4-20 京の都での決着
水素爆発により
耳をつんざく様な轟音と、砂埃を撒き上げる爆風で思わず目を瞑りと耳を覆う。
水の量は東北の時より少ないのに、威力だけは完全に上回っていた。
この水素の配合に至るまで、何度もやり直したのだが、ペットボトル2本分でこの威力とは……
今つくづく思う、ここが幽世で良かった……と。
『千尋、まだ油断は禁物』
『いやいやいや、あの爆発を至近距離で着火させたんだ。幾ら麒麟でも……』
爆風が納まり、少しづつ舞い上げられた砂埃が晴れて行く。
すると――――――
そこには、先ほどまで僕達が落とされた落とし穴の上で、地面を踏み固めていた麒麟が、姿変わらず憎たらしい顔で立っているではないか!
マジカ!? でもどうして……
『千尋、あの頭の角!』
巳緒の指摘で、麒麟の頭を見ると、左右の顳顬から龍の角が出ているのは、僕ら龍と同じだが、額の真ん中からユニコーンの様に、長い角が1本出ていたのだ。
どうやらその額の角が、雷を纏っているようで、その雷を炸裂させて水素爆発を相殺したようだった。
『あんな隠し玉まで在ったのかよ! というか、あの角いつ生えた!?』
『でも見て、完全に相殺しきれて、いなかったみたい』
巳緒の言う通り、麒麟の脚が時々ガクガクと痙攣してるのが見て取れた。
どうやら、やっと立っているみたい。
『なるほど……あと少しって処か』
『でもどうするの? 角の雷は健在だよ』
麒麟は頭に来ているのか、自分を中心に雷を撒き散らして、来るならこい! と威嚇しているようだった。
雷を纏う角の部分が木氣なのね。しかし、土氣だけでなく、木氣も持っているとは……
『巳緒、あの雷さ……術だと思う?』
『…………正直分からない。あれが麒麟のブレス代わりだとすれば、術反射は作動せず、千尋は黒焦げ』
その場合、チョーカーに成って首に巻き付いている、巳緒も一緒に黒焦げだけどね。
困るんだよなぁ、事象に直接干渉できるモノとの戦いは、術だか物理攻撃だかの見極めが難しくて……
相手が人間なら、呪文を唱えれば術だし。それ以外は、技か物理攻撃だと言うのが直ぐに分かる。
だが、神とか霊とか高レベルの妖怪とかは、無詠唱で自然とか事象を操るから、なかなか判断が難しいのだ。
最悪、ブレスの一種で、反射できないと考えて……
此方の装備はペットボトルは1本……武器に変化させても、ナイフと小太刀の中間ぐらいのモノしか出来ない。
なんだか、中途半端だな……
麒麟の雷結界へ入らなきゃならない事も考えると、飛び道具が欲しい処だが、この水量じゃ其れも儘ならない。
せめて、あの雷が反射できるかどうかだけでも分かればな……
『仕方ない……実際に受けてみるしかないか』
『え? 千尋!?』
『巳緒まで巻き込む訳にいかないから、元に戻って離れててよ』
『……千尋が死んでしまったら、ウチも此処から出られないのだし、一蓮托生』
『そうか、じゃあ一緒に痺れて……みようかね!!』
僕は麒麟の前に出て行くと、舌を出して挑発する。
さらにお尻を向けてペンペンと叩き――――――
「こっちは、無傷だもんねー」
と言ったところで、麒麟が前足で地面を掻いているのが分かった。
怒ってる怒ってる。
僕の予想では雷を撒き散らかしながら、突進してくるかと思っていたのだが、麒麟はそのまま角へ雷を集めて行くと、レーザービームの様に雷を撃ち出したのだ。
「うああぁっ!」
間一髪で避けたけど、麒麟のヤツ……雷であんな事も出来るのかよ!
