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4-16 白虎とマタタビ


北関東の瑞樹(みずき)神佑地(しんゆうち)で防衛戦が行われて居る時。


僕達……京への遠征組は、松尾大社(まつおたいしゃ)にて白虎(びゃっこ)を見付け、捕まえようと追い回していた。



千尋(ちひろ)! そっち行ったよ!!」


松尾大社(まつおたいしゃ)の中で、龍の乗り手(ドラゴンライダー)の香住が声を上げる。


どうやら僕の居る方へ追い込んでいるみたいで、大社(たいしゃ)内を逃げ回る白い(とら)が駆けてくるのが見て取れた。


「え? こっち来るの!? ラッキー」


僕は喜びの声を上げ、屈んで目線を低くし、(とら)の到着を待つ。



「何を喜んでるんだよ、お前は!!」


逆から追い込んでたセイが、すぐ後ろに現れたので――――――


「だって、白い(とら)って言っても、所詮は大きくて白い色をした(ねこ)でしょが?」


多少縞々(しましま)があるだけで、同じネコ科だしね。



そう思って白虎(びゃっこ)の到着を待つと、暗闇の向こうから、白い髪の人化した何かが走って来るのが分かる。


恐らくそれが白虎(びゃっこ)だろう、龍眼(りゅうがん)を使うのも忘れ、両手を広げて抱きしめようとしていたら――――――


「待ってたよ、猫ちゃ~ん……ぶるるぇぇ!!」


白虎(びゃっこ)(こぶし)(ほほ)にめり込んで激痛が走り、そのまま植木の中へ吹っ飛ばされた。


「何やってるんだよ千尋(ちひろ)! 弱らせてもいないで、捕まえられるわけ無いだろ!」


セイに怒られながらも、僕が植木の中から顔を出すと、白虎(びゃっこ)が――――――


「猫ちゃんじゃねえええ!! 白虎(びゃっこ)だぁ!!」


そう言って雄叫(おたけ)びを上げる。


自分を白虎(びゃっこ)と言った少年は、まだ幼い姿であり。頭の上に白と黒の縞々模様(しましまもよう)の耳と、腰から細くて長い尻尾が出ていた。


こんな可愛いの……攻撃できねえ……


僕は殴られた(ほほ)(さす)りながら、白虎(びゃっこ)を見ていたら、何というか……庇護欲(ひごよく)にかられてしまう。


だが、他の者は違った。


白虎(びゃっこ)の後ろから追い掛けて来た、赤城(あかぎ)の龍神さんが、白虎(びゃっこ)を見つけるなり、金剛石(こんごうせき)すら真っ二つにする、水の収束(しゅうそく)ブレスを吹掛ける。


