4-21 久々の日常と思いきや
晴明側の視点からスタートです。
◇で千尋視点に、バトンタッチします。
O阪府の地下に存在する、晴明のアジトにて……
カメラを避けながら、京から夜通しで帰った晴明の姿があった。
「晴明様、御無事で何よりです!」
そんな晴明を狐巫女のお玉が、尻尾を振りながら出迎えてくれたのだ。
「お玉、留守中を任せてしまい、済まなかったな」
「いえいえ、私に出来るのは、此のぐらいしかありませんから」
「そうか……処で、青のりが付いているぞ」
「ええっ!! ちゃんと拭って来たのに!!」
香ばしいソースの匂いがしているので、鎌をかけてみたら案の定……このポンコツ狐め。
「食うなとは言わん。買いに出る時は、ちゃんと変装をしたんだろうな?」
「はい! この狸耳付きカチューシャで……」
耳の先が丸くなっただけで、殆ど変わってねぇ!
しかも、元の耳がちゃんと隠れて無いせいで、耳が4つになってる。
「馬鹿者! 帽子を被らんか!」
「帽子ですか? あるにはあるんですが……人間と違って、頭の上に耳があるので、帽子で耳が塞がると、聞こえにくいんですよね」
そう言って出して見せたのは、地元の野球団の帽子だった。
「お玉……本当に好きだなその帽子」
「O阪でメジャーですからね! 此れで大丈夫です」
「メジャーだから目立つんだよ!! 目立つなって言っただろうが!! もっとこう……どこのメーカーとかじゃなくてな……」
「これとか似合います? 猫耳付きニット帽」
イヌ科の癖に、猫耳帽だと? もう訳分からんな。
「まぁ……似合っているし、良いのではないか? しかし、お玉も狐なら、化けたり出来ないのか?」
「出来ますよ。疲れるのでやらないだけですけど」
……このポンコツ狐め、今なんて言った!? 疲れるから嫌だと?
「今度アジトが見付かる様な、へまをしたら……分かっているな?」
「分かっています! いつでも逃げられるように、荷物は纏めてありますから」
分かってねえ……この地下アジトに、幾らお金が掛かってると思っているんだ。
沼田教授のクローンラボなんかは、持ち出せないだろうが!
「はぁ……もう良い…………火之加具土命の状態はどうだ?」
「数時間前に見た時は、赤い珠が少しだけ大きくなってました」
「サーバールームなら、熱は吸い放題だからな、此方としても冷却に掛かる費用がタダになるし、一石二鳥だ」
この日本で、仮想通過のマイニングが流行らない理由の一番は、電気代で利益がマイナスになるからである。
その一番の問題になっている、冷却に掛かる電気代が、炎の身体を維持する為に、熱を必要とする火之加具土命のお陰で、自然のクーラー状態に成っているからこそ、利益が出ている。
晴明神社から流れてくる霊力も戻ってきているし、数日中には加具土命も復活するだろう。
残る問題は、あの呪弾の撃てる銃……
あれの出処を調べなくては――――――
「雷獣よ居るか?」
何もない空間に呼び掛けると、突然雷獣が現れる。
そんな雷獣にお玉が――――――
「雷獣君、この間はごめんね……て、雷を出して威嚇しないでよ」
「雄の大事な処を見られたんだぞ。雷獣が怒って当然だ。それより、八嶋技研に潜らせている間者の所に、文を届けてくれ。それともう一通、対オロチ組織である八荒防の方にもな」
「晴明様、八荒防には対異形の兵器開発部はありませんよ」
「あぁ、分かっている。しかし指揮をとっているのは西園寺の奴だ。その西園寺も、瑞樹千尋の依頼で呪弾の出処を捜すだろう。だいぶ瑞樹千尋に借りがあるみたいだしな」
瑞樹千尋の身内である、龍水神が撃たれているのだ。放ってはおかないだろう。
そうなれば、そちらの情報も欲しい。
