騒動で火を掛けられ命を落とし。今回も御堂家が騒ぎを起こした発端は、密造銃工場が探られた云々と言ってはいたが、根幹は安倍晴明の名を欲しいとする、子孫達のお家騒動である。
人間の醜い部分を見て、益々人間が嫌いになってる可能性があるのだから、唯一心を許している神木先輩には頑張って貰わないとね。
忘れ物はないかと確認した後、病室から出てくる僕らに向かって、廊下の様子を見ていた西園寺さんが小声で――――――
「千尋君、みなさん、お疲れ様」
「お疲れ様です。それにしても、部屋がだいぶ奥にあるんですね」
「急に入れて貰いましたからねぇ。ここの病院長は高校時代の後輩なんで、無理がきくんですよ」
そう言って、頭を掻きながら笑っていた。糸目なので、表情はあまり変わらないが、結構顔が広い人である。
ストレッチャーを返しにナースステーションへ向かって行くと、丁度夜勤担当の医師に連れられた教員たちが、此方へ向かって来ていた。
ナースキャップは、角が邪魔で被れない為、僕の顔が丸見えである。
できるだけ下を向いて、西園寺さんの影に隠れる様に、ストレッチャーを押しながら横をすり抜けようとすると、あちらの会話が聞こえてきたのだ。
「他の患者さんも一緒の大部屋ですから、顔だけ見たら終わりですよ。事情が事情ですから今回は特別ですが、すでに面会時間は過ぎていますからね。くれぐれも御静かに」
何やら夜勤担当の医師に注意事項を説明されているらしい。
「ご配慮、痛み入ります。顔だけでも無事を確認して置かないと、親御さん達へ説明できませんから……」
そんな会話をしながら、僕と西園寺さんの横を、会釈をしながらすり抜けて、病室へ向かって行く教員たち。
生徒の無事を確かめたくて、急いで居た為か、此方へ注意が向かなかったようだ。
怖~、気付かれ無くて良かった。
ストレッチャーを返し、ナース服を……洗って返した方が良いのかな?
畳んだナース服を前に考えて居ると――――――
「その服は差し上げますよ。病院の備品ではなく、私物ですから」
「え!? 西園寺さん……いい歳してナース属性ですか?」
「趣味趣向に歳は関係ありませんよ。それに、私物と言っただけで、ボクのとは言ってません」
じゃあ、いったい誰の……そう言い掛けた時。セイが――――――
「あー! それ俺のナース服!!」
「おまっ!! そういう趣味だったのか?」
「ちげーわ!! 俺が着るには小さすぎるだろ! 昔、千尋が女体化した時に、着せようかと思って買って置いたナース服……いつの間に!?」
どうりで、僕にサイズが合うと思ったわ。
セイの問いに、西園寺さんは一言、内緒です。と言って病院の外へ歩いて行ってしまう。
そんな西園寺さんの背中を追って、薄暗い駐車場へと出て行くと、一台のワゴン車が止まっていた。
ワゴン車の側面のドアをスライドさせると、中には机が置いてあり、それを囲う様に椅子が並んでいたのだ。
まるで、移動する小さな会議室と言った具合である。
ドアを閉めると、ゆっくり走り出すワゴン車の中で、西園寺さんが椅子へ座る様に進めてきた。
窓は全面カーテンが引かれている為。電気をつけても外からは見えないようになっている。前方も運転席のすぐ後ろにカーテンが引かれ、運転手の目が眩しくないように配慮されていた。
そんなワゴン車の中で、西園寺さんが――――――
「千尋君。さきほど、電話で言っていた事って?」
神木先輩の急ぎの搬送で、先延ばしに成っていた質問を聞いてくる。
「えっと……逆さハルカスで、スナイパー役をしていた天若日子様が、憑依していた人間の身元が知りたいのです」
そう言って、セイのタブレット端末で撮った人間の写真を出そうとして、ある写真を前にして指が止まる。
其処には、僕のナース服姿の写真がバッチリ写っていた。
「我ながら良く撮れている!」
「いつの間に……」
削除ボタンに指を伸ばすと、画像にパスワードロックが掛かっていた。
無駄に変な機能を使いこなしやがって……
仕方がなくナース写真を飛ばして、行方不明者の写真をスライドさせると、それを西園寺さんのスマホへ送る。
「確かに画像は預かりました。では身元が分かり次第、こちらから連絡を入れますね」
「すみません。お手数おかけします」
「いえいえ、異形を討ち国民を助けるのが我々の仕事ですから……身体を乗っ取られていた人の、捜索願が出て居るなら、家族の元へ返してあげたいですしね」
そう言って、糸目で表情が分からない西園寺さんであったが、口元の唇の端から微笑んでいるのだとやっと気が付いた。
本当に微妙な動きなので、よく見てないと分からない。
ワゴン車はそのまま賑わいのある繁華街の通りを前に停車すると、西園寺さんが――――――
「千尋君、これを淤加美神様への供物として、お持ちください」
そう言って、ダンボール一杯の揚芋菓子……しかも、たこ焼き味を僕に渡して来る。
「え!? 凄く助かりますけど、良いんですか?」
「これから夜の街を探し回って、龍神様が補導されては大変ですからね。なので……ボクも串カツ店へ同席します」
何から何まで、すごい気配り。でも、助かりますよ。
セイや赤城さんは、人化で大人に変身できても、身分証明は持ってないし。
それとは逆に、僕は身分証があっても、未成年だと言うので補導されてしまう。