すると、白虎(びゃっこ)は動物的な反射神経でそれをひらりと避け、僕とは反対側の植木の中へ飛び込んで逃げてしまった。


朱雀(すざく)も素早かったが、それは空中戦での話であり、こと陸上戦に置いての白虎(びゃっこ)の素早さは、朱雀(すざく)のそれを凌駕(りょうが)している程だ。



「すみません千尋(ちひろ)さん、水ブレスを(はず)しました。お怪我(けが)はありませんか?」


「うん、僕は平気。あれ? セイは?」


「さきほど白虎(びゃっこ)を追って行きました。でも、あの敏捷性です……複数で追い詰めないと、捕らえるのは無理でしょうね」


「かも知れません……ここ松尾大社(まうおたいしゃ)は、白虎(びゃっこ)の箱庭みたいに知り尽くされていて、地の利は向こうにありますし……」


白虎(びゃっこ)土地勘(とちかん)があるのでは、袋小路(ふくろこうじ)に追い込むのは無理ですね。どこかに罠でも仕掛けないとかな?」



赤城(あかぎ)さんはそう言いながら、僕の手を引き上げてくれた。



「ありがとう赤城(あかぎ)さん。それでは、罠を仕掛けましょうか? 地の利が向こうにあるなら、それを逆手(さかて)に取るのです」


「地の利を逆手(さかて)に?」


「まあ、見ていてください。池の水を少し拝借(はいしゃく)しますね」


僕は池の水を使い、地形を上書きした。


「え? 池の位置が逆に……(いわ)や橋も……」



「視覚野の術の応用で、ホログラムを創り出したんです」


僕が実際の風景の上に、上書きしたのはホログラムであり、見えているが存在はしていない。


そんなホログラムに、手を(かざ)して不思議そうにしている赤城(あかぎ)さん。


「なんか面白いですけど、これで地の利が逆手(さかて)に取れるんですか?」


「ええ。例えば、いつも通り慣れている神社の石段を思い浮かべてください、その石段をホログラムにより、段数を増やしたとしたらどうなります?」


(つまづ)くとか、踏み違えて(ころ)ぶ……そうか! それを白虎(びゃっこ)に仕掛けるんですね」


「正解! これは()れた地形ほど、引っ掛かり易いんです。頭が理解するより、身体が()れてしまってしまってますからね。池と思ってる場所に地面が現れていたら……」


「足が(もつ)れて(ころ)んでドボン! 白虎(びゃっこ)は本物の池の中へ……ですね」


「そそ、後は池の水を操って、拘束(こうそく)してしまえばいい」


白虎(びゃっこ)君も傷つけないし、お手軽に拘束(こうそく)できる。



「じゃあ、後は此処(ここ)白虎(びゃっこ)を誘導しましょう」


「待ってください、この術には欠陥(けっかん)があります。術の力場と術者の距離が短いのですよ」



そう、あまり距離が離れると、ホログラムが維持(いじ)できないのだ。


1個人の様なものに術を掛けるならまだしも、庭園全部をホログラムで(おお)うとなると話は別。結構制限を受けてしまうのだ。



確実性を求めるなら、僕はここに残りホログラムを維持した方が良いのだけど……するともう一つの問題が――――――


「術者がここに残るとホログラムは維持できるが、僕の姿を見て、白虎(びゃっこ)に罠があると感じとられてしまうと意味がないのです」


「では、千尋(ちひろ)さん自身にも姿消しの術を……」


「普通の相手ならそれで済むのですが、相手は動物的な嗅覚(きゅうかく)を持った白虎(びゃっこ)ですからね。視覚(しかく)だけでなく嗅覚(きゅうかく)で気が付いてしまうかも……」



ウチでも、荒神狼(あらがみおおかみ)のハロちゃんが、嗅覚(きゅうかく)に頼った索敵(さくてき)をするので良く分かる。


「匂い……匂いかぁ……水の中なら消せるんですがね」


赤城(あかぎ)さんの言う通り、匂いが風に乗らない水の中なら嗅覚(きゅうかく)は役に立たないのだが、松尾大社(まつおたいしゃ)中を雨にする程の大量の水は、中々用意できない。


だからと言って雨を降らさずに、池の一部分だけが僕を包むように盛り上がってるのなんて、可笑(おか)しいのでバレバレだもの。



本当は、大雨にしちゃうのが視界も悪く出来て、一番良いのだけど、朱雀(すざく)戦の様に、また琵琶湖(びわこ)から拝借(はいしゃく)するって訳にも行かないしね。


いくら日本で一番な、水量を(ほこ)琵琶湖(びわこ)でも、そう何度も大雨用の水を()み出したら、さすがに水が減って来ちゃうし。


「でもね。何も匂いを消すだけが、嗅覚(きゅうかく)誤魔化(ごまか)す手段じゃないんですよ」


「匂いを消さないんですか?」


「そう、逆に匂いを着けるの。それも強いのをね。ここ松尾大社(まつおたいしゃ)主祭神(しゅさいしん)は、醸造祖神(じょうぞうそしん)が祀られているのを知ってますよね?」


「ええ、祀られて居るのは、大山咋神(おおやまくいのかみ)中津島姫(なかつしまひめ)命……別名で、市寸島比売(いちきしまひめ)命でしょ」


「さすが赤城(あかぎ)の龍神さん、正解です。それでは、醸造神(じょうぞうしん)大山咋神(おおやまくいのかみ)様に、御酒(おさけ)の造り方を聞いてみましょう」


「うぇ? ちょっと……どうやって聞くんです?」


僕が地面に手を当てて、『おいでませ~』と念じると、そこからタケノコの様に、地面から生えて出て来るではないか!?


