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龍神の花嫁 八俣遠呂智編(ヤマタノオロチ)  作者: 霜月 如(リハビリ中)
5章 常陸の大鯰(おおなまず) と 逆さハルカス
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5-11 知らずと増える効果


9階で、今回の(けん)御堂進(みどうすすむ)の仕業だと分かった僕らは、憑依(ひょうい)とやらが完成する前に、急いで10階へ向かう。


だが御堂進(みどうすすむ)が消えた時点から、一気に敵が()いて出たのだ。



「何よこの小さくて丸っこいの!」


「どうやら低級の悪霊を、小動物に憑依(ひょうい)させて実体化させて居る様ですね」


小動物? そう西園寺(さいおんじ)さんに聞こうとして、()みとどまる。


猫、犬、鳥などを使った憑依実験(ひょういじっけん)。そんな(むな)くそ悪い光景(こうけい)しか浮かばなかったからだ。


出来れば倒さずに()り過ごしたかったけど、相手が(まと)わり()いて来るため、どうしても倒していかないと成らない。


元々、呪いの反射を持っている僕は大丈夫だとしても。小鳥遊(たかなし)先輩と西園寺(さいおんじ)さんは(まと)わり()かれた場合、体力がどんどん持って行かれていると言う事だ。



所謂(いわゆる)体力吸収(ドレイン)と言うヤツだな」


そう頭上のセイが冷静に答えるけど、この小悪霊へ対処としては、浄化雨で消すしかない。


しかし、今日に限って水のペットボトルを、小さいのにしてしまって居たのが、悔やまれる。


僕は水の温存よりも、二人を救う事を優先し、5本中3本の水を広域浄化(こういきじょうか)につかった。


水は光を()びた(きり)に成り、フロア全体へ広げると、触れた悪霊を浄化(じょうか)していく。


悪霊たちは、ふうううっと甲高(かんだか)い声を上げ(なが)ら、フロアから消えて行った。



千尋(ちひろ)君すみません、助かりました」


「ええ。流石に数が多すぎて、(さば)き切れなくなる所だったわ」


「二人とも無事で良かった。動けそうなら、下の階を目指しましょう」


僕は床となった天井に()()らされた水を少しでも回収するが、約1本分の水を回収することに成功する。3本使って1本還元(かんげん)か……このままではジリ(ひん)だ。



千尋(ちひろ)君、水はどのくらいありますか?」


「5本中3本使って、1本分回収しましたので、残り3本分です。残りは浄化する時に、霊と一緒に消えちゃったみたいで……」


「では後続から来る部隊に、水の支給もお願いして置きますね」


それは正直助かる。


水が来るのが分かっていれば、温存の必要はないからだ。



その後も階を下りるごとに、悪霊は出て来るのだが、数は減って来ているけれど、だんだんと大型に成りつつあった。



(おん)!! 阿毘羅吽欠(あびらうんけん)娑婆呵(そわか)!!」


小鳥遊(たかなし)先輩が唱えた、大日如来(だいにちにょらい)真言(しんごん)にて発せられた光りに触れて、成仏していく霊達。


やはり疲れているのか、くっと(くちびる)()みながら、片膝(かたひざ)をつく小鳥遊(たかなし)先輩。


無理もない。先程放った真言(しんごん)で、本日5発目なのだ。


千尋(ちひろ)君、急ぎたいのは分かっていますが……」


「えぇ、そうですね。少し休憩(きゅうけい)しましょう」


低級霊とはいえ、流石(さすが)に数が多すぎる。


(はか)らずも、丁度レストランフロアだったため、適当なお店の厨房(ちゅうぼう)に入って、お茶の器具をお借りした。


どうせ、この逆さま空間は、通常ハルカスの鏡写(かがみうつ)しであって、御堂進が生み出した虚構の空間なのだ。


その御堂進を倒せば消えてしまう空間で、お茶を無断で拝借したとしても、咎めを受けるいわれは無いはず。


上下逆さまの厨房に入ると、食器棚が微妙な位置にあり、背が届かない。


まぁこんな時には、尻尾を立てて背丈を伸ばす!


