4-17 被弾
松尾大社の敷地内を南へ駆けながら、香住と一緒に居るであろう、淵名の龍神さんに念話を送るが、その反応は帰って来る事は無かった。
香住は龍の乗り手と言えども、出自は純粋な人間なので、念話出来ないのは当たり前だが――――――
龍神である淵名さんから、何の反応もないのは、可笑しすぎる。
さきほど千平さんが、黒装束達に囲まれてるのを見たと言っていたし、これはもう何かあったとしか思えない。
僕はいつでも有事に対処できるよう、大社内を流れる一ノ井川から水を引き寄せて置く。
ペットボトルの水もあるのだけど、出来れば緊急用に残して置きたいからだ。
そのまま南に向かって疾走すると、龍眼を暗視望遠モードにし、前方を見据えてみたら――――――
何と巫女装束の白衣を赤く染めあげられた香住が、黒装束の集団と戦っているではないか!?
しかしなぜか、何時もの豪快さが無く、何というか防戦一方な戦い方であった。
もしかして……怪我でもしたか?
すぐに水を霧状に変えて、その場に濃霧を発生させて視界を奪い、香住を抱きかかえながら、後ろへと跳んで距離を取った。
「千尋!?」
「ごめん。白虎捕獲に手間取ってた」
「それより、淵名さんが!!」
香住が胸元に抱いていた、小さいままの淵名の龍神さんを僕に見せるが、その姿は真っ赤に染まっていた。
涙目の香住に、二人の状態を聞いてみたら、香住の方は淵名さんが庇ってくれて無傷だと言うので、淵名さんを重点的に治療しようとして、衣服を慎重に脱がすと――――――
腹部には見覚えのある傷……何か鋭いモノでも打ち込んだ様な穴が出来ていたのだ。
そう……この傷……夏休みに瑞樹神社裏へ、ヘリコプターが不時着した時に、藤堂さんが負っていた傷の一部に酷似していた。
殆どが異形の黒スライムに因るものだったが、それ以外の円形状の傷……藤堂さんは研究所から逃げる時に、沼田一派に撃たれたと言っていたが、その傷と同じだった。
つまり……銃創……
だがその傷を診て、可笑しいと思ったのは、通常兵器では神は殺せないと聞いていたのに、龍神の淵名さんを此処まで傷つけて居たからだ。
僕はペットボトルの水を使かって、止血と再生の施術に入る。
藤堂さんの時と同じで、全ての生物は水分が含まれており、その体内の水分を操り止血をする。
更に水龍である淵名さんには、外側から水球を創り水の揺り籠で覆うと、水氣を上げて水龍の再生力を増すように施術した。
さすがに人間と違って、輸血って訳にも行かないので、龍神の再生力に頼るしかない。
だが厄介な事に、何か毒のようなモノでも入ったのか? それが障害となって再生力が上がらないのだ。
いったい何が…………
治療を続けていると、やがて濃霧の術が夜風によって飛ばされてしまい、視界が晴れてくる。
「だから警告したはずです。邪魔はせずに北関東へ帰れと……」
そう言って晴れた霧の中から出て来たのは、陰陽師の大御所、華千院 重道であった。
「こんな事までされて、はい帰ります……なんて、言える訳ないでしょ!!」
香住が今にも飛び掛かりそうな程、激高しているので、独りで飛び掛からせぬ様、僕も治療の手を休めぬまま会話へ加わる――――――
「重道さん……ですっけ? 分かって居るのですか? このまま結界を暴走させておけば、京の街とその周辺がどうなるかを……」
「勿論分かっていますよ。溜まった霊力で内側から崩壊するのでしょう? そうなれば、今この現代であの結界を再現できる者は居ません。ですが、此方の計算では結界内の霊力が一杯になるまで、約4日は持つと予測しています。だから4日目には結界を緩めようと思ってました」
やっぱり知らないのか……結界を緩める時に、ゆっくり緩めて行かないと、結界自体に負担が掛かる事や、溜まった霊気が一気に流れ出て、それに集まった魑魅魍魎で周辺の町にて霊障が起こるって事も……
だからこそ4日で一杯になるなら、4日間フルに使ってはいけないのだ。少なくても3日目の午後……つまり明日の正午までには、結界を緩め始めないと成らないのだ。
