5-12 別館へ
今更ですが、五行の属性の相性です。知っている方は、読み飛ばしてください。
五行の属性の良い相性は、木→火→土→金→水→木です。
相性の悪い属性である相剋は、一個跳びに成ります。木は土に強く、土は水に強い、水は火に強く、火は金属に強い。そして最後に、金属は木に強いで一周です。
ちなみに、木氣には風雷も含まれます。
念のためレストランの厨房で、使った分のペットボトルの補充をして置いたので、水の残量は満タンである。
そのまま15階、16階の美術館と進むのだが、すべてが上下逆になっている為、展示物を見ても良く分からない。
もともと僕に、絵の教養が無いだけかも知れないけどね。
そして、異形を倒しながら進む17階――――――
急にフロアのつくりが変わる。
「どうやらここから上……じゃなく、逆さだから下ね。商業用のオフィスフロアみたい」
小鳥遊先輩がスマホで検索を掛けて、構造を知らせてくるのだが……問題は其処ではない。
「先の階へと続くはずの、階段が無い」
「そんな……必ずあるはずですよ。無ければ災害時にエレベーターが止まり、出口へ向かう事が出来ませんからね」
消防法とかありますから! と力説する西園寺さんだが、どう探しても、階段が見当たらないのだ。
と言う事は、上に聳え立つ本物のハルカスとは違い、逆さハルカスには手を加えられているって事になる。
17階ロビーフロアで途方に暮れていると、そこに9階で聞いた御堂進さんの声が、響いて来た。
「先への階段が見当たらんのだろ? 困ったお前たちの顔が、愉快でたまんねーわ」
『顔が愉快って、どっかで見ているのかな?』
念話で龍達に聞いてみると――――――
『おそらく陰陽師達の得意技、紙で作った形代を使っているんだろ?』
なるほど、そう言えば華千院重道さんも、使ってたっけか……
僕達が念話で話している間に、小鳥遊先輩が話を先に進めて居る。
「ちょっと、これじゃあ先へ進めないじゃないの!」
「くっくっく……絶対不可能にしてしまうと、面白く無いのでな。実はある事をすると、先へ続く階段が現れるって寸法だ」
やっぱり手が加えてあったか……
「どうしたら開くのよ?」
「少しは自分の頭で考えろよ!」
ノーヒントで、無茶な事を言いすぎる。
「何かヒントになるモノとか無いんですか?」
「ああん! 下の美術館に俺様の絵がヒントになってただろうが!」
……どこかの有名画家とかの作品じゃなく、御堂さんの描いたものだったのか……
「あんな落書きの、どこがヒントなのよ」
先輩、少しは言い方を……
「はぁあ!? 落書き!? これだからトーシローは……」
前言撤回……もっと辛辣に言って良いです。
『なぁ千尋……話してるだけで、イラっとさせられるのは、俺だけかな?』
『我もセイ龍と同じ意見です。この人間、見つけたら齧ってくれるわ。志穂の件もあるしな』
『ウチもやるぅ』
念話で龍達も御立腹だ。あと巳緒さん、貴女は齧るんじゃなく丸吞みでしょう? 蛇だしね。
この3匹の人外が怖いのは、僕が止めないと、有言実行するという処だろう。
『はいはい、イラっとするのは分かるが、齧るのは止めてね。助けられる人を助けてからでないと、どんな罠があるか分からないからね』
『助けた後なら良いのか?』
『ダ~メ。あまり良くないモノを食べると、瘴気が蓄積されて祟り神になるから。みんなも美味しいモノを食べた方が良いでしょ?』
『『『 うむ 』』』
人外の全員が、美味しいモノという単語に頷く。
実に素直でよろしい。
此方が念話で喋っているのは、人間には聞こえていないので
僕らが答えが分からずに、黙ってしまっていると思ったのか、御堂さんはツマランと言った感じで、勝手に種明かしを始めたのだ。
「ここに来る前に、もう一つビルがあったろ? そっちの9階に配置したヤツを倒せば、先に進めるって寸法だ。お前らが汗だくに成って、階段を戻る姿を想像するだけで、笑いが止まらねーぜ」
はぁ!? 巫戯けている。
確かに、このハルカスビルには、隣接してもう一つ、屋上を入れて10階までのビルが存在する。
だが、そちらに移るには、此方のビルも9階まで戻らねば成らないのだ。
現在が17階……その約半分の階層を上り階段で戻り、別館へ渡らねばならない。
「どうしましょう?」
「その敵を倒さなければ先に進めないなら、倒しに行くしかないでしょうね」
「本当に厄介だわ……」
