4-19 麒麟(きりん)
「何で、早良親王が……」
僕が暗闇の噴き出す、東の空を見ながら呟くと、淤加美様が出て来て――――――
「また厄介な者を目覚めさせ居ったな……」
「おう! 淤加美神ではないか? 久しいのぅ。 ん? 淤加美……少し……いや、だいぶ縮んだな」
旧知の友を見付けたかのように、大山咋神様が近寄って来る。
「妾が縮んで居るのは、宿主の千尋に負担を掛けぬ様、『しょうえねもーど』とか言うのに成って居るからじゃ! だから、そこには触れんで良いわ! それに……久しいも何も、毎年出雲で逢って居るではないか」
「おー悪い悪い。縮んでいる事には触れんから、そう邪険にするな。出雲で逢うと言うたが、お互いゆっくり話せんしなぁ。なにせ、あの社に800万もの神が集うのだぞ。酒を酌み交わして回るだけでも、1ヶ月では足らんわ」
そうか……考えてもみなかったが、八百万の神々と言うだけあって、800万も居るんだよなぁ
僕は初めての参加なので、社の中がどれだけ広いか分からないけど、きっと神様達で芋洗い状態であろう。
寝る事も出来ないじゃん!
そんな僕の心の声を、勝手に聞いた淤加美様が念話で――――――
『千尋、心配は要らぬぞ。中に入れるのは古神が主であって、その他の神々は順番に挨拶に入り、大国主命へ挨拶が終われば、夫婦札を置いて退室するという形をとって居る。神諮りで裁くことが無ければ、それで終わりじゃ』
『そうなんですか? ずっと社から、出られないのかと思いました』
『まぁ800万も居れば、いくら広い社であっても、入りきらぬのでな……神在月が明けるまで、出雲から出てはならない。と言う事を守って居れば、買い物でも、食事でも、結構自由に何でも出来るのじゃ』
へえ、良い事を聞いた……て、今はそれ処じゃなーい!!
「どどどどど、どうするんですか! 富士山を噴火させた怨霊ですよね? 現代で其れをやられたら、相当の被害が出ますよ」
1200年前の当時は、関東が未開拓な土地だった為。人間の分布も少なく被害も大きくなかっただろうが……東京に人口が集中している、現代ではそうはいかない。
そんな慌てる僕の姿を見て華千院重道が――――――
「恐れ入ったか龍神どもよ! 785年……平城京から長岡京へ遷都したばかりなのに、たったの9年で平安京へ遷都し直したのは何故か!? それは早良親王の祟りを恐れた桓武天皇が、当時の陰陽師の中で秀でた力を持った、安倍晴明に結界を張らせたからだ」
なるほど……風水上、平安京の方が四聖獣を配置しやすかったのね。地の利を生かして結界を張り、安全を確保して遷都をする。
それで平安京の中へ入れない早良親王は、腹癒せに富士山を噴火させたって訳か。
安倍晴明の張った結界も、千年の後に残るほど良質のモノだったし。桓武天皇が陰陽師を優遇し、良い後継者を育てようと、躍起になったのも分かる気がする。
「早良親王が怖いのは分かったけど、別に重道さんが威張る所じゃないよね?」
「ふんっ! 北関東から来た龍神どもが、盟約主変更をした事で、結界が解けたと勘違いをした早良親王が目を覚ましたんだぞ! 最初に結界を暴走させた、我等……華千院家が起こしたようなモノだ!」
参ったか! と踏ん反りかえるので――――――
「威張るな! 早良親王が起きたのって、やっぱりアンタのせいじゃん!! パンツ1枚の癖に」
松尾大社の池の水を操り、華千院重道へぶっかけてやる。
少しは頭を冷やせコノヤロウ。早良親王を起こす事が、アンタらの目的じゃ無いでしょうに! 安倍晴明の名前を奪い返す為に、神農原真さんを誘き寄せるのが目的でしょうが!!
「ぶはぁ! 水かけるな! だいたい、パン1は神農原真が脱がしてったんだ! 好きでパン1やってる訳じゃなーい! それよりロープ解いてくれ」
「コイツ急に威張り出したよな、今迄とえらい違いだ」
本当に同一人物か? と不思議そうに眺めるセイに、パンツ1枚の華千院重道が――――――
「この期に及んで、イケメンで性格の良い人を演じても仕方あるまい。それよりロープを解け! この蜥蜴野郎」
うぁ……自分で自分の事を、イケメンとか言っちゃったよ……この人。
だいたい、性格だって良くはなかったよ。少しだけ丁寧な話し方ではあったけど、内容は最悪だったし。
何でも命令すれば、思い通りに人が動くと思っちゃうところが、良家の御坊っちゃんだよなぁ…………ロープはそのままにして置こうっと。
セイと顔を見合わせながら、この男駄目だな……と肩を窄ませる。
でもまあ……元は結界を暴走させた華千院家に責任があるとはいえ、盟約主変更をした此方にも、起こした要因があるのだから何とかしなくちゃ……
その時、ひときわ大きい雷が落ちると、ドス黒い何かが空に昇り、雲の中に入って行った。
早良親王が目覚めたのか!?
