11 ラジオ体操の朝
夏祭り当日
朝早くから境内を念入りに掃除する
祭りの出店が、数日前から遣っているところが多いせいか、祭りの本番は今日からだと言うのに、容器のゴミが結構多い。
毎年の事なんで、慣れちゃったけどね。
そこへ丁度、中型犬の大きさになった狼ハロが、容器のゴミを咥えて遣ってくる
『この容器、美味そうな臭いがするぞ……先日、千尋殿が作った鯛焼きみたいな、香ばしい臭いが……』
「あれはイタズラで、鯛焼き風お好み焼きだっただけで……本物は甘いんだからね」
一応間違った知識は、訂正して置かないと可哀想だ
此れは、本物を食べさせてあげないと、駄目かも分からんね。
僕は、ハロの咥えて来た容器を受け取ると、青海苔が付着しているのが見てとれた
焼きそば? もしくはお好み焼きかな?
そう考えて居るところに、味噌汁の良い匂いがしてきて、ハロと一緒にお腹の虫が鳴り響く
最近は、朝餉の支度を、神使の桔梗さんと交代で行っており
今朝は桔梗さんが、作って居るのだが━━━━
ようやく、ガスコンロやレンジの使い方を覚えてくれて、一安心な今日この頃。
『今朝は桔梗殿の飯か? 最初の頃は、真っ黒な魚だったり生焼けだったりしたが、最近の飯は美味いわな』
「彼女成りに、現代の生活に慣れようと、頑張ってるからね」
竈を使って居た時代の人なので、ガスの火加減が分からないのも、仕方がない
『失敗作をだいぶ食わされたが……ここ数日で一気に美味くなった』
「先生が良いからね」
幼馴染みの香住が、ちゃんと生活出来ているか心配だと、部活前の朝だけ見に来てくれて、その時に桔梗さんへ色々レクチャーしてくれたのだ。
和食は、僕も婆ちゃん直伝で、それなりに出来るが
香住の作る料理は、更に上へ行っていた。
味噌汁1つに置いても、具材に合わせて赤味噌と白味噌の配合まで変えているから、敵う筈もない
新しい飲食店が出来ると、味を見に行くなど、研究にも余念がないのだから、美味しくない訳が無いわさ
「そう言えば……僕もよく、味見に付き合わされたっけか」
『それは、『でーと』と言う奴なんじゃ無いのか?』
「いやいやいや、断じて違う! 1人でお店に入りづらいからって仕方なく……て、デートなんてよく知ってるね?」
『逢い引きの事であろう? マイが教えてくれた』
「ちょっと、マイって誰ですか? 人間と喋っちゃ不味いでしょ」
狼のハロちゃんの話だと
マイちゃんは、昔ウチのお風呂が壊れた時に、銭湯に居たお嬢さんで
所謂、『みえる』人と言う霊感の持ち主だった。
僕の尻尾も見えちゃったらしく、銭湯で掴ま……いや、捕まってしまい。尻尾に抱き着かれ、遊ばれてしまったのだ。
尻尾が見えない普通の人には、浮いて居るように見えるから、止めて貰いたかったが、だいぶお気に入りの御様子で……
相手が龍なら尻尾振って、強引に吹っ飛ばせるが、人間の女の子にする訳にもいかず。結局銭湯を出るまで、ずっと付き纏われてた人間のお嬢さんだった
『尻尾のおねーさんを、ずっと捜して居たらしいぞ』
「本当なら、お風呂が直るまで銭湯通いだった筈だけど。あの後、宝剣探しで檀ノ浦行きだったからねぇ」
その宝剣も、尊さんが使って居るけどね。
『毎朝、境内で変な踊り遣ってるだろ?』
「踊り? あぁ、ラジオ体操ね」
『それそれ。その何とか体操に来て、普通の犬じゃ無いって見抜かれてしまってな』
接点はラジオ体操か……合点がいった。
その時間は、丁度朝餉の支度で、台所へ入ってしまうか、セイを叩き起こしているかだから
僕とは、入れ違いで逢わなかったのか……
ん? 今日は、念入りに裏手のゴミ拾いまで遣っていて、もう良い時間━━━━
朝餉の支度を、桔梗さんに任せているので、時間の事をすっかり忘れてたわ
「ああ!! 尻尾のおねーさん!!」
ゴミ袋を持った僕に、駆け寄る一人の少女
間違いない、銭湯で逢った女の子に違いない。
僕は、手前で止まるだろうと、高を括っていたら、そのままラグビー選手並みのタックルを貰ってしまったのだ。
「ぐほぉお!」
そのまま、くの字になって膝を折る僕を見て
『凄い声が出たな……』
ハロが、自分じゃなくて良かったと言う顔で、胸を撫で下ろす
「す……空きっ腹に効いた……」
此処で倒れたら、龍神の名折れ……尻尾で後ろへ倒れるのを支え、膝だけでどうにか留まった。
「マイね。ずっと、おねーさんを捜してたんだよ!」
「それは悪い事をしてしまった。急に用事が出来ちゃってね……遠い処へ行ってたんだ」
膝の埃を叩きながら立ち上がり、そう言って弁解した
『しかし、尻尾のおねーさんが見付かって、良かったではないか』
「うん! 最近ね。おねーさんみたいに、角の在る人を見掛けるんだ」
「角のある人?」
「尻尾は無いんだけど、角だけ在るの」
セイ? 淤加美様?