頼んだぞ! と雷獣に文を渡すと、それを口に咥え、雷の如く凄いスピードで消えて行った。
たぶん呪弾の製造元は、八嶋技研の対オロチ用、武器開発部……
しかし開発部からどうやって流出したか……そのルートを調べねばならない。
なぜなら、あの呪弾はオロチだけでなく、神族にも効くため、火之加具土命に対しても危険な存在になる。
しかも悪いことに、加具土命が呪弾を受けた場合、治癒系の水氣は火氣の相剋に成るので、使う事が出来ないのだ。
つまりは、あの弾丸で撃たれたら最後、加具土命は回復する手立てがない事に……
「もしもの為に、何か手を打って置く必要があるか……」
出来れば、今回の京で使われた分だけで、終わって欲しい。
晴明は、そう願う願うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、北関東の瑞樹神社では……
朝一番で、瑞樹千尋の悲鳴があがった。
「なんだよ此れ!! 脱衣所から出た泡が、廊下まで……いったい何が?」
「うおおおおおお。助けてくれー」
セイの声を聞いた途端、また彼奴かと溜息をついた。
「いったい何の騒……ぎ……」
脱衣所を覗くと、備え付けられた洗濯機の中で、ぐるぐる回るセイの姿があったのだ。
「千尋ぉー頼む停めてくれぇ!」
「……さて、境内の掃除に行って来ようっと」
「おい、千尋! 見て見ぬふりするなぁ~、止めて……うぷっ、気持ち悪くなってきた」
「ああ! ちょっと待て、吐くなよ。そんなブレスは要らないからな」
僕は慌てて洗濯機のスイッチを切ると、洗濯槽の中から手のひらサイズのセイを拾い上げてやる。
「うぷっ。あと……赤城の奴が中に……」
「はぁ? 赤城さんまで何やってるんですか!」
洗濯槽の回転が弱まって来ると、やはり手のひらサイズの赤城さんが、プカプカと浮かび上がって来た。
僕はすぐさま洗濯槽から掬い上げると、2龍をバスタオルの上に寝かせ。お腹を指で押してやる。
すると、噴水の様に口から水をふき出したのだ。
「うぅ……気持ち悪い……」
「まったく、溺れたかと思いましたよ」
「千尋……水……龍が……溺れる訳……ないだろ。気持ち悪」
どうやら、目が回り過ぎてるだけの様だ。
古い遊園地にある、回るコーヒーカップに、長時間乗ったみたいな感じだろう。
とりあえず2龍が落ち着きまで、溢れた泡を粗方片付けて置き。それから2龍に事情を聴いてみた。どうせ碌な話ではないだろうけど……
「だいたい、なんで洗濯機に入ったんだよ」
「いや……千尋も、大婆様の見せたメイルシュトロームって言うのを、やったと聞いたのでな。俺らもやってみようと……なぁ」
「まて、我は無理やり詰め込まれたんだぞ」
アホだ……アホ龍が2匹居る。
だいたい、淤加美様のやった大渦潮は、山の中でやったので大渦潮というより、山津波渦と言ったところだ。
「どうせなら、もっと広い処でやれよな! 海は……元々隣接して無いけど、滝壺があるだろ」
「うむ。それも考えたのだが、洞窟の水溜まりと直結しているのでな。淵名の治療の邪魔に成ってはいけないと……」
「そうだ! 淵名さんの容態は?」
「ん? 淵名なら、今ごろ飯を食ってるはずだぞ、さっき香住嬢ちゃんが朝飯を持って、洞窟のある裏へいったしな」
「そうかぁ……ご飯が食べれるように成れば、大丈夫だね」
「水氣で傷は治るが、やはり失った血を戻すには、食事が一番だしな」
何はともあれ元気になって良かったよ。
「じゃあ、僕らも洗濯機を綺麗にしちゃって、朝ご飯にしよう」
「床を拭いてくれたなら、洗濯機もやってくれよ」
コノヤロウ……誰のせいで余計な事やってると思ってるんだ?
「まったく、渦潮をやるだけなら、洗剤入れるなよな」
「その方が迫力あるだろ」
本当に馬鹿だな!