正直、白虎の酔いがどこまで早く回復するかにも左右されるので、今でさえ時間がギリギリかも知れないのに……このボンボン陰陽師め。
「今すぐ止めないと後悔しますよ」
「いえ、後悔するのは、忠告を聞いても帰らなかった、貴方達の方です」
重道はそのまま手を上げると、それを合図に黒装束姿の部下たちが、僕達を囲んだのだ。
黒装束達の手には、不思議な形の拳銃を持って構えている。
この淵名さんの傷は、あれが原因か……神をも傷つける銃……おそらく、対オロチで造られた、呪弾とそれが撃ち出せる拳銃だろう。
夏休みの時には、大型ライフルだけだったのに、本当技術は日進月歩だ。
その呪弾を込めた銃口が、此方を向いている今、称賛している場合では無いけどね。
しかしマズイな……淵名さんの治療で、手が離せない僕は、ここで一斉に撃たれれば、反撃どころか防ぐ事すら出来ない。
僕は少しでも時間を稼ぐ為に、会話へ持ち込んだ――――――
「それにしても、それ……対オロチ用の呪弾ですか? 良く手に入りましたね」
「ふっ、陰陽師としての力を持たないが、顔だけは広い父の顔で……ある裏の筋から手を回してもらってね、試作品の銃を回してもらったんですよ。オロチだけでなく神にも効くと言うので使ってみたのだが、思った以上の出来でしたよ」
はっはっはっ、と高笑いをする重道だが、撃たれるこっちとしては、笑い事じゃねーての。
しかし、毒ではなく呪いだと良い事を聞いた。それならば、毒の浄化をしようとしていた水を、呪いの浄化水へと切り替えてやれば良い。
治療水を呪いの浄化へ切り替えた途端に、目に見えて効果が表れ、再生力が少しずつ上がっていく。
このまま呪いが完全に消えれば、後は放って置いても、龍神の再生能力で回復するだろう。
だが無情にも、相手は待ってくれそうになかった。
銃口が此方に向けられ、重道の合図で今にも火を吹きそうだったのだ。
だが――――――
「待て! 試作品故、呪弾の数が限られている。仲間の治療で動けない相手に、全員で撃つのは勿体ない。呪弾は温存して置くのだ、まだ龍は2体程いるのだからな」
そう重道に言われて、4人が銃口を向け、他の者は銃を降ろした。
「人間の小娘はどうしましょう?」
部下の一人が指示を仰ぐと――――――
「人間なら呪弾を使わなくも通常兵器で十分だ。龍神を撃つのに邪魔であるから、どかしてしまえ」
そう重道に言われて、香住が数名に取り押さえられ、僕から引き離された。
勿論、香住は暴れていたが、大人が数人がかりで押さえて居るのだ、抵抗は無理に決まっている。
淵名さんも香住の肩に載って居ないから、ドラゴンライダーでも無いしね。
「ご婦人は丁重に扱いなよ。あまり乱暴に扱うと後が怖いから」
僕は治療の手を休めず、そう警告すると――――――
「まだそんな減らず口が叩けるのか? ふふっ、呪弾をその身に受けても、すまし顔で居られるのかな?」
重道は上げた手を降ろすと、部下たちは一斉に引金を引いた。
「千尋!! いやあああああああ!!」
銃声と香住の悲鳴が木霊する――――――――――――
大きな発射音を立てて、銃口から発射される呪弾だが、その弾は――――――
僕に当たることは無かった。
その代わり、発砲した4名が倒れる事に成る。
「なっ!? どう言う事だ……瑞樹千尋。いったい何をした!?」
訳が分からないという顔で僕を見る重道だが、僕自身も賭けだった為、成功したのが分かって安堵の溜息をついた。
そう……思い出してほしい。
僕に常時発動している術反射には、呪いの反射も付いているのだと言う事を……
相手が使ったのは、対オロチ用の呪弾であるが為、呪反射により呪いの弾を跳ね返したのだ。
まあ……呪術で無く呪弾である為、跳ね返るかは賭けであったが……本当に跳ね返って良かった。
呪いなんて、初めての事だったので、本当に跳ね返るまでは、冷や汗ものだったけど、上手く行って助かったわ。
そんな僕を見て、何が起こったのか分からずに、怖れを感じて慄く陰陽師達。
普段は物理攻撃の戦いばかりで、呪い反射どころか、術反射すら余り発動されないからなぁ、陰陽師達が知らないのも無理がない。
