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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
5章 常陸の大鯰(おおなまず) と 逆さハルカス
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5-17 破術雨


もはや憑依(ひょうい)した人間の身体がもたないみたいで、此処(ここ)まで頑張った天若日子(あめのわかひこ)様を背負う。


意識は朦朧(もうろう)とした状態から悪い方向へ変わり、完全に気を失って時折小さく痙攣(けいれん)していた。


直ぐにでも龍脈を開きたいが、ここは正規のハルカス地下2階であり、床はコンクリートで(おお)われていて龍脈を開く事が出来ない。


それも仕方がない。関係者以外立ち入り禁止……英語でスタッフオンリーと書かれたドアの向こうは、地下鉄のホームなのだ。


上のハルカスビルを支えているし、頑丈に造られているに決まっている。


もうここは、虚構(きょこう)の空間では無いので、下手に穴を開ける事は出来ないのだ。


仕方がない、外にある神社の境内(けいだい)を借りよう。


一番近いのは磐船稲荷大明神であるが、あまり人通りが多いと、龍脈移動を見られてしまい本末転倒である。


やはり来た時と同じ、天龍大神の境内をお借りするかな。


僕は他のメンバーに――――――


「皆は北関東へ帰る? それとも残る?」


「ああん? 串カツはどうなったよ」


「今はそれ処じゃ無いでしょが! 背中の天若日子(あめのわかひこ)様が見えないのかよ! 空気読め!」


「でも約束は約束だろ! あと俺の嫁は風船じゃねえ」


その空気嫁じゃねえよ!


変な事ばかり覚えて……このエロ龍め! まったく、何処で覚えてくるんだか……


僕とセイが、言い合いしていると、急に息苦しくなってくる。


何事!? 


『ウチにも串カツくれるって言った』


「み、巳緒(みお)さん? 首が絞まってますけど……」


チョーカーに化けて首に巻き付いた巳緒が、僕の首を絞めて来たのだ。


「良いぞ蛇娘! 千尋の首を絞めちまえ!」


「ギブ……ギブゥ」


チョーカーの巳緒を、降参との意を込めて手の平でポンポン叩くと、漸く絞まってた首が解放される。


『千尋……嘘はイケナイ。次は本気で絞める』


「嘘は言ってないよ。ちゃんと買ってあげるってば! それに、次は本気って……いまので容赦してたんですか?」


『人間の首なら、千切れて胴体と離れ離れにぐらいの力だった』


加減してよ! 僕が龍だからって、力入れ過ぎだ!


「だいたい、串カツ買ってあげないなんて、一言もいってないでしょ。天若日子様を置いたらまた来れば良いんだし。淤加美様に約束した揚芋菓子も買わなきゃならないしね」


「じゃあ、さっさと一旦戻って来ようぜ」


ようやく人外方面の意見は纏まった。



「人間のお二人はどうします?」


「私は一緒に帰るわ。祓い屋として、どんな術で引き剥がすのかを、見て置きたいもの」


さすが先輩、祓い屋として勤勉な事で……


ちなみに、仏法の真言を使うのだから、祓い屋じゃなく、拝み屋じゃないの? と、昔先輩に聞いた事があったが、ちゃんと宗派に属して入門したわけでは無く、僧侶として認められている訳では無いから、拝み屋じゃなく祓い屋なのだと言う。


