5-06 大地震を抑えて
揺れがどんどん強くなる洞窟内で
大鯰は今まで、何十年と溜めて来た土氣を解放していく。
セイと赤城さんが水ブレスを吹掛け、術の集中を阻害しようとするが、全く効いていない様子だった。
「駄目だ千尋! 水氣じゃ撃ち抜けねーぞ」
「水氣では土氣に歯が立ちませんね」
五行で土氣は水氣の相剋だ。無理もない。
「尊さん!! 大鯰が大術である大地震を行使中で隙だらけです。今の内に奥義は撃てませんか!?」
「ざけんな! 此れだけ揺れてて、立っているのもやっとなのに、奥義集中が出来るかよ。適当に撃つ扇状拡散型ならできるがな」
「それはヤメテください。洞窟が崩れて、生き埋めに成りたくないし」
「雨女こそ、術反射はどうしたよ」
それこそ無茶な話だ。
術である限り、反射は出来るだろうが。地震の震源地が僕の真下から、数十メートル先の術者である鯰の真下に移動するだけで。大地震の範囲からは出られてないのだから、反射した処で意味がない。
それより問題は地上だ。
要石の上にセットした龍玉が、地震の土氣エネルギーを吸ってくれていれば良いが……
間に合ってくれ! そう願いながら、大鯰の真上に伸びている要石の石柱を見上げる。
「見て千尋ちゃん。鯰の髭!」
小鳥遊先輩に言われて、大鯰の口元を見ると、髭の再生が始まってるようだった。
「再生が早いな……」
「見るところは再生の早さじゃ無くて、左右のバランスよ! あの千切れた髭のせいで、上手く術が集中できていないみたい」
言われてみれば、バランスが取れていないせいか、術の発動に時間が掛かってるみたいだ。
もしかしたら、術の威力も大幅にダウンしているかも?
念のために、闇淤加美神の闇水を用意しようとして居たら、建御雷様が念話で――――――
『千尋殿、待たれい。この大鯰は、神話の時代からずっと討伐不可能なモノなのだ。恐らく今回も討伐しきるのは無理じゃろうて、そこで第一目標は何だったか覚えておるか?』
『大鯰に、大地震の術を使わせない為に、疲労させるですっけ? だから術を止めようと……』
『だが今回は、龍玉がある。それに吸わせている以上、地上はさほど揺れて居らぬ筈』
『理論上はそうですが……』
なにせ初めての事だし、龍玉は僕の咄嗟な思い付きだしね。
しかも、吸いきれずに溢れたてしまった場合、そのエネルギーは関東全域に行ってしまうのだ。
「小鳥遊先輩! 地上の状態は?」
ちょっと待ってね……と言いながらスマホを操作する。
こんな地中で、電波が入るのか……凄いなスマホは……
「あーもー、揺れてて打ちづらい! あっ出たわ! 地震情報。地上は震度2弱だって」
そのぐらいなら許容範囲だろう。
ならば、建御雷様の案に乗って、全部使わせてしまった方が良いかも。
そう思い暫らく様子を見て居ると、大鯰に疲れが出て来たのか、少しずつ揺れが収まって行く。
どうにか龍玉が堪えてくれたか……そう思った時――――――
「行くぜ建のオッサン! 真・雷神剣草薙!!」
大地震という大術後の隙をついて、大技を放つ尊さん。絶妙なタイミングだ。
だが――――――
敵もさるもの引っ搔くもの。どこにその力が残っているのかと思うほど敏捷的に、緋緋色金の岩盤を持ち上げる。
「儂を忘れて貰っては困るな!」
天津麻羅様がその岩盤に向かい、大槌を投げて粉砕した。
これでもう、大鯰まで遮るものは何もない。
其処へ更にもう一手……
「セイと赤城さん!! 奥義へ水のブレス!!」
「千尋、良いのか?」
「大丈夫。僕が責任を取るよ」