うちの台所でも、背の届かない棚へ食器を出し入れする時に、良くやる技だ。



そんな時、真下から視線を感じるので、その方へ見てやると――――――


「こら、セイ!! スカートの中を覗くなってば!!」


「こんな処で、丸見えになる様な事をするのが悪い。う~ん眼福」


コノヤロウ……


僕は戸棚から逆さまになった食器を手にすると、そのままセイに向かって投げ落とす。


「ちょ! 千尋。お前と言うヤツは……」


「全部受け止めるとは、器用な奴め。さて……もう一個ぐらい行けそうかな?」


「ヤメイ! これ以上持てないからな!」


「仕方ないなぁ、そのまま放置ね」


「鬼か!」


龍です。


先程食器を取る時に驚いたのは、戸棚の中で逆さまにくっ付いた食器が、手を掛けると普通に引き出せたからだ。


というよりも、今迄背景の一部として、逆さにくっ付いてた食器が、僕が触った途端に、現実のものに変わったと言う感じかな? 仕組みは良く分からない。



「なあ千尋……食器は良いけどさ。お湯はどうするんだよ」


先程やっと持っていた食器を落とさぬ様に、ゆっくり床に置きながら、セイが僕に聞いてくる。


「それならお任せ。地球上のだいたいのモノは、圧縮すると熱を発するんだよ。凝縮熱って言うんだけど……分からないよね」


「うむ。分からん」


「右に同じです」


2匹の龍の頭にクエッションマークが浮かんでいる。


前に水素を圧縮し着火したのと同じ方法で、火を着け湯を沸かせばいい。


それより問題は、水が出るかどうか……


こういう高層ビルでは、水をポンプで屋上にある水槽に溜めて、そこから重力で落とす方式をとるのだが、今回屋上が最下層にある為、水が出るか分からないのだ。


逆さまになった蛇口を(ひね)ると、案の定(あんのじょう)水の勢いはなく、それでも神社の手水舎(ちょうずや)ほどの龍の口から出る水ぐらいの水量が、やっと出てくる感じであった。


