5-08 壺中天(こちゅうてん)
時刻は進み
4時間の授業を終えて、お昼休み。
「はぁ……大丈夫かなぁ」
大きな溜息をつきながら、学園の屋上でお昼を食べていると
僕の溜息を見て香住が――――――
「もう! 溜息をつきながらお弁当食べるの止めてよね! 不味かったと思うでしょ。だいたい、雷鳥だか何だかを逃がしちゃった事が、そんなに苦になるの?」
「そうじゃ無いんだ。今朝のアレは、雷のと同じ速度で飛ぶと言われているから、実質追い駆け様が無いくらい速いし。それと雷鳥でなく雷獣ね」
「じゃあ、何で溜息ついてるのよ?」
「千尋ちゃんは気を使って言えないだけで、本当は高月さんの御弁当が不味いのよね?」
小鳥遊先輩が、また要らんことを言う。やめてよ……その八つ当たりが、こっちに来るんだから。
「あらぁ、小鳥遊先輩はまた後輩とお弁当を食べてて、クラスにお友達が居ないんでしょうかね?」
「そんな事ないわよ。ちゃんと喉が渇いたわ、とか独り言をいうと、買いに走ってくれる男子が居るもの」
女王様と召使か!?
先輩、それ友達って言いませんよ。
まぁ、先輩と香住の言い合いが、エスカレートする前に――――――
「僕の憂鬱な原因は、明日の鬼ごっこの事です」
「鬼ごっこ!? 何それ。面白そうじゃないのよ」
「先輩……眼を輝かせて、喜ばないでくださいよ。生きて帰れるか分からないんですから」
淤加美様が今朝された話を、先輩にも聞かせると――――――
「鬼族!? 凄いわ、現存するのね!!」
「らしですね。かく言う僕も聞いただけで、まだ見た事はありませんが……」
「鬼族って言ったら、有名どころは酒呑童子かしら……私も見てみたいわ」
あ~、すっかり忘れてた。先輩は普通の女子高生と、感覚がズレてるんだよな。
「危ないらしいですよ。去年の鬼ごっこでは、現地の龍族に負傷者が出たって話ですから」
「馬鹿力なのね。なるほど……これだから千尋ちゃんと一緒に居ると楽しいのよね。新しい物の怪が見られるし」
喜んでるよ…………ん?
「見られるしって!? まさか、先輩も行く気なんじゃないでしょうね?」
「勿論行くわよ! こんな機会滅多に無いモノ」
マジカ!
でもまあ、先輩らしいと言えば、らしいけど……水族館や動物園より喜びそうだよな。
鬼族について、色々想像を膨らませて喜んでる先輩に、香住が――――――
「龍族ですら危ないって言ってるのに、人間の先輩が現地へ行ったら、邪魔になるんじゃないかしらね」
「大丈夫よ。自分の身ぐらい自分で護れますから」
「む…………私も行くわ」
「高月さんこそ来ても邪魔なんじゃないかしら?」
「私は夕ご飯を作って、持って行くから良いんです」
重箱の中のお握りを頬ばりながら、セイが――――――
「本当に仲悪いなこの二人」
「セイと壱郎君ほど悪くないよ」
「ふん! 俺はアイツより長く、逃げ切ってみせるぞ」
どうせなら壱郎君より長くじゃなく、最後まで逃げきって欲しい。
そんなセイと赤城さんと淵名さんの3龍には、水の術で視覚光を乱反射させ、姿が見えない様にしてある。
傷の影響で人の形に化けれない淵名さんは兎も角、セイと赤城さんは人に化けて居るから、姿隠しは要らないと思いきや。学園祭の時と違って、学園内は部外者禁止なので、姿隠しは必要なのである。
「そう言えば、あの蛇野郎が今朝も酒樽を運んでいたけどよ、いつまでも外から酒を買う程、金は無かろうに……自分で神酒を造るって言う話はどうなったんだ?」
「それなんだけど……材料は揃っても、醸造するのには、やっぱそれなりの機材が必要だと思うんだ」
昔ながらの甑という大桶が必要になってくる。そんな大桶を造れる職人さんが、現在にどれだけ居るか……
機械化が進んだお陰で醸造の速度は上がったが、そう言った職人さんは減ってしまっている。
他にも、麹を造る時に必要な麹蓋や、酵母の温度調整を行う暖気樽という、木で出来たヤカンの様なものにお湯を入れ酵母を温めたりするなど。
昔ながらの遣り方は、機械醸造と違い、人の手で全部を行う為。結構必要なモノが多いのだ。
「あの神使いの荒い、大工の棟梁に聞いてみたらどうよ?」
「僕も考えたけどさ、家建てるのと訳が違うしなぁ。まあ聞くだけ聞いて駄目なら、地元の蔵元さんに相談してみようと思う」
一番いいのは大山咋神様が、手造りを諦めてくれる事なんだけどね。