「だったら僕から提案なんですが、全員で行く事は、しなくても良いんじゃないでしょうか?」
「そうね……千尋ちゃんの意見に賛成だわ。どうせ皆で行っても、敵を倒した後に全員でまた戻る事に成るもの。それこそ無駄な時間と、上り階段で体力を消耗するだけよね」
「そうですね。ボクも階段を戻るのは、一回のみにしたいものです」
西園寺さんまでもが、僕の意見に賛成してくれた。
龍の二人とカチューシャの巳緒は、僕に乗ってるだけなので大丈夫として……
そうと決まれば――――――
「では、言い出しっぺの僕が、低いビルへ行って結界を開けてきます」
「ちょっと! 千尋ちゃん達、主戦力が居なくなってどうするのよ! 結界を開けに行くなら私が行くわ」
「いやいや、あの姑息な御堂さんの事だから、どんなボスを配置しているか、分からないじゃないですか。それに、今ならまだ水のある僕が行った方が、臨機応変に動けます」
僕も先輩も、お互いに譲らない。
先輩は僕の水が切れた時の、心配をしてくれているのだろう。
だが、それは此方も同じ、先輩の疲れの蓄積は思ったより酷い状態だ。
それも、14階のお茶で回復させた体力が、僅か15~17階までの間で、かなり疲弊しているのだ。
先輩と西園寺さんの体力を考えれば、ここで少しでも休まれた方が、良いと思うのだが
強情だからなぁ、小鳥遊先輩は……
なかなか誰が行くか決まらない問答に、西園寺さんが――――――
「だったら、お二人で行かれたらどうでしょう? 本当はボクが行くと名乗りを上げれば良いのですが、正直膝が辛い状態でして……だからこそ、皆さんへお任せする事に異議はありません。ですが、千尋君たち龍族だけで行かれた場合、スマホが無いので此方と連絡が取れませんからね」
あぁ……そうか、念話が人間とは出来ないのを、忘れてたわ。
「でも、西園寺さん御独りで大丈夫ですか?」
「周りの異形は全部倒しましたからね。まだ残弾が数発ありますし、いざと成れば電撃ナイフもあります。それに直ぐ後続部隊が来てくれるので大丈夫ですよ」
残弾数発って……あらたに異形が湧いたら終わりじゃないか……
電撃ナイフも、電池切れなのは知っているし。
西園寺さんは、本当にヤバくなったら、上の階へ逃げますからと言っていたが、かなり心配である。
しかし、こうしている間にも、攫われた先輩達の憑依の融合率がどんどん上がっているし。もう言い争うのも時間が勿体無い。
僕は、もう一度だけ西園寺さんに、危険と感じたら逃げる様にと念を押すと、小鳥遊先輩を抱き上げて、戻りの上り階段を戻るのだった。
小鳥遊先輩を御姫様抱きしながら、龍の脚力を使い、壁を蹴って三角跳びの要領で、階段を何十段と一気跳びして戻っていく。
「凄すぎるわ千尋ちゃうべっ!! ひはかんら」
「喋ると舌を噛みって……遅かったか……」
痛そうに涙目の先輩を抱いて、どんどん上がって行くのだが、階を見て回らない分、階段だけに集中できるので、相当時間を節約できている。
先輩を運ぶのが荒っぽいのは、この際目をつぶって貰おう。
9階に到着した時には、丁度後続部隊のみなさんが上がって来て、鉢合わせし、銃を向けられる処だった。
「わわっ! 僕達は味方ですよ」
「そうよ! 撃たないでよね」
先輩を床に降ろすと、僕は両手を上げたのだが、先輩は掴みかかる勢いで文句を言った。
「すみません。西園寺氏から連絡のあった、瑞樹千尋君と、小鳥遊緑さんだね。先ほど連絡貰ったばかりなのに早いですね」
そりゃあ、人間と同じ速度じゃありませんから。
「お疲れでしょうが、西園寺さんが御独りで17階で待っていますから……」
「ええ、直ぐに向かいます。あと要救助者が14階に居るとか?」
「はい。甘楽さんって女性です。もう一人はまだ見付かっていませんが、よろしくお願いします」
僕達が頭を下げると、後続部隊さん達は、頼まれていた水を置いて、階段を下りて行ってくれた。
さて、17階の異形に使ってしまった水を補充し、準備を整えた僕らは、もう一つのビルの9階へ向かう事に……
もう一つのビルの9階へ着くと、そこは台風でも過ぎたかの様な惨状だった。
本来の9階は、催し物会場であり。地方の物産展とか、そう言ったモノを出店する場所らしいのだが……物産展の臨時看板やら何かの道具屋らが、彼方此方に散乱していた。
まあ上下が逆になっている時点で、滅茶苦茶なのだが……
もう一つ問題は、スカートが捲れ上がってる事だ!
