4-22 東の陰陽師と西の陰陽師
『僕』と漢字表記が千尋。
『ボク』と片仮名表記が西園寺です。
大型のヘリコプターから降りてくる、黒服の人達を大部屋に案内した後。
西園寺さんに耳打ちをする――――――
「あのぅ……この黒服の方々は?」
「それがね、ボクにもさっぱりで……」
西園寺さんは開いてるか分からない糸目で、黒服の方々を見ながら、困ったな……と頭を掻いている。
「西園寺さんが連れて来たのに、素性も分からないんですか!?」
「……んー全然」
おいっ!!
「えっと、ならば順を追って整理しましょう。どういう経緯だったんですか?」
「実は朝方まで、東北で新たに見付かった廃鉱山から出る異形を倒しててね。次は北の大地へ行く予定が、急遽ボクだけ呼び戻されたんだ」
「じゃあ、今の指揮は藤堂さんが?」
「いや、自衛隊と合同だから、直接の指揮は、プロである自衛隊がとっているよ。こちらは異形のデータ提供と対異形戦闘へ参加ぐらいかな」
廃鉱山からは、異形しか出てこないんだから、全戦闘参戦じゃないですか。
「藤堂さん、夏に重傷負ったばかりなのに、無茶するなぁ」
「まぁ、オロチの参頭目と肆頭目の2人がサポートしてますからね、大丈夫でしょう」
「え!? あの2人も手伝ってるんですか?」
「千尋君も言われたじゃないですか、オロチが人と共存出来ると」
「ええ……壱郎君の成功ケースを見てますからね。今も人間に混ざって生活してますよ」
「彼らも好きで人間を食べていた訳では無いのです。タンパク質を他に取る方法が無かっただけで……要は、人間の他にタンパク質を用意してあげれば良いんです」
オロチ全盛期の頃は狩猟が盛んで、武器は弓が主だったので獲れても狼とか雉とか……熊なんて、銃が無い昔では命がけだっただろう。
稲作も今と違い、品種改良もされていないので、1田んぼ辺りの収穫量もたかが知れている。
そんな中、動物性タンパク質は貴重なモノなのだが、あの大山と同等以上の大きさがある八岐大蛇を、満足させる程のタンパク質は、なかなか手に入らない。
仕方なく人間を……と成って居たらしい。(オロチの壱郎君談)
「確かに、今は牛の肉や豚の肉……鶏肉なんかもスーパーで手に入りますしね」
「えぇ。オロチに、人間は味が無いと思わせ、美味しく調理した牛肉や豚肉とかの味に慣れさせる。参頭目と肆頭目のオロチに、それが出来たので、もう人間を襲いません」
おぉ、頑張ったな西園寺さん。
壱郎君の場合、自然となったケースではあるが、他のオロチを人為的に矯正するとは恐れ入った。
つまりは、美味しい御飯さえ切らさず与え続ければ、言う事を聞くと……愛犬ならぬ、愛蛇だな。
「千尋君。僕だけ呼び戻された処まで、話を戻しますよ。ボクの所属していた古巣、神社本庁から連絡が着ましてね。宮内庁からの要請で、是非瑞樹の龍神様と引き合わせて欲しいと……」
「引き合わせも何も、此方は来る者拒まずですよ。わざわざ人を選んだりしませんて……襲撃以外に限りますが」
「その襲撃の情報を知ったからかな? やっぱり国津神に畏れがあるんですよ」
此方としては手を出されない限り、先に手を出すつもりは無いのにねえ。
「成る程、だいたい話が読めました。昨夜の事を謝罪したいから、西園寺さんに立ち会えって事なんでしょ?」
「身も蓋もない言い方だけど、そんな所でしょうね」
普通に着て、ごめんなさいが言えないのか? 大人って面倒臭いな。
そんな時、西園寺さんが――――――
「千尋君……ちょっと、その……着替えた方が良いかと……」
大変言いづらそうに、雨で透けた巫女装束を指摘してくる。
「あらら、すみません。こういうの、あまり気にしないもので」
元男の子だったので、そういう所は無頓着であり。
普段なら、セイのスケベな視線で気付くのだが、そう言うのが無いと、自分では全然気にしないのだ。
「千尋君は良くても、此方が眼のやり場に困るので、ちゃんと着替えてくださいね。あと淤加美神様を御呼び頂けないでしょうか?」
「淤加美様? 声を掛けるのは構いませんが……今、豊玉姫様とゲームしてますから……来てくれるかなぁ」
僕がそう呟くと、黒服の一人が――――――
「と、豊玉姫!? あの大綿津見神の娘神ですか!?」
「ですね。その弟神の穂高見様も居られますよ」
「なんと!? 海なし県に海の神様が2柱も……」
仕方無いんですよ……ゲームに夢中で帰ってくれないしね。本当に、御自分の社と神佑地は平気なんだろうか?