そんな事を想いながら、魔法瓶からお茶を注いで、飲んでいると――――――
「千尋や!」
急に現れた淤加美様の姿を見て、僕は口に含んだお茶を吹き出すと、お茶が真っ直ぐレーザーの様に空を穿つ。
「あぶねええ!! お茶でブレスするなよな」
「けほっけほっ。セイ……ごめん」
「あぁ、何やってるのよ千尋。はい、ハンカチで拭って……」
「屋上で昼食中の生徒が、見て見ぬふりしてるわね」
小鳥遊先輩の言葉に周りを見渡すと、他の生徒が一斉に視線を逸らした。
なんか僕が悪者に……
他の生徒は、また瑞樹のグループか……え? また? など、酷い噂が立っている。
またってなんだぁ~、聞こえているぞぉ。
「淤加美様、急に出ないでくださいよ」
そういながら、淤加美様にも視覚光を曲げる術を掛け、姿を隠す。手遅れの気もするが……念のため。
「出たって、妾を幽霊みたいに言うでない!」
「念話でなく、直接来るなんて、どうしたんです?」
「うむ。それがのぅ……ゲーム機を買いたいんじゃが、どうしたら良い?」
「まさか、壊したんですか?」
「違うわ戯け。あんな面白いものを、壊す訳なかろう! いや……なに……買い方を教えてくれればよい」
淤加美様には珍しく、奥歯に物が挟まった言い方をして、はっきりしない。
「プレゼントですか?」
「なっ!? なぜそれを……」
「いつもなら、ズケズケとものを申す、淤加美様が珍しく、しおらしいので」
「…………宇迦の奴にの……買ってやろうと思うてな」
「へぇ、仲が悪いと思って居たのに。何かあったんですか?」
「いやなに……カートを走らせるゲームで、甲羅をぶつけまくったら、泣いてしまったんでな……」
「初心者相手に鬼ですか!!」
「龍じゃ!! 仕方なかろう……周回遅れの癖に、前をちょこまかと……」
周回遅れに、そこまでするか? そりゃあ僕でも泣くわ。
「酷いですね……」
「おほんっ! それで、練習したいから買い方を教えろと言うてな。金塊を山の様に出しおった」
「ちゃんと日本銀行券に替えてじゃないと、買えませんてば。そもそも、宇迦之御霊様はどこから出すんですか? 酒米もそうですけど……宇迦之御霊様と同一神とされている、日本書紀の保食神としてなら、口から出しますが、宇迦之御霊様はどうもそうでは無いみたいですし」
「うむ。口ではないのう……千尋は、大陸のお話で、壺中天と言うのがあるのを知って居るかや?」
「えっと……壺の中に、別世界があるとか言う話ですよね」
「そうじゃ、それと同じようなモノだと思うぞ。其処に穀物やら、何やらを溜めて居るのじゃ」
なるほど……今風にいえば、世界規模のアイテムボックスみたいなものか……それって凄く便利じゃないですか! 例えば、神器の持ち運びとかに、使えるしね。
「まぁ、宇迦之御霊様を泣かせてしまったんだし。責任もって買ってあげてください」
「うむ……金塊を換金するなど、分からんからな。妾が買ってやろうと思うたのじゃが……あの天蔵さんとか言うのを、どうやって使えば良い? 幸い明日の鬼ごっこの時に、一緒に京へ帰ると言うのでな、宇迦はもう一泊して行くらしいのじゃ」
「ならばお急ぎ便で……」
買い方を教えてあげると、喜んで帰ろうとするので――――――
「貴金属の換金は、淤加美様だと身分証明とか面倒なので、お金の方は、婆ちゃんに聞いてみてください」
そう教えたら、分かったと一言残し、消えて帰ってしまった。
「和枝お婆さんって、お金持ってるよね」
「なんか、株やってるって言ってたよ。神社の儲けじゃ無いんで、非課税には成らないとか、ボヤいてたけどね。お陰様で、淤加美様の処の貴船神社みたいに、大御所の神社ではないにせよ、暮らしていけるからね」
他にも、夜中に声がするので、部屋を覗いて見たら動画配信とかもやってたし。
なんとも62歳とは思えない程、いろんな事をやっている。
そこで丁度、お昼休みを終えるチャイムが鳴り響く。
「さて、片付けて戻りましょう」
レジャーシートを丸めて片付けていると、小鳥遊先輩が小声で――――――
「千尋ちゃん……兄の具合はどう?」
「尊さんは後遺症もなく、今朝も境内を掃除してくれましたよ。傷を術で治しましょうか? と言ったら、断られちゃいましたけどね」
龍眼を使い、遠目で見た限りでは、縫い目も綺麗だし、化膿もしてないみたいだから大丈夫だと思うけど。
