5-01 鹿島神宮の海底洞窟
小鳥遊 緑と、小鳥遊 小百合の過去に、少しだけ触れていますが、それは前作花嫁修業の緑ルートの方で、出ております。
ネタバレする程、はっきり書いて無いと思うのですが
前作のネタバレが、少しでも嫌いな方は、前半5分の1を飛ばすか、または読まない方が良いかもしれません。
尊さんから突然のメールに驚いた僕らは、結界視察を中断し、急ぎ関東の鹿島神宮へ龍脈移動した。
「どうせ悪戯に決まってるわ。文面も滅茶苦茶だし……だいたい兄本人のスマホから、メールが着ている時点で可笑しいもの」
文面は死に際で、薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞って打ったかも知れない。
でも、死にましたってメールは……
「なぁ、セイ。死んでからメールって、打てると思う?」
「知らんわ! 天寿を全うすれば、龍族は天に帰るだけだからな。人間の死とは根本的に違うから分からん」
ですよねぇ。
人の場合なら、死後黄泉へ行くのだけど、黄泉に無線LANとかあるのか?
「行くだけ無駄じゃないの? 馬鹿らしくなっちゃったわ」
「小鳥遊先輩、そうは言っても血の繋がった、たった一人のお兄さんでしょ」
僕の言葉に先輩は立ち止まり、振り返りもせず――――――
「昔……もう一人ね、弟が居たのよ……」
それは先輩の従妹? である、小百合ちゃんから聞いた。
不幸な事故……でいいのかな? 中学校の旧校舎の中で、弟さんが行方不明になったと言う事も。
実際に死んだ所を見た訳ではないが、行方不明から既に7年も経っているので、飲まず食わずの状態では、普通生きているとは思わないだろう。
法的にも7年間行方不明だと、死亡扱いになるらしいしね。
とまぁ……ここまでは、一般的に表沙汰となっている話。
実は……姿を変え、弟さんは生きているのだ。
高天ヶ原で、国津神として正規の龍神に就任して直ぐぐらいに、小百合ちゃんから色々聞いたのだが……そちらを人間相手に話すには、誓約があるので話さないでと、釘を刺されてしまった。
人間の誰にも話せないなら、僕にも聞かせない方が、良かったんじゃないかと思ったんだけど……やっぱり独りで抱えているのは、小百合ちゃんも寂しかったのだろう。
誰かに真実を話せる人は居ないか? 秘密を共有できる者は居ないか?
そう思った時に、人間ではなくなった、僕の顔が浮かんだらしい。
とは言え、人間相手には話せないので、小鳥遊 緑先輩は弟さんの事を、まだ死んだままだと思っているとの事。
こればかりは、誓約だから僕も手が出せないし、古神である淤加美様でも無理だと言っていた。
その淤加美様が言うには、おそらく御実家がお寺である為。仏との取り交わしだろうと言う事だ。
既に当人と、仏道の仏様が先に決め、契約を済ませた事に対し
後から神道の神が、横槍は入れられないわな。
「ちょっと、先輩?」
言う事だけボソッと呟いたら、先に歩いて行っちゃってるし。
やっぱり、お兄さんの尊さんの事が心配なのかな?
龍脈を使った為、人の居ない森の中へと顔を出したのだが……さて、何処へ向かうか……
建御雷様の神氣を探ってみると、社務所の方に居られるみたい。
尊さんに何があったのかを聞くなら、一緒に居たはずの建御雷様に聞くのが一番だよね。
とりあえず先輩の後を追うと、行く道でも知っているかのように、社務所に向かって行く。
すげえ、方向当たってるよ。
「すみません。こちらに小鳥遊 尊と言う人が居りませんか?」
小鳥遊先輩は、社務所で助勤をしている巫女さんに、そう尋ねているが、巫女さんが困ったような顔をして、少々お待ちを……と言い残し、裏側へ入り誰かを呼びに行ってしまう。
「先輩、さすがに助勤の巫女さんじゃ、分かりませんてば」
「でも、何とかなりそうよ」
先輩の視線の先を見てやると。
建御雷様が、見た目60代前後ぐらいの宮司さんと、一緒に歩いてくるのが分かった。
巫女さんにお礼を言って、建御雷様の元へ行くと――――――
「おう、来たな! 尊の……すまほ? とか言う奴を初めて触ってな、無事に送れたかどうだか心配じゃたんだ」
それであんなに文面が滅茶苦茶だったのか。句読点や改行もなしに、メールの文書が続いているものだから、読みづらいったら……ん?
