5-09 逆さハルカス
O阪府の地下にある晴明のアジトにて
雷獣が持ち帰った情報と、呪弾を撃てる銃のオリジナルを制作した、八嶋技研へ潜入中の間者からの情報もらい、それらを精査する晴明の姿があった。
「持ち出されたのは1丁のみか……」
そう呟き、狐巫女のお玉が淹れてくれたお茶を啜る。
つまり何処かでオリジナルを分解し、偽物を乱造している者が居ると言う事だ。
厄介だな……
それを見つけ出さねば、火之加具土命が、いざという時に動かせない。
なにせ、火之加具土命の身体は、神話での通りにバラバラにされ、そこから沢山の神々が生まれているのだ。
その為、現在は身体を持たず、御霊だけの状態であり。クローンの身体もまだ出来て居ない。そんな剥き出し状態の御霊へ、神にも通用する呪弾を受けては、ひとたまりも無い。
「お玉は居るか!?」
「はい。ここに……」
呼ばれて部屋に入って来た狐巫女は、Tシャツにスウェットハーフパンツと言うギャルっぽい格好であった。
「お玉は……それで外に?」
「ちゃんと変装しましたよ。似合うでしょう?」
「服は良い、服は……でもな、尻尾を隠さんか!! 人間じゃないってバレバレだろ!?」
「いやだなぁ晴明様。尻尾は狐のファーのアクセサリーだって言えば、大丈夫ですよ」
アクセサリーは、そんなにブンブン動かないっての。
「……お前の大丈夫は、昭和の天気予報並みに、あてにならん」
「今は気象衛星ひまわりちゃんがありますから、精度も上がってあてに出来ますよ」
それでも、気象を司る龍達の気まぐれで雨になるがな。
このままだと、永遠に話が進みそうに無いので、お玉に集められた資料を見せると――――――
「どう思う?」
「そうですねぇ……銃の複製している場所を特定できないなら、弾を特定すべきかと……」
晴明は、ポンコツ狐から的確な意見を聞けると思わなかったので、目を丸くして驚く。
「お玉……お前、やれば出来るではないか!」
「えへへ。弾は通常と違い、梵字を刻んでいますからね。それなりの……高位の僧侶……もしくは、仏道に通じている陰陽師でもない限り、製造は無理です」
なんだろ……ポンコツ巫女が、今日はもの凄く賢く見える。
もしかして、巫女装束じゃない方が、頭が働くとか?
「お玉は暫らく、巫女装束禁止な」
「なんで!?」
「とりあえず、正規の呪弾作成を依頼している者を探ってみてくれ。恐らく、周辺で製造過程を見ている、弟子あたりが怪しい」
「分かりました……それと御報告があります。第2位の陰陽師である御堂家の者が、このO阪府で暗躍しているとか……」
「御堂家が? 分かった。そちらも情報を集めてくれ」
東京の陰陽師達に、1位だった華千院家が財産没収で解体された今となっては、御堂家は実質1位と言っても過言ではない。
そんな御堂家が、なんでO阪府に……このアジトを探っているのか?
考えを巡らせながら、温くなったお茶に口を付けていると。足元で寝ている雷獣を撫でようと、手を伸ばす狐巫女……いや狐ギャルの姿が――――――
「ぎゃぴいいい!!」
雷獣の電撃を貰って、尻尾までパーマが掛かった、お玉が床に転がる。
「前言撤回だ。ポンコツは何着ても変わらん」
晴明ですら、素手で触ると危ないのに、どうして撫でたがるのか?