修業の方も、何処かの御寺に入って正式にした訳でなく、あくまで学生ですものね。


自己流でやってる内は、拝み屋でなく、祓い屋と名乗るそうだ。


まぁ、あれだけの実力があれば、その手の団体から引く手あまただろうに……


先輩は先輩で、別に祓い屋に成りたかった訳ではなく、助けたかった人が居た為に修業をしていたら、流れでそうなったと寂しそうに笑っていた。


流れで成ったとはいえ、儀式を見たいと本音が出る辺り、祓い屋稼業もまんざらでも無いみたいだ。



「じゃあ、小鳥遊先輩は帰るとして、西園寺さんは?」


「ボクは残りますよ。関西支部の部隊を、お借りした旨の書類を、提出したりしなければなりません」


「なるほど、お役所努めも大変ですね」


「他にも、誘拐されていた女生徒を、上手く返さねば……ね」


そう言いながら、床に寝かされた甘楽さんと藤岡さんの二人に視線を向けて、肩を窄める西園寺さん。


言い訳考えるのも、難しそうだ。


西園寺さんが困った顔をしていると、セイが――――――


「神隠しにでもあった……とでも、して置けば良くね?」


「O阪の土地神様が、冤罪だって怒るからヤメレ」


実際、虚構の逆さま空間に連れて行かれてたんだし、神隠しみたいなものだけどね。


連れ込んだのは神仏ではなく、人間の御堂さんだったけど……


どちらにせよ、女生徒の二人は無理やり行われた憑依により、体力を著しく消耗しており。一晩は地元の病院へ入院させるとの事。


傷は回復して置いたので、タダの検査入院になるであろう。


まぁ入院は軽く済む事に、越したことは無い。



僕達は西園寺さんに、女生徒をお願いしますと任せて、来た時と同じく、天龍大神から敷地をお借りして龍脈をあける。



そのまま北関東の瑞樹神社へ移動すると、境内の真ん中へ神々が集まり、引き剥がしの儀式を終わらせた処へ出くわした。


「おぉ、千尋帰ったか? 今し方、神懸かりされていた神を、龍の巫女の身体から引き剥がした処じゃ」


「淤加美様、さすがですね」


「これだけの古神が集まって居るからのぅ」


「あーあ。後学の為に、儀式を見て置きたかったな」


残念そうに呟く小鳥遊先輩に、兄の尊さんが――――――


「いやいや、俺はずっと見てたけどよ。あれは……何て言うか……人間には再現できねーわ」


そう言って(かぶり)を振る。


「それでも真似事とか、解呪のヒントになったりするのよ、お兄様」


「気色悪いから、お兄様は止めろ! あと、お姉様もな」


櫛名田比売の櫛で女体化した時に、お姉様と呼ぶ小鳥遊先輩へ、先に釘をさす尊さん。


チッ! と先を読まれた事へ舌打ちをする先輩。



このままだと喧嘩に成りそうなので、僕が話に割り込んで――――――


「それで、淤加美様。赤城の龍の巫女である、神木先輩は?」


「疲れて寝ているだけじゃな。憑いていた神は……ほれ、拝殿脇に座っておる」


淤加美様に言われて、拝殿脇に目をやると、そこに座る方は……白髪頭ではあるが、綺麗に纏められているので、清潔感があり凛とした感じ。歳は50代後半ぐらいで、威厳のある男の神様。着ている服は、平安時代の貴族が着るような服を纏っていた。