避ける際、雷の一部に触れたのだが、どうやら術反射は発動していない様だ。
『ビリっと来たね』
『痛つっ……これで術じゃなく、ブレスの一種だと言うのが分かった』
もう一つの問題は、あの傷で何処まで走れるのか……
そのスピードによっては、此方の出方も変わって来る。
麒麟は先ほど使用した、レーザーの様な雷を避けられた事に御立腹の様で
今度は角に、ありったけの雷を集め始めると、それを身体に帯電させ、突進をしてきたのだ。
『まだあんなに元気だあるのか!』
『千尋! 紙一重で避けてはダメ。帯電分、当たり判定が大きめに成ってるから』
それは洒落に成らん。
大きめに避けろって言われても、回避するのが早すぎると、突進方向を修正して突っ込まれるし。
かと言って、回避が遅すぎた場合、帯電に巻き込まれてしまう。
雷で麻痺でもしたら、それこそ麒麟にサンドバッグにされる。
『あの纏った雷がある限り、接近戦は無理だな……とりあえず、動きを止めよう』
『どうやって?』
『どうって……最後のぺットボトルを使う』
僕は麒麟の突進から逃げながら、ペットボトルの蓋を開けると、そこから蜘蛛の糸より細い水の紐を創り、森の木々に張り巡らせる。
ペットボトル1本分とはいえ、極細にした為。かなりの距離に張り巡らせることが出来た。
そして僕の行動を、途中でオカシイと感じた麒麟が、帯電突進を止めた時には、既に水の糸に囲まれていたのだ。
どうやら、糸の存在に気が付いているようだが、断ち切って良いのか? 触っても大丈夫なのか? その変の事を考えあぐねている様だ。
なまじ頭が良いと、考え過ぎる気概があるからね。
お陰で動きが止まった訳だが……
『千尋、もう水が無いよ……どうするの?』
『そうか……巳緒は気絶していて、廃鉱の最後を見てなかったんだね』
僕はペットボトルの底に残った1滴の水を指の上に載せると反水素を創り出した。
『何その水……構造が全く読めない』
『それはそうさ、これはアンチマテリアル……物質界に存在しないモノだからね。この反物質を物質と接触させることで、とんでもないエネルギーが放出されるんだ』
そのエネルギー量は、1キログラムの反物質を物質に接触させた場合、8京ジュールものエネルギーを生み出す事が出来る。
もうちょい現実的に分かる話だと、1グラムの4分の1である。0コンマ25グラムで、原爆並みの威力になると言う。
そりゃあ、将来的ではあるが、宇宙航行にでも使えれば、凄い事に成るわ……そのエネルギーに耐えられる機体があればだけど……
コイツを地上で使うのは怖いので、現世での使用は抑えに抑えた、廃鉱奥での1回だけだが。今回……ここが幽世でよかった。
「麒麟さん……あなたに恨みは無いが、僕は家族の元へ帰らなきゃならないんだ」
前に淤加美様が、千尋は自分の命を粗末にして仲間を護ると言っていたが、それは間違いである。
早くに家族を失い、婆ちゃんと二人きりだった僕は、大勢の家族で過ごす日々を夢見ている。
だから僕の戦う理由は一つ――――――
水の糸に囲まれて動けない麒麟に向かって、反物質である反水素を放る。
「誰一人と欠ける事無く、北関東の瑞樹神社へ帰るんだ!」
そう声を上げた後に、地面に伏せると、反物質が物質である地面に触れた途端、眩い光に包まれた。
―――――― 対消滅 ――――――
地面に伏したまま、どれだけの時が経ったであろうか……
一応対消滅は、術で創り出しているので、術反射が効く筈だが……正直自信がない。
術反射で防ぎ切れなくて、目を開けたら黄泉だったり?
そんな事を考えて居ると、誰かの呼ぶ声がしている。この声は……セイかな?
「ち……ろ…………ひろ……」
「セイ……あと……5分寝かせて……」
「駄目……な……こりゃ……」
耳鳴りが酷くて、先ほどから何を言ってるのか分からないが、ここの処連戦だったし、あと5分ぐらい良いと思うが?
「じゃあ駱駝固めで良いわね?」
駱駝固めって何だ? また物騒な感じだが……
それに、今のは香住の声……駱駝固め? 駱駝……
「キャメルクラッチ!?」
僕の背中に乗ろうとしている香住を振り落とす勢いで、立ち上がった。
「なによぉ、もう少しで掛けられたのに……」
ヤメレ!!
「こっちは危うく、背骨が折れる所でした!!」
間一髪で意識を戻した僕が、自分の無事な生還に胸を撫で下ろす。
周囲を見渡せば、僕が幽世に落とされる前と同じ、松尾大社の庭園に居る様だ。
「まったく、心配させおって、お主が居なくなったら、誰が揚芋を買ってくるのじゃ」
淤加美様……僕の心配より揚芋の心配かよ!