プスプス煙を上げるお玉の姿に、晴明は溜息をつくのであった。
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処は変わり。
北関東の瑞樹神社境内にて
神使の桔梗さんから貰った念話で、僕は急いで瑞樹神社へ帰ったのだが――――――
境内の端っこで、黒く焦げた物体に涙する、荒神の狼ことハロちゃんと、隣で立ちつくし困った顔の桔梗さんの姿が目に入る。
「ただいま……て、何事!?」
「千尋様、お帰りなさいませ。それが……」
『我が、今朝のヤツだと思うて、火達磨にしたら、口に文を咥えて居ったらしくての……読めなく成ってしまった』
それで炭になった文を前に泣いていたのか。
「どうにかなるかも知れない。インクは水分な訳だしね」
夏にセイが御朱印を書き損じた時に、インクだけ浮かせて書き直していたのを思い出し、セイに聞いてみたら――――――
「無理だな、これは乾きすぎてる。あの時は書き損じて直ぐだったから、どうにか成ったんだ。だいたい此れはもう完全に炭だろ……」
紙の部分が見る影もないくらい炭化している。
どうしたものか……困り果てて立ち尽くしていると――――――
「よう! 雨女も神様達も一緒になって、なにやってんだ?」
大学から帰った尊さんが、鳥居をくぐり歩いてくる。
「これを読める様に出来ないかと思って……」
「読むって、ただのゴミじゃんか」
尊さんが、どれどれ……と炭になった手紙を持ち上げようとすると、そのままボロっと崩れ風に飛ばされてしまったのだ。
「あ~ぁ。完全に読めなくしちゃったし」
「悪りぃ悪りぃ。でもよ、これ呪術で書いてあったみたいだな。地面に文面が写ってるじゃねえか」
尊さんの言葉に、先ほどまで炭手紙があった処に、光る文字が残っていた。
「桔梗さん、スマホで写真を撮って貰えます?」
「えっ!? えっと……スマホで写真……どうやって撮るんでしょう?」
無理もないか、普段電話と調べ物のネットにしか、使わないんだし。
「ちょっと見せて貰える……新しい機種だしアプリが…………あーもー、僕も他人のこと言えないな」
「おーい雨女。消えるぞ~」
「待って!!」
僕が使い慣れないスマホの新機種に四苦八苦していると、香住が――――――
「何やってるのよ……ほら、写真を撮ってあげたわよ」
撮り終わるとほぼ同時に、地面の光る文字も消えてしまった。
「香住、文面は何て?」
「……それがね……文章が穴開きだらけなのよ。たぶん手紙が地面に触れて居なかった部分とか、写っていないのかも」
スマホの画面を覗き込むと、『3人は預かった。返…………くば、O阪…………ハルカスに…………来…………』と書かれている
差出人の処もダメか。
一緒にスマホの画面を覗き込んでいた、頭の上のセイが――――――
「まあ、普通に穴の場所を埋めるなら、3人は預かった。返して欲しくば、O阪城にたこ焼きを……」
「マテ! 意味が繋がらんし。セイは、たこ焼きが食べたいだけだろ!」
「この文面の3人って、千尋が地獄耳で先生達の話を聞いた。行方不明の先輩方よね」
地獄耳って……聞こえちゃうんだから、仕方ないでしょが。
「名前は書いて無いけど、人数は合ってるから、その可能性は大だ」
珍しく赤城さんが、人間の話に割り込んで来る。
無理もないか……行方不明の一人は、赤城さんの所の龍の巫女、神木志穂先輩なのだから。
「ともかく、さらわれた3人が知り合いじゃ無ければ、ウチへ手紙を寄こした処で、だれ? て、成るだけだし。少なくも知り合いと見て良いんじゃないかな」
「ならば助けに行くんだろ? 千尋、早く行こうぜ」
「行くにしても用意してからだよ。O阪では巫女装束って訳には行かないしね」
さて、今回のメンバーは……
「行きたい人~、挙手!」
頭の上の2龍が手を上げる。
香住と淵名さんも、一緒に行きたそうだったけど、無理をして淵名さんが悪化したら、明日の鬼ごっこに行けないかもよ。と言ったら、香住は大人しく引き下がった。
淵名さんとの約束は、香住が行って良いと言ったら、オッケーとの事だったけど、傷の事を指摘したら、香住が淵名さんは療養で! と意見を曲げたので、二人して御留守番してもらう事になった。
ちょっと卑怯だったけど……淵名さんの身体の為だ。たこ焼きはお土産にするから、我慢してもらいましょう。