━━━━赤城の龍神さんとか、淵名の龍神さんかも?
よくよく考えたら、この地方……龍神多過ぎだな
「雄……いや、男の人だった? それとも、女の人かな?」
「男の人。お爺さんだったよ」
えっ!?
お爺さん? 僕の知ってる龍の雄は、みんな若い……20代中盤位の姿をして居た筈
まあ、『化け術』だから、お爺さんにも成れるだろうけどね。
実際銭湯で、セイと淵名さんが、若い女性に化けて女湯に入ってたし
でも、基本の姿は滅多に変えないんだよな
いったい誰だろう……
そう考えていたら、他の子供達も沢山集まってきた。
「わあ、ハロちゃん元気!?」
「クッキー食べるかな?」
━━━━大人気だなハロちゃん
と言うか、餌付けされとる……あーあ、お腹まで見せちゃって
野生はどうした野生は?
貴方、犬じゃ無くて『狼』ですよ。それも荒神の━━━━
「かわいい~、お腹ぷにぷに」
子供達に囲まれて、わしゃわしゃ撫でられて、『わふぅ』とか犬っぽく鳴いて見せるハロ
喋ら無いのは良いことだが、もう少し威厳を持った方が……
何だろう……神様達が、どんどん堕落していってる気がする
そこへ、携帯ゲーム機を持った、淤加美様が現れ━━━━
「千尋。桔梗が、朝餉の支度が出来たと……」
「ちょっ!! 淤加美様!! 人前で飛ばないで下さいよ」
「ん? 大丈夫じゃ。子供達は皆、ハロを撫でるのに夢中になって居るからの」
「それは、たまたまです」
僕の中に、淤加美様の片割れが残ってるんだから。そっちで、直接念話をしてくれれば、済む話なのに……このお方と来たら……
浮いて居る淤加美様を、子供達に見付からない様に、背中を押して玄関の中へ追いやった。
「今の人も角があったね」
そう言うマイちゃんだけは、ハロに釣られず、僕の側に居たのだ
「うはぁ! ま……マイちゃんだっけ? みんなには内緒だよ」
「うん、言わないよ。変な事言うと、お母さんに怒られるし……」
どうやら、『みえる』のはマイちゃんだけなので、霊とか妖怪とか……そういうのが居ると言っても、信じて貰えないとの事。
最後は、あの子……大丈夫かしら……なんて心配までされてしまい。
最近では、要領を得たのか、見えても『見えない振り』をするように成ったとか
マイノリティーは、大多数によって淘汰されるし、仕方がないよね
「今度、そう言う話がしたかったら、神社へおいでよ」
自分を押し込めてばかりじゃ可哀想なので、話し相手位には成ってあげるよと言ったら、すごく喜んで居た
まあ、僕も龍神になっちゃったし、此処で人間なのって、婆ちゃん位だもの
子供に混じって、大人達も現れ始める。
「ラジオ体操が始まるみたい、またね尻尾のおねーさん」
「あっ! 千尋だよ。僕の名前━━━━」
走っていく途中で振り返って
「分かった! またね千尋おねーさん」
言い直して走っていった。
本当は、『おにーさん』なんだけどね……説明すると女湯に入ったのも問われるので、言わ無いで置こう。
どうせ元には戻れないしね
さて、僕も桔梗さんのご飯を、冷めない内に頂きますか━━━━━━
その前に、セイを起こさねば……声を掛けないと、後々五月蝿いからな
僕は居間へ寄らずに、そのままセイの部屋へ行くが、鼾が聞こえるので、まだ寝ているようだった。
元龍神のセイは、昨日同人誌即売会へ行って、洗礼を受けてきたらしい
帰りは電車ではなく、龍脈移動で帰って来たので、余程疲れたのだろうな……
龍脈移動を人間に見られて無いかと心配をしたが、赤城の龍の巫女である神木先輩も一緒だったし、その辺は大丈夫だろう。
ま、良い経験だったんじゃないかな……元々人間嫌いの赤城の龍神さんが、もっと嫌いにならなきゃ良いけど━━━━
龍って奴は、人間の『向上心』を好む
だから、龍に愛され憑かれた者は、大きく飛躍すると言われており
一代で築き上げた、某電気メーカーの創業者さんは、龍に愛された者とも言われ、本人も会社の中に龍神の社をつくって仕舞う程、龍神を信奉していたらしい。
他にも、浅草雷門の大きな提灯を寄贈するなど、経営に信奉を混ぜたと有名な人で
本社だけでなく、工場にも社を創ったとか━━━━
ま、戦後の経済高度成長期も、上手く重なったんだろうね