「あのぅ……失礼ですが、どちらの神様でしょう?」


「私は、道真。菅原道真と申す」


「ちょっ! 淤加美様!? 道真様って天神様じゃないですか!!」


「うむ。何も問題はあるまい」


「学問の神様ですよ! すげぇ……僕に憑きませんか?」


「この龍の娘さんは何を?」


天神様が、困った顔で他の神様へ視線を送るので、直ぐに駆け寄って手を取り握手をする。


「いやぁ、来週中間テストなんですよ。テスト期間だけで良いので、憑いてください」


直ぐに淤加美様が飛んできて、僕の頭にその拳を叩き込む。


「アホか! 御主は既に、妾が身体の中へ顕現して居るのじゃぞ! 幾ら龍の強靭な身体でも、もう1柱入れる余裕は無いわ!」


確かに淤加美様が、高淤加美神、闇淤加美神と、2柱分取っているようなモンだしね。


一応は、高淤加美神も闇淤加美神も、同一神と言う事に成ってるけど、僕の中から飛び出しては、別々に動けてる時点で、2柱分消耗してるし。


そこへ天神様まで加えたら、3柱分の神様を背負う事に成る。


でも勿体無いなぁ、せっかくテスト前なのに……


僕が残念そうに天神様を見ていると、僕の頭を小突いた淤加美様が――――――


「ところで千尋。気になったのじゃが、その背中に背負った人物は?」


「あっ、そうそう。この御方も引き剥がしをお願いします」


「なに!? 一人じゃなかったのかや!?」


「こちらは、天若日子様です」


「「「「「…………」」」」」


僕の言葉を聞いて、その場の全員が固まったように、動かなくなる。


皆が黙ったままであり、境内に響くのは虫の声だけであった。



その静寂を最初に破ったのは、以外にも人間の尊さんだったのだ。


「どうしたんだよ。その雨女が背負ったヤツも、とっとと剥がしてしまえば良いのに」


「それがな……儀式の難しさ云々ではないのじゃ。御主の実家は仏道じゃから知らんかもしれんが……その者は、天に弓を引いた者なんじゃぞ」


淤加美様の言葉を聞いて、尊さんが驚いた顔で背負われた天若日子を見る。


淤加美様の言葉の後をつづける様に、宇迦之御霊様が――――――


「その者を助けると言う事は、高天ヶ原の恨みを買うと言う事に成る……」


「うむ。幾ら千尋が、天照大御神のお気に入りだとしてもじゃ……他の天津神が黙って居るまい」


そこまで言って、黙り込んでしまう宇迦之御霊様と、淤加美様。



古神様達が集まる境内の真ん中で、僕は天若日子様を地面に寝かせると、その手前に膝をつき土下座をする。


「お願いします。天若日子様と約束したのです。必ず助けると……」


「千尋よ……分かっておらぬな。我々国津神だけが、罰を受ければ済む問題ではないのじゃ。下手をすれば天津神は、町ごと滅ぼす様な大術を行使するはずじゃ」


「町の人間全部と、天若日子……どちらを助けるか……考えるまでもあるまい」


無情な2柱神の言葉に、なおも食い下がる。


「明日……高天ヶ原に行って釈明し。罰なら僕が受けてきます。だから、天若日子を助けてください」


暫らくの静寂の後。


返事が無いと思った僕は、天若日子様を抱き上げて歩き出す。


「どこへ行くのじゃ?」


「裏の龍の洞窟へ……あそこなら水氣も充実してますから、僕にでも万に一つ成功するかも……」


そう、最初から他人任せにするから悪いのだ。これは自分で約束した事。


天若日子様を助けて、高天ヶ原で罰を受ける……最初からそうすれば良かったのだ。


洞窟の中は、セイの買ったLED電灯が仕掛けられているのだが、ずっと電池を変えていなかったせいで、電池切れになっており、本来なら真っ暗で歩くのも困難なのだが、龍眼がある僕には昼間と差ほど変わらない。


洞窟の中で、セイが棲んでいた祭壇の上に天若日子様を寝かせて、体内の水分を操り、身体の様子をスキャンすると、かなり衰弱しているのが分かる。


此処まで来ると、身体に負担が掛かる方法は使えない。


とりあえず、水を使って浄化の解呪を試みるが、中に居るモノが邪悪なものでは無いので、効果が無い。


困ったぞ……他に使えそうな術がねえ!


自分の手持ちの術を見て驚愕したのは、全部攻撃系であって、回復は浄化雨、浄化水だけなのだ。


ずっと戦闘ばかりだったからな……本来の水の役割……作物を育て、穢れを洗い流すを忘れていた。


今更になって、攻撃主体に進化した自分を呪っていると、突然念話が入る――――――


『仕方ないのぅ』


『淤加美様!? どうして……』


『どのみち、御主の中に顕現している以上、妾も一蓮托生じゃ。他の神には責任が行かぬ様、関わらせるわけには行かぬが、妾は別じゃからの』


『淤加美様……すみません。わがまま言って』


『他ならぬ子孫の頼みじゃ、聞かぬ訳にいくまい。それに……妾だけではない』


『あぁ。夫の俺を置いて行くなんて、許さねーぜ』


『セイまで……』


『どうせ天津神に滅ぼされるなら、嫁と一緒の方が良いからな』


そう言ってから、セイは小さく成り、僕の頭の上の定位置についた。



『みんな居なくなったら、この瑞樹神社は廃神社に成っちゃうじゃん』


少し涙ぐみながら、そう答えると



『だったら……生きて帰ろうぜ!』


セイの言葉に、涙をぬぐいながら頷くと、祭壇に向き直る。



『良いか千尋、今までちゃんと修行で教えたことは、水の上を歩く事と、水を自在に操る事。他は浄化雨であったな?』


『はい。浄化雨は、いつの間にか回復の効果が追加されましたけど……淤加美様に教わったのはその辺です』


『それらは基礎中の基礎であり、本来なら次に進むはずだったのじゃが……お主は希少種故、どんな進化をするのか気になり、放置して置いたのじゃが……それがいけなかった。水神の癖に火氣を使い、この日本の真ん中へ、琵琶湖より大きな穴を開けれる程の爆発術を使うのに、水神としての基礎が欠けていると言う』


『そうなんですよ。たった今、手持ちの術を見て吃驚しました。ここまで攻撃型に傾いていたなんて……』


『うむ。少し水神としての方向へ、修正してやる必要がある』


『具体的にどうするんです?』


『浄化雨の上級版、術壊しの破術雨』


『破術雨!?』


『うむ。御主は術反射がある為、術壊しは必要無いと思ってな。あえて教えなかったのじゃ』


『大婆様、俺も使えませんよ』


『ならば一緒に学べばよい。しかし使い方に気を付けよ。この破術雨を降らせると、降っている間は、あらゆる術が発動不能になる。よく考えて使わぬと、味方の術も封じられるのでな、回復を掛けたくても、掛けれないなんてことに陥る』


