5-14 挟撃
別館9階にて
普通なら、先行している西園寺さん達を追って居なければ成らないが、僕の妙案という言葉に、全員が耳を傾ける。
「で? 千尋……その妙案って?」
「それには先ず確認させて。セイは、この上下逆さまの変な空間でも、龍に戻れるよね?」
「戻れるぞ。このフロアだと狭すぎて、嵌まりそうだけどな」
「じゃあ広い場所なら、龍に戻って飛べるよね?」
「千尋……お前の考えてることが、分かって来た。ここ別館屋上から、本館の屋上まで飛んで、そこから入る気だな?」
「正解っ! 帰りに串カツ買ってあげる」
やった! と喜ぶセイを他所に、小鳥遊先輩が――――――
「ちょっと待って、侵入方法については、異論はないけど……千尋ちゃんは水を全部使い切ったのに、どうやって補充するのよ」
「それも考えてあります。屋上には貯水槽があるでしょ。たとえ上下逆だとしても、重力がある以上は最下層の屋上部分に、水が溜まっているはず」
最下層の屋上とか、普段なら絶対言わない単語を喋っているが、間違っていないので誰も不思議に思わず使用している。今回が特殊ケースなので仕方がないけどね。
「じゃあ、元龍神様の背中に乗って本館の屋上へ降り、水を補給しながら展望台へなだれ込むと?」
「そう言う事です。僕らは背後から奇襲して、階段から来る西園寺さん達と、挟みうつ作戦」
「千尋さんの作戦で行こう。志穂の命が掛かっているんだ。早くて確実なのが好ましい」
赤城の龍神さんも乗り気なのだが……肝心のセイが――――――
「え~、千尋や祓い屋の嬢ちゃんならまだしも、雄は乗せたくねえな」
「おまっ! この期に及んで……」
「千尋さん、待ってください。我も逆の立場なら、雄を乗せたくありません」
この駄目龍どもめ。
「少しは我慢しろ! すぐ隣のビルの屋上まで、数秒でしょうが!」
「いやだ!」
「千尋さん、セイ龍に無理強いしても、時間の無駄なので…………」
赤城の龍神さんは、そこまで言うと急に背が縮み始め、代わりに胸やお尻が大きく成り、全体的に丸みを帯びた、女性の身体に変化したのだ。
「赤城さんが、女体化した!?」
「綺麗な人……」
小鳥遊先輩も、見惚れるほどの女性に変身すると、此方に向かってほほ笑んだ。
そう言えば、半年ほど前に行った銭湯の時に、性別変えて変身してたっけ? 雌龍に成って一緒に女湯に入ってたんだよね。
あの時は、赤城の龍神さんが、龍の巫女である神木先輩に回収されていたので、セイと淵名の龍神さんだけだったけどね。
龍はどっちの性別にも、自由になれるって話してたけど、改めて見ると何だか凄いな。
僕も本来なら、龍として性別変更出来る……らしいのだが、現状は尻尾すら引っ込められない始末。
もう諦めてるから、良いんだけどね。
そんな赤城の龍神さんが、雌龍化までして――――――
「ほら、我も雌龍になったぞ。早く背に乗せよ」
「……成ったと言っても、中身が赤城じゃねえか!」
「もう、喧嘩しないの。赤城さんが此処まで譲歩したんだから、乗せてあげてよ。それとも、赤城の龍神さんの背中に、雌龍化したセイが乗る?」
「セイ龍が雌龍になるなら、我は構わぬぞ」
「…………ええいっ! 二度手間になるだけだ! さっさと乗れ!」
セイが、すごく嫌そうな顔をしながら、人化を解いて龍化すると、僕らを背中へ乗る様に仕向ける。
全員が乗ったのを確認すると、そのまま隣のビルの屋上へ飛んで行ったのだ。
「凄いわね! 私は龍の背中に乗るの初めてよ! 火吹き龍よりずっとはや……」
「先輩! そういう発言は、セイが調子に乗るので止めてくださいね」
なにせ、セイが調子に乗ると、大概は酷い目に合うのだから、心配にもなる。
あと先輩のその台詞は、お姫様へ恋心を寄せる、純粋な男性の心を抉るので、気を付けてくださいね。
だいたい火吹き龍なんて、乗った事ないでしょうに……
そんな先輩が喜ぶ飛行状態も、わずか十秒足らずで終わってしまうのだが、先輩はもっと乗っていたそうだった。
僕も元人間として先輩の気持ちは分かるが、こればかりは仕方ないわな。空を飛ぶことは人類の夢だったし、先輩もずっと飛んでいたいのだろう。
先輩の夢を壊さずに、言わずに止したのだが
実際には、空の上の寒さは半端じゃないし、空気も薄いので意識も朦朧とするけどね。
すなわち飛行とは、人ではない龍だから為せる技。
だからこそ人間は、空へ憧れるんだろうけどね。
そんな偉そうなことを言う僕だって、自分だけでは飛べないので、淤加美様へ身体の主導権を渡して、飛ぶしかないのだ。
いつか、自分で飛べるように成ったら、先輩を背に乗せてあげよう。いつになるか分からないけど……
まぁ……どっちが先に乗るかで、香住と喧嘩する未来が、脳裏にチラついたけど、今は気にしないで置こう。
さて、本館の屋上だけど……逆さまになったヘリポートの脇に飛び移る。
ここで足を踏み外したら、奈落の底へ真っ逆さまだ。
全員が足場を確保しながら展望台へと向かうが、なんと展望台の殆どが、吹き抜けになっているではないか!?