「建御雷様、もしかして……尊さんが死んだって言うのは?」
「儂はそんな事、書いておらぬぞ」
やられた……
「では、兄の尊は?」
「死んではおらぬが……少し怪我をしてな……いや、本当に一時は危なかったのじゃぞ。何せ頭へ岩が直撃して、血がドバドバと……その後、気を失った尊を宮司殿に頼んで、病院? とやらに連れて行ってな、その時に白衣を着た祈祷師が御家族へ連絡をと……」
それであのメールだった訳か……あと建御雷様、白衣を着ているのは祈祷師じゃなく、お医者さんですよ。
続いて、建御雷様の話を補足するように、宮司さんが――――――
「MRIで脳を検査した結果、異状はないとの事です。かなり出血して居ましたからね、医者も頑丈だと褒めてましたよ……しかし吃驚しました。尊さんをMRIへ入れる前に、装飾品を外すんですが……櫛を外した途端に、男性へ変わったんですから」
「ああっ!! 櫛名田比売の櫛!!」
そうか、八嶋技研の造った模造品の櫛とは言え、半分神に成ってる様なものだから、頑丈に成っていたのかもね。
本当に微量ながら再生も付いていただろうし。
「では兄は今、病院に居るのでしょうか?」
「それが……」
宮司さんが何やら言い掛けた時に――――――
「居るわきゃねーだろ! それと勝手に殺すな!! あのクソ鯰、切り刻んでやらなきゃ、気が済まねえ!!」
頭に包帯をぐるぐる巻きにした、小鳥遊 緑先輩の兄上である、小鳥遊 尊さんが現れたのだ。
「兄さん、あまり心配かけると、お父さんに言いつけますよ。娘に成った兄が、殿方を捜しているって」
「ヤメロ! またお見合い写真持って来るだろ! しかも、男の……」
「それは尊さんの自業自得なんじゃ?」
女体化する櫛を着けたまま帰るんだもの。
「うるせーぞ雨女! だいたいお前らなんか、呼んでねーからな!」
「そうですね、僕らが呼ばれたのは、建御雷様にですよ」
「建のオッサン!!」
「いや済まない。白衣の祈祷師が呼べって……」
「祈祷で傷を治すとか、いつの時代だよ! 拝んで治るなら医者は要らねーぞ」
確かに言いたい事は分かる。
でも日本語の医術書、解体新書が出来るまでは、簡単な治療以外、祈って治す以外ないものね。
それに祈祷も、あながち間違いでも無いかな? 僕だって治癒の水が使えるし。
『神の御業を一緒にするな!』
僕の中に居る淤加美様から、念話でツッコミを貰う。結構僕の考えてる事を、聞いているんだよね。
「えっと……さきほど尊さんが言っていた、鯰と言うのは?」
僕が宮司さんに問いかけると、困った顔をしながら、建御雷様へ視線を送る。
その宮司さんの視線を受け頷くと――――――
「ここで話すのは内容が内容だけに、さすがにマズイのです。一般の参拝者が大勢いらっしゃいますから……下手をするとパニックですので」
此方へどうぞ、と宮司さんが先導して、広い建物に入って行った。
そこは畳の間ではなく、どちらかと言えば神楽舞を踊れるような板の間であった。
入ってすぐに、巫女さん達が座布団を運んできて、お茶を置いてくれのだ。
何時もなら、巫女の女の人に魅入る筈のセイが、お昼を御預け状態にされていたので、巫女さんには目もくれず、出された御茶菓子をバリバリ音を立てて食べていた。
色気より食い気ね……
「セイ、少しは遠慮しなよ!」
「昼飯食ってねーんだぞ! 仕方ねーだろ」
「はっはっはっ、それは気が付かずに失礼した。出前でも取りましょう」
「あの宮司様。そこまでして貰う訳には……」
「いやいや、その頭の角……龍神様方でしょう? 神様に御供えをして、罰は当たりませんからね」
さすが鹿島神宮の宮司さん。僕らの角が見えてるんだね。
セイも腹減ったぁ~と五月蠅い事だし、ここは素直に御厚意に甘えるとしましょう。
出前が来るまでの間に、建御雷様が――――――
「いやぁ、尊の妹御。めーる? は申し訳ないことをした」
「建御雷様、謝らないでください。悪いのは岩も避けれない兄なのですから」
「馬鹿野郎! あんなの避けれるかってんだ! 地震で天井崩しやがって」
「地震ですか?」
「正確には、地震の一歩手前……土氣の術で、天井の岩を落としたと言う感じじゃな」
確かに先日、地震があったという速報は出ていない。