僕が消滅したら、僕の中に顕現している淤加美様の分霊も、一緒に消えるんですからね。本体は貴船に居るからと高を括ってるんだろうけど……
「とにかく無事で良かった。酒を造って貰う前に、黄泉に行かれたのでは敵わんからの」
大山咋神様まで……その隣で、セイと赤城さんまでもが、同じ意見だと頷いている。
お前ら……少しは心配しろよ。泣くぞ……
少し涙目に成って居ると、赤城の龍の巫女である神木志穂さんが――――――
「御無事で何よりです。かなりの時間が経っているので、心配しました」
「へ? 良い処30分ぐらいだと思うけど……」
「千尋よ、前に言った筈じゃ。ここ現世と幽世は時間の流れが違うと……」
「と言う事は今……」
香住に視線を向けると、スマホの画面を僕に向けて――――――
「もう22時よ。私が門限なんだけど?」
ありゃぁ……松尾大社には、日が沈んで直ぐに入ってたので、祟り神騒ぎの時にはまだ20時ぐらいだったはず。
一気に時間が進んだな……香住の門限もあるし、もう帰らなきゃ。
「そう言えば淤加美様。早良親……じゃ無かった、祟道天皇様は?」
「裏鬼門である坤刻を越えたのでの、祀られた社に帰って行ったわ」
鬼門と裏鬼門で活発になる辺は、霊体と同じなんだ……
「結局、出て来たのは脅かすだけかい!」
「そう言うな龍の小娘よ、新しい結界の盟約主に、挨拶に来たのじゃろうて」
「うむ、もう祟り神ではなく、京の護り神じゃしな。これから宜しくと言って居ったぞ」
大山咋神様と淤加美様に、祟道天皇様の言伝を頂く。
挨拶なら、怖い変装はやめていただきたい。
幽世に落とされて、グダグダになっちゃったし。
後できちんと、此方から御酒でも持って、挨拶に行くかな。
そんな事を考えて居ると、それからバスケットボールぐらいの光の球が降りてくる。
目の前まで降りて来た所で、球の中身をよく見ると、光の球の中心には小さく成った麒麟の姿があったのだ。
『ありがとう、東から来た若き龍神よ。漸く陰陽師の支配から逃れることが出来た』
なるほど、四聖獣だけでなく、その中央でまとめ役の麒麟まで、支配下に置いていた訳か。
其れで陰陽師に操られ、僕らと戦ったと……
「しかし、よく生きていましたね? 1滴の反水素とはいえ、あの爆発ですよ」
『いや、完全に消滅したぞ。そうで無ければ、お主は現世に戻って来れまい』
「確かに現世に戻ってますが……じゃあ目の前にいる麒麟さんは?」
『これは霊体みたいなモノであり、本体は平安神宮に居るから心配は要らぬ』
そうなんだ……四聖獣のまとめ役を倒しちゃったと、少し罪悪感があったけど、本体が無事ならよかった。
「まだ結界が元の状態まで緩んでないので、平安神宮まで挨拶に行けませんが……どうか京の都の守護をお願いします」
『あい分かった。では本体へ戻るとしよう』
麒麟はそう言い残すと、光る球を移動させ平安神宮へ向かって飛んで行った。
結界のまとめ役は、結界を素通りなのね。
さて、問題の陰陽師の処遇だが……
「どうしたものかな?」
「ボコボコにする!」
「今は亡き淵名の仇だ。水の中へ引きずり込んでやる」
「新しいプロレス技を試す」
みんな華千院重道に一発かまさないと、気が済まないみたい。というか赤城の龍神さん。淵名さんは死んでませんよ。
「妾達、古神は手を出さぬ、お主らの好きにせい」
大山咋神様と淤加美様は、興味が無いとばかりに世間話へ戻ってしまった。
件の華千院重道は、先ほどからウーウー唸っている。
「また猿轡を噛ませたの?」
「千尋が幽世に落とされたみたいに、何か呪文を唱えると厄介だからな」
何か言いたそうだから、猿轡を解いてやると――――――
「ぶはっ! こんな事を言える立場ではないが、頼む! 式に水をやってくれ」
「式? あぁ、関市の根小屋刃物店で、小鳥遊先輩へ噛み付きそうだった、式神の蛟の事かな?」
「そうだ……神農原真にやられてな、今は干乾びてしまって居る。式には罪はない、頼む」
そんな華千院重道の姿を見て、セイが念話をしてくる。
『おい千尋大丈夫か? 水をやったら毒の牙で噛み付いてくるとか……何か罠なんじゃないか?』
『んー、とはいえ……蛟は蛇型の水神だからな。同じ水神として、干乾びさせるのも忍びないだろ』
淤加美様の話では、式に成って居るのは、まだ水神に成り切れていない、蛟の子供らしいし。死なせちゃうのは酷というもの。
「だいたい、その干乾びた蛟はどこに居るの?」
「それは、気絶させられ縛られて転がされた場所の辺りに……」
西側の山中を捜索するのかよ。
「仕方ない、香住は先に帰ってて、門限で怒られちゃうでしょ?」
「大丈夫よ。さっきね、お母さんからチャット型アプリに連絡来たんだけど、今夜襲撃あったでしょ?」
「関東の陰陽師が総出でってヤツね」
「それで、警察が来て現場検証とか、事情聴取でエライ事に成ってるらしくて、物騒なので瑞樹君の所へ泊めて貰いなさいって連絡があったの」
「瑞樹神社が襲撃目標だったのに、現場検証なしかよ。瑞樹神社が一番、被害者が転がってると思うんだけど?」
「なんでも、神社下のバス停前が、一番被害者が多いそうよ。その殆んどが海で溺れた様なんだって……海なし県なのに不思議だと、警察官が話してるのを聞いたそうよ」
海ねぇ……脳裏に浮かぶのは、海神様しかいない……余程の事が無ければ、ゲームを手放さないのに……何を怒らせたんだろ?