なるほどね……58階~60階と表記されてるのは、中央部が吹き抜けで繋がっているからか……
確かに、オシャレなつくりなのだが、それは通常の場合においてであり、上下逆さまの逆さハルカスでは、吹き抜け部分がネックになり、奈落へ真っ逆さまなのだ。
「まったく、危ねー構造だな」
「仕方ないってば、本来とは天地が逆なんだもの」
水氣を探知して、貯水タンクを見付けると、龍の爪で小さい穴を開け、ペットボトルの補充に掛かる。
さて現状把握の為に、水を補充しながら周りを見渡すと
ここ展望台フロアの中央部分、屋根の無い吹き抜けになった処は、イベントなどをするように広くなっているらしい。
他に目を向けると、ヘリポートの真下は吹き抜けになって居らず、ちゃんと展望台としての役割を果たして居る様だった。
そんなヘリポートの真下部分にあたる、ガラス張りの展望台部分には、誰かが居る様な気配がするのだが、こんな上下逆さまの亜空間に居る人物と言えば……
「御堂さんかな?」
僕は、折角の奇襲が無駄にならぬ様、小声で呟く。
「ぺリポートの下に居るの? 私は霊体の氣は読めるけど、生身の人間は苦手なのよね」
そう言って肩を竦ませる小鳥遊先輩。
まぁ仕方がないでしょう。こちらは龍脈を管理すると言う立場上、龍脈の氣の流れを読み、何処に綻びがあるとかを感じ取り、直さなければ成りませんしね。だから氣を読むことに長けた龍族に、人間が勝てっこないですって。
「でもよ千尋。氣が4つあるぜ」
セイの言葉に氣を探ってみると……確かに4つある。
1つは御堂さんだろうし、祭壇の様なモノの上に寝ているのは神木先輩だろう……だいぶ氣が弱っていて、その身に降ろされた神によって、侵食されているようであった。
一体どんな神を降ろされたのやら……
となると、残りの2つは?
「水氣の強いモノが居ますね……それも、人間ではあり得ない程強い水氣」
「と言う事は、妖かな?」
しかし、もう一つの氣が読めない。
妖では無いようだが、人間でもない感じで……氣は神氣の様な感じなのである。
「神族?」
「もしくは赤城ん処の巫女の様に、神懸かりでも……」
「セイ!!」
「……すまん……まだ呑まれてないよな」
「いや、構わぬ。呑まれた場合、あの人間……簡単に死ぬより苦痛を与えてやる」
赤城の龍神さんが今は人型だから、髪が逆立っているだけで済んでいるが、龍の姿だったら鬣がエライ事になってそう。
「んで、千尋。いつ突入するよ?」
「西園寺さん達次第かな? 僕らの突入が早すぎても、遅延結界が無ければ、神木先輩を止められないしね。今回の作戦は敵の殲滅が目的ではなく、神木先輩を助け出す事だもの」
「それもそうか……千尋さんの言う通り、少し冷静になろう」
赤城さんの逆立っていた髪が元に戻り、冷静さを取り戻したようだ。
「冷静ついでに、赤城の龍神さんには、もう一つ。遅延結界が届いたら、それを使い神木先輩を抱きしめて、瑞樹神社へ運んでください」
「それは戦闘の途中でも?」
「ええ、完全な神懸かりの前に、降ろされた神を分離させねばならないので、一刻を争います」
「おい千尋、運ぶなら京の大婆様の処の方が、良いんじゃねーか?」
「僕も最初はそう思ったんだけど、今ほぼ全部の属性の神……それも古神様達が瑞樹神社にいるだろ? それを考えたら、京の貴船神社より瑞樹神社の方が良いかもと、思ったのさ」
木氣に関しては、宇迦之御霊様が居られるし、火氣に関しては、荒神狼のハロちゃん。
土氣に関しては、醸造と山の神である大山咋神様。金氣に関しては、尊さんの草薙剣がある。
水氣に関しては言うまでも無く。淤加美様を始め、海神豊玉姫様、その弟神である穂高見様など沢山の神様が居るのだ。
まぁ……火氣が心もと無いので、子狐ちゃんズに狐火でサポートして貰えば良い。
「成る程、全属性の神様が居られるのですね」
「だから、降ろされた神様がどんな神様でも、対処できるって訳なんです。なので赤城さんは神木先輩を連れて、先に瑞樹神社へ行ってください。連絡は僕の中に居る淤加美様にして置きますから」
『もう、聞いて居ったわ』
念話でそう言ってくる淤加美様。僕の中に顕現しているので、一心同体であり話が早い。
たまに聞かれたくない独り言まで、聞かれちゃうけどね。
『では淤加美様。そちらはお願いします』
『まったく、神遣いの荒い奴じゃ』
『そう言わず、たこ焼き味の揚芋菓子を買って帰りますから』
『うむ。任せて置くが良いぞ!』