そこで宮司さんが、分かりやすい様にと、話を纏めて――――――
「順を追って話しますと、ここ鹿島神宮から香取神宮の真下には、大鯰が居ります」
「神話に出てくる、地震を起こす奴ですよね」
「はい。その大鯰を御祭神、建御雷神様(古事記呼び名)が、大鯰の頭と尾にそれぞれ石棒を立て、要石として動きを封じ地震を止めたというのですが……」
「うむ。宮司殿の言う通り、あの鯰は思ったより往生際が悪くてな。儂が石棒の要石で封じて、地震の数が減ったと思うたら。大人しくして居たのは芝居だっだのじゃ。本当は力を溜めておっての、それで溜めた力を一気に開放しては、大地震を起こすものだから、定期的に戦って溜めた力を解放してやってたのじゃ」
話が読めた。それで今回、定期的な大鯰の力を削ぐ役回りを、尊さんが失敗したと……
「言って置くが、俺は悪くねえ!! だいたい海底に近い洞窟で、神器の大技も使えねーし、ちょっとぐらいの傷は、すぐに再生しやがる」
どうしろって言うんだよ……と頬を膨らまして、そっぽを向いた。
「あのねえ、私は折角の千尋ちゃんとのデートを、キャンセルしてきたのよ」
あれれ? デートでしたっけ?
そもそも四聖獣の居る神社の視察が目的であって、観光は考えて無かったから、僕は巫女装束のままだし。
これで観光は、さすがにねぇ……
「なんだよ、学園サボってデートとは、良い御身分ですね~みどりさ~ん」
「今すぐ、その頭を丸坊主にして、父の跡を継ぎ、住職の道へ進み易いようにしてあげますわ、お兄様」
「やれるものなら、やってみやがれ愚妹め!」
「もう喧嘩はやめてよ! 僕も手伝いますから」
小鳥遊兄妹の間に入って止めると、宮司さんが――――――
「おお! 龍神様も手伝ってくださるなら、頼もしいですな。ね、建御雷様?」
「うむ。何度か戦場を一緒に戦い抜いた仲だが、千尋殿の奇策は、素晴らしいものがある」
人間に被害を出さないで、最大効果を上げるのは、滅茶苦茶大変ですがね。
セイと同じく、出されたお茶菓子を食べながら、赤城の龍神さんが――――――
「千尋さん。宇迦之御霊神の処へ行く約束もあるのですよ。大丈夫ですか?」
「約束は夕方って事だからね。今お昼なので、一度大鯰へアタックして、駄目なら引いて策を練り直し、明日再挑戦って事にします。なにしろ大鯰の情報が少なすぎますからね、本気の戦闘モードと言うより、情報収集がメインって処でしょうか」
余り早く伏見稲荷へ行っても、せっかく里帰りしている子狐ちゃんズに悪いしね。
その辺は上手く見計らい、遅すぎず早すぎず……そんな感じで行こうと思う。
赤城さんと話していると、建御雷様が――――――
「しかし、いつでも良いという訳では無いのじゃぞ。なにしろ海底洞窟は潮の満ち引きで、満潮時には完全に水没……おっと、千尋殿は水神じゃったな」
「ええ、その辺の問題はありません。海中でも息が出来ますから」
海は少し塩分過多になるけど、飲む訳じゃ無いし問題はない筈。
本来なら、海中は海神である豊玉姫様が得意とする場ではあるが、何故か海なし県に居ますからね。
そして僕ら陸の水神は、海辺に居ると言う。
まあ、海水で満たされているなら、水氣は使い放題だからね。ペットボトルの本数を気にする必要はない。
問題があるとすれば、高淤加美神の光水と、闇淤加美神の闇水が、真水に変換しないと海水では使えないのだ。
もっとも謂れが、山の上から流れ出る水が高淤加美神、谷間から流れ出る水が闇淤加美神なので、海水で使えないのは当たり前なのである。
だから東北の戦闘の時、幽世側の松島では、一度海水を真水に変換して、光水の水素爆破を使っていた。
今では改良して光水ではなく、水だけで水素爆破出来るようにしたけどね。混合気の配合も変え威力も格段に上がったし。
対消滅ほどの威力はないけど……
「とりあえず水中で息の出来る、龍族だけで見に行ってきます。敵を知れば何とやらですからね。先輩は申し訳ありませんが、居残りと言う事で……お兄さんの看病をしていてください」
「ざけんな雨女! 緑も連れてけよ。こんなのに看病されたら、余計に悪化するわ!」
「だそうよ……いくら私でも、馬鹿な兄の頭の中までは、看病できないわよ」
本当に仲が悪いなぁ……兄妹の仲ってこんなものなのか?