頭の上の2龍は、雷神剣草薙に向かって水ブレスを撃つと、雷を纏った奥義が、更に輝きを増した。
そう、五行には苦手とする属性……相剋の他に、相生と言うモノがある。
相生とは、その名の通りに、相手を生かす属性であり。上手く使えば、その属性の威力を上げる事が出来るのだ。
雷の木氣に対しての相生は、水氣になる為。雷を纏った奥義の威力が上がったという訳。
水氣で、ブーストして駄目なら…………大鯰を倒すのは、事実上不可能である。
水氣で威力の上がった雷神剣草薙の衝撃波は、大鯰を飲み込んだ。
轟音と眩い雷光の中で、大鯰は悲鳴を上げると――――――
そのまま石に成って行ったのだった。
「やった……のか?」
セイの言葉で、みんな石に成った大鯰を凝視するが、急に明るくなったり暗く成ったりで、目が慣れて居ない。
だが時間が経つと、目が慣れてくるので、はっきり石に成った大鯰の姿が目に飛び込んできた。
「どうやら終わったようですね」
「なんだか祓い屋兄妹に、大トリを持って行かれたな」
「もう二人とも、手柄なんか、誰がとっても良いじゃない。みんな無事に終わったんだし」
僕は頭の上にいる2龍に、そう言った。
「俺はもう歩けねえぞ! 真の方の奥義を2発も打って、全部力を使い切ったからな」
「では、お兄様だけ置いて行きましょう。歩けないそうですし」
「おい待てや! 緑は少し、兄を敬ったらどうだ?」
「お疲れの御様子だったので、休まれて要ったら? と申したのです」
「嘘だ!! もっと棘があったぞ」
また喧嘩を始めた二人の間に入り――――――
「まあまあ。今回は尊さん頑張りましたし。洞窟内が潮で満ちる前までなら、休んでいっても構わないんじゃないでしょうか?」
僕ら水龍は水があっても平気だが、小鳥遊兄妹は人間だもの、そうは行かないものね。
帰れなくなる前までなら、少し休んでも良いと思う。
だって先程から天津麻羅様が、緋緋色金の原石を、楽しそうに拾い集めて風呂敷に包んでいるし。その邪魔をしたら怒られそうだもの。
僕も少し腰を下ろそうと、椅子に成りそうな岩を探していると、突然カチューシャに化けた巳緒が――――――
『千尋、マズイよ』
「ちょっと巳緒さん? あまり不穏な事は……」
『あの大鯰が、避雷針に使った、千切れた髭を見て!』
巳緒に指摘され、地面に刺さっている避雷針の髭を見ると、なんだか大きくなっているのが見て取れた。
え? あんなに大きかったっけ?
「まさか爆発はしないよね?」
『分からない……でも、ウチが千尋なら即時撤退を指示する』
マズイ状況だって事だけは分かった。
とんだ鯰の置き土産である。
「みんな急いで外へ出て!! 千切れた大鯰の髭が、爆発するかもしれないから!!」
「雨女め。無茶言いやがる」
草薙剣を杖の様に地面に刺し、やっと立ち上がる尊さん。そこに妹である小鳥遊先輩が――――――
「ほら、私が肩を貸してあげるから」
「いいって! 妹に肩を借りるなんて恥ずかしい」
「こんな時に何言ってるのよ! それに……兄が死んだら、此処までお経を上げに来なくちゃならないでしょ!」
「…………やっぱり、お前なんか嫌いだ」
「嬉しいわ」
本当に仲が良いんだか悪いんだか……
「ちょっと! 天津麻羅様!? 風呂敷いっぱいですよ。早く脱出を……」
「うむ。待たれよ、あと一つっと……お主はどうするのじゃ?」
「僕は緋緋色金の岩盤が無い処まで行けば、龍脈が使えますから大丈夫です」
それに、もし爆発するなら、それも止めないと……