淤加美様、本当に安く受けてくれるなぁ。
「という訳で、話は着いたので。赤城さんは隙があったら、神木先輩を連れて出てください」
心得た、と頷く赤城さんを他所に、セイが――――――
「何が、という訳だよ。俺らは念話が聞こえていたけど、祓い屋の嬢ちゃんが不思議そうな顔してるぞ」
「いえ大丈夫です。赤城の龍神様が先に脱出するのは、話の流れで分かりました。私たちは敵の気を引きつければ良いんですね?」
「そうです。ペットボトルも満タンだし、後は西園寺さん達待ちかな?」
僕がそう小声で話すと、タイミングを計ったかの様に、西園寺さん達からメールが届いた。
「内容はね……返答が無ければ準備オッケーとみなし、今から3分後の19時半ジャストに突入するって」
「こちらは少し遅れて突入しますよ。御堂さん達が西園寺さん達へ向かって、空になった神木先輩の処へと赤城さんが入ったのを見計らい、挟撃します」
全員が無言で頷くと、やがて西園寺さん達が突入を開始する。
「やっと来たか! 龍神達が遅れている様だが……まあ良い。まずは突入してくる人間どもを蹴散らしてくれる。来い! アメノワカヒコよ!」
そう怒鳴りながら、迎撃に向かう御堂さんの背後に、ライフルを持った男が付き従う。
「今、アメノワカヒコって……もしかして、神話に出てくる天若日子?」
「だとしたら、高天ヶ原を弓で射抜いた名手だな」
通りで……京のタワーから、4キロ以上ある狙撃を行うだけはある。
人間には、到底無理な狙撃を可能にするからには、それだけの有名な、妖か神の仕業だと思ったが……神の御業だったか、ものすごく合点がいった。
だが、あの時の狙撃手なら、僕が呪弾の反射を行えると言うのを知っている。
「厄介だな……」
「今更嘆いてもどうにもなるまい。それより赤城よ、今がチャンス……あれ?」
「元龍神様。赤城の龍神様なら、もう中へ入られましたよ」
「じゃあ、僕らも行きますかね。西園寺さんから遅延結界を貰わねば……」
「あと敵も引きつけないとね」
まずは、狙撃を行っている天若日子へ、背後から攻撃を仕掛ける。
貯水タンクから、余って垂れていた水を使い。予め創って置いた闇の薙刀で斬りかかるが――――――さすがに感が良いのか、転がって避けながら、ライフルの銃口を向けてくる。
なんて運動神経だ!
天若日子は、すぐに引き金を引き、それと同時に銃弾が僕へ向かて、銃口から飛び出して来る。
僕もすかさず、龍眼を使って動体視力を上げ、銃弾の形状を見ると――――――
マズイ! 呪弾じゃなく、通常弾!? これでは反射が発動しない!
しかも、近距離発射された為、避けて居る間がないのだ!
そのまま弾丸が僕の額に命中すると、僕は反動で吹っ飛ばされる。
「千尋ちゃん!」
「千尋なら大丈夫だ、祓い屋の嬢ちゃん。何しろ……龍に通常兵器は通用しない」
セイの言う通りだったが……痛すぎる!
「おおぉぉ!! 痛~。ねぇ先輩、瘤になってない?」
「瘤にはなって無いけど、額が赤くなってわ」
「にゃろおお」
「本当に龍神って、人の物差しでは測れないわね……」
龍の硬さに、ちょっと引き気味な先輩がボヤく。
対する天若日子は、僕が無事な姿を見て、どうしようかと迷っている様だ。
それもその筈、唯一ダメージを与えられるはずの呪弾が、京で僕に反射されるのを見ているから、僕に対しての対抗できる武器が無いのだろう。
「くっ! 龍神達が背後から来るなんて聞いてねーぞ!!」
御堂さんは大きな貝の式神を出して、西園寺さん達と戦っているのだが。貝の硬さに呪弾すら跳ね返されている様だ。
どちらも、射撃系の武器が役に立っていない。
だが、天若日子がライフルを捨てると、背中に背負っていた弓を取り出した。
『いけない! あれは神器』
チョーカーになっている、巳緒から念話での警告。
『神器だって?』
『たぶん、天之真鹿児弓』
マジカ!
それって地上から、天津神が住まう高天ヶ原を射抜いた、神話の弓じゃないか!?
いくら僕でも、神器だけはどうにもならない。
だが、天若日子の狙いは僕では無かった。
そう……狙いは神木先輩を連れ出そうとしている、赤城の龍神さんだったのだ。
しまった! ライフルを捨て弓に持ち替えたので、ライフルのきかない僕を狙うモノだとばかり思って居たが、まさか狙いが赤城さんとは、迂闊だった!
ゆっくりと弓を引き絞っていく天若日子へと、射撃を阻止する為に、弓の弦を切ってしまおうと駆ける僕だが……
はたして……間に合うか!?