5-13 天狗戦
反撃の準備は整ったが、上手く捕まえられるチャンスを探して、別館9階の催し物会場内を逃げ回る。
逃げる間にも、天狗に憑依された藤岡先輩は、天狗の団扇で竜巻を起こしては、しつこく追ってくるのだが
その度、会場内の椅子やら看板やらが、竜巻の風に巻き上げられ宙を舞い、僕らに襲い掛かってくるのだ。
そんな飛来物を避ける為に、店舗を曲がって遣り過ごすのだが、たまに誘導の竜巻が曲がって来るので、気が抜けない。
もっとも、店舗が逆さになっている時点で、姿を全部隠し切れず、あまり盾としての効果はないけどね。
「なかなか隙を見せないわね」
「先輩、顔を出すと危ないですってば」
僕が小鳥遊先輩の肩を引くと同時に、先ほどまで先輩の頭があった場所を、大きな椅子が通り過ぎた。
「あぶなっ! もう少しで達磨落としの、頭になるところだったわ」
「先輩……達磨落としで頭が飛んだら、ゲームオーバーですよ。やめてください、縁起でもない」
「その時は、千尋ちゃんの回復術で、くっ付けて貰うから大丈夫よ」
さすがに頭が取れたら、くっ付かないよ!
「生命活動が無くなった場合、回復しませんよ。もうそこまで行くと回復というより、蘇生になりますしね」
「じゃあ、本当に失敗出来ないわね……その千枚通しを使って、内蔵避けて刺すやつ」
まさに先輩の言う通りである。其処の会話にセイが――――――
「そうそう、今の祓い屋の嬢ちゃんの言葉で思い出したんだが、最初の女子……どうやって内臓を避けたんだ?」
「ん~、ちょっと長くなるけど、走りながらで良い?」
一カ所にとどまっていると、竜巻が飛んできて危ないので、移動しながら話を続ける。
「実はね、昔テレビの教育番組で、人間の身体の水分含有量は、かなり大量の水分を含んでいると言うのをやっていてね。それで後に、水分を操って何かできないかと、図書館の医学書まで借りて調べたんだ」
「お前は本当に豆だな」
「仕方ないだろ! セイ達と違って自分で水を生成出来ないんだし、相手の身体に水があるならそれを利用できなかと考えた訳だ。そこで得た知識によると、歳を取るごとに体内の水分量は減っていくのだけど、成人で約60パーセント……でも例外があってね、体内で水分量が豊富に含まれる部分があって、それが臓器」
「ほう、そんなに違うのか?」
「うん。心臓や肝臓など臓器に関しては、80パーセントを超える水分含有量があるんだ。その差20パーセントを読み取り、臓器を避けて通したって訳」
ちなみに実戦では、京の晴明さんの屋敷に侵入した時、スライムに使ったのだが、身体を掌握するまでの時間が掛かってしまい。実践向きで無いと判断。
さらに言えば、内部から吹っ飛ばしたスライムの見た目が悪すぎるし、返り血……いや、スライムだから何ていえば良いんだろ……返り粘液? まあ、そんなベトベトの液体で、服も気持ち悪い事に成ってたし、あれ以来術を封印して使っていない。
今回の臓器の場所を読むという行為は、その時得た知識の副産物に過ぎないのだが、その副産物の方が重宝している。
あとは針の先がブレないよう、僕以外の全員で抑え込めばいいのだが……中々背中に回る事が出来ないでいるのだ。
もう正面から行くしかないのか?
