10 漆黒
闇淤加美神
水神の龍神でありながら、闇属性と言う此の御方は
暗い谷間の源流……そこの始まりの1滴を現す神様であり
『闇から生まれる水』と言う1点で、闇属性を司っている。
今回はその闇をお借りして、全てを飲み込む『虚無の漆黒』を創ろうと言うのだ。
単純に闇から水が生まれるなら、水から闇も創れるんじゃない?
と言う、安易な思い付きで、挑戦してみる事に……
ま、思い付きだけじゃ無いんだけどね。
陰陽師の使かう『陰陽道』には、『五行思想』と言うモノがある。
『五行』とは、『木』『火』『土』『金』『水』と言う、五つの属性から成り立ち
それぞれの属性が助けたり(相生)、打ち消したり(相剋)して成り立っている。
その五行に置いて、属性に色が着いているのだが━━━━
例えば、火なら赤色とか、土なら黄色とかね
じゃあ、水は? 殆どの人が、透明、水色とか青色を連想すると思うが
五行に置いて、水は黒色、漆黒。もしくは闇とかで表される。
水と闇は、五行に置いても、密接に繋がって居るのだ。
まぁ、別に陰陽術を使う訳では無いのだが、此れから行う『虚無の漆黒』の裏打ちとして、引き合いに出しただけである。
「果たして……僕に出来るか?」
碓氷湖の水の一部を水蒸気と言うか、靄と言うか……そんな感じの『水氣』に変える。
そして、水氣を闇へと変換した。
暗い闇の中から、水が生まれるのを逆転させたのだ。
『闇を創るのは簡単じゃ。問題は触れたもの全て、闇に融けて消える。それは術者も然りじゃぞ』
僕の中で、闇の力を貸してくれている、闇淤加美様がそう言ってくる
しかし、闇を創るのが簡単とか……言ってくれますね。バスケットボール程の闇を創っただけなのに、もう疲労してますけど……
後は、僕自身が融けて消えるんじゃないかとの問に
「大丈夫です。僕自身には『術反射』がありますから」
と答えた。
術反射
妹の魂を救ったときに授かった、僕専用のユニークスキルみたいなもので
物理的なダメージは、反射出来ないと言う事もあって、あまり活躍したことの無い、常時発動スキルである。
このスキルのせいで、男に戻れなくなると言うハプニングもあったが
今となっては、女体化も仕方がないと、受け入れている。
『そうか、御主には術反射があったのう』
「はい。問題は制御しきれるかどうか……」
僕自身は、術反射で護られていて平気でも
暴走させれば、碓氷湖の水が無くなるまで、闇への変換が止まらず、碓氷峠に大穴のクレーターが空いてしまう。
皆を巻き込まない為にも、絶対制御しなくては……
僕は、深呼吸をして落ち着いた後、ゆっくりと闇の領域を広げていく━━━━━━
月明かりさえ通さない漆黒の球体は、僕を中心に木々を飲み込み、岩肌を削りながら、大きくなっていくが
その大きさに比例して、制御が難しくなる。
『千尋よ、気張るのじゃ! 此処で制御を外れれば……』
淤加美様が、励ましてくれているけど、正直いっぱいいっぱいだ。
くっ……気を抜いて暴走させれば、離れたセイ達も巻き込んでしまう……
オロチの肆頭目……早く来てよ
そう願っていると、漆黒の領域に、何かが飛び込んで来たのが伝わった。
『入りおったか!?』
「ええ! 確かに感じられました」
僕は逆の手順で、直ぐに漆黒を水へ戻していく
本来は、闇から水が順当なので、此方の方が楽ちんだ。
やがて闇が晴れ、遠くに虫の音が聞こえ始めた。
オロチは?
『龍眼』で、暗視望遠を行うと━━━━
『漆黒』で抉れた街道の、剥き出しになった岩肌に蹲る人影が見えた。
瞬時に削り消す漆黒に耐えたのだから、間違いなく肆頭目のオロチであろう
直ぐにセイへ念話を飛ばす
『終わったよ……』と
なぜスマホを使わないかって?