セイと赤城さんに、泡を流す為の水を風呂場で汲んでくるよう、言おうとしたら――――――
ごめんください、と玄関から声がした。
こんな朝早く誰だろ?
玄関へ行ってみると、そこには、制服姿の小鳥遊先輩の姿があった。
「おはよ、千尋ちゃん」
「先輩!? こんな朝早くに、どうしたんです?」
「高月さんに呼ばれたのよ。お礼がしたいって……別にいいからって、断ろうとしたんだけどね。昨日の京の話が聞きたくて、やって来たの」
「なるほど、玄関で立ち話もなんですから、上がってください」
「お邪魔するわね。あと、もう1人……いや3人かな? お客さんよ」
他に客? 誰だろ? 小鳥遊先輩の後ろを覗いて見ると――――――
「おっす!」
「正哉!? 朝から来るなんて珍しいね」
正哉の隣には、無理やり腕を組むオロチの鴻上さんと、その逆側で腰にしがみ付く座敷童ちゃんの2人の姿があった。
3人ね……
普通の人には座敷ちゃんは見えないけど、祓い屋の小鳥遊先輩には見えるわな。
正哉の方は、セイが創った見える片眼鏡で、一応見えては居るらしい。
「いやなに……昨日の夜から警察が現場検証とか、事情聴取とか、色々……立ち会いを求められてな……寝てないんだわ」
「そ、そりゃあ……大変だったね」
何があったか想像がつくだけに、顔が引き攣ってしまった。元々瑞樹神社への襲撃のとばっちりだし。
「事情聴取って言ってもよ、夕飯食ったら眠くなって……そのまま寝ちまってたからな。親父やお袋……妹の紗香もだぜ。聞かれても分かんねえっちゅうの! 夕飯から警察が呼び鈴鳴らすまでの、2時間ぐらいの記憶が、スッポリ抜けてるんだよ……訳分からねーぜ」
その時、僕は見てしまった。
鴻上さんと、座敷ちゃんが、ニヤリと冷たく微笑むのを……
絶対この2人の仕業だ。
正哉に手を出したら、その者を容赦なく黄泉送りにして、2度と帰って来れないだろう。
僕は背筋に冷たいものを感じながら、早い処皆のいる居間へ通してしまおうと、正哉達に上がる様言った。
居間へ行くと、やはり人数がオーバーなので、仕切りを外し、拡張仕様に変形させる。
「千尋ちゃん所の居間は、いつ見ても便利よねぇ」
「滅多に使いませんけどね」
今年でまだ3~4回程度だが、僕が知る限りこんなに活用したのは、過去に一度もない。
最近増えたものなぁ……特に人外。
「正哉も食ってくでしょ?」
「あ? あぁ、言うの忘れてたが、学園からメールで、今日は休んで良いってさ。千尋と高月もな」
「そうなの!?」
「教員も事情知ってな、警察の捜査に協力してあげなさい! だってよ。協力って言ってもなぁ、寝てて何も覚えてないし……まあ休みくれるって言うから、遠慮なく休ませて貰うけどさ。あと悪いが寝る所貸してくれよ」
「それは構わないけど。朝ご飯どうするの? 御握りでも持ってってあげようか?」
「んー、いや、食欲無いからいいわ。家の外の惨状を見てたら、食欲ねーわ。警察官の話が聞こえちゃったんだけどさ、工事現場から盗まれたダンプで、轢かれたんだと……それも飲酒運転。正式発表じゃないから、本当かどうか分からんけどな。じゃあ悪いが休ませて貰うぜ」
「待って正哉、布団出してあげるよ」
「おう、サンキュ」
かなり眠そうなので、なるべく奥の静かな部屋を用意してあげる。
前に話した、近所の寄り合い所として活用されていた他に、神前結婚もできる様、新郎新婦の親族が集まれる部屋もあり、部屋だけは沢山あるからね。
部屋の数に困ることは無い。
「しかし家の周りがそんなだと、妹の紗香ちゃんが悲鳴上げそうだね……トラウマに成らなきゃ良いけど……」
「まあ、昨夜は紗香も、やっぱり寝れなかったみたいでな。ようやく朝方に、疲れが出たのか寝れたみたいで、可哀想だから起こさずに出て来たって訳よ」
なるほどねぇ。
でも、てっきり鴻上さんが、襲撃者を血祭りにしてるのかと思ったら、盗難車両のダンプで飲酒運転?