そうこうしている間に、治療が効いたのか、淵名の龍神さんが気が付いたのだ。
「ち……ひろ……殿? かす……みど……のは?」
「私なら此処に!!」
香住は、動揺している黒装束の陰陽師達の腕を振り解き、僕の隣に座り込むと泣きながら無事を喜んでいた。
「再生力が戻って来たので、もう大丈夫だと思うよ」
「良かった……本当に良かった」
そう言って、僕の創った水の揺り籠の中から、淵名さんを抱き上げると、そのまま力強く抱きしめた。
「ぐわえぇ……」
「か、香住さん? 今、淵名さんの悲鳴が……それに、強く抱きしめたら、淵名さんの傷口が開いて……」
言ってる傍から、力なくぐったりとする淵名の龍神さん。
先に補足して置くと、決して香住の胸が薄くて硬いという意味ではない。そんなこと言ったら、黄泉路行だし。
「ああっ! 千尋!? 淵名さんが気を失ってる!!」
「まだ再生が戻っただけで、傷口は完全に治った訳じゃないんだから!」
僕と香住が、再度治療で慌てている間に、華千院重道は其処から撤退を始めたのだ。
しかも部下を置いて……
あんな上司は持ちたくないわな。
「お前達、呪弾は撃ちつくしても構わんから、瑞樹千尋を仕留めよ」
そう命を下して、スマホで何処かへ連絡をとりながら、松尾大社の西にある、山の中へ逃げて行った。
馬鹿な奴だな……東の結界内へと逃げた方が、僕ら人外の龍族は追って行けないのに……余程動揺していたんだろうね。
命令を受けた部下たちは、直ぐに銃口を向けようとせず、迷っているようで、どうする? なんて言葉が聞こえてくるから、どうやら話し合っているみたい。
それもその筈。撃った本人に弾が当たって倒れたのを、目の当たりにして置いて、引金は引けないわな。
まあ、倒れた者達も、対オロチ用の硬いベストなどを着ていたらしく、伏したままではあるが、うめき声をあげて居るので、生きてはいる様だ。
やがて僕が駆けて来た北の方から、セイと赤城さんが走ってやってきたが――――――
「千尋! 大丈夫か?」
「千尋さん! その血は!?」
「これは僕の血じゃないから騒がないの!! やっと安定したんだからね」
「「 淵名!? 」」
僕の手元で治療中の淵名さんを見て2龍が声を上げる。
「因みに、やったのは彼方の面々です」
五月蠅くて、治療の邪魔になるからと、僕が二人に教えたら――――――
「この人間どもめ! 瑞樹の地を襲うだけでなく、淵名まで……生きて帰れると思うなよ!」
「我が姉……いや、淵名に手を出すとは……これだから人間は信用ならん!」
「淵名さんは、私を庇って撃たれたのよ。この落とし前はつけて貰うわ!」
香住さんまでご立腹ですよ。
まあ、相手が死なない程度に……
「ま、待ってくれ! オレ達は命令されて、仕方なくやったんだ」
「あぁ、この通り投降するから」
そう言って呪弾の撃てる銃を地面に置き、全員が膝立ち状態になり頭の後ろで手を組んだ。
淵名さんを撃った銃を、香住が憎たらしそうに睨むと――――――
「何よこんな銃!!」
「待って! 香住それは証拠品だ。持ち帰って西園寺さんに渡し、出所を調べて貰わないと……他に出回った呪弾で、また誰かが撃たれるかも知れないから!」
神器のナックルで、銃を打ち壊そうとしていた香住を止めた。
確かに淵名の龍神さんを撃った、憎い銃なのは分かる。
だが、銃を打ち壊した処で、今回の件が綺麗さっぱり終わる訳では無い。
銃の出どころや、黒幕の華千院本家をどうにかして、初めて今回の事に、幕が下せるというもの。
僕の説明を聞いて、唇を噛んで悔しそうにしているので――――――
「さっき西の山に逃げてった1名は、ヤっちゃって良いから」
「え? 良いの!?」
僕の言葉で、急に明るくなる香住に――――――
「でも、相手が死なないのは当然として、口がきける程度にしてね。まだ聞きたい事もあるし。あと、銃とか隠し持ってるかも知れないから、くれぐれも気をつ……居ねーし!」
治療中の淵名さんから視線を上げると、既に香住の姿は消えていた。