それは、漆黒のせいで、身に付けているモノ全てが、消し飛んだからだ
「此れは誤算だったなぁ」
僕自身は反射が効いても、服やスマホまでは、どうにも成らなかった。
いや、巫女装束なら、ウチへ帰れば沢山あるのだが━━━━
神社へやって来た、猫様写真コレクションを、スマホと共に消滅させたのは痛い代償だ……バックアップを取って置かなかったのが、今更ながらに悔やまれる。
僕は水面の上を歩き、蹲る肆頭目のオロチへ向かう━━━━が
「うぁ、まだ再生するのか……」
「しぶとい奴じゃのぅ」
と、僕の中から、思念体になって出て来た淤加美様が言う。
僕らの目の前で、色々と削れて無くなっていた、オロチの身体が再生していく
どうしようか……動けるように成る前に、ロープで……て、持ってないし
水を操って水のロープを創る手も考えたが、正直『漆黒』で疲れ切った今では、簡単な術でも使うのが辛い。
そこへ━━━━━━
「お~い。大丈夫か?」
セイが狼ハロの背中に乗って現れた。
「どうにかね。写真の代償は大きかったが……」
「写真? なんの事だ?」
「千尋が集めておった猫写真じゃ」
頭の上に、? マークが付いたセイへ、淤加美様が説明すると
「猫写真なんか要らねーじゃないか! 代わりに俺の格好いい写メを送ってやる」
「もっと要らないよ!」
『どうでも良いが、オロチの再生終わりそうなんだが……』
僕とセイのやり取りを、呆れ顔で見ていた狼のハロが警告する。
「そう言われてもねぇ、縛るモノ持ってないし」
『では、我が踏んで置こう』
巨大化したままの前足で、再生中の韋駄天オロチを踏んづける。
「千尋……お前、今肉球で自分も踏まれたいと思っただろ?」
ギクッ!
「ば、馬鹿! 違うよ! ハロの肉球硬そうだし、神社へやって来る、御猫様の肉球を触らせて貰うから別に……」
「ハロは、狼で良かったな。猫だったら、毛が抜けるまで撫で続けられて居たぞ」
セイの言葉に、毛の抜けた自分を想像したのか、嫌そうな顔をするハロ。
「そこまでは撫でないよ! も、もし抜けちゃったら、責任取って僕の髪植えてあげるし」
「お前な…… 一部分だけ、長い毛が生えているの、可笑しいだろ」
「ちゃんと切り揃えるから大丈夫」
元龍神セイとそんなやり取りをしていると、空中に浮かんだ淤加美様が
「ほれほれ、じゃれ合いはその辺にして、人間達がやって来たようじゃぞ」
言われてそちらへ目を向けると、車のライトが此方へ向かって来ているのが分かった。
おそらく、尊さんが運転していた自衛隊のジープだろう
「ようやく、お出ましか?」
そうセイが毒づく
「仕方ないってば、ジープで谷越えのジャンプは出来ないし」
寧ろ、車高の高いジープでドリフト走行して、横転させない方が凄いと、評価してあげるべきだ。
「昔のアメリカドラマでは、車がジャンプしたんだぞ! 喋ったしな」
何時のドラマだよ!
「僕、生まれてないし」
多分……いや、間違いなく僕が龍神チームで1番若いぞ
淤加美様なんか、国産みの世代だしね
ジープが止まり、尊さん達が降りて来ると、セイは自分の白衣を脱いで、僕に掛けてくれた。
そう言えば、『漆黒』に融かされて全裸でしたね。
忘れてたわ……
「まったく。身内以外の雄に、肌を晒すな!」
「もしかして……妬いてんの?」
僕が意地悪く、セイにそう言ったら『ふんっ!』と、そっぽを向いてしまった。
反応が可愛いくて、笑ってしまったが
その気持ちは、嬉しかった
流石に袴まで貸して貰う訳にいかず、僕の下は何もない状態だ
しかし元々背の高い、セイの大きな白衣のお陰で。小柄な僕は、上手く下の方まで隠れて居た。
漆黒で服が融けるとか、そこまでは、想定していなかったな……
此れからの課題が、浮き彫りになった。
使用時には、着替えを持った状態か、脱いでから使うかだねぇ。
もう1つの難点、それは大量の水が必要になる事。
前回も今回も、ダムや湖があったから良いものの、毎回在るとは限らない。
やっぱり、手持ちのペットボトルだけで使えるような、エコな術が欲しいものだ。
「おお!遂に捕獲しましたね」
そう言いながら、駆け寄る西園寺さん
「上手く追い込んで貰えたからですよ」
と僕の言葉に
「ふんっ! また雨女に手柄を持ってかれちまった」
悔しそうに小石を湖へ蹴り入れる尊さん
出来れば、雨女は止めて欲しいな……
「でも……旧道とは言え。オロチと共に、道も抉っちゃいました……すみません」
頭を下げて西園寺さんに謝る
「まぁ、不可抗力ですし……前回と違って、被害の割に得るものがなかった訳じゃ無いですからね。今回は捕獲しましたしから」
