4-23 呪弾の出処は
「いやぁ、肩の荷が下りました」
黒服達はやっと御茶に口をつける。
あんたら淤加美様相手に緊張し過ぎだ。確かに怒ると怖いが、話の分からない方じゃないからね。
僕にしてみたら、黒服スーツでサングラスの人達が、純和風な造りの畳部屋で並んでいたら、任侠映画の極道さんを連想してしまうので、そっちのが怖いわ。
「お茶が冷めちゃいましたね。淹れ直しましょうか?」
「いえ、もう帰りますから。水氣が戻ったのなら、直ぐに戻って占星術をしないと」
どうやら陰陽師お得意の占星術が、淤加美様に水氣を閉じられ、正確な結果が出なく成って居たらしい。
数人の占星術で同じ結果が出ないといけないのに、全員バラバラの上、すべてが不吉な予知ばかりだったと言うのだ。
それで理由を調べたら、水氣が澱んでしまっているとの事。
今度は水氣の澱んだ理由を調べると、北関東で水神の龍を怒らせたのが原因と分かり、今回の謝罪に至ったと言う事だった。
「毎日占ってるんですか?」
「勿論です。それが本来の陰陽師の仕事ですから。よく陰陽師は悪霊祓いが得意なイメージがあると思いますが、悪霊祓いなんかは、仏道の僧侶の方が上だったりしますからね。余程な事でもない限り、我々陰陽師が悪霊祓いに出ることは無いですね」
なるほど、餅は餅屋って事か。
しかし、困った。
まだ頼んだお寿司が届かないのだ……数が数だから手間が掛かっているのかな?
「えっと……もうちょっと待つ事って出来ます?」
「重要な事なんですか? そうで無いなら、もう相馬の自衛隊がヘリを向かわせてくれているので……西園寺さん、立ち会いの方ありがとうございました」
「あ、いや……ボクは何も」
「では、我々はこれで……」
そう言って席を立つ黒服さん達だが、突然襖が開き――――――
「千尋! 見て見て。淵名さんの傷が治ってるの!」
香住が小さいままで龍型の淵名さんを連れて来て僕に見せる。
普段、来客中に部屋に入るなんて無作法な事はしないのだが、余ほど嬉しかったのだろう。
「良かったぁ。治ったんですね」
「千尋殿、心配をお掛けした。まだ人に化けれないが、普通に生活にするには、不自由はないだろう」
聞く処によると、術の発動時に痛みが走り、まだ無理が出来ないとの事。
身体の中の氣も、順調に回って居るみたいだし。数日も静養すれば、もう大丈夫でしょう。
「よく食べて、よく寝る! 龍は調子の悪い時など、龍脈の氣が強い処で、寝て治すそうですからね」
老龍なんかは、数年単位の年月を寝て氣を整えるそうですから。数日で済めば御の字です。
「うむ。心得た」
「今あの洞窟は、セイが使ってませんから。数日はあそこで静養してください」
瑞樹神社で一番水氣が濃くて、龍脈も通った場所だからね。龍の傷には一番いい。
そんな会話を、横で聞いていた黒服さん達が――――――
「失礼ですが、そちらの方が先日怪我をされた?」
さすが陰陽師。人化してない、龍状態の淵名さんが見えるんだね。
ちなみに、香住には霊力が無いのですが、例の見えるようになる眼鏡を掛けているので、今は龍状態の淵名さんも見えている。
「こちらが例の呪弾で撃たれた、淵名の龍神さんです」
僕の言葉を聞いて、一度立ち上がった全員が膝をつき、またもや土下座モードに……
「この度は、本当に申し訳ございません」
「ん? 千尋殿。この人間達は?」
「こちらは関東の陰陽師の方々です」
「ふーん。では儂を撃った者では無いじゃないか? なんで謝罪を?」
不思議そうに頭を捻る淵名さんへ、黒服たちが――――――
「陰陽師を代表しております。どうかご容赦のほどを……」
「別にお主等に謝られても……のう?」
僕にどうしたものかな……と視線を投げかけてくる淵名さん。
「もう二度と、この様な過ちはしないそうですよ。淤加美様の前で言われてましたし」
「はい。華千院家は我々の管理下で厳重に監視し。華千院重道は連れて帰って、根性を叩き直します」
あとは当事者である、淵名さん次第。
「ならばもう良い。痛い思いをするのは、儂だけで十分じゃ」
「と言う事だそうです」
そこに、ヘリコプターのローター音が聞こえてくる。
もう一度、黒服全員で頭を下げると――――――
「ご容赦頂き、ありがとうございます。つきましては、華千院重道の身柄を預かりたいのですが」