ちゃんと聞いて行けよな。
「俺が嬢ちゃんに着いて行ってやろうか?」
「そうだね……セイ、お願いできる? 香住だけだと心配だし。あっ! セイも呪弾には、気を付けてよー」
淵名さんでも元気な状態で、香住の肩に乗って居るならまだしも、今は普通? 普通かなぁ? 人間の女子高生だからね。
此処の陰陽師は、投降すると言って片付いたし。もしも変な動きをすれば、姉……今は兄龍になるのかな? そんな兄龍である淵名さんをやられた、身内の弟龍……赤城の龍神さんが、黙って居ないだろう。
お陰で、赤城さんの殺気を感じた投降者達が大人しい事。
そんな時! 此処からかなり離れた場所……東の方から、空気中の水を押し退けて進む金属が感じ取れた。
空気中の水分に触れてるだけで、違和感を感じ取れるとか……いよいよ本格的に人間離れしたな。
『何を今更……』
淤加美様の念話ツッコミはさて置き。
少し神経を集中すると、水分を押し退けながら、高所から斜下へ向かい、回転しながら此方へ向かって飛んでくる金属。
形からして弾丸。
弾丸が音速を超える為、発射音は遅れてやって来るはずだが、その遥か手前で気付けるなんて、本当に便利だ。
先程、華千院重道が逃げる時に、スマホで連絡していたが、その相手が狙撃手だった訳か。
おそらく拳銃が駄目だったから、より貫通性の高いライフルなら……と思ったのだろう。
そういう問題じゃ無いんだけどなぁ。
例えこれが対戦車ライフルでも、呪弾である限りは、僕の呪い反射に引っ掛かってしまう。
案の定。僕に当たる筈だった呪弾は、反射されて狙撃手の元へ戻っていくのだが――――――
どうか……当たり所が悪くて、狙撃手が死にませんように……
『千尋や、誰に祈って居るのじゃ?』
『そんなの決まってます! 神様』
『…………』
呆れてモノが言えないと黙ってしまう淤加美様。
念話で黙られると寂しいじゃないですか……
だが、そんな僕らの心配も、杞憂に終わる。
龍眼を望遠モードにして、東にあるタワーの上を見ていたら、狙撃手が身体を捻って、跳ね返った呪弾を避けたのだ。
とんでもない反射神経だな。
おそらく、跳ね返るのを見てから回避行動をとったのでは、弾の到達までに間に合わないので。
僕が微動だにしないのを見て、様子がオカシイと感じ、咄嗟に回避行動に移ったのだろう。
まさに百戦錬磨。
『しかし、よく塔の上だと分かったのぅ』
淤加美様が念話でそう言ってくる。
『簡単ですよ。ここ京の都は、景観条例があって高い建物が建てれないんです。だから高い処からの狙撃となれば、タワーの上からしか無いんですよ』
昔見せて貰った、藤堂さんの狙撃みたいに、ヘリコプターからと言うのも考えましたが、あれは的がクローンオロチの大きさがあってこそ、揺れるヘリからの狙撃が出来たのだ。
小さい的の一個人を狙うなら、揺れるヘリからの長距離狙撃は、漫画の狙撃手でも無ければほぼ無理だろう。
僕は龍眼の暗視望遠の倍率をさらに上げて、狙撃手を見据えると、スコープの中の眼と僕の眼が合ってしまった。
すると、狙撃手は見られている事に吃驚したのか、慌てて銃を解体し始めて逃げに回ったのだ。
『どうやら敵わぬ相手と悟った様じゃのぅ』
『ええ、無駄な足掻きをせず、潔く逃げを打つところを見ると、本当にプロかも知れませんね』
まあ駆け出しとはいえ、神を相手にするのだ。そのぐらいは雇っていても、可笑しくないだろう。
『じゃが、逃がして良いのかぇ?』
『んー、呪弾の撃てるライフルだけでも、回収したかったのですが、相手が結界の中ですしね』
さすがに結界を緩めない内は、京の中へは入れないもの……
「そうだ! 結界!! そろそろ白虎の酔いも醒めた頃かも!?」
いつの間にか忘れていた白虎の存在を思い出し声を上げるのだが――――――
「でも、この人間達はどうしましょう?」
赤城さんが困った顔で僕に聞いてくる。
そうだった……投降者も居るんじゃないか。縛る縄も白虎が全部、引き千切っちゃったし、どうしよう……
僕と赤城さんは、松尾大社の駐車場で途方に暮れるのだった。