尊さんは、大学を休んでいたツケで、課題を大量に出されたらしく。行けないとの事。
今の尊さんが一緒に行った処で、建御雷様が居ないのでは、奥義が撃てないしね。
そんな状態なら、残って課題をしていて貰った方が良い。
他にO阪へ行く人は――――――
「私が行くわ!」
声がした方を振り返ると、小鳥遊先輩が歩いて来たのだ。
「先輩!? どうして此処に?」
「ほら、麒麟の角を返していないと思って、千尋ちゃんの教室に行ったら、オロチの女の子と座敷童に憑かれた……何て言ったっけ?」
「たぶん斎藤正哉かな?」
他に座敷童の憑いた生徒は知らないし、オロチは鴻上さんだろう。
「そうそう。その斎藤君に、千尋ちゃんは急いで帰ったと聞いてね。追いかけて来たわけ」
先輩は、はいっと麒麟の角を渡して来るが、昨日使ってまだ24時間経っていないので、再使用にはもう少し、時間が掛かりそうであった。
「先輩、本当に一緒に行くんですか?」
「妖相手なら、行く他ないでしょ。あぁ鞭が鳴るわ!」
鞭を取り出し、兄である尊さんに向けて振るう先輩。
「ここで鳴らすなよ! あぶねえな!」
「ちっ! 避けたか」
「今、ちっ! って言っただろ!? この愚妹め!!」
また喧嘩始めたよ……
埒が明かなくなる前に、僕は行く人の確認を取る。
「じゃあ、僕と頭上の2龍。あと小鳥遊先輩で良いんですね?」
「いいえ、ボクも行きますよ」
そう言って声を上げたのは、糸目の西園寺さんであった。
「えええ!? ちょっと、西園寺さん戦えるんですか?」
「自分の身ぐらいは守れますよ。先程新型の武器も空輸されてきましたし……何より、せっかく二日酔いが治ったのに、また呑まされては身が持ちませんからね」
あぁ……大山咋神様の御酒の相手ですね。
それにしても、通常配送で無く空輸とかが凄い。まあ、武器を通常配送するわけに行かないか。
どんな武器だか分からないけどね。
「西園寺さんって、スパイか何かだったんですか?」
「……実は……この腕時計も……ここのボタンを押すと」
「まさかレーザー光線とか!?」
「血圧と体温が測れます」
「ただのヘルスメーター付き時計かよ!!」
ただでさえ、糸目なので表情が読みずらい。
どこまで本気なのか分からないし!
「まあ冗談はさて置き、今朝の雷獣が真……いや晴明の仕業なら、今回の誘拐の件も晴明の可能性がありますよね? だったら一緒に行くしかありません」
なるほど、西園寺さんの戦う意味は、晴明さんを止める事でしたね。
それならば、連れて行かないと言う選択肢は無いわな。
今回の件が、本当に晴明さんならば……
他に、ハロちゃんも汚名返上したいからと、行きたがっていたけれど、ペット同伴で入れるところも少ないので、今回はお留守番してもらう事に成った。
今回は街中なので巫女装束という訳にも行かず、私服で行くのだが――――――
「やっぱりスカートかぁ……」
半年も女子をやって居ると、だいぶ慣れたとはいえ。やっぱり生足を出すのは、まだ少し抵抗がある。
生まれて16年も男子だったのだから、半年で切り替えろと言うのが、無理な話なのだ。
心の中で、尻尾があるからズボンは穿けない。これは仕方がないんだと自分に言い聞かせながら、スカートの留め金を掛けジッパーを上げる。
女子の制服や巫女装束は、形式的なモノなので、恥ずかしさも少しはマシなのだが……
やっぱり私服は形式と言う型を外れた、女子のそのモノになる訳だし。恥ずかしさも一段と割り増しなのだ。
かと言って制服では、修学旅行で引率の3年生教員に逢うかも知れないし。
そう言う意味で、制服で行くわけにいかない。
同じ理由で、一緒に行く小鳥遊先輩にも、私服を着て貰う。
龍脈で送ると言ったのだが、千尋ちゃんにも用意する時間が必要でしょ? と言われ、タクシー呼んで帰るから大丈夫だと、断られてしまった。
学生が自腹でタクシーを使うって、お金持ちだなぁ。
まぁ、祓い屋稼業でかなり儲けてるみたいだし。尊さんの入院費を払う時、ちらっと財布の中が見えたけど、凄い札束の量だった。
着替えが終わると、丁度見計らったかのように、セイと赤城の龍神さんが部屋に入ってくる。
「千尋、用意が終わったなら行こうぜ」
「二人とも、夕ご飯はどうするの?」
「そんなの決まってるだろ! 向こうは食い倒れの街なんだぜ。食い倒れる迄食うのさ」
倒れるなよ!!
そもそも、主旨が違うだろ!
