5-03 鍛冶神の弟子
G阜県にある、根小屋 信一さんの鍛冶工房前に龍脈を開くと、全員で其処へ飛び出した。
街から外れた山の中に工房があるのは、刀や包丁を打つ音で、近所迷惑にならない様にとの配慮である。
一度打ち始めたら、夜中だろうと打ち続けるので、仕方がないのだ。
そんな工房の中から鉄を打つ槌の音がしない為、今は休憩中なのかもしれないと、戸を叩こうとすると、急に戸が開いたのである。
「自動ドアだったっけ?」
頭の上にのったセイが、相変わらずアホな事を言う。
「こんな山奥に電気など来てないってば、鍛冶工房だけだし薪木と金床ぐらいしか必要ないでしょ」
食料や飲み水は、信一さんの軽トラックの乗って、スーパーマーケットやコンビニにでも買い出しに出れば、事足りるしね。
僕達がアホな会話をしていると、開いた戸の向こう側から、巨大な槌を持った大男の鍛冶屋の神、天津麻羅様が顔を出した。
「なんじゃ……北関東の水龍どもか? 飯が届いたのかと思ったわい」
「あらら、飯じゃ無くてすみません。ちょっと話があって立ち寄っただけなんですよ」
「まっ立ち話も何じゃ……ちょうど玉鋼を切らせてな、休憩して居った処じゃ」
そう言いながら僕らを鍛冶工房に入れてくれた。
「あの……水氣の我々が、工房に入って大丈夫なんでしょうか?」
「応、先ほども言ったが、もう材料切れで店じまいじゃからな。入っても構わん……と言っても、工房の主である信一は、麓まで飯を買いに出てしまって居るがな」
ガハハハッと笑う天津麻羅様は、相変わらず豪快だ。
「すみません。手ぶらで訪問しちゃって……お茶の道具はあるのか……お茶淹れますね」
「お湯なら直ぐに沸かしてやるぞ」
そう言って、南部鉄器のヤカンに炎のブレスをして湯を沸かしてくれた。
なるほど、普段はこうやって火を当て続け、鉄を溶かしているのね。
普通の鍛冶職人なら窯の火を熾し、鞴という装置を使って空気を送り、窯の温度を上げて鉄を溶かすのだが……
そこは鍛冶屋の神様、火を自分で生成するとは、鍛冶のサイクルが早い訳だ。
熱せられて、熱くなり過ぎたお湯を、水氣を操って温度調節をし、お茶を淹れる。
ちなみに、信一さんの御爺さんの湯飲みは、伏せたままである。
と言うのも、信一さんのお爺さんは、神器の作成の技を見届けた後、連日徹夜作業の無理が祟り、持病の腰痛が悪化して、今は山を下り自宅で療養中との事。
しかし、実際にその神の御業を目に出来たので、感無量だと嬉しそうな顔をしているとの事だった。
そんなこんなで、工房の本当の主である、根小屋さんの一族が居ないまま、話を始めるのだが――――――
「なるほどのぅ、建の処の鯰が……」
「えぇ。その鯰を大人しくさせる為に、建御雷様の御手伝いをしているんです」
「うーん。地震を止める為に、龍玉を使うなんざ、面白いことを考える。そいつは上手く行くだろうよ。だが問題は、緋緋色金の岩盤か……」
「ええ、そうなんです。あれが邪魔をしていて、攻撃が鯰まで届かないんですよ。緋緋色金に弱点とかないんでしょうか?」
天津麻羅様は、腕を胸の前で組んで一言――――――
「緋緋色金に弱点は無い」
あらら……
「じゃあ緋緋色金の岩盤を避ける様にして、射線上から外す様に、横へ動かなきゃならないか……」
予測される鯰の攻撃は、横移動中に追加で緋緋色金の岩盤を持ち上げられたり、土氣の術で邪魔されたり……厄介だな。
僕が緋緋色金の岩盤対策を考えて、独り言を呟いていると、天津麻羅様が――――――
「待て待て、緋緋色金に弱点が無いと言ったのは、精錬し神器にした後の事じゃ。原石のままなら話は別じゃぞ」
「原石ならまだ打つ手があると?」
「うむ。原石の状態なら不純物も多く含まれて居るからな、術は跳ね返せても、純粋な物理の攻撃には弱いはずじゃ。精錬前なら金属の結合が、まだ完全に取れて居らぬからのぅ」