「たぶん拝殿と本殿を拭き掃除している筈です」
僕は黒服さん達を連れ、外に出て本殿へ案内すると、そこには狼の荒神ハロちゃんに監督されて、涙目で本殿を掃除する華千院重道の姿があった。
『もっと綺麗に拭かんか!』
「ほら! 此れで良いだろ!!」
『そこが終わったら、我の飯皿を洗うように』
「それ本殿と関係ないだろ!?」
『監督特権だ』
「公私混同じゃねーか!!」
何やってるんだか……
こちらです。と黒服を引き連れて行くと、華千院重道の顔が見る見るうちに青く成って行き――――――
「瑞樹千尋! 話が違うぞ!!」
「違わないですよ。僕は引き渡さないなんて、一言もいってません。償いはして貰いますとは、言いましたけどね」
「華千院重道、一緒に来て貰おうか」
「ひいいぃ! 許して! もうしませんから」
「そんな……取って食われる訳じゃあるまいし」
「馬鹿野郎! お前はまだコイツ等のヤバさが分かってねーんだ! 毎朝の食べる納豆ですら、何度かき混ぜるかを占って、その数をかき混ぜるんだぞ!」
意味が分からん。というか、そんな事に占いの力を使うなよ……
「じゃあ、今日はお代わりしなさいって占いに出たら?」
「勿論お代わりします。朝から5杯食べなさいと出た時には、正直死ぬかと思いました」
駄目だこの人達……早く何とかしないと。
丁度その時、迎えのヘリコプターが到着したので、華千院重道は引き摺られるようにヘリへ乗せられていった。
式神である蛟は、別の水槽に入れられ、一緒にヘリに載せられる。
「では瑞樹千尋さん。同じ業種なので、また逢うやもしれませんが……その時はよろしくお願いしますね」
そう言って飛び去って行く、ヘリコプターに手を振りながら――――――
いやいや、同じ業種って……僕は納豆を占ったりせず、好きな処までしか混ぜませんから。
心の中でそう呟いた。
西園寺さんは、銃をまだ見せて貰ってませんから、との理由で残ったので、これから届く大量の寿司を頑張って食べて貰おう。
見送りが終わり、居間へ戻ろうと玄関を開けると――――――
「うわぁぁぁ!」
「ぎゃはははは!!」
悲鳴と馬鹿笑いが同時に聞こえてくる。
「千尋君の所は、本当に賑やかですね」
「まあ……セイがまた、何かやらかしたんでしょう……」
西園寺さんと一緒に居間へ行くと、そこにはいつもと違った光景があった。
神使の桔梗さんが蟹の鋏を向ける相手が、セイではなく、何故か壱郎君だったのだ。
それを見て、馬鹿笑いしているのはセイだったけどね。
「ちょっと、何事ですか?」
「め、雌龍……この神使を何とかしてくれ」
「見ろよ千尋。よりにもよってこの蛇野郎は、寿司桶に蟹の寿司を入れて来やがったんだ」
あぁ……それで桔梗さんが怒ってるのか……
「なんで注文する時に、蟹はダメだよって言わないのさ」
「注文の時に、そんな事言われなかったぞ! それに頼んだのは、この蟹の神使だ」
「私は寿司を急ぎでお願いしますとしか言ってません。あとは人数だけです」
お店側のお任せにしちゃった訳ね。
「桔梗さん……今回は此方の不手際だ。仕方ないよ」
蟹系は食べずに、神社下で規制線を張ってる警察屋さんに差し入れで持って行こう。
食べずに捨てるのは勿体ないものね。
勿論、蟹を食べた後は神社の敷地に入らない事を念を押して置かなきゃだけど。食べたのが分かると、桔梗さんがキレるから仕方がない。
「ほら、桔梗さんも……蟹だけ別皿にしたから、もう鋏はしまってよ」
僕がそう言うと、どうにか留飲を下げて、鋏をしまった。
「ふうぅ、助かったぜ。しかし豪い量だな……朝からこんなに食えるのかよ?」
本来なら、黒服さん達にあげるつもりが、帰っちゃったからね。
「まぁ……大食いの龍が居るし」
「待て! 幾ら俺らでも、こんなには食えねえぞ!!」
「いや、そこは頑張って貰ってさ」
そんな時、いつの間にか人化して寿司を食べていた巳緒から――――――
「このお寿司のシャリの部分……石の様に固い」
「おっ! 気が付いたか? そいつは俺が握った寿司なんだ」
壱郎君のその言葉を聞いて、全員の箸が止まる。
「おい、蛇野郎……お前、寿司の修業してどのくらいだ?」
「あん!? 店で働くのは配達が主で、握りは今日が始めてた」
「ちょ、ちょっと。壱郎君はいくつ握ったの?」