「目的分かってる? 3人を助けに行くんだよ?」
「分かってるって! さっさと行こうぜ」
本当かなぁ……
外に出て、ペットボトルに水を汲みながら、セイのいい加減な言葉に、凄い不安に陥るが、直ぐにいつもの事だと諦める。
今回は500ミリのペットボトル5本に戻した。
大きな2リットルのペットボトルを、3本も入れたリュック背負って、O阪の街を歩き回るのも何だしね。
水を汲み終わり境内へ戻ると、みんな用意が終わり、僕の帰りを待って居た。
小鳥遊先輩は、いつも通りの黒い服の姿であり。一体何着同じ服を持っているのやら……
「遅くなって、ごめん。今龍脈を開くね」
「千尋君、龍脈はどちらへ?」
「天龍大神の社前に出ようかと思っています」
「あそこからなら、ハルカスは北東に位置していますからね」
宮司さんは常駐されて居られないみたいだが、龍脈から出る処を見られないので、逆に好都合である。
留守番組に行ってきますを言って、O阪への龍脈を抜けて行く。
日が落ちる前の逢魔が時。O阪府の天龍大神社へ龍脈を開く。
ここ天龍大神は、明治まであった大池へと棲みついた、大蛇を正式に祀る事により。戦時中でも大した被害にあわず、御利益のあった大神社とされているのだ。
他にも、黒龍大神、白龍大神と合わせた3社で山王の町を護ったとされ。常駐の宮司さんが居ない今でも、綺麗に管理されて居り。住民に祀られ愛されているという。まさに神様冥利に尽きる祀られ方である。
ちなみにO阪の飛田にある白龍大明神では、前述の3龍だけではなく、銀龍、金龍を合わせた五龍の祠が建てられたと記述があり、五龍神結界によりこの地が護られているとされ
今でもその強力な結界にて、御利益は続いているという。
そんな御利益のある、五龍の内の天龍大神社へ出でると、うまい具合に参拝者も居らず、無事O阪へ着く事が出来た。
O阪の地理は、西園寺さんが詳しくて。みんなでその後に続く。
「なぁなぁ千尋、ほら、たこ焼き!」
「分かったから。皆の分も買って来なよ」
そんな感じで、次はお好み焼き屋さんとか、出店がある度に、店へ寄り込む2龍。
チョーカーに化けたオロチの巳緒も、食べたいとせがむので、イートインスペースで食べては移動し、新しい露店へ入るといった事を何度も繰り返すので、1時間経っても全然距離が進んで居ない。
まぁ無理もないか、赤城の龍神さんは分からないけど。セイに関しては、初めてのO阪なんだし。夕ご飯も食べて来なかったしね。
でも、程々にしないと、また動けなくなって……
「うっぷ。腹が苦しい」
ほらな……
最後は2龍とも、小さく成って僕の頭の上で食休みする事に。
「どうしていつも、腹八分目と言うのを、実行しないかな……」
「食い倒れの街で、食い倒れたのだから本望だ」
この駄目龍め……
そんな2龍を見て西園寺さんが――――――
「本来の食い倒れの意味は、食べ物にお金を使い過ぎて、散財して倒れると意味だそうですよ」
そう蘊蓄を披露するが、聞いて無いだろうな……この腹の膨れたツチノコ龍どもは。
2龍が食休みに入ったので、露店に寄る事も無くなり、進行が早くなった為。
西園寺さんの案内で、件のハルカスへと入ると、駅が地下にあるせいか、会社帰りの人でごった返していた。
これだけの人が大勢いる状態で、人質を連れて歩けるわけがない。
もし、この人集りの中に居るならば、即警備の人に止められるだろう。
西園寺さんも、それに気が付いたみたいで――――――
「おかしいですね……人質を連れるには、人が多すぎる」
そんな時、チョーカーの巳緒が念話で――――――
『千尋、此処の地下に、変な氣がある』
その言葉を聞いて氣を探ると、巳緒の言う通り明らかに異質な空間が、地下に存在しているのが感じられた。
「西園寺さん、地下への階段は?」
「そうか、地下か!?」
千尋君こっちへ、と案内してくれる西園寺さんに着いて下って行くと、駅入り口に着いたのだが、改札がある方向とは別に、スタッフオンリーのドアを開け、さらに階段を下ると――――――
空調室とプレートのあるドアの前で止まる。
「西園寺さん。このドアの向こうから異質な氣が漏れています」
「なるほど、ここが入口って訳ですか……鍵を借りてきますね」
西園寺さんがそう言って、スタッフを探しに戻ろうとしたところで、試しにドアの取っ手に手を掛けると、すんなり開いてしまったのだ。
鍵が掛かっていない――――――まるで、入って来いと言わんばかりに、ドアが開いて行く。
その向こうの風景を見て、全員が絶句する。
なんとフロアの天井が下にあり、本来は床である部分が天井になった空間が存在していたのだ。
まるで、天地がひっくり返ったような……
「全部が逆さま……か……」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。このまま立っていても何も得られないので
僕達は意を決して、ドアの向こうに存在する、逆さまのハルカスへと足を踏み入れるのだった。
大阪五龍に関して、物語と直接関係が無いので割愛しましたが、五龍神結界に興味のある方は、調べてみてください。