本来は、エアコンの吹き出し口が天井にあるのだが、上下逆さまで天井が床になっている為。吹き上がる風がスカートを捲り上げる。
だがそれは、ここ9階に始まった事ではない、全部のフロアが上下逆だったのだから……
しかしこのフロアに関しては、他のフロアとは比較にならない程、気流が乱れている。
どう成っている……そう考えて居るとセイが――――――
「居るな……それも雑魚ではない」
「あぁ、かなりの氣だ……それも木氣」
頭上の2龍が、目を細めてフロアの中心部を睨む。
「木氣? 風なのに木氣なの?」
「木氣が火氣を相生として、火種の燃料となり燃え上がらすからな、それと同じで風も火氣の勢いを増させる、そう言う意味では木氣と言っても良い」
なるほど、そう言う事か。
セイの説明に納得していると、カチューシャの巳緒から警告が――――――
『右通路奥から、風の塊が来る!』
その警告を確認する間もなく、小鳥遊先輩を抱えて跳んだ。
すると、先ほどまで僕等がいた場所を、小型の竜巻が色々なものを巻き上げて通り過ぎた。
風を起こす妖なんて、居たっけ? そう考えながら、抱きかかえて居た小鳥遊先輩を立たせて――――――
「先輩怪我は?」
「大丈夫よ。それよりも、相手に捕捉された様ね」
小鳥遊先輩の言葉に、竜巻が飛んできた方向へ目をやると、バサバサと羽音が聞こえてくるではないか。
それも、少しずつ大きくなっているので、近づいて来ていると言うのが、なんとなく分かる。
やがて物産店の影から、ベースは人型で、カラスの様に黒い翼が生えた生物が現れたのだが――――――
「あれは!? ウチの学園の制服!」
「と言う事は、残り生徒の内の一人って事ですよね?」
「千尋ちゃんが、面識ないって事は……赤城の龍神様の巫女先輩じゃない?」
「ええ、神木先輩じゃありませんね。たぶん残りの藤岡先輩かと……」
それにしても、何で翼が生えている?
あと、手にした団扇……どこかで見た気が……
『あれは天狗だと思う』
巳緒がいった言葉に、僕はポンっと手のひらを叩き
「そうだ! 天狗だ!」
前に鞍馬山の天狗から、火氣の妖を退治してくれって依頼を受けた事を思い出し、あの時に天狗が持っていた団扇がアレだ!
今まで思い出せなかったのが、思い出せたお陰で、すっきりして安堵していると。
天狗憑きの藤岡先輩が、団扇を振りかぶる。
「千尋! 何を呆けている。第二波が来るぞ!!」
その声に我に返り、物産店舗の裏に跳び込んで隠れるのだが
なんと! あの竜巻が曲がって向かってくるではないか!