そこへ――――――
「龍の小娘……いや、神社の主に何時までも小娘呼ばわりは失礼だな……千尋と言ったか? 千尋殿、酒が切れてしまってな……どこにあるのかの?」
「大山咋神様、台所の冷所にありませんか?」
「それは、みんな呑んでしもうたわ」
「ええ!? 5升あったんですよ! 一晩で呑み過ぎです」
「そうは言うても、此処の酒の肴が絶品でな。ついつい酒が進んでしまうのじゃ」
「はぁ……分かりました。祭事用の蔵から、神前酒を出してきますから、居間で待っててください」
「うむ、頼んだぞ」
そう言って出て行ってしまう。
「あ、あの……今の方って……」
「大山咋神様ですよ。結局昨日着いて来ちゃったんです。まだ酒造りの秘伝を教えてないとか何とか言って……」
「海神だけでなく、山神まで……関東で出雲大社を創る気ですか?」
「まさかぁ、此処に八百万もの神様は集まりませんってば」
僕が出雲大社の代わりなんて、無理無理と笑いながら言っていると――――――
「なあ、龍の姉ちゃん。桔梗の姉ちゃんが、出前はどれだけ頼むのか聞いてたぞ」
「頼むなら早い方が良いってさ」
今度は子狐ちゃんズが顔を出し、2匹が順番に話して来る。
「んー、多めに頼んで置いてよ。足りないより良いからさ。皆の分も食べたい人は頼んじゃってね。あと、ちゃんと桔梗さんの朝ご飯も食べてよ、作ってくれた桔梗さんに悪いから」
「「 わかった! 」」
それだけ言うと、2匹は廊下を走って行ってしまう。
「お狐様まで……これ程多神が居られる神社に手を出したのか……」
そう呟きながら、黒服たちが青い顔をしていたのが見て取れた。
そんなに青くなるなら、襲撃なんかしなきゃ良いのに……
一先ず着替えと淤加美様を呼ぶために離席をする。
直ぐに着替えを終えた後、淤加美様に――――――
「淤加美様……手が空きませんか?」
「空かぬぞ! 豊玉が腕を上げたせいで、接戦なのじゃ」
「ふんっ! 淤加美よ。いつまでも王者の椅子に座って居られると思うな!」
その豊玉姫様の隣で、うちの姉がすみません。と頭を下げる穂高見様。
いつも通りの光景だが、西園寺さん達を待たせるのも失礼なので、テーブルの上ににある揚芋菓子を掴むと、それを持って立ち上がる。
「なっ!? 千尋、妾の芋菓子を何処へ持って行くつもりじゃ」
袋を手放さない淤加美様を、そのまま引き摺って行くと――――――
「すみません。お待たせしました」
「お待たせじゃ無いわ! 豊玉のヤツに不戦敗してしまったではないか!」
プリプリ怒る淤加美様に、黒服の一人が何やら品物を取り出す――――――
「あ、あの……淤加美神様。こちらをお納めください」
「む? それは御当地限定の揚芋菓子!? 良ろしい。少しだけ話に着きおうてやろう」
淤加美様、安いなぁ……
僕は各自にお茶を淹れ終わり、淤加美様の隣に座る。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした!!」
黒服のリーダーらしき男が頭を下げると、他の黒服も同時に頭を下げる。
「な、なに? 一体何が!?」
大の大人に頭を下げられ、僕は狼狽するばかりであるが、淤加美様は――――――
「ふんっ! 大方、陰陽師の連中じゃろうて」
「陰陽師? ほとんどが病院送りに成ったと聞きましたが?」
其処で、リーダーらしき男が名刺を取り出すと、テーブルの上に置き。
「申し遅れました。我々は、天皇家にお仕え致しております。天皇家直属のの陰陽師でございます」
「直属の陰陽師? 僕は初めて聞きました」