「じゃあ、干乾びた蛟を捜しちゃおうか?」
香住の門限が無いなら、手分けして探した方が早いし。
「待つのじゃ千尋。お主の髪に着いて居るのが蛟じゃぞ」
「え? どこどこ? 取ってくださいよ淤加美様」
「うむ、これじゃ」
それは糸くずの様に小さい蛟であった。
「まるで干乾びたミミズだな」
「ちょっとセイ。可哀想だから、ミミズとか言わないの! それじゃあ、早い処水を与えて……」
「ここでは無理じゃな。龍脈の氣自体は強いが、庭園に人の手が入り過ぎていて、水氣が弱すぎる」
「じゃあ貴船神社に……て訳にいかないか。本宮は結界があって昼過ぎまで入れないし、奥宮はこの人数では入りきれない」
「うむ、北関東に帰るしかあるまいて」
淤加美様の言葉に、全員が頷く。
「ごめんね白虎君。神木先輩の事頼んじゃって……僕らでは、まだ結界が強くて京へ入れないんだ」
「大丈夫。人間一人を送るぐらい簡単さ。大船に乗ったつもりで居てくれよ! 新しい御主人」
最近の大船は、氷山で沈むんだけどね……直ぐ近くに泊まってると言うし、大丈夫だろう。
白虎君。子供の姿に戻っちゃったので、何とも頼りないけど、可愛いから良いか。
「今度、俺の秘蔵の薄い本を、持って来てやるからな」
「ヤメロって、白虎君はセイと違って純粋なんだから!」
そう言って、開いた龍脈の中へ、セイを蹴り落とすと、後の事をお願いして僕も龍脈へ飛び込んだ。
やがて龍脈は、北関東の瑞樹神社の裏手に出たのだが――――――
「なんで境内じゃねーんだ?」
「さっき香住も言ってただろ、警察が現場検証してるって。いつ神社にも警察が上がって来るか、分からないからね。念のため」
「成る程、それは分かった。だがよ、何で陰陽師まで連れて来たんだ?」
「決まってるでしょ、拝殿と本殿を綺麗に拭かせる為だよ、海神の豊玉姫様が出て来たって事は、彼方此方塩だらけだろうからね。全部拭かせて掃除させるのさ」
縛られたままのパンツマン事、華千院重道が――――――
「へっ! する訳ねーだろ! 蜥蜴どもめ!」
「そんなこと言って良いのかな? 蛟君が二度と戻らないかもよ?」
「ひ、卑怯な!」
「まあまあ、縄を解いてあげるから、明日はちゃんと拭くんだぞ」
「待て千尋。逃げちまわないか?」
「大丈夫、逃げられないよ。だってパンツ一枚で石段降りて行っても、警察に囲まれるし。神社下は現場検証してて封鎖中だものね。人質というか、蛟質も居るし」
そんな時、滝裏の洞窟から赤城さんと香住が出て来る。
「千尋さん。怪我をした淵名を、滝裏の洞窟にある、水の中へ沈めて来ました」
「お疲れ様です。あそこなら神社で水氣が一番強いから、水龍には持って来いですものね、朝には傷も治りますよ」
水の中で息が出来る、水神ならではの療治法だ。
「おい、赤城。お前……俺の秘蔵の品を、弄らなかっただろうな?」
2龍が小声で話しているけど、お前ら丸聞こえだぞ。
元々あの洞窟は、セイの棲み処だったから、色々あるのだろうけどね。
何はともあれ、これで漸く、京の事が片付いたぞ。
しかし、この呪弾を撃てる銃……こいつの存在が、対オロチ用の武器開発をしていた、八嶋技研を彷彿させるのだった。
確か……沼田教授の反逆行為により、かなり縮小されたと聞いたが……出回っていると言うのは、やはりオカシイ。
どうも嫌な予感がするけれど、香住が布団の用意を手伝って! と僕を呼んだので、頭の隅に追いやってしまった。
とにかく、今日の所はみんな疲れているし。
明日、西園寺さんに話して考えようと、急ぎ足で香住の元へ向かうのだった。