見た目は30代半から40代前半のオジサンって感じの神様で、顎髭(あごひげ)を伸ばしていた。


それを見た僕の内側に居る淤加美(おかみ)様が――――――


千尋(ちひろ)……御主……やる事が龍神の枠を超えておるぞ』


とツッコミを頂いた。


『いやいや、いくら僕でも、大山咋神(おおやまくいのかみ)様が主祭神(しゅさいしん)で祀られた松尾大社(まつおたいしゃ)で無ければ無理ですって』


もう大社の敷地内に入った時から、大山咋神(おおやまくいのかみ)様の氣が感じられてましたしね。



そんな大山咋神(おおやまくいのかみ)様が――――――


「儂を呼びだしたのは、龍神の小娘であったか……何か御用かな?」


「今回、大山咋神(おおやまくいのかみ)様をゲストで御迎(おむか)えしたのは、お酒の造り方をお教え頂きたいのです」


「なんだそんな事か……別に構わんが、(わし)にも5升……いや、7升ほど納めていけ。龍水神に造らせると水の使い方が上手いのか、美味しい酒が出来るんでな。そんな龍水神に教えるなら、(いく)らでも教えてやるぞ」


なるほど、酒の造り方は門外不出とか言われて、聞き出せないかと思ったら、龍水神には簡単に教えてくれるのね。


僕ら龍水神(りゅうすいじん)と同じく水の神である、中津島姫(なかつしまひめ)命が聞いたら怒られますよ。


しかも、7升とか呑み過ぎだろ。



そんな教える気満々の大山咋神(おおやまくいのかみ)様に僕が――――――


「大変言いにくいのですが、呑む用に造る訳では無いので……」


「はぁ? 酒を呑む以外に、どうする気なんだ?」


「酒気で匂いが誤魔化せるかなぁって……そもそも僕は未成年だから呑めないし」


「大馬鹿者!! 酒を呑まずに香りだけで良いじゃと? おいそこの雄の若い龍!」


「わ、(われ)ですか? 若いって……一応、歳は千年越えてるんだけどなぁ……」


「この雌の小龍に、酒は呑むものだと教えてやれ!」


もう何だか面倒臭くなってきた。


仕方がない。第2案でいくか……



こんな時の為に、僕はあらかじめ用意しておいた巾着袋を出すと、中から緑色の実を取り出した。


千尋(ちひろ)さん。それは?」


「これはマタタビですよ。虎も猫科ですからね。たぶん効く(はず)です」


「マタタビ? あまり良い匂いはしませんね……」


「猫科以外ではそうでしょうねぇ、でも疲労回復の効果が凄いんですよ。マタタビ茶やマタタビ酒なんかが有名ですね」


そう言って赤城(あかぎ)さんと大山咋神(おおやまくいのかみ)様にマタタビを見せると、大山咋神(おおやまくいのかみ)様が――――――


「ほう、これで酒がのぅ……(わし)は米酒専門じゃったが面白い、雌の龍よちょっと造ってみぃ」


「ええええ!? マタタビ茶にしちゃおうかと思ったのに……」


どうせ相手が猫科なら、別にお酒に(こだわ)る必要も無かった。


マタタビの匂いさえ立つならば、どんな形状のモノでも良いのだから、マタタビ茶で十二分だったのになぁ。



「良いではないか、ちょっと造って呑ませてみよ」


この呑んべえめ……


「でも僕、酒造なんてやった事ないですよ」


「酒造は教えてやる。水は龍水神(りゅうすいじん)の御主が良いモノを厳選せよ」


まさか米から造る気ですか!? そんな時間は無いっちゅーの!!



