5-02 小手調べ
滑りのある身体の一部に、大きな目玉が現れる。
その目玉の大きさだけでも、車のミニバンが数台すっぽり入りそうなぐらい、巨大なモノだった。
「この鯰、大きすぎるだろ!」
「仕方ないってば、鯰の頭部があるこの場所が、鹿島神宮の真下ならば、尻尾がある香取神宮まで、約10キロぐらいの距離があるんだもの……それを考えたら胴体の太さも相当の大きさになるよ」
龍である流石のセイも、驚愕の声を上げるが
それもその筈、胴体の長さだけでも其れだけあるのだから、当然高さもちょっとしたビルの様だった。
確かに、こんな大鯰が地下に居て、大地震を起こしてるなんて住民が知ったら、宮司さんの言う通りパニックの元だわな。
大鯰はその眼で此方を認識すると、怒ったように眼を細めた。
と同時に、大鯰の土氣が高まっている。
土氣の術が来る! いったい、どこから?
『千尋! 上!!』
チョーカーになった巳緒が念話で、危険を知らせてくる。
上を確認してる間も無く、巳緒を信じて全速力で駆けだすと、先ほどまで僕が居た辺りに、大型ダンプのタイヤ程の大岩が落下したのだ。
「尊さんはアレが直撃したのか……」
よく死ななかったな。
だが息をついている暇もなく、先ほど落下した大岩が粉々に割れると、石礫になって飛んでくる。
借りて来た草薙剣で、石礫を叩き落としているとセイが――――――
「なんで術反射があるのに、避けてるんだよ!」
「お前は話聞いてなかったんかい!! 今回は相手の力量を測る為に来てるの!! こっちの手の内を見せて、どうすんだよ!!」
そう……出来るだけ相手に、此方の情報は渡したくないのだ。
「とは言ってもなぁ、だいぶ押されてるじゃねーか。しかも、相手は水氣の相剋になる土氣なんだぜ。俺らの水氣ではどうにも……」
分かっている。だからこそ、建御雷様の雷撃が木氣であるので、それが土氣に対する切り札なのだ。
問題は、小さい頃に剣道をやってた尊さんと違い、僕に剣技の修練が無いと言う事。
折角、建御雷様の御霊入り草薙剣があっても、宝の持ち腐れなのである。
昔一度、技を習うなら教えてやると、剣神である建御雷様に言われたが、生兵法は大怪我の基と言う諺があるので、やめて置いたのだ。
付け焼き刃の剣術よりは、術を伸ばした方が良いと思ったのだが、実際に出来た術は、危ない術ばかりである。
しかし、剣神建御雷様の御霊が入った草薙剣が、ステータスを底上げしてくれているお陰で、どうにか石礫を弾いているが、剣術素人の僕では、防戦一方で攻撃に転じる事が出来ない。
『千尋! また上から岩が来るよ』
「ちょ!! 石礫を捌くので、一杯一杯だってば!」
『千尋殿。じゃったら雷撃を使うか? どうせ前の戦いで、尊が手の内を見せているし、この大鯰とは力を削ぐ為に何度も戦い、儂が雷神である事も、とうの昔に知れて居るからの』
なるほど、雷撃は隠す必要がないって事か……
「建御雷様! お願いします!!」
石礫を弾きながら、バックステップで距離を開けると、建御雷様に雷の用意をお願いする。
応よ! という建御雷様の声と共に、借りた草薙剣の刀身に雷が噴き出した。
果たして……僕に出来るか……
前方から迫る石礫と天井からの岩の落下、それらを纏めて――――――
「ふぅ……見様見真似、雷神剣草薙!!」
扇状への拡散型ではなく、前方集束型の雷神剣草薙ぶっ放す。
前方の石礫はもちろん、落下する大岩もろ共、塵と化した。
更にそれだけでは止まらず、威力の収まらない雷の衝撃波は大鯰へと向かう。
これで傷をつければ、相手の皮膚の硬さと再生力が分かる。
しかし、その考えは甘すぎたのだ。
「「「 なっ!? 」」」
僕も含めた3龍が、驚きの声を上げる。
雷神剣草薙の衝撃波は、大鯰の手前にせり上がった大岩によって弾かれたからだ。
「馬鹿な!? 木氣の衝撃波だぞ!? 千尋の剣技が未熟でも、貫通しないなんてありえねぇ」
セイめ、剣技が未熟だって言うのは、余分だって……本当の事だけどさ……
その分、雷撃の威力は、神氣で底上げしている筈なんだけどね。
「千尋さん! あの岩の色!!」
赤城の龍神さんの言葉に、せり上がった大岩の色を見ると、薄っすら赤い色をしていたのだ。
「あの色……まさか!? 緋緋色金!?」
『そうらしいな……数千年、大鯰の氣に当てられて、地質が変化したのじゃろう』
マジカ……