僕も妹が居たとはいえ、基本はずっと一人っ子だったからね。
良く分からないや。
ちょうど、頼んで頂いた出前が到着したので、兄妹喧嘩は休戦と成ったが……いやはや……先が思いやられる。
「失礼します」
巫女さんによって、運ばれて来た料理は、常陸牛のランチであった。
「うはぁ! 美味そう!!」
セイは大喜びするが、僕の感想は……やべぇ、高そうだ……であり。
それは宮司さんによる、もう鯰を鎮めるまで逃げることは許されない! と言う気概が感じられた。
まぁ此処迄かかわったら、逃げる気は無いけどね。鯰に大地震なんか起こされた日には、関東全域が大変な事に成るし。
それは僕の管理する、北関東の神佑地まで被害を受ける事を意味し。地震の範囲に入ってる以上、見て見ぬふりは出来ないからだ。
お昼を有難く頂戴した後。
問題の海底洞窟の入口へ案内してもらうと、既にそこは海の中に没していた。
「やはり潮が引かないと、海から入り口が出て来ませんね」
「問題ないですよ。潜れば良いだけですし」
水中で息の出来ない小鳥遊先輩を残し、僕の頭の上で角に捕まる2龍と、チョーカーになっている巳緒の4人で海底洞窟へ向かう事に成ったが
案内役も必要だと言う事で、建御雷様が尊さんの持つ草薙剣へ入って貰い、その宝剣を借りて海へと飛び込んだ。
僕はと言うと、サラシとパンツだけである。
『それにしても、目に悪い格好よのう』
海中では声が出せないので、念話で建御雷様が話しかけてくる。
『違いますから! 巫女装束が濡れちゃうと帰りが困るので、脱いだだけですから!』
『とか何とか言って、人間の服が窮屈なので、本当は脱ぎたくて仕方がないんだろ?』
『裸で歩き回る、裸族のセイと一緒にしないでよ!』
そのうち猥褻物何とか罪で捕まるぞ、コンニャロメ。
念話でそんな馬鹿話をしながら、建御雷様の案内で進んでいくと、やがて広い空間に出るのだが――――――
「なにここ……空気がある」
「空気溜まりか? ここから先、海水は入ってこない様だな」
なるほど、それで本来は淡水や汽水に棲むはずの大鯰が、塩水の入って来ない海底洞窟に居られるのか……
『皆の者、大鯰が居るのは、もう少し先じゃ』
少しづつ上り坂に成って居て、セイの言う通り、海水も空気溜まりまでは上がってこないようだった。
いくつかの分かれ道を、建御雷様の案内で進んでいくと、さらに広い空間に出る。
本来なら、洞窟の中は真っ暗なのだが、龍眼の暗視モードのお陰で、外の昼間と同じ様に見えるのだが、それでも視認出来ない黒い空間が前方に見えるのだ。
……いや、違う!
あれは黒い空間じゃない! あの表面のヌルっとした光沢……間違いない生き物の皮膚だ。
と言う事は、これが大鯰!?
『こいつが地震を起こす、大鯰だ!』
建御雷様の言葉に、その場に居る全員が、大鯰の大きさに唖然となり、動く事が出来ないでいる。
その巨大さ故の貫禄に、大きさを比べられそうなモノが、思い浮かばないが
下手をすると、大山に匹敵すると言う、八岐大蛇クラスの大きさかも?
少なくも飛騨の廃鉱に出て来た、4本首のオロチクローンよりは遥かに大きかった。
コイツに地震を使わせず、溜めた力を疲弊させろって?
宮司さんも無茶を言いなさる。
『来るぞ!!』
建御雷様の言葉に、全員が身構えるのだった。