「今回は時間がありませんので、3分の料理番組みたいに、出来てるお酒を使わせて貰いましょう」


僕は松尾大社(まつおたいしゃ)に供えられている酒樽(さかだる)からお酒を操って引き寄せると。宙に浮かせたお酒の中に、マタタビを投入する。


本来なら、マタタビの果実からジワジワ()み出すのを、半年から1年ほど待って呑める様になるのだが、今回は本当に時間がない為。水神の力で()み出す速度を上げる。


マタタビから、だんだんエキスが()み出すにつれ、透明のお酒から琥珀色(こはくいろ)に成って行くが……僕が未成年で呑んだことが無いからか、加減がよく分からない。


時間にして1年ぐらい漬けたのと、一緒に成ったかな?


出る前にネットで調べて来たが、リウマチや滋養強壮(じようきょうそう)疲労回復(ひろうかいふく)、さらに高血圧(こうけつあつ)に効くなど、効果が薬に近いので、良薬は口に苦しと言うし、そうとう苦そうである。


「たぶんもう()んでも良いと思いますよ。ただし、味は保証しません」


そう言って宙に浮いたマタタビ酒を入れる容器を探していると、大山咋神(おおやまくいのかみ)様が、かなりの業物(わざもの)御猪口(おちょこ)(ふところ)から出して浮いたマタタビ酒を(すく)い取り口元へ持って行った。


「どれ……」


大山咋神(おおやまくいのかみ)様。僕はちゃんと警告しましたからね。


そのまま大山咋神(おおやまくいのかみ)の顔を(うかが)うと、微妙な顔をしていたが、直ぐに2杯目の御猪口(おちょこ)をお酒にくぐらせ、また口に含む。


怒鳴られると思っていたが、どうやら気に入った様である。



僕が胸を撫で下ろしていると、セイから念話が――――――


千尋(ちひろ)! 今そっちに追い込むぞ!』


『え!? 白虎(びゃっこ)がもう来るの?』


『マズイですね千尋(ちひろ)さん。急いで準備を……』


赤城(あかぎ)も一緒に居るのか? なんだよお前ら! まだ用意してないのかよ!! 二人して何を遊んでたんだ!!』


ヤバ、今回はセイに反論できない。



僕と赤城(あかぎ)さんは慌てて、どうしようと右往左往すると、暗闇の中から此方に向かって駆けてくる、白虎少年(びゃっこしょうねん)……いや白虎(びゃっこ)の青年に成ってる!?


どうした事か、僕より背の小さかった少年風の白虎(びゃっこ)が、背が伸びて25歳前後位の姿に成って居たのだ。



『ちょっと、セイ!! 小さくて可愛かった白虎(びゃっこ)が、大人になってるよ!!』


『良く分からんが、月の光を集めてたと思ったら、大人になりがったんだ!! 身体能力も小さい時とは比べ物に成らない程上がってるぞ!! 気を付けろよ』


なんだそれ? 変身できるのかよ!?



僕は慌てて巾着(きんちゃく)を逆さまに振るが、中身のマタタビは残って居なかった。


本気でマズイ。



赤城(あかぎ)さんが、池の方へ追い込む為に、水の収束ブレスを吹くが、それをひらりと避けて、池の淵の石に止まると、そこから方向転換されてしまった。


白虎(びゃっこ)の青年は身長も伸びている為、ホログラムを見る視覚野(しかくやはんしゃ)反射の角度が変わり、バレてしまった様だ。


他にも身体能力が上がってるって言ってたので、見抜く眼も良くなってるのかも?