だが、建御雷様の推測は当たっているかも知れない。何しろ木氣の雷神剣草薙を、相剋である土氣の岩で弾いたのだからね。
神器の元になる、緋緋色金が相手では、僕程度が使う見様見真似の技では、歯が立たないか……
「一旦引くよ!」
「良いのか千尋? まだ攻撃が本体に当たってねーぞ」
「あれが緋緋色金なら、何度やっても無駄だよ」
術メインの戦闘をする僕にとっては、術を弾く緋緋色金は厄介な事この上ない。
それに此方の手の内を、もう晒したくはないのだ。
「引くのが賢明かも知れませんね。あの大鯰、どうせ大技や大術は使わないでしょうし」
「赤城、何でそんな事が分かるんだよ」
「建御雷神が来る前に仰ってたろ、大地震の為に力を溜めているからと……だとしたら溜めた力を温存する為に、小技とか小術しか使わない筈」
「そうだね。でも、溜めた力を小術で使って貰わないと困るんだ。大地震が来ないようにね」
あの緋緋色金の岩盾……対策を立てて、再度出直そう。
僕は背後の海水を呼び寄せ、構造を改変し眠り水のエーテルを創り出す。
大鯰に、どこまで効くか分からないけど……それを霧状にして噴霧した。
少しずつ海底洞窟内に広がるエーテルを吸ったのか、大鯰が欠伸をすると、眼が眠そうに垂れてくる。
「眠そうな今の内に、攻撃した方が早くねーか?」
「いや、攻撃の痛みで目を覚ました途端に、大地震を使われたら地上は壊滅だからね。その対策もしなきゃ」
そう言ってセイを納得させると、来るときに通ってきた海水へと潜って帰路に着いた。
ほぼ満潮で、海水に満たされた海底洞窟を抜けると、今度は海に出たのだが、その海の中を海面へ向かって泳いで行く。
『あれ? セイが居ないし。誰かセイが何処へ行ったか、知らない?』
もう少しで海面へ出ると言う所で、セイの姿が見えないのに気が付いて、念話で皆にセイを知らないか問いかける。
『セイ龍なら、先ほど海に出ると同時に、何処かへ泳いで行きましたよ』
『アイツはまた勝手な事を……』
放って置く訳にも行かず、海中を見わたしていると――――――
『おーい、面白いもの見つけたぞ』
沖の方から此方に向かって泳いでくるセイの姿が見て取れた。
『どこ行ってたんだよ』
『千尋、ほら見て見て、お歯黒』
そう言いながら口を開け、黒くなった歯を見せてくる。
『お前な……イカ食っただろ? イカ墨で真っ黒じゃんか』
『なんだよ。人間の間にも流行ったんだぞ』
『お歯黒って、いつの時代だよ!!』
『えっと……平安時代でしょうか?』
ほら、赤城の龍神さんも呆れている。
だいたい、千年も前の流行りを、現代に出して来るんじゃないよ!
『ふっ、甘いな千尋。それだけじゃ無いんだなぁ……』
そう言って出してきたのは、ワカメの束だった。
『そんなに沢山、味噌汁に出も入れるの?』
『ちげーわ! これは頭の上に載せて……簡易妖怪! これで陸に居る、人間を吃驚させるんだよ』
絶対、退治されるわ。
やめとけと言った僕の忠告を無視し、そのまま波打ち際で待つ、小鳥遊兄妹と宮司さんの前に飛び出した。
「…………因陀羅耶 莎訶」
雷帝……帝釈天の真言で、黒焦げにされるセイだが、あれだけヤメロって言ったのに、やるんだもの自業自得である。
だいたい、数々の異形を祓って来た小鳥遊先輩が、その程度で驚く筈がないのだ。
黒焦げに成って、海原を漂うセイを引き上げながら、僕も陸に上がると――――――
「おい、雨女! どうだった?」
「すんごいもんですよ……神器を使った雷撃まで、弾かれましたからね」
「なんかワクワクするわ」
久しぶりの大物に、眼を輝かせて喜ぶ小鳥遊先輩。
その喜ぶ先輩とは真逆に、沈んだ顔の宮司さんが――――――
「そうですか……龍神様でも歯が立ちませんか……」
「こちらも全力じゃありませんしね。まず対策として2つ……1つはあの緋緋色金の岩盤。もう1つは苦し紛れで撃って来るであろう大地震対策」
「緋緋色金の岩盤!? そんなモノ迄あるのかよ」
「その岩盤に、雷撃が弾かれたんです。良いですか? 相手が土氣である以上、切り札は雷撃などの木氣になります。勝利の鍵は、いかに弾かれずに、鯰本体へと雷撃を撃ち込めるか……その一点に掛かっているのですよ」
「さすがに私の帝釈天の真言も、緋緋色金の岩盤相手では、貫ける自信が無いわ」
「神器使用の雷撃で、駄目でしたからね。正直無理かと思います。そこで問題、緋緋色金の扱いに長けた神様は誰でしょう?」