「お、おい千尋……後ろ……」
「セイこんな時に、笑えない冗談は止してよ」
そう言いながら振り返ると、ボサボサの髪で顔が良く見えない何かが、超ドアップで其処に居たのだ。
「うぼああああぁ」
「ぎゃあああ! やめてえええええ!」
悲鳴を上げながら、近くにある水を全部手繰り寄せると、大量の水刃を創り出して発射した。
「うおおおおあぁ、あっぶねえ!」
髪を振り乱しながら、器用に水刃を避ける化け物に水刃攻撃が当たらず、本気で焦る僕。
「こうなったら……反水素で……」
取り乱し、対消滅をやろうとしている僕をセイが――――――
「千尋が我を忘れてるぞ! みんな取り押さえろ!! 対消滅なんかされたら、京どころか日本の真ん中に穴が開くわ!」
「ええい! 放せよセイ。化け物が、化け物がぁ」
「千尋、少しは落ち着けって!」
「これが落ち着いていられ……え?」
そんな時、視界が急に回転する。
マズイ! この身に何度も受けて来たから分かるが、これは香住の……ドラゴンスクリュー!!
気が付いた時には、僕の身体は回転しながら地面に叩きつけられた。
「いい加減に冷静になりなさい! 国を護る国津神が、国を壊してどうするのよ!」
「だってオバケが……」
「オバケと言うのは、麻呂の事かな?」
ボサボサ髪の何かが、ずいっと近寄って来る。
「うああああああ!」
思わず反射的に、右ストレートを捻じ込んでしまった。
錐揉み状態で、ふっ飛んで行くオバケだが……なんだ、攻撃当たるんじゃん。すり抜けるモノだとばかり思っていたのに……
オバケが松尾大社の池の中へ落ちると――――――
不思議な事に、ボサボサの長髪が、オバケの身体と離れて、藻の様に池の水面で浮いていたのだ。
カツラ? と言うより、オバケのコスプレ? みたい。
「痛つつ……乱暴な巫女じゃのう」
「お主が悪巫戯けし過ぎるからじゃ」
「ん? 淤加美神? それにしてはやけに……」
「縮んだ話は良い!! 千尋、此方らが早良……いや、崇道天皇じゃ」
「天皇様!? 何がどうなって……」
「千尋は生まれてなかったから、知らないじゃろうが……早良親王の怒りを鎮めるために、人間は鎮魂の神社をいくつも建て、剥奪していた天皇の位を戻し、崇道天皇として崇めたのじゃ」
「うむ。亡くなってから天皇の位を貰ったのでな。朕と言うには、おかしな感じがするのでの。麻呂と言うが許せ」
「それは構いませんが……さっき殴ってしまって、すみません」
霊体に当たるとは思わなかったし。
「麻呂も悪巫戯けが過ぎた。実は、肝試しをする若者が、変装道具を捨てて行ったのでな。どんなものだか使ってみたのじゃ」
使うな! そんなもん!
無くても十分怖いわ!