「5つかな? それよりよ、何で1貫、2貫って数えるんだ? 良く分からねーんだ」
寿司1つの値段として、江戸時代のお金の重さから来てるとか言う説もあるが、その疑問は壱郎君が自分で調べてください。
今はハズレが5つあるって事の方が重要だ。
たった今、巳緒が1つハズレを引いたので、残りは4つ。
そんなハズレを引いた巳緒もオロチの端くれ、噛まなきゃ良いと石の様なシャリを丸呑みしてしまった。
さすがは蛇。便利だな……
本来なら楽しいはずの朝食が、一転してロシアンルーレットな食事会に成ってしまった。
「てめえ。わざとじゃねーだろうな!」
「そんな事して、俺に何の得があるんだよ。だいたい、蜥蜴を黄泉送りにするなら、直接やっている」
「あんだぁ!?」
「食事の時に、やめなって……ばっ!」
僕は怒鳴って大口を開けたセイの口へ、適当な寿司を放り込む。
無言で咀嚼している処を見ると、セーフだった様だ。
「ちっ! 助かったのか……」
「千尋、お前な……なんだよ、その舌打ちは!?」
何やら文句を言っているセイを他所に、とりあえず間違いないであろう、巻き寿司を食べる。
カッパ巻きが美味しい。
どうやら稲荷寿司は、子狐ちゃんズが占有しているみたいだ。
稲荷寿司か……どうせ御飯が余るし、酢飯にして手作りの稲荷寿司をつくり、宇迦之御霊様の処へ持って行くか。
この後京へ、結界の状態を見に行かなきゃならないし。
そんな時、大山咋神様が――――――
「千尋殿……もうじき酒が切れてしまうが、酒造りの方はどうするのじゃ?」
「え!? さっき蔵から出したお酒、もう呑んじゃったんですか!?」
「もうちょいで終わるわぃ……ひっく!」
この吞兵衛め……
「水は水神なので、いくらでも綺麗に出来ますが、米をどうしたものか……」
そこに西園寺さんが――――――
「千尋君、御酒造るの?」
「はい、話の流れで……何故か僕が造る事に……でも米をどうしたものかなって、断って置きますが、僕は呑みませんよ。未成年だし」
「分かってますよ。でも其れなら千尋君の知り合いに、相応しい方がいらっしゃるじゃないですか、伏見大社にね」
「あっ!! そうか!! すっかり忘れていたが、宇迦之御霊様は穀物の神様じゃないか!!」
狐の事ばかり頭にあって忘れていたが、狐は神使とか眷族であって、宇迦之御霊様自身は五穀豊穣と穀物の神様なのだ。
と言う事は、この後に京の結界を見に行きながら伏見稲荷によって、宇迦之御霊様に良い米を分けて貰えば、神酒が出来るって事か!? 造り方も醸造の神様も居るしバッチリだね。
「ふふっ、何か凄いお酒が出来そうですね。酒関係の法律の方は神に捧げるって言えば、非課税で大丈夫なはずです。心配なら、ボクが連絡して許可を貰って置きましょう」
「確かに呑むのは神様達ですしね。西園寺さん、ありがとうございます」
そうと決まれば……
僕は近所の豆腐屋さんに電話を掛けると、油揚げを沢山注文する。
「千尋様、どちらへ?」
「近所の豆腐屋さんで、油揚げを買ってくるよ。すぐ戻るから」
「買い物なら、神使の私めが……」
「直ぐそこだから大丈夫だよ。それと昨日の襲撃の時に、暗かったとはいえ、顔が見られていたら厄介でしょ」
「……分かりました。お気を付けくださいませ」
桔梗さんは心配性だな。
僕は、先ほどより分けた蟹の寿司と、ペットボトルのお茶が入った袋を持って、神社の石段を下る。
神社下のバス停より、ちょっと離れた場所へ規制線が張られ、近所の野次馬が凄い人だかりをつくって居た。
「お勤めご苦労様です。これ良かったら食べてくださいな」
「キミは、この神社の娘さんかな?」
「はい。今日は学園から休むように言われまして、今朝起きたらこんな騒ぎでしょ? もう吃驚ですよ。何か分かりまして?」
そこで、警察官さんが小声に成って――――――
「これは部外秘なのだけどね。どうも車の窃盗団が、縄張り争いをしていたんじゃないか? て話だよ。突っ込んだダンプトラックなんか、盗難車だったみたいだしね」
車の窃盗団ねぇ。
確かに、日本車は頑丈だって言うので、大陸の東南地区で人気だと聞いた事がある。
そうだよなぁ、まさか陰陽師と神族が、異能バトルしたなんて思わないよね。
「捕まった犯人グループは、黙秘を決め込んでいるらしいが……あっ、お嬢ちゃん。この話は内緒ね」