「にゃろう! こうなったら力尽くだ!」


僕も池の水を使い、複数の水刃(すいじん)を出して追撃するが、セイの言う通り運動能力も上がっていて、(ことごと)く避けられてしまう。



また逃げられるのかと思っていたら――――――



なんと白虎青年(びゃっこせいねん)は、背後から追う僕らに気を取られて、大山咋神(おおやまくいのかみ)様が()んでいる、宙に浮かせたマタタビ酒に、頭から突っ込んだのだ。


「「 あっ! 」」


僕と赤城(あかぎ)さんが同時に声を上げ、目が点になる。


それもそのはず、白虎(びゃっこ)青年はマタタビ酒に突っ込んだ途端(とたん)、そこで一気に酔い潰れ、地面に背中を(こす)りつけていた。



「うむ……マタタビ酒(こいつ)は癖になる」


そう言って()み続ける大山咋神(おおやまくいのかみ)と、その横で背中を地面に(こす)り付けながら酔っぱらう白虎青年(びゃっこせいねん)


「凄い絵図だな……」


白虎(びゃっこ)を追って来たセイが、(あき)れながらそう(つぶ)き、いつの間にか僕の横に立っていた。



「皆お疲れ様。過程(かてい)はどうあれ、結果的に白虎(びゃっこ)を捕らえたわさ」


「へべれけだけどな……何を飲ませたんだ? 酒か?」


そう聞いてくるセイに、僕と赤城(あかぎ)さんが宙に浮いたお酒を指さした。



僕らが指差したお酒に、セイが軽く手で(すく)って()めると――――――


「なんだこれ!? 変わった味の酒だな」


「マタタビ酒だしね。大山咋神(おおやまくいのかみ)様が気に入られた様だし、残りは置いて行きますよ」


「うむ、褒美(ほうび)に伝説の大吟醸(だいぎんじょう)の造り方を書いた秘伝書(ひでんしょ)をやろう」


()らないですって。だいたい貰ってお酒を造っても、さっきも言いましたが未成年で呑めないし」


「なら(わし)に造って送るがよい」


……それ、褒美(ほうび)じゃ無いですよね?



千尋(ちひろ)ぉ、俺にも造ってくれよ!」


千尋(ちひろ)さん、我にも!」


お前らな……祭壇(さいだん)御供(おそな)えするだけならまだしも、そんなに大量に造るには米が手に入らないわ!



御供(おそなえ)えって、お主も国津神(くにつかみ)であろう?』


淤加美(おかみ)様にツッコミを頂くが、そういう問題じゃねえです。



とりあえず、酔った白虎(びゃっこ)青年を縛ろうとするが、凄い力で転がり回り、縄を引きちぎってしまった。


白虎(びゃっこ)は酒に酔っているのか? マタタビに酔っているのか分からないが、ずっとゴロゴロと(のど)を鳴らしながら地面を背中で(こす)り回る。


どうすんだこれ……



力が強すぎる白虎(びゃっこ)を前に、途方に暮れていると――――――



「っっきゃあああああ!!」


突然背後から、耳に息を吹き掛けられ吃驚(びっくり)して声を上げてしまった。


え? ちょっ……今の僕の声か?