「それにしても、祟り神を祀る神社があるとは、知りませんでした」
「香住嬢ちゃん。神道の神には、天津神と国津神の他に、祟り神を祀る神社が幾つもあるのだよ」
「うむ。奉る事で護り神に成り、その地の民に恩恵を授ける様になる。崇道天皇だけではなく、菅原道真公や平将門公、崇徳上皇が有名どころじゃな」
セイと淤加美様が説明をしてくれて、感嘆の声をあげる香住。
忘れていたが、僕も祟り神と融合した妹の魂を取り込んでいて、心から鎮魂を願ったら、それ以来護り神に成っているんだよな。
その護り神が、呪い反射、術反射をしているのだ……常時発動で……
「しかし、祀り上げられ、護り神になった、崇道天皇様がどうして此処に?」
「おぉ、そうであった。安倍晴明が張った京の結界が、強く成ったり、弱く成ったりと、やけに動きが可笑しかったのでの。様子を見に来てみたら、お主らに逢ったと言う訳じゃ」
「様子見に来るのは良いですが、コスプ……いえ、変装は止めてください」
次やったら、本気でぶっ放しますよ。僕ホラーとか嫌いなんだから……
その後も、大山咋神様まで混じって、古神様たちで何やら話が盛り上がり始めてしまった。
もう帰っちゃおうかな……そう思い始めた時――――――
みんなの注意が、華千院重道から外れてしまって居て、すっかり忘れていたのだが
その華千院重道が、何やら呪文のようなモノを唱え終わり。此方に話しかけて来た。
「知っているか? 四神には四方を護る聖獣の他に、中央に配置されたモノが居るって事を……」
「重道さん……アンタいったい何を?」
「この縛ってあるロープに、せめて術封じの札でもしてあれば、防げたものを……」
華千院重道が、そう言って縛られた手で印を完成させると、僕の直ぐ足元へ五芒星の陣が浮かび上がる。
「しまっ…………」
僕が声を上げた瞬間……地面が開いて、僕の身体は地の底へ落とされたのだ。
「京の裏側へ行ってくるがいい」
華千院重道の言葉を最後に、落とされた穴の入り口は閉じてしまった。
ただ真っ暗な空間を、自由落下していたのだが、やがて星空が見えたと思うと、薄暗い山の中に落とされてしまった。
だが……この感じ……確か東北の松島の時と似ている。
『千尋、たぶん此処は幽世……もしくは幽世に似せた箱庭』
首に巻き付きチョーカーに成って居る、巳緒も同じ意見らしい。
直ぐに淤加美様へ念話を飛ばすと――――――
『おぉ、千尋無事かや? 今このパンツ男を締め上げて、救出方法を聞いて居る所じゃが、どうもその空間の主を倒せば戻れるとの事じゃ。何とか無事に戻れそうかや?』
そう念話をする淤加美様へ――――――
『そうですね……さっきまでは、無傷で戻れそうと思って居ましたが、自信が無くなりました』
念話を返す僕の視線の先に、大きな獣が居たのだ。
崖の上から悠々と見下ろす姿……あれは四神の事を調べて居る時に、一緒に絵が載って居たので覚えている――――――
『麒麟……』
形は鹿、顔は龍、尾は牛、馬の蹄を持つ土氣の霊獣。
空間の主って……アレか? さすがに分が悪すぎる。
何せこちらが水氣の龍に対し、向こうは相剋に当たる土氣なのだ。
それだけでも、不利だと言うのに、僕は自分で水を生成できない。
更に、淵名さんの治療で5本のペットボトルの内、2本を使ってしまって居る。
残り3本……
聖獣ならば、光水って訳にも行かないし。術も太陽が出て無いので、揺炎も使えない。
闇淤加美神の闇水で行くか……
ペットボトル2本の水を使い、ちょっと短い漆黒の日本刀を創り出す。
何時もなら薙刀など、長めの武器にするのだが、4つ足の獣の敵は、身軽で瞬脚な事が多い。
長物を武器とした場合、懐に入られたらアウトなので、近くても斬れる様、小太刀より幾分か長いぐらいの武器にする。
漆黒の衣が張れれば、懐に入られた場合の心配は要らないのだが、そこまでの水量が無いので、無いもの強請りをしても仕方がない。
準備万端と、麒麟に視線を向けると、さっきまで居たはずの麒麟が消えているのに気が付いた。
しまった! 見失った!!
『千尋! 左側!!』
巳緒の念話を聞いて、咄嗟に身体を捻り回避に移ると、先ほどまで僕が居た場所を麒麟が走り抜けた。
危ねぇ……もう少しで轢かれる処だった。
本来なら、駆け抜けた背後へ、水刃を飛ばして追撃するのだが、今はそこまでの水は無い。
じれったいな……相手が接近するのを待って、カウンターしか出来ないなんて……
暗い森の中のどこから出て来るのか……集中して待ち構えていると――――――
『千尋! 今度は真下!』
真下!? 幾ら麒麟でも、地中から……いや、巳緒の言葉が今迄に一度たりとも外れた事はないのを鑑みれば……
よし、巳緒を信じる!!
直ぐ様。跳躍をして地面を見据えると、僕の居た場所が、円錐上の錐の様に成って、鋭い岩が飛び出していた。
そうか……土氣の術か! 本当に厄介だな。
空中から自由落下して居る時に、森の中から野球のボールぐらいの何かが飛んでくる。
龍眼で暗視望遠をすると、石礫!?