将来お寺を継いだ時に、髪を剃ったら傷が目立つかもね。
先輩はそれだけ聞くと、そう……と一言残し、安堵の表情で屋上を下りて行った。
やっぱり仲が悪そうに見えて、お兄さんの事を心配してるんだね。
レジャーシートを丸めて片付けると、小さく成ったセイと赤城さんを頭に乗せて、淵名さんを肩に乗せた香住と一緒に、教室に戻るのだった。
5時限目も無事に終わり、6時限目の英語でセイが――――――
「さっぱり分からん……日本語じゃ無いだろ?」
「シー、あまり大きな声出さないの。話したかったら念話にしてよ」
僕の言葉で、念話に切り替えた龍達が、お喋りを始める。
『赤城……分かるか?』
『日本生まれで日本育ちの龍である我が、分かる訳なかろう。志穂も良く、ひありんぐ? とか言うのをやっているが、珍紛漢紛だ』
『儂は分かるぞ』
『『『 なんと!? 』』』
淵名さんの意外な言葉に、僕までツッコんじゃったよ。
『香住殿の宿題を見ていてな、少しなら分かる』
う~ん。得手不得手と言うのもあるのだろうが、基本的に龍の学習能力の高さは侮れない。
セイも電化製品の扱いやネットをすぐに覚えたしね。
まぁセイの場合は、欲望に忠実と言う事もあるが……
そんな念話をしながら、真面目? に授業を受けていると、突然学年主任の先生が、教室に飛び込んで来て――――――
「授業中申し訳ない。緊急を要するので、少し職員室までお越し願いませんか?」
「何かあったのですか?」
そこから廊下に出て、小声で話し始めたので、他の生徒には聞こえないだろうが、龍の耳は人間より良すぎる為。聞く気は無くとも勝手に聞こえてしまうのだ。
「では、行方不明に!?」
「近藤先生、声が大きすぎます。先程N良県のお寺を周り終わって、O阪のホテルに着いた時の、点呼までは居たらしいのです。その後、同室の生徒からの報告で、神木さんが居ないと連絡がありまして……」
神木先輩!? 行方不明って……
僕は情報を集める為に、聞き耳を立てると――――――
「他にも、藤岡さんと甘楽さんの2名も居ないらしく、部屋には荷物がそのままだし、何処へ行ったのやら……一応現地で引率の先生方が探していますが……近藤先生は奥様の実家が、彼方にありますよね? それで色々と現地の情報を頂きたいのです」
「分かりました。すぐに連絡を取ってみましょう」
お願いします。と言って学年主任は去って行った。
その後、英語の近藤先生が、廊下から戻ってすぐに、黒板へ大きく自習と書いて出て行ったので、一気に教室が騒がしくなった。
僕は直ぐに念話で――――――
『みんな、今の話を聞いた?』
『あぁ、赤城んとこの龍の巫女が行方不明ってヤツだろ?』
『うん。他2名って言ってたね』
『他の2名なら、志穂がよく電話やメールとか言うのをして居るので、名前だけは知っています』
『じゃあ友達かな?』
しかし、行方不明か……今は情報が少なすぎるな。
もしかしたら用事があって、出かけて居るだけかも知れないしね。
これが帰る時間に成っても戻らないとかなら、確実だろうけど、ホテルに着いたばかりで居ないから行方不明って言うのは、些か早計過ぎる。
『とりあえず、もう5分足らずで終わるから、帰ってみた様子で現地へ飛んでみよう』
『異議なし』
『我もです』
『儂も行って良い?』
『淵名さんは療養するのが仕事です』
『がっかり……』
なんか、凄い残念そうに言うので――――――
『じゃあ、香住が行って良いと言ったら、オッケーと言う事で』
僕がそう言うと、香住の耳元で何やら話をして居る。
あっ、こっち見たし。
香住の顔がにっこり微笑んでいるので、オッケーと言う事らしい。
あの感じじゃ、香住まで一緒に行くって言いかねないな……
終業のチャイムが鳴り、ホームルームも特に連絡事項無しで簡単に済まされて、担任はすぐに出て行った。
先生方も色々と大変そうだ。
掃除も終わり、帰ろうと校門を出た処で、神使の桔梗さんから念話が入る。
『千尋様。申し訳ございませんが、急いで帰って貰えませぬでしょうか?』
『何かあったの?』
『実は今朝同様に、何者かの式神が境内へ侵入しまして……今回はハロ様が撃退なされたのですが……とにかく、戻られて、実際に見られた方が良いかと……』
此方も何やら、きな臭い事に成って来たな。
僕は香住と一緒に、急いで瑞樹神社に戻るのだった。