受け取った名刺には、便宜上別機関の所属に成って居たが、カモフラージュだろうね。
「元々の陰陽師の仕事は、占星術……つまり占いや星読みが主であってな、1200年前に桓武天皇が日本中の陰陽師を集め、その占いや星読みで飢餓や天然痘とやらを排除しようとしたのが、陰陽師発足の始まりじゃったと聞く。占いの結果では、早良親王の祟りのせいだと、しておった様じゃがのぅ」
「その通りでございます。さすが淤加美神様」
余り淤加美様を持ち上げると、調子に乗って龍が天に昇りますよ。
しかし、全部早良親王のせいにするとは、怒って当然だわさ。
更に、平安京に結界まで張って、閉め出しされたら。富士山噴火でもさせなきゃ、気が納まらなかったのだろう。
「でも、それは1200年前の話でしょ? まさか今も直属の組織が存在すると?」
「実は、その桓武天皇の時代より、天皇家を陰から支える陰陽師として、東京に移つられてからも、ずっと天皇家にお仕えさせて戴いております」
「平安時代から1200年か……大変な名誉ですね」
「ありがとうございます。しかし……東京へ移る際。全員は連れて行く事が出来ず、本当に選ばれた者だけが、現在の東京へ移ったのです」
「え? じゃあ残された者は?」
「はい、それが西の陰陽師達でして……自分たちこそが、陰陽師最高の家柄だと主張し、天皇家の留守を預かるものとして、京を拠点に大きく成って行ったのです」
隣で早速、ご当地限定の揚芋菓子を食べる淤加美様が――――――
「ふん、それこそ下らぬことじゃ。例え陰陽師の血が薄くても、隔世遺伝と言う奴で何代も後に優秀な素質……使い手が出ることもある。現に神農原真とか言う、晴明の名を受け継いでる者なんかは、末席の家の出だと聞くしのぅ。必ずしも血の濃い家系が優秀という訳では無いわ」
「全くもって、その通りです。京に残った者達だって、優秀な子孫が産まれてるのですから、卑屈になる必要はないのですが……安倍晴明と言う名の名声に囚われ、今回の騒動に至ったようです」
大政奉還にて権力が天皇家に戻り、一緒に東京へ移ってから約150年。それだけあれば、隔世遺伝もどこかで発生しているわな。
「至った経緯は分かりましたが、それは現在の西の偉い人が謝る所なんじゃ? まぁ……瑞樹神社へ襲ってきたのは関東の陰陽師だったけど……責任の所在は何方に?」
「千尋。襲って来たのは恐らく、関東住まいで西出身の陰陽師じゃ。と言うより、天皇家直属の陰陽師は人数が限られて居る故、この黒服たちの組織以外は、全部西の陰陽師じゃ。今は昔と違い移動手段も豊富じゃろうて……昔は伊勢参りも命懸けじゃったと聞くが、便利な時代になったものじゃのぅ」
お伊勢参りが命懸けとか、いつの時代ですか!
淤加美様は数百年前のことでも、平気で昨日のことの様に話すから困る。
まぁ寿命の尺度が、人間と違うのだから仕方ないのかも。古神様は寿命なさそうだし。
「じゃあやっぱり、華千院家に責任があるのかな?」
僕がそう言うと、黒服たちは全員畳に額を付け土下座モードに……
「本当に申し訳ございませんでした!! 何卒……水氣の使用が出来る様、御戻し下さい!」
「ふへ? 水氣は普通に使えるんじゃ? だいたい僕が人間の使う水氣に影響出来るのは、この瑞樹の神佑地だけですし……」
自分で術として使う分には、他の神佑地でも影響がないから分からなかったが、今の話の具合だと、各地の陰陽師達に影響が出ている模様。
使える様にしてください。と瑞樹神社へ懇願に来ると言う事は、日本中に水神の社を持っている、淤加美様の仕業?