ヤカン半分ぐらいに水が溜まるとヤカンをどけて、水を使い終わった空のペットボトルに替えて、補充する。


ペットボトルに水を補充している間の時間を使って、ヤカンの水をお湯にしてしまおうと、先ほど言った水素を圧縮着火し、水素と酸素の混合気の塊に火を着ける。


爆発しない程度に酸素を抑えてっと……


しばらくすると湯気が上がり、いい具合にお湯へと変わるのだが、2龍は不思議そうに見ていて、仕組みが分かっていない様だ。


結構便利な術ではあるが、実は着火に関してはキャンプ用品に、同じ原理を利用したモノがある。


圧気着火と言う原理で、マッチや火打ち石などを使わずに、火を着けられると言う便利グッツ。それを術で再現しているだけなのだ。


其方は水素ではなく、通常の空気を圧縮しているんだけどね。


蘊蓄はそのぐらいにして。お茶葉を探す。


「巳緒もお茶でいいの?」


『ウチは何でも呑んじゃうから』


カチューシャに化けているので、念話で答えてくる。


あぁ……巳緒は蛇だものね。何でもござれって感じか。


「それで、そっちの二人……ヤカン触って何やってるんだよ」


「いや……本当にお湯が沸いてるんだなと思って……なぁ赤城」


「不思議なものだ。水でお湯を沸かしたんだぞ……そもそも、水って燃えるんだな……」


正確には水から分離した水素だけどね。


現在考えられている、石油に代わる……かもしれない、クリーンエネルギーだ。


「さて、茶葉も見つかったし、店の外へ戻ろうか」


「ここで飲まないのかよ?」


「どのみち天井が床に成ってる限り、椅子に座って飲めないし。そうなれば店の外でも中でも同じでしょ。他にも、襲撃された時、視界が開けている方が、対処しやすいしね」


殆ど巳緒の予感というか、予知みたいな能力で、どうにかなるんだけど


テーブルも天井にくっ付いているものだから、倒して盾にするって事も出来ないし。


そうなると、どこでも一緒なのだ。



廊下で休んでる二人に、学園祭で好評だったお茶を振る舞う。


「はぁ~、生き返るわぁ」


「確かに……これなら人気が出るのも頷けますね」


「すみません。御茶請けは用意できなくて……」


「いえいえ、此処は敵地ですからね。これだけのモノが飲めれば十分です」


セイや赤城さんや巳緒にも、お茶を淹れて出してあげたら、一口飲んだセイが――――――


「これは回復の効果も含まれているな……千尋、回復の水を使ったのか?」


「いいや。学園祭の時の要領で淹れただけだけど……回復効果があるの?」


「無意識にやっていたのか……完全に回復水に成ってるぞ。お茶風味のな」


マジカ!


