4-24 そのメールは突然に
「よし! 完全に酔い潰れたな」
居間に寝転んだ、大山咋神様の鼻を摘まみながら、セイがオッケーサインをする。
「ちょっと、流石に失礼だよ」
「大山咋神の呑んでる酒に、強いアルコールのウォッカ? とか言うのを混ぜた、千尋が言うか?」
「だって、ウチにある御酒は全部呑まれちゃったし、新たに頼んだ御酒が届くまでは、寝ていて貰わないと」
「無くなるのが分かってたら、もっと早く頼めよなぁ。コンビニで買うとかさ」
「未成年は買えないっての。例え買えたとしても、御酒をもって規制線を張ってる警察官さんの前を歩けないよ。酒屋さんの配達だって、婆ちゃんじゃなきゃ頼めないし」
まぁ酒屋さんは、小さい頃から顔を知ってるので、神酒としてお供えに使うと言えば、届けてくれるけどね。
ちなみに今回は、西園寺さんが酒屋さんに連絡してくれた。
「そう言えば、和枝はどこ行ったんだ?」
「婆ちゃんは、例の襲撃事件……警察は車窃盗犯の縄張り争いって言ってたけど、その事情聴取に行ってるよ。隣町だから時間掛かるんだよね」
公共交通機関が発達してない田舎は、移動に時間が掛かるのは仕方がないのだ。
龍族は龍脈移動があるから、公共交通機関の有無は関係ないけど。
「んじゃまぁ、京へ行くか」
「そうだね。そろそろお昼になるし、結界も落ち着いてれば中に入れるものね」
酔いつぶれて鼾をかく大山咋神様に、風邪をひかないよう薄い毛布を掛けながらそう言う。
神様が風邪をひくのか疑問だけど、一応はね。
其処へタイミング良く、香住達が現れ――――――
「お待たせ。はい、香住特製! 五目稲荷寿司。味付けが関東風だと濃いかなと思って、子狐ちゃん達に味見をしてもらいながら作ったから、結構時間掛かっちゃった」
「味見はバッチリしたからさ、うんめ~ぞ」
「伏見の皆も、これなら納得な美味さだぜ」
子狐ちゃんズのお墨付きが出たので、かなり良い出来らしい。
朝も稲荷寿司食べてたのに……飽きないのかな? さすが御狐様。
「はいって紙袋を渡すけど……香住は一緒に行かないの?」
「私は、ほら……淵名の龍神様の傷が完治してないから……水氣の強い瑞樹神社に居るわ。両親の事も心配だしね」
確かに、京へ行って人混みの凄い街中を歩き回るより、ここで水氣にあたってた方が、水神の龍の治りは早いわな。
外の傷口は塞がっても、体内が完治してないみたいだし。
香住自身も、自分を庇って出来た淵名さんの傷に、責任を感じているのだろう。
まぁ、学園から折角の休みを頂いたんだし、ゆっくり療養してもらうって言うのも良いかもね。
「稲荷寿司、ありがたく貰って行くね。子狐ちゃんズは行くとして、他に行く人は?」
「俺はいくぜ、此処に居ても暇だしな」
「我も、右に同じく」
セイと赤城の龍神さんが名乗りを上げたが、意外な処から留守の希望が出る。
「妾は残るぞ。と言っても、千尋の中に顕現している以上は、一緒に行ってるも同じじゃがのぅ」
「淤加美様、貰ったお菓子が気になって、行かないんでしょ?」
もしくは、豊玉姫様とゲームが忙しいのか?
「戯け! 妾が行くと、宇迦と喧嘩に成るからじゃ。あやつめ、直ぐ妾の美貌にケチをつける」
宇迦之御霊様は美人ですものね。京美人って言うのかな……和風の着物が凄い似合うんだ。
淤加美様も美人ではあるが、エコモードになって縮んでいるから、それを馬鹿にされるのが嫌なんだと思う。
すみませんね。僕の力不足で、エコモードが解けなくて……
「じゃあ、僕とセイと赤城さん……それから巳緒と子狐ちゃんズで行くって事だね」
そう声を掛けると――――――
「私も行くわよ」
「え!? た、小鳥遊先輩!? 学園はどうしたんです?」
「どうしたって……学園は休みを貰ったじゃないの」
「いやいやいやいや、規制線の張られた、瑞樹神社前から正哉の家までが対象みたいですよ」
先輩のご実家である御寺は、学園挟んで反対側でしょうに……
「昨日の事件の関係者が対象でしょ? だったら、私も関わってるし」
確かに関わってるけど……それは警察に言えませんよね。
「だいたい、平日に制服で出歩いてたら、一発で補導されますよ」
「10月は修学旅行シーズンだし、学園の3年生も、京へ修学旅行に行ってるじゃないの。だから大丈夫よ」
大丈夫だと言い切ったよ……学園の問題児で、教員に顔が知れ渡ってるのに、この人は……3年の教員に見付かったら、反省文で済まないかも知れないのにね。
僕まで巻き添えだけは、本当にやめて欲しい……
はぁ……もうすぐ昼だし、今から学園に行っても仕方ないか……朝学園に行かなかった理由考える位なら、休んじゃった方が良いかもね。先輩が3年の教員に見付からないように、全力でサポートしないと……