しかし、あの団扇が邪魔だ。何しろ、連射まで出来る優れものだ。下手に正面から行けば、瓦礫と一緒に吹っ飛ばされるのは目に見えている。
「……罠を張るか」
「罠!? どんな罠で行くの?」
「最初、セイ達には時間を稼いでもらい、その間に僕が罠を張ります。罠の設置は見通しの良い通路の十字路に仕掛けますので、僕の合図を念話で受けたら、セイ達はそこまで憑依された藤岡さんを引っ張って来て、直ぐに隠れて貰う。僕はタイミングを見計らって、十字路から見える壁際の端に、水で創ったセイ達の幻影を浮かび上がらせるから」
「私は十字路の近くに隠れていれば良いのね?」
「はい。憑依された藤岡先輩が、セイ達の幻影に向けて団扇を使い、竜巻を起こした直後の硬直時を狙って、小鳥遊先輩が団扇を叩き落として下さい。念の為言って置きますが、死に至るような術は駄目です」
「うっ、分かったわ。属性を絡めない鞭で叩き落とすから」
先輩……派手に行こうとしてたな? 憑依されてても、ベースの身体は人間なんですから、止めてくださいね。
「おほんっ! 続けます。団扇が手から落とされた処を確認したら、あらかじめ撒いて置いた水を操り、僕が粘液性のある水のロープに変えて、藤岡先輩を捕縛します」
「そこで俺と赤城の2龍が飛び出して、押さえつければ良いんだな?」
「うん。これには流れる様なミスのない連携が必要であって、どれかが失敗しても、作戦は水泡に帰し、彼方には立て直しされてしまう事になる」
おそらく、2度目は学習され、同じ手は通じなくなるだろう。
水も足らなくなるしね。
僕が作戦の概要を説明し終わると、全員が所定の位置へと移動し、捕縛作戦の開始となった。
まずは打ち合わせ通り、セイと赤城さんが足止めをしている間に、罠の設置を行う。
だがすぐに、セイ達から念話が入り――――――
『千尋ぉ、駄目だ! 風で水を弾きやがった! 木氣が相手じゃ、俺達の水氣では分が悪い』
『千尋さん。あまり長く持ちませんよ』
『罠の設置を急ぐから、なんとか堪えて。別に倒そうとしなくて良いんだからね』
時間だけ稼いでくれれば良いのだが、あの泣き言では、本当に長く持たなそう。
出来るだけ急ぎ、見通しの良い十字路の真ん中に、ペットボトル2本分の水を撒く。
此れで捕まえる事に成るのだから、水の出し惜しみはしない。
1本は水素爆発に使ってしまったので、残りは2本。
最低でも1本……いや、半分でも残して置かないと、千枚通しを抜く時の傷を癒すのに、必要になるからだ。
と言う事は僕らの幻影を、水1本分で創らねばならない。
通路の端まで行き、壁をバックに幻影を立ち上げるが――――――
「横から見ると、薄っぺらい……」
1本分の水量じゃ、これが限界か……
それでも真正面から見れば、何とか誤魔化せそうだ。
一度幻影を引っ込めて、セイ達に準備オッケーの念話を送ると――――――
「うおおおおお! 連射で誘導とか、反則だろ!」
叫び声をあげながら、此方へ向かってくるセイと赤城さん。
十字路に差し掛かった時に、脇に入るよう誘導し、逆さの店舗へ隠れて貰う。
ちなみに小鳥遊先輩は、セイ達とは逆方向の店舗へ隠れて準備中である。
バサバサと背中の黒い羽で宙に浮きながら、十字路に向かってくる藤岡先輩。
もし歩いていたなら、地面が水で濡れている事に気が付いただろうが、浮いているが為にそれを見逃している。
それこそ此方にとっては、好都合だ。
天狗に憑依された藤岡先輩は、そのまま十字路まで、ゆっくり進んで来る。
その動きを見て、タイミングを計り――――――
丁度十字路の真上へ来たところで、通路の端っこに幻影を浮かび上がらせる。
幻影が薄いので、バレちゃうか心配だったが、その幻影に向かい、天狗の団扇を振りかぶるので、どうやら上手く引っ掛かってくれた様であった。
藤岡先輩が、天狗の団扇を二度振るうと、2つの竜巻が発生し、幻影へと向かう。
掛かった!!