そういえば、淤加美様が言ってたっけか……使えば使うほど、水の術は強化されたり、付加価値が追加されていくって。


今回はお茶を淹れたお湯に、回復効果が付いてしまったようだ。


小鳥遊先輩も西園寺さんも、体力をドレインされて吸われてたからね。丁度良かったかも。



皆で、一時の休息をしていると、西園寺さんが――――――


「そうそう先ほど、後続部隊が突入を開始したと連絡が入りました。一階一階見て回っているボク達と違って、真っすぐ下りて来ますから。すぐに追い付かれそうですね」


「こちらもまだ14階ですしね。水の方は何とか補充出来ましたが、あと3分の2以上ある事を考えれば、後続部隊の水も欲しい処です」


「それはちゃんと持って来て貰いました。あとボクの銃弾の予備も……ほとんど撃ちつくしたし、雷撃ナイフの電池も交換しないと……」


なるほど、数が多かったから仕方ないよね。


「小鳥遊先輩の方は、大丈夫なんですか?」


「私の方は消耗しているモノが自分の法力のみだから、補充は休憩以外に無いわね。いざとなれば、威力は落ちるけど御札で術も打てるし」


「それなら疲れた場合、どんどん声を掛けてくださいね」


「ふふっ、ありがとう。でも回復のお茶のお陰で、だいぶ回復したわ」


ん~、先輩は弱味を見せないからなぁ、強がっているだけかもしれないし、念話でセイに聞いてみよう。


『セイはどう思う?』


『祓い屋の嬢ちゃんか? そうだなぁ……千尋が思っているより、かなり回復してると思うぞ』


『そうなの!?』


『千尋は分かっていない。自分の回復の水が、どれだけ凄いのかを……』


巳緒にまで指摘を受けたが、僕自身特別な事はしていないんだけどなぁ。


人間から見れば、水素で火を着けたり、茶葉を美味しく抽出したりしている時点で、吃驚何だろうけど……僕はただ、学園祭のカフェでやった事を、再現してるだけなのにね。



皆が御代わりをして飲み終わった処で、巳緒がカチューシャに戻って――――――


『千尋……奥から何か来る』


巳緒の指摘を受け、龍眼を望遠モードにすると


「あれはウチの学園の制服!?」


「千尋ちゃん何? 何か来るの?」


「ウチの学園の制服を着た女学生が、宙に浮きながら此方に向かってきます」


「憑依された女学生でしょうか?」


「……おそらく……僕は面識がありませんが、攫われた内の一人かと……」


しばらくすると、龍眼でなくても目視できる様な距離になる。


眼が赤く輝き、身体全体に黒い瘴気の様なモノを纏って、幽霊の様に浮いて近付いて来て、一定の距離になるとそこで止まり、右手を上げる。


「いかん!! 全員散れ!!」


セイが言葉を発すると同時に全員が横に跳ぶ。


刹那! 先ほどまで僕らが御茶をしていた場所が、瘴気の衝撃波に飲み込まれ、そこにあった茶器を消し飛ばした。


「あぁ……借り物が……」


「どうせ虚構の世界のモノだ。現実には存在できないモノだし気にするな」


セイと赤城さんが小さく成って、僕の頭上の定位置に収まると――――――


「それで千尋さん、どうしますか? あの女学生も志穂の友人でしょうから、死なせたら悲しみますし……」


「もちろん助けますよ。水も補充したので全開です!」


僕はペットボトルの蓋を開けながら、水で長い刀を創る。


更に別のペットボトルを開けて、水の塊を女学生に向かって投げると、浄化雨を真上に降らせた。


これで効かなければ……


『千尋、それではダメ。女の肉体が邪魔をして、憑依した悪霊に届いていない』


やはりか……学園祭の時。遊びに来た女児の背中に、落ち武者の霊が憑いて居たのだが、あれは半分以上外に出ていたので、浄化雨を直接かけることが出来た。


しかし今回は、憑いている霊が見えていないので、完全に女学生の中へ入っているらしい。


「これが憑依か……厄介だな」


仕方がないか、第2案で行くしかない。


水の刀を、高淤加美神の光水の力を使い、浄化刀へと変化させる。


これで、肉体を傷つけずに、中の霊だけを斬ろうと言うのだ。


念のため、もう一本ペットボトルの蓋を開けて置き、そのまま光る長刀を持って女学生へ駆けて行く。


その時、女学生が人間の叫び声とは違う、怨念の籠った咆哮をあげる。


恐怖(フィアー)の雄叫びとは小癪な小娘だ」


「あぁ、龍族にそんな貧弱な咆哮が効くものか」


頭上の2龍は、鼻で笑っているが、霊嫌い僕は心臓バクバクだったんですがね。


二人に馬鹿にされるのも癪なので、あえて言わなかったけど。


そうこうしている内に、女学生との間合いが詰まる。


光る長刀を突き出し、女学生を貫こうとしていたら――――――


『危ない千尋!』


巳緒から警告が来ると同時に、先ほど初撃で放って来た瘴気を、扇状の広範囲に広げて飛ばして来る。


だが――――――それも想定内。


先程、念のために開けたペットボトルの水で、幻影を創って居たからだ。


瘴気で消し飛ばされたのは、その幻影であり。


本物の僕は、女学生の真後ろに居たのである。



もう此処まで接近すれば、弾く物も無いし。光る水刀を、細い千枚通しの様に変えると、臓器を避けて背中から突き入れた。


女学生の身体の中で、浄化の光を解放すると、憑依した霊だけが浄化され、ふうううぅぅぅと声を上げながら消えて行った。


完全に憑依した霊が消えたのを確認した後、水の千枚通しを引き抜きながら傷を癒す。


言うのは簡単だが、内臓にダメージが行かないよう、隙間を通すのは本当に怖いものがある。


傷も出来るだけ小さくしたし、人間が行う手術後の縫った痕と違い、術で治したので痕も残らないだろう。


「千尋ちゃん! 女学生は?」


駆け寄ってくる先輩に――――――


「気を失っているだけで、命に別状はありません。中の霊も浄化しましたし、目を覚ませば大丈夫でしょう」


「じゃあ、身分照会しちゃいましょ」


先輩はスカートのポケットや、胸ポケットなどを(まさぐ)りだした。


小鳥遊(たかなし)先輩。学生証なら内ポケットじゃないですか? 10月だから冬服ですし……」


「……あったわ、確かにウチの学園の3年生ね。甘楽(かんら)先輩ですって」


「じゃあ残りは、藤岡(ふじおか)先輩と神木(かみき)先輩ですね」


やっと一人救出か……先が思いやられる。



さて、気を失った甘楽(かんら)先輩を、どうしたものかと考えて居ると、西園寺さんが――――――


千尋(ちひろ)君、その気を失った女学生を連れて歩く訳には行きませんから、後続部隊へ連絡し、外へ連れて行って貰いましょう」


「そうして貰えれば助かります」



部隊を呼んだ西園寺さんには悪いけど、後続部隊が通常兵器で武装しているなら、居ても戦力に成りそうに無いしね。


水や予備弾の補給だけは助かるけど、それ以外は……ねぇ。



とりあえず、甘楽先輩を階段の踊り場へ寝かせて、後続部隊へ救出は任せ。


僕たちは更に階段を下るのだった。



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