純粋な物理攻撃か……なるほど、僕が見様見真似で撃った雷神剣草薙は、剣術が未熟な分をカバーする為に、雷撃多めで撃ったのが裏目に出て、余計に弾かれたって事か。
「しかし、純粋な物理攻撃か……」
「千尋、俺らの水ブレスなら、分類上は物理だぞ」
「でも千尋ちゃんを含め、龍神様達のブレスは水氣ですからね。緋緋色金を抜きにしても、土氣である岩盤を打ち抜けるかしら」
小鳥遊先輩の指摘も、尤もである。
「ならば、簡易破城槌でも創って貰う以外は……」
破城槌? あぁ、城門をぶち抜く攻城兵器か……今なんかは、外国の軍やスワットなどが、敵アジトへ突入する際に、ドアへ向けて使う携帯しやすいタイプが主流であるが、赤城の龍神さんが言う破城槌は、前者の攻城兵器の方だろう。
さすがに龍脈に入りそうで無いし……それは却下だわ。
僕らが難しい顔で黙り込んでいると、天津麻羅様が――――――
「何を御主等そろって、難しい顔をして居るか? 簡単な事じゃろ、儂が自ら赴けば良い」
「「「「 はい? 」」」」
全員で間の抜けた返事を返す。
「なにを鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして居る。儂の持つこの大槌は金属を叩くもの、どこもおかしい事ではあるまい」
「そ、そうですが……鍛冶の方は、よろしいのですか?」
「材料が無いからのう。さすがの儂でも、無の状態から刃物は創れんわ。だからこそ最高の材料、緋緋色金の鉱脈があるなら取りに行かねばな。ガッハッハッハッ」
「理には適ってますが……」
本当に良いのかなぁ。
「それにのぅ、友人である建御雷神の為なら、一肌脱ぐのも吝かではないのだ」
なるほど、名目上は材料探しと称して、実の処は建御雷様を助けたいわけか。
直に助けるのを手伝うと言えない、実に人付き合いが不器用な、天津麻羅様らし事だ。
「決行は潮が引いて、全員が海底洞窟へ入れる様になってからです」
「いや、信一が戻ったら、直ぐにでも送って貰おう。その方が龍脈移動とやらも楽であろう?」
確かに、鍛冶で疲れて居る天津麻羅様は、少し細身になる為。龍脈の入り口に詰まらずに済むのだ。
時間が経てば、元の大きさに戻ってしまうので、細身である今の方が、移動が楽に済む。
「では信一さんが戻り次第、事のありましを説明して、鹿島神宮へ移動しましょう」
そんな事を話していると、ちょうど軽トラックのエンジンが止まる音がした。
「帰って来たな」
天津麻羅様の言葉に、全員が入口へ目線を向けると、外から戸を開けた人物は、あまりにも酷い顔をした信一さんが、立っていたのだ。
その顔は、まるで連続徹夜明けしたみたいな酷い顔であった。実際徹夜続きなのだろうけどね。
「あれ? 皆さんお揃いで、どうしたんです?」
「あ、いや……実は……」
事のあらましを説明した後。信一さんは――――――
「分かりました。ちょうど出来上がった包丁を、納品しようと思っていた処です」
「すみません。鍛冶の邪魔しちゃって……」
「いやいや、天津麻羅様にも御聞きしたと思いますが、材料が切れましたからね。丁度良かったのですよ……最近は納品しても即完売でして……」
何それ、凄い事に成ってる。
包丁は余程酷い扱いをしなければ、そう簡単に壊れるモノじゃ無いのに、それだけ需要があるなんて……
其処へ小鳥遊先輩がスマホを操作していて――――――
「人気なのは、きっと口コミのせいね。根小屋刃物店の包丁は、石も斬れるとか……噂に尾ひれ迄ついちゃってるわよ。神の包丁ですって」
最後の部分は間違ってない。実際に、鍛冶屋の神が打っているんだしね。
ただ、石が斬れるまでは、行き過ぎかな……
「何を言うて居る、石も斬れるぞ」
マジカ!! 凄いな神の包丁。ウチの台所にも、一本欲しいものである。
香住も欲しがりそうだ。