藤岡先輩は、2連撃という大技を放った直後なので、当然硬直も長くなる。
其処を狙ったように、小鳥遊先輩の鞭が、団扇を弾き飛ばした。
団扇は宙を舞うように飛ばされてしまい、藤岡先輩の視線も団扇に釘付けだ。
僕はすかさず、撒いて置いた水を操り、ロープ状にして藤岡先輩を縛り上げる――――――
はずだった。
なんと藤岡先輩は、背中の黒いカラスの羽を使って風を起こし、水のロープを掻き消したのだ。
風の威力は団扇より弱いものの、水ロープの形成を阻害するには十分な風量だった。
『これは……千尋! 一度引くか?』
『いや、これで引いたら水が足らなくなる』
実際ペットボトル1本分しか、水が残っていないので、他の策を打つにしても、水の残量的に手遅れなのだ。
『しかし、このままでは、捕らえられませんよ』
『……セイ。水のブレスは出来る?』
『出来るけど前にも話したが、神格を失って以来、こういった人間の造った人工物の中だと、制限が掛かっていまい、大した威力は出せねーぞ。水量も少ないしな……神格のある赤城の方が、まだ威力が出せると思うが……』
『いや、それで倒そうという訳じゃ無いから、セイの水ブレスを頼む』
気乗りのしないセイを説得し、直ぐにでも水ブレスを撃ってもらうのだが、威力は本人の言う通りであり
自然の多い外とか、水辺付近の様な、水氣の多い中で撃つときの、3分の1にも満たない水量であった。
だが、そうで無くては困る。
何故なら、通常の威力では、僕の手首が消し飛んでしまうからだ。
そう……セイの水ブレスに触れながら、水流操作をして、水のロープを創り上げる。
少しだけ、水のロープが赤い色になるのは、この際我慢しよう。
『千尋……お前……何を』
僕の手を見て、念話で泣き出しそうな声を上げるセイ。
『千尋さん。手が……』
『良いから、セイはそのままブレスを吹き続けて! 赤城さんは羽交い絞めの用意!』
そう二人に念話で指示するのだが、実は物凄~く、やせ我慢している。
幾ら傷は再生するとはいえ、痛みだけは消せないからだ。
その痛みに耐えながら、創りあげた水のロープを藤岡先輩へ巻き付けようとするが、羽ばたく風に押し戻される。
だが、彼方も羽ばたくのに疲れて来たのか、少しずつ風量が弱まっていったのだ。
「どうやら我慢比べは、僕の勝ちですね藤岡先輩」
僕はそう呟くと、羽ばたきで創り出された風の結界を、水のロープで突き破る。
一度入ってしまえば、後は済し崩しだ。どんどん巻き付いて、藤岡先輩の身体の自由を奪う。
「なんだか羽交い絞めをしなくも、水ロープで良い感じに捕縛できましたね。それより千尋さんの手!?」
赤城さんが僕を振り返る頃には、セイが手の様子を診てくれていた。
「馬鹿野郎!! 傷が残ったら、どうすんだよ!!」
「残らないから、大丈夫……て、引っ張ったら痛いわ! 再生があるんだから、傷はすぐ治るし」
「こんな無茶すると分かってたら、ブレスしなかったぞ」
「それは困る。普通の水を術で出されたら反射しちゃうし。水ブレスなら物理攻撃に分類されるから、反射せずに上手く行くかと……」
そこまで言うと、いきなりセイに抱きしめられた。
「あまり無茶しないでくれ……」
「ちょっと……セイ?」
抱き着かれながら周りを見ると、ニヤニヤ顔の小鳥遊先輩と赤城さんが此方を見ていた。
「やるわね……元龍神様」
「くっ、千尋さん……我は諦めませんよ」
すげえ恥ずかしい。
「ちょっと、セイ……放して。今はこんな事をして居る場合じゃ……この……放せってば!」
セイを力いっぱい突き飛ばすと、催し物の物産店舗にめり込んだ。
仮設で組んであるので、脆いのだろう。
「……か……加減しろ……馬鹿」
「セイが断末魔をあげてる間に、藤岡先輩の方を終わらせてしまおう」
「まだ死んでねーし!」
セイの奴、生き返ったか? まぁ、お互いしぶといよね。
僕の方も手の傷が塞がり再生したので、千枚通しを残りの水で殺菌浄化する。
藤岡先輩の方は刺されまいと、暴れて水ロープを振り解こうとするが、どうやら龍の血が混ざった水はそう簡単に切れることが無いらしく、全くビクともしなかったのだ。
さすが、痛い思いをしただけはある。もしこれで簡単に切れたら僕は泣くぞ。
前に言った通り、水の含有量の違いで内臓の場所を知る為に、藤岡先輩の体内の水を読み取りに入る。
水の含有量が多い場所は臓器なので避け、水の含有量の少ない場所へ、消毒した千枚通しを突き刺していくと――――――
『ぐああああああ。痛いわボケぇ!!』
叫び声をあげながら、半透明の天狗が、藤岡先輩の身体から出て来たのだ。
「悪いけど、藤岡先輩の身体は返してもらうよ」
『巫戯けるな! 人間の方で勝手に呼びだして置きながら、身体を返せだと? 冗談じゃない! これから、この女子の身体でを使って、女湯に入るのじゃああ! 女子更衣室で、他の女子と一緒に御着替えするのじゃあああ!!』
この……エロ天狗が!!