髭だけの爆発なので、関東全域までは行かないにせよ。真上の鹿島神宮は一溜まりも無いだろう。
そうなれば、大鯰の頭を抑えている要石も外れ、次に暴れた時。止めようが無くなるのだ。
全員が来た道を戻っていく中。僕はリュックを開けて最後の水を取り出すと、手持ちで武器にした水と合わせる。
「おいおい千尋。髭だけとはいえ、土氣の鯰の一部なんだぞ。水なんか弾かれちまうだろ」
「失礼ですが千尋さんでも、水で土氣は……」
「確かに普通の水なら、歯が立たないよね……でも、僕には此れがある!」
そう言って、水を闇淤加美神の闇水に変えて行く。
触れたものを、融かし存在を消してしまう闇の水である。
普通なら術者も此れに触れれば、融けて闇の一部になってしまうのだが、僕の場合は身体が術反射で覆われている為。触れていても融けることは無いのだ。
淤加美様曰く、そんな使い方するのは千尋ぐらいだと言われたが、まさに術反射持ちの僕にしか出来ないオリジナルの術である。
「なるほど、そいつで斬るのではなく、融かしちまうって訳か」
「そういう事! お二人さんは頭上に居るけど、振りかぶった時に闇に触れないでよ。融けて存在事無くなるからね」
「「 了解 」」
僕は闇水の塊を持ったまま髭に向かって駆ける。
そのまま間合いを見計らい跳び上がると、大鯰の髭に向かって闇の塊を叩きつけた。
闇はそのまま音もなく髭を包み込むと、ゆっくり地面に向かい降りて行く。
完全に地面に降りる頃には、髭の存在そのものが消えて居たのだ。
「碓氷でも見たけど、おっかねえ術だな……」
「だねぇ。自分で使って置いて何だけど、存在が融けるとか怖すぎ」
「千尋さん。闇淤加美神の力ですか?」
「借りてるのはそうですよ。ただ、淤加美様は自分自身だけでは、再現できないと言ってましたが……」
僕の身体を借りなきゃ無理だってね。
完全に融けたのを確認した後、闇水を解いて水に戻す。
たぶんこの水の中に、融けたモノも一緒に入ってるんだろう……
鯰の髭も融けるんだし、本体も融かしちゃえばって思うかも知れないが、それだけ大量の水を用意するのが、そのそも無理なのだ。
海水では闇水は創れないしね。闇水のいわれは、山間の暗い谷間から出る水って言うのが、闇淤加美神の所以ですから。
ここが大きい湖やダムなどで、真水が大量にあれば話は別だけどね。
僕らは、最後に石に成った大鯰を見上げてから、洞窟を後にする。
願わくば、もう地震など起こさずに、眠り続けて欲しいと――――――
「おおっ! 龍神様達もお戻りで!」
外に出ると、宮司さんが待って居てくれたらしく、喜びの声を上げる。
「只今戻りました。結局用意したモノは全て使い切って、余裕が一切ありませんでしたよ」
「だが見返りは、ふんだんにあったぞ」
天津麻羅様がホクホク顔で、緋緋色金の原石が入った風呂敷を叩く。
結局得したのは、天津麻羅様だけか……
僕らも、龍玉を回収しに、仕掛けた要石の処へ行くと、龍玉は満タンに成って居て、七色に光り輝いていた。
「完全に、一杯一杯ですね」
「ギリギリで溢れる手前だった訳か……剣呑、剣呑」
暢気に語っている2龍だが、本当に危うかった事を目の当たりにし、僕は背筋に冷や汗をかいた。
その後、同じ状態まで溜まった香取神宮の龍玉も回収し、もう一度鹿島神宮へ戻ると
僕達は宮司さんの計らいで、少し休ませて貰う事に成った。
宮司さんに、泊まって行けばいいと言われたのだが、翌日も学園があるしね。
例の瑞樹神社、襲撃事件の事で、たまたま休みを貰っただけだし。さすがに明日は学園に行かないと……