「にゃろぅ!」
高く跳躍し過ぎた為に、麒麟の良い的になっている様だ。
僕には空中移動が出来ない為、闇の刀で飛来する石礫を斬り落としていて、気が付く。
斬り仕損じた石礫が、僕の身体に触れる瞬間に、飛んできた方向へ戻って行くのだ。
そうか! 術反射があるんじゃん!
今まで、物理攻撃な敵ばかりだったから、僕自身も忘れて居たよ。
しかし、華千院重道が使った、強制移動時のポータルにも反応しなかったし、いい加減な術反射だな。
『たぶん。幽世への穴を開けるまでが術であって、そこから幽世への落下は術じゃ無かったのかも?』
と巳緒が考察してくる。
確かにポータル自体に反射が反応したら、普段移動に使っている、龍脈移動もできないわな。
穴を開けるまでが術の範囲であり、僕へ直接かけた訳じゃ無いので、反射が反応しなかった。と言うのが、当たりかも知れない。
考察はさて置き、僕の術反射が効くなら、気を付けるのはブレスと体当たりのみ!
そう思っていると、今度は別方向から、2つの石礫が飛んでくる。
反射するなら弾かなくも良いと、そのまま身に任せていたら――――――
1つは反射し、1つは僕に当たってしまった。
『千尋、大丈夫?』
『怪我の方は大丈夫だけど……あんにゃろ……恐ろしい奴だ』
『麒麟の事?』
『うん。僕の術反射を、試して来たのさ』
1つは土氣の術で普通に石礫を飛ばし、もう一つは、撃ち出す瞬間だけで術を解き、その後は惰性で石礫を飛ばしたのだ。
前者の方は跳ね返り、後者の方は威力が落ちるモノの、撃ち出した後に術を解いている為、術反射に引っ掛からない。
おそらく、どこまで反射が効くのか、実験したのだと思う。
麒麟……か、頭の良い敵は厄介だな……知恵を付ける前に倒さなきゃ。
やがて跳躍が終わり地上へ降りると、足の設置の感覚が無く、そのまま地面を踏み抜いた。
落とし穴!?
穴は術で掘ったとしても、直接僕へぶつける訳で無いので、術反射は発動せずに、そのまま落とし穴へと落ちた。
麒麟め、考えたな。
落とし穴を落下中、直ぐに闇の刃を側面の壁に突き刺すが――――――
「止まらねぇ! 斬れすぎだってば!!」
しかも悪いことに、穴の上から岩が沢山降って来る。
ご丁寧に術でなく、後ろ足で岩や土を蹴って埋めている様だ。
生き埋めにする気かよ!!
結局、闇の刃が斬れ過ぎて、穴の底まで降りてしまった。穴の底に槍の様にとがらせた岩があると思ったが、そこまでは頭が回らなかったらしい。
いや、あの麒麟の事だ……何処まで反射するのかが分からずに、止めて置いただけかも知れない。
穴の底からの脱出方法を考えて居ると、巳緒が――――――
『ウチが横に穴を開けるから其処へ』
そうか!! オロチも水氣だけでなく、土氣も使えるんだったね。
巳緒の術で横穴を掘削していく。
間一髪、後ろの方で穴が埋まるが、あれだけの縦穴を、術無しで埋めるとなると、さぞ疲れるだろう。
やがて巳緒が、横穴から斜め上に向かい、穴を掘りだした。
これで穴を埋めて、したり顔の麒麟の背後から、ブスっと突いてやる。
巳緒のお陰で、やっと地上に出ると、龍眼で麒麟の姿を探す。
すると結構離れた場所で、地面を4本脚でジャンプし踏み固めている麒麟の姿があった。
あんにゃろ……
『千尋……どうする?』
『さっきまで、背後からブスっと行こうかなって思ったけど、あの憎たらしい顔を見たら気が変わった』
麒麟は頭が回るので、早めに何とかしないと、不利になる一方だし。
僕は闇の刃を水に戻し、水素と酸素の配合を変えて行く。
水素は無色透明なので、まず麒麟でも気が付かないだろう……
そして、それを麒麟の上空へ投げ、一気に圧縮して着火した。
僕が……東北で使った術……その術の水素の配合を変えた威力アップの改良版
水素爆発!
当たりは轟音と光に包まれるのだった。
主人公の使う水素爆発は、軍事に使われる水爆とは違います。
水爆は核爆弾の着火に水素爆破を使っているので放射能が出ますが
主人公の水素爆発は単純な水素なので、小学校の理科の授業の延長でしかありません。