後は本人の手腕と向上心!! 向上心が無ければ、龍は憑きませんから。
今回の同人誌即売会も、電気メーカーさんと方向性は違えど、絵が上手く成りたいと言う、『向上心』は同じなので、その気迫に酔ったのだろう。
もしかしたら……急成長をした大手サークルさんの中には、龍に愛され憑かれた者も、居るかもしれませんね。
一応ノックをしてから、襖を開ける。
なんと言うか……昨日帰って来た時の姿で、ベッドへ倒れ込んで居た。
余程疲れたんだな……着てるものも、一応脱ごうとは、していたみたい
ジーンズが尻まで脱げた状態で、止まっているし
仕方がない━━━━━━耳元でに寄って
「大変だ! 台風速報でアニメ録画がズレそうだよ!」
「何だと!! L字テロップか!?」
そうか……最近はズレじゃなく、L字テロップなのか……
僕は、最近テレビでアニメ観ないからな、月額制のネット配信で観てるし
セイが眠そうに目を擦りながら、現状を把握しようとしている
「おい……雨の臭いがしないが……本当に台風来てんの?」
「来てないよ。龍なら分かるでしょ? 今のところ雲1つ無い快晴だもの」
二人共無言で睨み合う
「千尋……貴様……我が眠りを妨げ……」
「はいはい、悪ぅございました。朝食出来たそうだから、冷めない内に来なよ」
「ええ!? ノリが悪いな……」
「暇じゃねーっての! 今日祭り本番だから、早めに社務所開けたりで、忙しいんだってば」
そう言いながら、半分尻で止まってるセイのジーンズを引っ張る
「ぎゃー、エッチ! 痴女!」
「洗濯するんだから脱げってば!」
「待て待て待て。トランクスまで一緒に脱げてるから!」
「恥ずかしがらなくも、一寸前まで僕にも付いてて、見慣れてるから大丈夫だって」
「そう言う問題じゃねえ! お前は少し、女の慎みと言う奴をだな……って聞けー!」
普段風呂上がりに、暑いからと全裸で彷徨く奴に、慎みがどうとか言われたくないわ
僕は、全力で脱がしにかかり、セイが全力で抗う
そんな均衡状態に━━━━━━
「二人とも何遣ってるのよ……」
幼馴染みの香住が、溜め息をついて立っていた。
「やぁ、香住。久し振り」
「久し振り……じゃないでしょ。此処のところ、朝だけは寄ってるでしょ! まったく……朝御飯冷めちゃうわよ」
「そうは言うけど……御飯食べてる間に、洗濯機回して置きたいんだよ」
食べ終わって食器洗ってる内に洗濯終わるから、直ぐ干せるしね
「でも、元龍神様が嫌がってる様に見えるけど……」
「ほらな、人間の娘の言う通りだ。少しは労れ」
コノヤロウ……調子に乗りすぎだ。
「せーの!!」
掛け声と共に、此処一番の力を込めて引っ張ったら
脱げた!!
━━━━━━トランクスも一緒に……
「いやああああああ!!」
香住の悲鳴と打撃音が2つ木霊した。
━━━━━━その後
僕は洗濯物を洗濯機に放り込みながら、赤く腫れた頬を擦る
その後ろで、同じく頬を赤く腫らしたセイが、青い袴を穿きながら
「まさか、平手打ちじゃなく、鉄拳が来ると思わなかった」
「あの香住だぞ! 凶器攻撃やプロレス技が来ないだけでも奇跡だわ」
そう言って、洗剤を投入しスイッチを入れた
しかし、そうか……お祭りの二日間は、巫女をしてくれるように頼んで居たのだ。
すっかり忘れてたわ。
香住に言うと、脚持って回されそうだから言わないけどね
水が洗濯機へ投入される音を聞きながら、マイちゃんの言葉を思い出す。
「お爺さんの姿をした龍か……」
僕の呟きに着替え中のセイが、何だそれ? と聞いてきたので、マイちゃんとのやり取りを説明してやった。
「ほう、あの時の少女が……懐かしいな」
「いや、マイちゃんじゃ無くて、お爺さんの話」
「もしかすると……『九頭龍』の爺さんかも知れん」
「九頭龍!?」
「うむ、確信は無いがな……俺が知ってる爺さん龍は、九頭龍以外に居らん」
まあ、実際見た訳じゃ無いから、絶対とは言えないがな、と言って脱衣場を出ていってしまった。
九頭龍神かぁ……
同じ龍族だし、敵じゃ無い……よね?
「千尋~、あんたのオカズ食われてるわよ」
そう香住の呼び声が掛かる
「ちょっ!! それは酷いんじゃないかな!」
僕は、考えを途中で掻き消して、居間へ向かうのだった。