その辺の事情を、宮司さんに話すと――――――
「なんと!? 龍神様が学園に通われているのですか!?」
驚かれるのも無理もないが、元々が人間で学生でしたからね。
「はい。なので、北関東の自分の神佑地へ帰ります」
「そうですか……何かお礼をと思ったのですが……」
「その辺は、建御雷様に色々と助けてもらってますから、お互い様と言う事で」
兎に角、日付が変わる前に帰って、少しは日常的な事がしたい。
「僕は帰りますが、他の皆はどうします?」
「儂らは、天津麻羅と呑み明かす約束があるから、残らせて貰うぞ。なーに、また尊の顔を見に行くからのう」
「ちょっと! 2柱で呑み明かすって……天津麻羅様は、どうやって関西へ帰るんですか!?」
「その辺は心配ない。鍛冶弟子の信一に、軽トラックで迎えに来て貰う。まだ緋緋色金が取れそうだしな。トラックに詰めるだけ詰んで、西へ戻るから心配は要らぬぞ」
どうでも良いけど、過積載で捕まらないようにね。天津麻羅様だけでも重いんだし……
「えっと、じゃあ小鳥遊先輩は帰りますよね。明日学園だし」
「勿論よ。今日サボったから、明日は出なくちゃね」
「サボリ!? 先輩ちゃんと連絡入れなかったんですか?」
「だって、面倒だし。どうせ仮病だろって信じて貰えないもの」
それは日ごろの行いが、悪過ぎるせいですよ。
「尊さんは……」
「俺も帰るぜ。と言っても雨女の神社までだけどな」
「ほへ? 瑞樹神社に泊まると? まあ、部屋はあるので構いませんけど……たまには御実家に帰られた方が……」
「兄は、見合いが怖くて、帰れないんですよね」
「てめぇ緑! 図星つくんじゃねえっ! あと見合いが怖いんじゃなく、男と見合いさせられるのが、嫌なんだ!!」
あ~、例の男達の見合い写真か……まだやってるんだ。
まあ、他所様の家庭事情に口出すのも何だけど、今回の事は尊さんの自業自得だし。
頑張って蟠りを解いて貰うしかない。
そう言う事で、建御雷様と天津麻羅様を、鹿島神宮へ残し、僕らは瑞樹神社へ龍脈移動する。
もう夜中なので、参拝者の心配もなく、境内の真ん中に龍脈を開けると、荒神狼のハロちゃんが――――――
『おお、千尋殿。無事に帰ったか』
「ただいま。ハロちゃん、こっちも少し揺れた?」
『ん? 地震の事か? 揺れたのか……な? 体感できる様なのは、無かったと思うが……』
「それなら良いんだ」
震源地が、2弱なら数百キロ北の瑞樹神社では、さすがに揺れないわな。
僕は小鳥遊先輩に、遅いから送って行くと言ったのだが、夜は祓い屋の得意とする活動時間だから大丈夫だと、断られてしまった。
それよりも数日前、頭に岩が直撃してたのだし、兄の様子を見ていて欲しいって……
やっぱり兄である尊さんが心配なのね。先輩も素直じゃないだけで、本当は仲が良いんじゃないですか。
言うと照れ隠しで、鞭打たれそうだし……言わぬが花だわ。
先輩が帰るのを見送った後、玄関を開けると――――――何時もより一層に騒がしい。
そうか……宇迦之御霊様が、子狐ちゃんズの視察に来てるんでした。
「ただいま~」
「お帰りなさいまし、千尋様」
「桔梗さん、すみません。神様達の相手させちゃって……大変でしょ?」
「もう、慣れましたから」
桔梗さん、すげえな。慣れるもんなんだ……
まぁ……最近は騒がしい方が、帰って来たと言う感じがするし。
婆ちゃんと二人きりだった頃が、遥か昔の様だ。
さて、桔梗さんばかりに負担を掛けさせられないので、僕も騒がしい居間へ乗り込むのであった。