と言う事で、22時半が限界の時刻かな? そう思っていたので、忙しく揚芋菓子を見付け、串カツを頬張り、強制に帰る! なんて強行をしようとして居たぐらいだ。
それを身分がしっかりした大人の西園寺さんが同伴なら、かなりゆっくり出来そうだった。
僕は御菓子をエコバッグに詰め替えてから、西園寺さんの御厚意に甘えて同伴をお願いし、繁華街へと向かう。
まだ木曜の夜だと言うのに、呑み客でごった返す街中を、西園寺さんの案内で通り抜ける。
「これから行く店は、ボクの先輩がやってる店なんですよ。なので、融通が利くからか、あまり深くは詮索されません」
そう言って、メイン通りから一本通りをズレて、人通りも疎らな路地を抜けていくと、かなり年季の入ったお店の前で足を止める。
「おぉ……揚げ物の美味そうな匂いがしてる」
セイが鼻を鳴らして、早く入れとせがむので、西園寺さんを先頭に入店した。
「へい! いらっしゃ……」
西園寺さんの顔をみて、店主の掛け声が止まる。
「先輩、ご無沙汰です」
「いやぁ、本当に久しいな! 今日は娘でも紹介しに来たのかい?」
「違いますよ。ボクはまだ独身です」
「……なんだ。まだ高校時代に好きだった彼女を、忘れられないのかよ……仕方ねーな」
「まぁ、その話はまた今度で……今夜は、北関東から尋ねてくれた友人に、串カツを御馳走したいんですよ」
そう言って、御店主に僕達を紹介してくれたので、軽く会釈をすると
「そうかい、北関東から……じゃあ、美味いもん食わせてやらにゃ。少し、待ってな」
御店主は、衣のついたカツを熱せられた油に放り込むと、油の弾ける音が店内に木霊する。
そのカツを時折引っ繰り返しながら、西園寺さんとの昔話に興じていたが、長年染みついた料理人の感性で、絶妙なタイミングをもって油から引き上げた。
そのまま小さい油切りに乗せたまま、目の前に出される串カツ。
この、お皿に盛りつけ直さない処が、またオツである。
それをセイと赤城さんと巳緒たちが、いただきますと同時に頬張のだけど、全員がシンクロした動きで冷たい烏龍茶へ手を伸ばす。
「熱! でも、旨い!!」
「そりゃあ、今揚がったばかりだもの……」
僕はセイ達と同じ轍を踏まぬ様、粗熱を取ってから齧り付く。
上品な美味いと言う表現ではなく、素直に旨い!
そんな僕を横目に見ながらセイが――――――
「千尋、お前がつけてる、その黒い液体は?」
「これはソースだよ。関東だと、市販の長くて四角柱の容器に入ってるヤツ……ほら、主にコロッケとかメンチカツとかに使ってるの……知ってるでしょ? でも、O阪ではソースにも色々あって、甘口辛口……串カツ専用のソースとかもあるんだって。お店だと独自の配合だろうけど……忘れちゃいけないのは、2度漬け厳禁! だからね」
「そうなのか? 加減が難しいな……御店主、御代わりを頼む」
「兄さんイケルね。じゃあ、此れなんかどうよ」
御店主が、串カツとは違う、揚がったばかりのモノを油切りに置いた。
それを、息を吹きかけ粗熱を取ってから口へ放り込むと――――――
「熱っ! これ……生姜!?」
「どうよ、旨いだろ?」
セイは食べるのに夢中で、御店主の問いに頷きながら答えると、残り生姜も口の中へと放り込んだ。
そんなセイの食べっぷりに気を良くした店主が、此れはどうだ? と次々に変わり種を投入してきて、みんな満足のいった食事を、心より楽しんだのだった。
帰りに――――――
セイと赤城さんは、お腹をツチノコの様に膨らまし、僕の頭の上で苦しそうにしていた。
巳緒に至っては、今チョーカーに変身すると中身が全部出そう……などと宣い、小さく成ってエコバックの中へ入ってしまう。
みんな小さく成るのは平気なんだ……お腹の中の食べたモノも、小さく成っているのかな?
そんな摩訶不思議な疑問も、人外相手では意味が無いと思い、すぐに考えるのを止める。
「すみません。西園寺さんに御馳走して貰って……しかも、お土産まで」
僕は、ずっしりと袋一杯に入ったホルモンを持って、お礼を言う。
「いえいえ、北関東の龍神様達から加護を頂けるのなら、安いモノです」
少しお酒が入った為か、ほんのり頬の赤い西園寺さんが、そう言ってタクシーに乗り込んだ。
どうやら、今夜はビジネスホテルに一泊して、次の日は朝から報告書を提出に、O阪支部へ向かうらしい。
そんな西園寺さんを乗せたタクシーが見えなくなるまで見送ると、僕らは北関東への龍脈を開き、帰る事にするのだが……
時刻は23時を少し回った、北関東の瑞樹神社の境内で、一人の少女を見付けて、思わず身構える。
「そう警戒するでない。妾の顔を見忘れたかや?」
少女……と言っても、巳緒より小さいので、小学校に上がったばかりか? 幼稚園の年長組か? そのぐらいの年頃であった。
でも、現代で妾なんて自分を呼ぶ方が、人間の筈がなく……どことなく見覚えのある、太陽を形どった髪飾りをしていた
誰だろうか? 僕がそう思案していると、少女が更に続け――――――
「まあ、妾の事を忘れるのも仕方がない。なにせ、御主の国津神就任の時に、逢っただけじゃからな」
国津神就任!?
姿が少女のままだったので分からなかったが、彼女の声と言葉を聞いてはっきりした。
「天照大御神様!?」
僕のあげた声に、正解じゃと一言発し、少女は微笑むのだが
まさか、もう高天ヶ原への出頭命令が来たのかと、天津神の無情さに涙するのであった。