無理やり呼び出され、憑依に使われたのなら可哀想なので、敵意が無ければ逃がしてあげようと思ったのに……この女性の敵め!
僕は両手が塞がっているので、セイへ向かって――――――
「成敗!」
「え? 千尋、それは天狗が可哀想じゃね?」
「セイ、一緒に成敗される?」
「……すまん天狗よ。嫁には勝てぬ」
『おのれ~、このまま易々とやられて成……うぎゃあああ』
最初、何事が起きたか分からなかったが、断末魔をあげて消えて行く天狗の後ろに、不動明王の炎を噴き上げる、俱利伽羅剣を持った小鳥遊先輩が居たので、合点がいった。
「祓い屋の嬢ちゃん容赦ねえな……」
「小鳥遊先輩は祓い屋だからねぇ、人間に仇成す妖は躊躇なく消し飛ばすわさ」
僕とセイの会話を聞いて、隣で青くなっている赤城の龍神さん。
そんな僕らを他所に、小鳥遊先輩が放った言葉は――――――
「神聖な女湯と女子更衣室は男子禁制よ」
どうやら、女湯や女子更衣室へ異性を入れるのが、我慢ならなかったらしい。
何度か小鳥遊先輩と、お風呂に入ったけど、斬り飛ばされなくて良かったわ……
この時ばかりは、雌龍に成った事へ、感謝したのだった。
さて、後は千枚通しを引き抜きながら、水を垂らして傷を回復させ。
14階で助けた甘楽先輩同様、傷痕も少し赤くなっている程度なので、痕も残らずに済むだろう。
其処へ、西園寺さんから小鳥遊先輩のスマホへメールが入り、先輩が読み上げる――――――
「封じられていた壁が開いたので、追い付いて来た後続部隊と一緒に、先へ進みます……だって」
「じゃあ、返信をお願いします。内容は…………別館9階にて、要救助者の藤岡さんを発見したので、誰かを救助に向けてください。それと、残りの人質は最下層でしょうから、途中の捜索はせずに直通で大丈夫だと」
「千尋、どうして最下層だと分かるんだ?」
「考えてみなよ。例えば17階に居た西園寺さん達が、途中の20階で人質を見付けたとして、最下層迄行く必要があると思う?」
「ん~、ないな」
「でしょ。それだと最下層で待ってる、御堂さんは待ち惚けになってしまい。ただのアホになるだけだし。そう考えれば、最後の人質は最下層に居るのがセオリーなのよ」
僕の説明に納得するセイと赤城さん。
まあ、本当にアホで途中に居た場合は、見逃してしまうけど……御堂さんも、そこまで抜けてはいない……と思う……
大丈夫だと信じよう。
小鳥遊先輩のメールの返信が終わるのを待ってから――――――
「返信が終わったわ。すぐに追いましょう」
「それなんだけど……僕に妙案があるんだ」
「「「 妙案? 」」」
全員がオオム返しに聞いてくるので、僕はたった今、思いついたばかりの妙案を、説明するのだった。