「でもそれは、使い手自体が名人の場合ですよね。素人が石なんて斬れば刃が駄目に成ってしまいます」
「うむ、信一の言う通りだな。幾ら儂が神業で打っても、使い手が駄目ならすぐ切れなくなる。どう足掻いても、材質以上の切れ味には成らんわな」
つまり、本来10と言うポテンシャルを材料が持っていても、11や12には成らないって事か。
人間が10の内、7から8ぐらいの性能を引き出している処を、鍛冶屋の神である天津麻羅様が、10の全開を引き出しているだけで、それ以上は使い手次第って事なのだ。
「じゃあ緋緋色金で包丁を打って貰えば、凄い事に成りますね」
「うむ。それなら、神器の包丁じゃからのう。じゃが、そこまで硬い食材は無いと思うがな」
確かに、そこまで硬い食材は食えたモノじゃ無いし、調理する意味がない。
それこそ緋緋色金の無駄遣いである。
しかもメンテナンスできる人も居ないし、維持するのも大変だろう。結局は普通の包丁を、大切に使い、こまめにメンテナンスしていく方が良いと言う事だな。
「それにしても、口コミの力って凄いですね。毎回売れてるって言っても、今回みたいに完売し、入荷待ちになった事なんて初めてですよ」
そう言って驚いている信一さんに、小鳥遊先輩が――――――
「失礼ですが、ちゃんと寝てらっしゃいますか?」
「あ、いや……鍛冶に作業に入れば、打ち終わるまでは休憩も出来ないので、ご飯と仮眠以外は……」
「信一さん、目元に隈が出来てますよ」
「え? 本当に?」
他人に指摘されることで、ようやく自分が酷い顔している事に気が付いた様だ。
「天津麻羅様、駄目ですよ。人間に同じ尺度で休憩取らせたら、死んじゃいますって」
僕もさすがに見て居られなくて、先輩の意見に乗っかった。
淤加美様も建御雷様もそうだったけど、自分たちの加減でやるから人間はひとたまりもない。
僕の場合、龍に成ってたから乗り切れたし、尊さんも櫛名田比売の櫛のお陰で半神化していたので、修業を生き残れたが
信一さんは完全な人間なのだから、同じ休憩時間じゃ倒れちゃいます。
「そうか……気が付かなんだ……信一よ。これから友人である建御雷神の処へ助太刀に行く。その間ゆっくり休むがいい」
「天津麻羅様。戻ってきてもらえますよね? まだ教わりたい事が、沢山あるのです」
「勿論だ。鍛冶作業も、途中で投げ出したりする事は、絶対にしないだろう? 必ず戻って来るゆえ、万全の状態で待って居れ」
良い師弟愛だなぁ……
とりあえず、信一さんは山を下りて、天津麻羅様から言われたように、自宅できちんと休むとの事。
僕らは新たに天津麻羅様をメンバーに加え、一度鹿島神宮へと戻る事に成った。
本当なら、そのまま京へ向かいたかったが、天津麻羅様が鍛冶疲れで痩せている内でないと、龍脈が通れないから、急遽鹿島神宮へと戻ったのだ。
「千尋殿。お主の龍脈術は、いつも森の中に出るが、何とかならぬのか?」
「すみません天津麻羅様。龍脈から出る処を、鹿島神宮へ参拝に来た、参拝者に見られない様にする為です」
16時近いとはいえ、まだ日が出ている為、参道に出る訳には行かないのだ。
龍脈の出口に人が居なければ、問題ないのだけどね。
「なあ千尋……カラスが威嚇してないか?」
セイの呟きに樹の上を見上げると、そこにはカラスの巣があり、親鳥が威嚇していたのだ。
「彼らの縄張りか……マズイな」
どんどん仲間のカラスが集まって来るので、鳴き声が凄く会話もままならなくなる程であった。
そのうち、一匹のカラスが真上から、威嚇がてら粗相をしてきて、セイの頭に直撃したのだ。
「うわぁ、汚ねえ!! あのバカラス爆撃しやがった!! 焼き鳥にしてやるぞコノヤロウ!!」
「お前は水の龍で、火が吐けないでしょうが!? というか、逆に威嚇するなよ!!」
凄い数のカラスの大群に追われながら、本殿へ走る僕達だが、本殿入り口手前で小鳥遊先輩が――――――