少女みたいな悲鳴を出してしまった事に、僕はショックを受け、さらに背後を取られた事にまでもが、不覚続きであり簡単に立ち直れないでいた。



「こんばんは、龍のお嬢さん。可愛い声も出せるんですねぇ」



涙目のまま振り返ると、あの胡散臭(うさんくさ)い、千平(せんだいら)とか言う男が立っていたので、息を吹掛けたのはコイツであろう。


僕自身も、あんな悲鳴を出したのは初めてだったし、……ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。


息を吹き掛けられた耳をおさえて、顔を赤くしていると――――――



「てめえ! 俺の嫁に何をする!!」


セイが千平(せんだいら)さんへ(つか)みかかる。


「やだなぁ、ほんの挨拶(あいさつ)ですよ」


「おめぇは前回も、俺の背中を指で撫でただろう!? 気色悪い挨拶(あいさつ)するな!!」



そんなセイの怒鳴り声など、千平(せんだいら)さんはどこ吹く風で――――――


「まぁまぁ……それはさて置き、白虎(びゃっこ)を捕らえたんですね? さすが龍神です。仕事が早い」


千平(せんだいら)さんは、セイが掴んだ手を振り解くと、そのまま白虎(びゃっこ)に近寄った。


「さっそく盟約主(めいやくぬし)変更をするんですか?」


「いや、ちょっと泥酔しすぎてますね。これだと変更手続きが上手く行かないかも知れません」


千平さんの話だと、少しぐらいの酔いは大丈夫らしいのですが、泥酔状態での変更は、相手の意識がはっきりしていない状態なので、契約が無効になる場合もあるらしい。


ようは、同意のない強制契約と同じ事で、今風に言うとクーリングオフみたいなのが、行使されるというのだ。


クーリングオフとか……押し売りかよ!?


「じゃあ、酔いが()めるのを待って、盟約主(めいやくぬし)変更をするんですか? 逃げられちゃわないかな……」


縄は引き千切られちゃうし、酔いが()めたらまた追い回すのか……


「ならば、そいつは(わし)(おさ)えててやろう……ヒック!」


酔って真っ赤な顔の大山咋神(おおやまくいのかみ)様が提案(ていあん)した。


「そんな事出来るんですか?」


「ここは(わし)の祀られてる(やしろ)だからな、虎小僧(とらこぞう)独りを力でおさえる位、なんの問題もない。ただし!!」


大山咋神(おおやまくいのかみ)様は、人差し指を1本立てる。


なるほど、お酒を(そな)えろと?


「1升で良いんですね」


(たわ)けが! 1(たる)だ!」


(たる)!? 10(しょう)……つまり1()の事だが……オイオイオイオイ、約18リットルじゃないですか!?



「呑み過ぎですって! 水は水神なので、どうにでも出来ますが、米が……酒造用の米が手に入りません」


昔、ウチの神前へ御神酒(おみき)を供えるのに、地元の手造りでお酒を造ってらっしゃる、酒造さんで聞いたので、大体の手順は見て来ているのだが。


スーパーで売っているのは、食卓用(しょくたくよう)の精米済みであるが為、醸造神(じょうぞうしん)を納得させるお酒を造るのには、今年取れ立ての玄米から厳選(げんせん)して造り、純米酒(じゅんまいしゅ)にした方が良いと思う。


近所の農家さんに新米が余ってるかなぁ……


だからと言って、地元の酒造さんの処に出入りして、素人の僕が彼是(あれこれ)手を出すのも失礼だし。


どうしたものかと考えて居ると、僕の首にチョーカーとなって巻き付いている巳緒(みお)が、念話で――――――


『千尋……南の方に小さいけど、沢山の氣が集まってる』


そう言われたので、直ぐに意識を集中してみると、確かに巳緒(みお)の指摘通り、南……たぶん松尾大社(まつおたいしゃ)の駐車場辺りに沢山の氣が集まっていた。


最近、龍としてレベルが上がって居るのか、小さい氣を感じ(づら)くなり、ちょっと困っていたのだ。


この氣の小ささは人間……でも、そちらの方角は香住(かすみ)が居たはずなのだ。


僕が南の方を気にして居るのを見て、千平(せんだいら)さんが――――――


「ああっ! 言い忘れてましたね。 ここに来る前に巫女(みこ)が一人、黒装束(くろしょうぞく)の集団に囲まれていました」


この人は……どうして、そう言う肝心な事を、先に言わないかな!!


僕は全速力で南に駆け出すと、セイから念話で――――――


千尋(ちひろ)! 白虎(びゃっこ)はどうするんだ!?』


『どうせ酔いが抜けるまで、何もできないでしょ。白虎(びゃっこ)の事は、大山咋神(おおやまくいのかみ)様に頼んで置いて!』



もう大山咋神(おおやまくいのかみ)様の条件なんか、全部飲んでも良い。



今はただ、凄く嫌な予感を胸に、僕は南に向かって駆けるのだった。




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