僕の隣にいる淤加美様を見ると、何食わぬ顔でお茶を啜りながら、芋菓子を口へ放り込んでいる。
「当たり前じゃ!! 日本の民を護る、我等国津神を蔑ろにして置いて、何が水氣じゃ!! そち達陰陽師も、日本の民を異形や妖から護るのが努めであろう」
「お怒りは御もっともです。しかし、水は生命の源。人間だけじゃなく農作物にも影響を及ぼし、田畑を生活の基礎としている、農家も困ってしまいます。それは淤加美神様の仰せられる、民の生活にも支障が出てしまうのです」
「元々は御主ら陰陽師が蒔いた種ではないか!! 妾の知った事ではない!! 最低1年は、雨が降らぬと思うが良い」
「そこをなんとか……」
後ろに控えた黒服が、ダンボール一杯の揚芋菓子を淤加美様に捧げる。
淤加美様の好物を、良く調べているものだ。
「むむ…………は、半年……半年にまけてやろう」
許すの早っ!!
「え、えっと……今が10月上旬で、半年間ならギリギリ農閑期ですし……良かったですね」
「いやいや、ダムのある所や山間地区で、雪が降らないと困ります」
黒服のリーダは右手を上げると、後ろの部下がもう一箱の揚芋菓子入りダンボールを淤加美様の前に積む。
「うぐ……う~む」
今すぐ飛びつきたいのに我慢している様だ。
「ならば、もう一箱……」
「あい分かった!」
早!! それに菓子3箱で懐柔とか安い!!
早くて安いなんて、どこぞのファストフードか!?
「お許し頂き、ありがとうございます。つきまして、華千院重道と華千院家の処遇は、我々にお任せいただきたいのですが……」
「好きにせよ。人間の事は、人間でかたをつけるのじゃ……しかし、次はないぞ」
そう言いながら、淤加美様が偉そうに踏ん反り返るが、エコモードで小さく成って居るので、威厳がまったく感じられない。
そんな淤加美様に黒服たちは平伏しているが、そんなに偉いのかが謎である。
言うと怒られるから言わないけど。
「もう一つ、淤加美神様のお耳に入れて置きたい事が……」
「なんじゃな?」
「華千院家の次に大きい陰陽師の集団、御堂家の者が暗躍していると聞きます。お気を付けくださいませ」
御堂……御堂……ああっ!! 思い出した!!
天狗さんの依頼で、貴船のお隣さんである鞍馬山で火氣の妖と戦った時。華千院重道の隣に居た、小太りで背の小さい人が、御堂と名乗って居たな。
確か、フルネームが……御堂 進。
「それって、何かやらかす前に捕まえられないんですか?」
被害が出る前に、何とかできないかと聞いてみると、西園寺さんが――――――
「千尋君、キミも日本に住んで居れば分かるでしょ。怪しいからってだけで逮捕できない事を」
確かにそうだ。まだ犯しても居ない罪で逮捕は出来ない。
「まっ、せっかくの忠告じゃ。各自で気を付けるしかあるまい」
そう言って、ダンボールをどうやって運ぶか考えている淤加美様に、黒服たちが――――――
「淤加美神様。すべての陰陽師が、悪い者ばかりではないと言う事も……」
「みな迄言わなくても分かって居る。陰陽師は元々、天皇家と共に民と国を護る組織であるのだからのぅ」
淤加美様は、3段に積まれたダンボール一杯のお菓子を持ち上げ。もう良いな? と一言告げると、ふらふら飛びながら部屋を出て行ってしまった。
いつもなら、運ぶのを手伝えと言うのにね。気を使ってくれたのかな?
それにしても、当分は揚芋菓子には困らなそうだな。
御堂進か……何も起きないって事は無いだろうけど。
出来れば淵名の龍神さんの様に、身内に被害者が出ない事を、祈るばかりであった。