「潮が引くにはまだでしょ? なら私は買い物に行ってくるわ」
「先輩、買い物なら一緒に……」
「身に着けられるライトを買ってくるだけだから。どうせ、海底洞窟の中は真っ暗でしょ?」
なるほど、僕ら龍族は龍眼があるので、洞窟の中でも普通に見えてたが、先輩は人間だものね。灯が無ければ戦闘どころではないのだろう。
「了解です。どのみち此方は、一度京へ子狐ちゃんズの迎えと酒米を取りに行く約束がありますから、それが済み次第、この鹿島神宮へ訪れますよ」
「じゃあ、ここで落ち合いましょ。それと、神使の桔梗さんからメールが着ていたわよ、一度電話してみて」
そう言って、小鳥遊先輩は街への参道を駆けて行く。
「おい千尋! カラスが追い着いて来たぞ。早く本殿へ避難しようぜ」
セイの泣きそうな叫びに、急かされながら本殿前に出ると、どうやらカラスは、そこまでは追ってこない様だ。
「神域に入るのはマズイと、本能的に分かっているのじゃろう」
そう言いながら出て来たのは、建御雷様と宮司さんだった。
「おおっ!! 建! 久しぶりよのぅ、瑞樹神社で相撲を取って以来じゃな」
もう、瑞樹神社を相撲で壊すのはヤメテくださいね。
「息災のようじゃな天津麻羅、少し痩せたか?」
「ちょっと鍛冶疲れが出ておるだけじゃ。なぁに、直ぐに戻るわい」
相変わらず、遠慮のない大笑いをしながら、楽しそうに2柱で肩を組み、本殿へ入って行ってしまった。
積もる話は二人に任せ、僕は――――――
「宮司さんすみません。お電話お借り出来ますか? スマホが融けちゃってて……」
「ならば、社務所の電話をお使いください。さすがに神様が住まう本殿には、電話を引いてませんので」
それもそうか、本殿に回線を引いて欲しいなんて言うのは、ウチの淤加美様か、豊玉姫様ぐらいなものだ。
豊玉姫様は、龍宮まで回線が引けないと言われ嘆いていたが、そればかりは仕方がない。深海だしね。
お陰で瑞樹神社に入り浸ってるのだが……出雲行きまで居座るつもりかな?
いつも香住が用意してくれるポケットティッシュで、セイの頭に粗相されたを汚物を拭ってやりながら、社務所の電話を借りて掛ける。
呼び出し音が鳴る中――――――
「セイだけ粗相されて、運が良いね」
「良いもんか! なんで俺だけ……」
「我と並んで千尋さんの頭に乗っていながら、セイ龍だけ……日頃の行いの差かな?」
「赤城! 日頃の行いって……」
セイが言い掛けた処で、呼び出し音が終わりったので
僕は唇に人差し指を押し付け、静かにするようにジェスチャーを送る。
『はい、瑞樹神社でございます』
「もしもし、桔梗さん? メールくれたみたいだけど?」
『千尋様。御無事でしたか!? 京の貴船で龍の巫女をしている、小川 伊織様から電話がありまして。四聖獣の玄武様が訪れ、千尋様が居られないとの事で、心配しておりました。今、どちらに?』
そうか、結界の視察に行くはずが、尊さんの死んだメール騒ぎで、急遽行先変更してしまったからね。
四聖獣には行先変更を言ってなかったし、心配させちゃったか……
「えっと、事の始まりは……尊さんのメールからなんです」
此処に至った経緯を、桔梗さんに掻い摘んで話す。
『今度の相手は鯰ですか?』
「そうなんだ……本来なら瑞樹の神佑地外の事なんだけど、大地震が来れば関東全域に被害が出るので、北関東も他人事じゃないからね。だから手伝う為に、鹿島神宮に居るんだけど……これから潮が引く前に、宇迦之御霊様にお願いした、酒米を取りに伏見稲荷迄行ってきます」
『でしたら、その前に平安神宮へ御寄りください』
「平安神宮? あそこは麒麟さんが居る場所じゃ?」
『はい。麒麟様が是非逢って話があるとの事です。他の四聖獣もそこで待つと』
麒麟さん……何かあったのかな?
神使の桔梗さんとの電話を切ると
僕らは一路、京の平安神宮へと、龍脈を開けるのであった。