「分かってます。それと、近所の豆腐屋さんに行きたいのですが……よろしいでしょうか?」
「あぁ、ごめんね。今規制テープを持ち上げるから通って良いよ。それと、お寿司ありがとうね」
そう言って手を振る警察官さんに、お辞儀を返して豆腐屋へ向かう。
なるほどね。誰にも容疑が掛かってないとか、上手く行ってるらしい。
僕は豆腐屋さんで油揚げを買うと、帰りは誰にも見えなそうな木の死角に入り、龍脈で神社へ帰った。
ただいま~と玄関を開けたら、丁度誰かの悲鳴が聞こえるので、壱郎君の握りを食べた人が居る様だった。
「まだやってたのかよ……」
結局、巳緒が2つ、セイが1つ、壱郎君が1つハズレを引き、残りのハズレは一つと成ったが、最後までシャリの硬い寿司は出無かった様だ。
巳緒も壱郎君もオロチだからね。丸呑みで被害はない模様。
「被害は出てるぞ! アンチクショウ!!」
「歯の丈夫な龍でよかったね、セイ」
「よくねーわ!! というか、もう一つが行方不明なんだけど?」
「まさか!? さっきの警察官さんに渡した蟹寿司!?」
さーと、血の気が引いて青くなる僕に、壱郎君が――――――
「いや、それはねーな。蟹は大将が握ってたし」
と言う事は、正哉達が食べるのを、取り分けた中に入ったのか!?
…………まあ、大丈夫だろう。
幸運の座敷ちゃんが憑いている、正哉がハズレを引く訳は無いし、同じ意味で座敷ちゃん自身も引かない。
残るハズレは、鴻上さんが引く事に成るが、鴻上さんはオロチだし。壱郎君とか巳緒と同じく丸呑みするだろうから被害はない。
実質の被害は、セイだけか……
涙目のセイの口の中を見ると、歯が欠けた様子は無いので、大丈夫みたいだ。
「さて、僕は油揚げを煮詰めて、稲荷寿司を作らないとね」
「だったら私が作るわ! ついでに詰める酢飯も、五目飯にしましょう」
香住がやる気を出して、台所に立つ。
「では、私も手伝いますよ」
桔梗さんが香住の後に続くので、僕のやる事が無くなってしまった。
大勢で台所へ行っても、邪魔になるだけだしね。
かと言って、先ほどの規制線の様子だと、参拝者も来なそうだし……
お昼までどうしようか考えて居ると、西園寺さんが――――――
「千尋君。早速で悪いが、呪弾を撃った銃を見せてくれるか?」
「そうか……すっかり忘れてました」
僕は昨晩赤城さんに銃を詰めて貰ったビニール袋を持ってくると、西園寺さんにそのまま手渡した。
「ちょっと! 乱暴に扱い過ぎです。もっと他に入れ物は無かったんですか? それと弾は?」
「いや~銃なんて、おもちゃの水鉄砲ぐらいしか触ったことにですし……扱いなんて分かりませんよ」
「じゃあ、もしかして弾も?」
「さぁ……そのままじゃ無いんですかね?」
「えええっ!? よく暴発しなかったな……」
西園寺さんはビニール袋から慎重に銃を取り出すと、なにやら突起のレバーを弄って、弾を取り出していく。
その様子を見て、セイが感心した様に――――――
「手慣れたものだな」
「だねぇ。西園寺さんは銃を撃てるんですか?」
「海外で練習しましたからね。まあ護身に使える程度ですよ。自衛隊上がりの藤堂とは、違いますからね」
そりゃあ藤堂さんは、元自衛隊で訓練したプロだもの。比べられないわな。
全部弾を出し切ると、ようやく落ち着いたのか、話を始めたのだ。
「結論から言います。これは良く出来た偽物です」
「偽物!? だって此処に、八嶋技研の刻印が……」
「良いですか? その刻印……嶋の字が島に成ってるでしょ」
「あ、本当だ! 八島になってる」
「他にも、この呪弾。梵字が刻んであるのですが、間違いが多いんです」
梵字と聞いて、密教に詳しい小鳥遊先輩が顔を覗かせ、弾を一つ手に取ると――――――
「確かに、微妙に間違っているわ」
そうなんだ……僕にはさっぱり分からん。
「しかし、それ以外は本物と寸分違いませんね……設計図でも盗まれたか?」
開いているか分からない糸目で、銃を見詰める西園寺さん。
何やら急に思い立ったのか、スマホで何処かへ電話を始めて、そのまま廊下へ行ってしまう。
「どうやら、きな臭く成って来たな」
「セイ。不吉なこと言わないでよ」
しかし、いまだに野放しの御堂 進と言い、確かに嫌な予感しかしなかった。