どうすればそんな事に成るのだか、訳が分からん……
それに、紗香ちゃんにも悪いことをした。元凶は瑞樹神社への襲撃だった訳だしね。
後で様子を見に行ってみるか……
出来るだけ静かな部屋に布団を敷いてあげると、正哉は制服の上着だけ脱いで寝てしまった。
腹が減ったら起きてくるだろう。
僕が部屋を出ると、入れ替わりに鴻上さんが中に入り、襖を閉めてしまう。
「ちょっ! 鴻上さん!? そこは正哉が寝て……あれ? 開かないし!」
襖にどうやって鍵を掛けた!?
『内から結界を張られたね』
「巳緒? その結界破れそう?」
『やっても良いけど、反動で部屋が滅茶苦茶になるよ』
それは勘弁してください。
すると、部屋の中から声が――――――
「この座敷妖怪! なんで貴女が居るんです!? なに? 最初から居たのに気が付かないのが悪いですって!? きぃぃっ!! せっかく斎藤君と2人きりだと思いましたのに!!」
鴻上さんが張り上げた声の内容から、どうやら座敷ちゃんも入り込んでるみたい。
まあ3人で居るなら、やましい事も出来ないだろうし、放置で良いか……
さらば正哉、生きていたら後で逢おう。
僕は巻き込まぬ様、逃げる様に立ち去ると、台所で大忙しである神使の桔梗さんに声を掛ける。
「桔梗さん。朝餉の用意を任せっぱなしで、ごめんね」
「千尋様、おはようございます。毎朝の事ですから、こちらは大丈夫ですよ」
「実は、急に学園が休んで良い事に成ったんで、何か手伝えたらなぁって……」
「でしたら、お願いが……神社周りの塩を流して頂けないでしょうか?」
そう言えば結構な人数が、海水で溺れたとか聞いたな……当然、塩が残ったままなのだろう。御神木とか枯れる前に流して置くか。
「了解。塩は何とかするよ。あと、昨日はありがとう。桔梗さんが居るから、安心して留守が任せられるよ」
「いえ、私の力など……殆ど海神の豊玉姫様が、片付けてしまわれましたし」
海水と聞いて、そうだと思ったわ。
桔梗さんや、ハロちゃん達には、死人は出さぬように言って置いたけど、古神で海神の豊玉姫様には、僕が指示をできる筈が無いので、良くとどめを刺さずに我慢して、死人を出なかったものだ。
気まぐれかな? それとも内陸部の海なし県だったので、調子が出なかったとか?
どちらにせよ、死者だけが出て居ないのは幸いである。
僕は外に出て、桔梗さんにお願いされた事を片付けるめ、裏の滝から流れてくる真水を使い、神社の上だけを覆う様な小さな雨雲を創ると、神社全体に雨を降らせ始めたのだが――――――
雨を降らせている最中、遠くから大型のヘリコプターが飛んで来るのが見て取れた。
誰だろう……龍眼を使い望遠モードにすると、見知った顔が乗って居たのだ。
あれは……西園寺さん?
呪弾の事をメールしたばかりなのに、やけに早いな……
他にも、黒服でサングラスの人達が大勢乗っている。どの顔も僕の知らない顔だ。
黒服の人達は、見た目が華奢だし、軍部の人って訳じゃ無いみたい。
僕は敷地内を粗方雨で塩を洗い流すと、浄化雨の術を解いて西園寺さんの到着を待つ。
こりゃあ、出前を頼まなきゃ、ならないかもなぁ。
そう呟きながら、雨雲をどけて、ヘリコプターの道を創るのだった。