「竜巻が誘導かよ!!」
もう一度、天井の床を蹴ろうとして、非常口の看板に躓いてしまう。
本来なら天井にくっ付いてるので、躓く事はまずないのだろうが、上下逆さまなのを忘れていた。
そう言い訳してみるが、竜巻は待ってくれない。
「ドジ千尋ぉ!」
セイにだけは言われたくなかったので、急遽水を水素分解して、圧縮着火させる。
「水素爆発!!」
急ごしらえで水素を爆発させ、竜巻との相殺を計った。
ただ水をぶつけたのでは、木氣に勝てるとは、到底思えなかったからだ。
爆風なら火属性と風属性の混合だし、急ごしらえで威力が落ちているとはいえ、なんとか相殺できただろう。
だが――――――
考えが甘かった。
相殺した竜巻の後ろに、第三波の竜巻が迫っていたのだ。
しまった!! 連射か!?
先程転んで体制も悪く、起き上がって逃げるまでには、竜巻に呑まれる。
かと言って、ペットボトルを開けている間も無い。
万事休す――――――そう思っていると
「不動明王! 倶利伽羅剣!!」
倒れている僕の前に、炎を噴き出す三鈷杵を持った、小鳥遊先輩が姿を現したのだ。
そのまま、やぁ! と声を張り上け乍ら竜巻を切り裂くと、竜巻は四散して消えてしまった。
「すげえ……」
「仏道もやるではないか」
普段あまり人間を褒めない2龍が、先輩を褒め称える。
僕なんか、非常口看板に躓くドジで、カッコ悪い。
というか水素爆発で、一緒に吹っ飛ばさ無くて良かったわぁ……本当に先輩が無事でなによ……り?
「ちょっと、千尋ちゃん! 水素爆発みたいな広範囲の術使う時は、一言いってよね! もうちょっとで一緒に吹っ飛ばされるじゃ無いの!」
「すみません。一応視界の中に居なかったので、逆方向に跳んで逃げたのかと……」
「近くに居たわよ! 水を変換し始めたから、慌てて看板の残骸を盾にして伏せてたのよ」
「おお、さすが先輩」
異形や妖と戦い慣れているだけある。
「これはあれね……デート1回で手をうつわよ」
「で、デート!? それ香住に見付かると、僕が黄泉送りにされるんですが」
僕がどうして良いか、返事に困っていると、セイが――――――
「お二人さん。じゃれ合うのはその辺にしないと、憑依された人間が来たぞ」
通路の向こう側に、天狗の団扇を持った藤岡先輩が現れて、視線をこちらに向けた。
僕はすぐに立ち上がり、距離を取る為に逃げながら――――――
「やっぱり前回同様、内側から浄化して、引っぺがすしかないかな?」
「そいつは無理かもしれないぜ」
「なんでよ」
「前回は霊の類だったから、浄化も効いたんだ。だが今回は、霊ではなく木氣の天狗だからな。浄化は通じないだろうし、倒すなら金属性が必要になる」
金属性……そんなモノ持ってないよ
「金属なら、これでも行けるかしら?」
小鳥遊先輩が、独鈷杵を股のバンドから取り出すと、此方に見せてくる。
「おお、それなら行けるだろうな。だが問題がある、前回同様に内部まで浸透して、憑依されてるだろうから、一度は突き刺す必要がある」
「そうか、前回は光水を千枚通しの様に、細くしたから内臓に傷が付かなかったけど、独鈷杵は其処まで細くないものね」
下手に内臓へ傷を付けたら、殺人……いや殺意が無いから、過失致死か……どちらにしても命が失われる事には変わりがない。
だが他に、細い金属は…………は!?
「先輩! ブラのワイヤーは?」
「な、何よいきなり……私のはノンワイヤーよ。それなら千尋ちゃんこそ、自分のを……」
「僕の胸は大きすぎて邪魔なので、激しく動いても揺れないように、サラシを巻いてます」
くっ……香住なら、寄せて上げるワイヤー入りだっただろうに……
無いモノ強請りをした処で、状況が好転するわけでもない。
だが逃げ回りながら、物産展の店舗で、あるモノが目に入る。
それは、たこ焼きを引っ繰り返す、千枚通しだった。
これならば、独鈷杵よりは遥かに細い。
「良いモノがあった。それじゃあ反撃の方、行ってみましょうかね!」
僕のその言葉に、皆が頷くのだった。