「分かりました。他に行く人は?」
周りを見渡すと、スマホを操作していた西園寺さんが――――――
「千尋君、すみませんがボクは残りますよ。今呪弾と銃のコピー品を調べてますが、何かあった場合に北関東の此処の方が、動きやすいですからね。近くに相馬原の自衛隊もありますし。緊急の時は、残った淵名の龍神様が、龍脈を開けてくださると言うので安心です」
「え? 淵名さん、術を使って大丈夫なんですか?」
「人化の術の様に、常に掛けっぱなしな術は辛いけど、龍脈を開けるくらいなら、一瞬だから大丈夫。寧ろ、龍脈の氣に当たった方が傷に良いし」
ただし、龍脈の中は超高速で氣が流れている為、うっかり寝てしまうと、何処まで流されるか分からないとの事。
やっぱり地上の療養が良いそうだ。
「淵名さん、あまり無理しないでくださいね。それと西園寺さん、呪弾と銃の方は、お願いします」
他に……豊玉姫様はゲームに夢中だし、その弟神の穂高見様は、姉に強制されてて行かないだろうし、ハロちゃんは護り神として残って貰って……
神使の桔梗さんは――――――
「留守はお任せください」
ですよねぇ。
「あっ、桔梗さん。壱郎君が御酒の配達に来ると思うので、受け取りの方をお願いします」
「かしこまりました」
「あの蛇野郎、そんな事までやってるのか?」
セイが小さく変化して、僕の頭の上に乗りながら、そう言ってくる。
「お酒を3樽ほど頼んだからね。あの石段を御酒担いで上がるなら、オロチで力持ちの壱郎君じゃないとね」
今度、石段脇に荷物搬入用のトロッコでも付けるか……セイとか淤加美様辺りが、喜んで乗りそうだけど。
京行組は龍脈を開き、そのまま京に向かう。
前回、結界暴走時には龍脈の中にあったはずの網の目が無くなってるので、通過出来るのを確認後、直接宇迦之御霊様の御所へ入る。
前に来た時、チェックを入れて置いたから楽々だ。
御所の内側に居られる、宇迦之御霊様が意図して閉じない限りは、直接入れるのではあるが……他人の家に、いきなり入る様で、ちょっと気が引ける。
「宇迦様、只今戻りました」
「お土産もありますよ」
龍脈を飛び出すなり、宇迦之御霊様の元へ向かい駆けて行く子狐ちゃんズ。
霊狐とは言っても、やっぱり子供だねぇ。
元人間だった僕より、長生きだけど、仕草というか、行動がまるっきり子供だわ。
大きな平たい磐の上に腰かける銀髪の京美人。五穀豊穣と穀物など食料保存の神、宇迦之御霊様である。
「よう来なさったなぁ。今日は淤加美は居らぬのか?」
「えっと……接客で忙しいそうです」
嘘つけと小声で言うセイを小突く。接客はしているし嘘は言ってないぞ。ゲームでだけど……
「接客? 妾に逢うよりも忙しいとは?」
「大山咋神様と豊玉姫様です」
「なぬ? また妙な取り合わせじゃな」
山の神と海の神ですからね。淤加美様が加わると、降雨神も入りますから。
「えっと、五目稲荷寿司です。香住……と言っても分からないか、瑞樹神社で一番の料理好きが、腕に縒りを掛け作りましたので、御納めください」
「ほう、ではお昼に頂くとしましょう」
そう言って大岩の後ろに隠してしまう。
「宇迦様?」
気に入らなかったのかと、心配そうな子狐ちゃんズだが、そんな子狐の頭を撫でながら、宇迦之御霊様が――――――
「別に気に入らん訳ではない。前回は他の狐にみんな食われてしもうたからなぁ、今回は妾が最初に貰うのじゃ」
なんだ……食い意地が張ってるだけか。
確かに前回は、霊狐達に全部食われてたし。
食べるなっ!! と強く言えない処が、宇迦之御霊様らしくて良い。
「良く、いらっしゃいました。千尋殿」
これはまた、宇迦之御霊様に負けないぐらい真白い色をした、狐耳尻尾のイケメンが御茶を持って現れる。
宇迦之御霊様の神使である、白狐のハッコさんだ。
なんで神様って、みんな美男美女なのよ……僕、ますます自信失くすんですけど。
「ハッコさん、お久しぶりです。文化祭の時に貰った茶葉は、ものすごく好評でしたよ」
「それは良かった。奉納された茶葉は、全て厳選された良質な物ですからね」
奉納されたお茶の葉は、ハッコさんと宇迦之御霊様しか飲まれないと言うので、腐らせるのも勿体無いと分けて貰ったのだ。
そのお陰で文化祭は大成功でした。
「そう言えば、今日は前回とは違う人間が居る様じゃのぅ。あと龍と蛇……」
「宇迦之御霊様、お初に御目に掛かります。小鳥遊緑と申します……以後お見知り置きを」
そうか、前回は西園寺さんだったからね。結局狐の写真が、人間……晴明さんの変装と分かり。その後、京の屋敷を突き止め、突入したんだっけか。