『つまり、破術雨の範囲内は、敵だけでなく味方すら、あらゆる術が使用不可能になるんですね』


『それだけではない。今まで使っていた、支援系の術すら勝手に消えてしまうのじゃ』


『今まで使っていた術まで!?』


『そうじゃ! 目の前の天若日子も然り』


なるほど、破術雨で憑依状態を破ってしまえって事なのか


『淤加美様、やり方は?』


『まず水を用意せよ。といっても、この龍洞にはたっぷり水があるからのう』


すぐ脇には、滝壺から繋がる水が入ってきている為、水量だけは心配がなさそうだ。


その水を操って、自分の手元に手繰り寄せ、バスケットボールより3廻り程大きい水の玉を創る。


町全体へ雨を降らせるわけでは無いので、此れで十分だろう。


その玉を霧状にして雲に変えて行くと、一気に湿度が増して、服が肌に張り付いて来るほどの湿気に変化した。きっと湿度計があれば90パーセントを超えていると思う。


『雨が降らせられますよ』


『うむ。しかし、そのまま降らせたのでは、浄化雨の方に成ってしまう。イメージするのじゃ、すべてを拒否し否定すると』


『イメージ? それだけですか?』


『不服かぇ?』


『科学的根拠がないなって……』


『そこが間違って居る。神の御業なのじゃぞ、御主が水の上を歩いたりするのも、科学で証明できるか? 浄化雨で呪いや傷の回復を行うのを、化学式にできるのか?』


たしかに、森羅万象に直接触れて操れる時点で、化学では証明出来ないわな。


そこへ止せばいいのに、セイが――――――


『プラズマで……』


『なんじゃ其れは、話の腰を折るな』


ほら怒られた、これ以上怒られると可哀想なので、話を先に進める。


『イメージで良いんですね……』


『術の根源を壊す様なイメージじゃ……良いか、火のない場所に火柱を無理やり出したり、雲も出て居ないのに雷が落ちたりするのは、本来不自然な現象であろう? それは人ならざるモノの手が加えられているせいじゃ。その不自然に手を加えられた部分を浄化し、元の自然体に成すそれが破術雨じゃ』



不自然に手を加えられた部分を、元の自然体に……


それを意識すると、天若日子様と憑依した人間の間に、黒い鎖の様なモノが見えて来たのだ。


あれが、淤加美様の言う不自然な部分。


だったら、その黒い鎖を浄化するように念じながら雨を降らせる。


狭い洞窟内に降らせた雨は、少しずつ黒い鎖を解かして行く。


これが破術雨……


やがて、身体に巻き付いた黒い鎖は解けて無くなり、すべて流れ落ちたのだ。


それと同時に、天若日子様と憑依していた人間の、二つの身体が現れて横たわっているので、どうやら術は成功した様だ。


その様子に、僕もその場に尻もちをつき、溜息を吐いた。


『まぁ、70点って処かのう』


『厳しいですね』


『お主の破術雨は、憑依の術に限定して居ったからのぅ。本来なら範囲内の全術を対象とせねばならぬ……なので、70点じゃ』


『大婆様、どうして千尋の術が未完成だと?』


セイが疑問を投げかけると、淤加美様が――――――


『成功して居れば、頭の上で小さく成って居る、お主が元の龍の姿に戻って居る。あと、千尋の首に巻き付いたオロチもな』


なるほど、それで憑依限定だと言われたのね。


でもその方が、使い勝手がよさそう。


『淤加美様、一つ疑問なんですが、僕の術反射も消えてたりは?』


『あれは無理じゃな。術と言うより、御主の中で護り神になった妹の神が、御主へ授けた技能じゃ』


技能か……じゃあ無理だわな。


いま妹の神で思い出したが、既にそこで1柱取り込んでいるじゃないか!


そりゃあ、淤加美様が省エネモードになるのも分かる気がする。



儀式が無事終了した僕らは、セイに人間を背負って貰い、天若日子様を僕が背負って、ウチへ向かう。



明日、学園を半日休んで、高天ヶ原に行ってくるか……



僕は憂鬱な気分で洞窟を出ると、高天ヶ原のある空を見上げ、満天の星空を眺めて溜息をつくのだった。



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