そう言って、御咎め無しの親指を立ててグーですと笑っていた。
道路復旧は、西園寺さんが何とかしてくれるらしい。
良かった。残りの夏休み、道路直しに通う羽目にならなくて
僕はホッと胸を撫で下ろした。
捕獲したオロチは、特殊な注連縄で縛られて、連行される事になったのが
「西園寺さん、オロチは結局どうなるんです?」
「一応、八嶋技研へ連れていき、データを録った後で、元の封印場所へ再封印って形になりますよ」
「データですか?」
「ええ、弱点が分かって居れば、次のオロチ対策に成りますから」
「次って!? まさか、そんな……」
「どうやら、誰かが故意に封印を解いて回っている様なのです。可笑しいと思いませんか?」
「確かに……ここの処、連続して解けてますが……」
壱頭目は、封印管理者が管理できなくなって、仕方がないし
弐頭目の経緯は分からないけど、下手をすると壱頭目より前に、封印が解けて街に居た可能性がある。
だが、参頭目と肆頭目に至っては、明らかに人為的に解かれたと言うのだ。
「まあ、伍頭目の封印が解かれるかは別としても、行方不明の参頭目の所在が未だですからね」
その捕獲の為にも、データは必要だと言う西園寺さん。
「あの……封印を解いて回ってる者が居るなら、先回りして、その者を捕らえられませんか?」
僕の提案に、首を振る西園寺さんが
「文献の殆どが、終戦時に燃やされてしまって、残って無いのですよ。だから、どうしても後手に成ってしまう」
そう言いながら、残念そうな顔をする。
現在、封印の所在が分かって居るのは、出雲だけであり、だいたいの場所と言うなら、沖縄方面の南国の小島のどれかであろうと言うのだ。
文献が残って無いのでは、仕方がない事だが
封印を解いて回ってる者とか、何が目的なんだろう……
連行される肆頭目のオロチを見送りながら、考えていると
「なぁ、終わったのなら帰ろうぜ」
上半身裸のセイが言ってくる
「そうじゃな、妾も揚げ芋菓子が恋しゅうての。帰りに買って行こう」
淤加美様……御飯食べない癖に、お菓子は食べるんですね
「駄目ですよ。僕とセイが半裸なんですから、猥褻なんちゃらで逮捕されちゃいます」
「では、店の外で待って居れ。妾が買うてくる故」
「駄目です! 淤加美様、空中に浮いてるんですもの。それこそ、写メ撮られてSNSで拡散されちゃいます」
むぅ、と頬を膨らます淤加美様だが、思念体は子供みたいで可愛い
こんな成りでも、日本の龍神の始祖なんだよなぁ
大陸の……中国の龍はもっと古いらしいけどね。
一旦、ウチへ帰った後で着替えたら、僕がコンビニへ買いに行ってきますから、我慢してください。と、どうにか淤加美様を宥め
龍脈を開くと、セイに向かって━━━━━━
「セイは、帰ったら風呂直行な」
「なんだと!?」
「お前の白衣……借りたは良いが、汗臭すぎ。ちゃんとお風呂入ってる? 前は何時お風呂に入ったんだよ?」
「失礼な!2日前に入ったわ! あ、日付変わったから……3日前だな」
「アホか! ただでさえ、夏の酷暑で汗を掻くんだから、毎日入れよ!」
「ぶっぶー、暦の上では秋だし、龍神は汗掻かないし~」
コノヤロウ……ああ言えばこう言う奴め
だいたい、もう龍神じゃなく、ただの龍になった癖に……
「僕は龍神就任後も、普通に汗かいてますがね」
「それは、お前がヘタレだから」
言わせておけば……頭に来た! 帰って強制風呂の刑だ!
僕は、開いた龍脈へセイを蹴り入れると、そのまま神社裏の滝壺へ龍脈を開く
「がぼぼ……何で境内じゃなく、滝壺なんだよ!」
「こうでもしないと、お前風呂入らないじゃん」
深夜の冷えた水が、熱気を奪ってくれて気持ち良い。
流石に、御祓をするここで、石鹸を泡立てて洗う訳にいかず
ちゃんとした風呂は、ウチの中で入るしかないが、此処まで濡れればセイも諦めて、風呂に入るであろう
だいたい、同人誌即売会があるだろうに……
ちゃんと風呂入って行けよな
僕は、星空を眺め水風呂ならぬ、滝風呂に浸かって涼んで居ると
『我は、先にあがるぞ』
と犬サイズに縮んだ狼ハロが、犬掻きならぬ狼掻きで、僕の目の前を横切る
お疲れ様。後で淤加美様のお菓子買うときに、ビーフジャーキーでも買ってあげよう
さて、セイは金曜日の今日から同人誌即売会だが
僕は夏祭りが土日なので、明日が本番!
夏祭りでは、幼馴染みの香住も巫女してくれるって言うし、今年は神使の桔梗さんも居るしね。
問題は、祭りの最中に、オロチ騒ぎが起きなければ、良いんだけど……
僕は、一抹の不安を拭いきれずに居るのだった。