結局逃げられちゃったけどね。
「えっと、頭の上に居るのがセイと赤城の龍神様です。あとチョーカーに化けてるのが巳緒です」
簡単に自己紹介を済ませると、宇迦之御霊様が――――――
「うむ。よろしくのぅ。しかし、淤加美の子孫よ。今回は御手柄じゃったなぁ。内側から破るなら破れたが、張り直しが出来んからのぅ」
「淤加美様も同じことを言ってました。四聖獣の一人一人を順番に、盟約主変更をてたので、2日掛かっちゃいましたが」
「それでも、成り立ての国津神にしては大手柄じゃ。妾に出来る事なら、何でも申すが良い。褒美をやろうではないか」
「では、スリーサイズ……もが……」
「今のは気にしないで下さい。エロイ龍の言う事ですから」
僕はセイを口を塞ぎながら、胸の谷間に押し込んだ。
「なんだよ千尋。下着をくれって言うより良いだろ」
「残念でした。着物の下に下着は穿かないんだよ! 下着の線が出ないようにね」
「え!? じゃあ、あの着物の下は今……」
「このエロ龍! じろじろ見るなよ! 宇迦之御霊様が困ってるだろ!」
僕の谷間に入りながら欲情するな。
困っている宇迦之御霊様を庇うように、ハッコさんが僕らとの間に立ち視線を遮る。
「おほん!! 気を取り直して、何か無いんか?」
「それなら、お米を頂きたいのです。精米していないお米を……」
「米で良いのかや? それなら用意は出来るが……今は昔と違い、何処でも売っておろうに」
「それが大山咋神様との約束で、御酒を造らねばならないのです。お店で売っているのは、食用に精米したモノばかりでして……農家さんに知り合いが居れば良いのですが、生憎と知り合いは無く、奉納品のお米も少ないので……」
N潟県まで出れば、米処だから沢山あるだろうけど、知り合いが居ないんだよねえ。
「どのくらい必要なのじゃな?」
「大山咋神様に1樽。他に世話になった神様にも奉納したいのです。勿論、宇迦之御霊様にもお供えいたします」
「かなりの量じゃな……それだけの米を都合するには、夕方までかかるぞ」
「構いません。どうせこれから、結界の様子を見て回ろうと思ってましたから」
「では夕方に取りに参れ」
よろしくお願いしますと、頭を下げて、宇迦之御霊様の御所を後にする。
宇迦之御霊様(古事記の名)は、日本書紀で保食神として書かれており、口から吐き出すところを見てしまった月夜見様(日本書紀の名)がブチギレて斬り殺してしまうエピソードがあった。
まあ、此処の宇迦之御霊様が、そうで無い事を祈りつつ、伏見稲荷を下山した。
「さて先輩、何処から回りましょうか?」
「勿論、清水寺!」
マテ!!
「あのぅ先輩? 一応は視察なんですから、四聖獣の居る神社にして貰えません? 近い処なら八坂神社の青龍とか、城南宮の朱雀とか……だいたい、なんで清水寺なんですか?」
「一度飛び降りてみたいのよ、清水の舞台から飛び降りるって言うし」
それは覚悟を決めているのであって、本当に飛び降りたら死にますから。例え死ななくても、そうとう痛そうだけどね。
「だいたい、観光なら来年の修学旅行にしてください。3年の教員に逢ったらどうするんですか!」
「あら、千尋ちゃん知らないの? 3年生は、もうN良県に居るわよ」
「はい?」
「1日目の月曜日は、移動で殆ど時間を取られる為、2日目が主なK都府で観光……つまり昨日ね。3日目の今日は、N良県入りしいて、半日観光してホテルへ。明日の4日目も残りのN良観光をし5日目は半日自由行動で、残り半日かけて帰省して終わるのよ」
「志穂のヤツも、移動時間に殆ど取られるので、観光は正味3日間と言って居ったな」
赤城の龍神さんが、小鳥遊先輩の説明を補足する。
龍脈だと、簡単に来れるから気が付かなかったが、結構移動に時間かかるのね。
もっとも、関西まで直線に突っ切れるだけでも、東京経由より早いわな。
「どうでも良いけどよ、昼飯にしようぜ」
胸の谷間から、セイがそうボヤく。
確かに、昼は食べて無いので、みんなお腹が空いている様だ。
「千尋ちゃん、ちょっと待ってね。こんな事もあろうかと、色々調べて来たのよ」
先輩……観光する気満々じゃないのさ……
小鳥遊先輩がスマホを操作していると、突然バイブレーション機能でスマホが震えだした。
「兄からメールだわ……」
「尊さん? そう言えば、建御雷様と一緒に、鹿島神宮へ行ってるんでしたね。結局今回の四聖獣戦には、間に合わなかったみたいだけど……それで先輩、尊さんは、なんて?」
「えっと……メールを要約すると、兄は死んだって……」
「はい!?」
突然の出来事に、みんなが困惑するのだが、果たして尊さんは……