「あっ!! 鍛冶屋の神、天津麻羅様!?」
「正解! まだ満潮の潮が引くには時間がありますから、龍脈でG阜県へ行ってみましょう。まだ信一さんの所で鍛冶をしていれば、緋緋色金について色々聞けるかも知れません」
とりあえず海水を掛けて、雷撃でパーマが程よくかかったセイを起こすと、小さく成る様に言って頭の上に載せる。
またセイが勝手に歩き回わったりしたら面倒臭いからね。
「おい雨女、俺は頭が痛いんで、潮が引くまで宮司さん所で休んでるぜ」
頭に包帯を巻いた尊さんが、神器の草薙剣を受け取りながらそう言った。
「ならば、安静にして寝ていてくださいね。あと髪に櫛を挿して置いてください」
「はぁ? そんな事したら女になるじゃねーかよ」
「その櫛は、神話の櫛名田比売の櫛を再現して造られたモノらしいですから、半神になって再生力が少しでも上がれば、傷も癒えて戦闘が楽になります」
ちっ、仕方ねーなと言いながらも、櫛を挿す尊さん。
トイレは気を付けろ~男と同じじゃないからね。
すると草薙剣から出て来た建御雷様が――――――
「済まんが儂も残るぞ。大鯰を何とかするまで、ここを離れる訳には行かん。天津麻羅にはよろしく言って置いてくれ。また相撲を取ろうってな」
「分かりました。その相撲は、瑞樹神社でやらないでくださいね」
また社を破壊されたら、敵わないので。
「う、うむ。心得た」
「小鳥遊先輩はどうします? 兄である尊さんの看病でも……」
「巫戯けるなよ雨女! 緑も連れてけよ! 残られたら看病処か、悪化するじゃねーか!」
「やれやれ……此れだけ元気なら、看病は要りませんわね、お兄様。そう言えば、お父さん遅いわね……」
「ば、馬鹿緑! 親父を呼んだのかよ?」
「さあ? どうでしょう……」
あっ、先輩が凄い意地の悪い顔をしている。
「クソ! 表情からは、どっちだか分からねぇ。まさか建のオッサンは、連絡してねーよな?」
「儂は妹御にしか、送ってないぞ。尊のすまほ? とか言う連絡装置に入った、父親の名前とか知らないしのう」
「そうか、あぶねー念のために登録消しとこ……」
普通、親の登録を消すかな……
御住職側のスマホに登録があれば、関係ないと思うが……
結局は、小鳥遊先輩も一緒に行くと言う事で、宮司さんに――――――
「じゃあ、また潮が引いた時に来ますね」
そう告げてから、龍脈に飛び込んだ。大鯰戦の前に、色々と片付けてしまおうと思ってね。
たぶん潮が引くのが、日が落ちた後だろうから、その前に準備を急がないと。
龍脈を抜けると、そこは――――――
「千尋ちゃん、ここG阜県じゃないよね」
「すみません先輩。もう一つの問題、大地震対策を暗くなる前にしてしまおうと、寄り道しました。ここはS岡県の天竜区にある、水窪川上流の戸中川です」
「ここって確か……龍玉の地じゃ?」
「ええ、昔話に出てくる牙を失った龍が、人間の夫婦へ牙を失った恨みをぶつけてしまい、親を失った子供の夢に出て来て、済まなかったと謝りながら龍玉を授けたという場所です」
ちなみに、ここで拾った龍玉で、セイの命を助けた事もあるのだが、もうタダの石に成り果て、僕の部屋の引き出しにしまってあるのだ。
「龍玉なんか何に使うんだよ……俺も無事に生きてるし、もう必要ないだろ?」
「セイ、さっきも言ったけど、これが大地震を防ぐんだよ。少し大きめの……野球のボールぐらいが良いかな? 2つほど見つけてね」
「まあ良いけどさ……ここの龍玉は、昔話に出て来た1つ以外、中身が空っぽだぜ」
「空っぽじゃなきゃ、困るんだよ。なにせ、大鯰が発する大地震の氣を、吸わせなきゃ成らないからね」
「なるほど、読めました。大地震封じに、頭と尻尾を押さえ付けている要石に、一つづつ置く気なんですね」
「赤城さん正解! 地震のエネルギーは、それで吸わせられるはず……」
野球ボール程の大きさ2つで、間に合うと良いな……
「じゃあ、大きい方が良いじゃねーか! 此れならデカイぞ」
「お前な……校庭を成らす、ローラー程の大きさを、誰が運ぶんだよ! しかもその大きさじゃ、龍脈にも入らないし! 形も丸く無いじゃんか!!」
セイは、そうかなぁ……入ると思うんだが……とブツブツ言っているのだが。縦しんば、龍脈に入ったとして、大きすぎて取り扱いに困るわ!!
皆で龍玉に使えそうな、丸い石を2つ見付けると、今度こそ、G阜県の天津麻羅様が居る、鍛冶工房へと向かうのだった。