4-15 瑞樹の地、防衛戦
お昼休みに、有村君が知らせてくれた、陰陽師の警告を聞いた後。
セイが、北関東の陰陽師を倒してから龍脈移動した方が、後顧の憂いが無くていいんじゃないか? と言ってきたが、それは有村君に否定されてしまった。
何故なら、瑞樹千尋が京に現れ、何らかの儀式……おそらく白虎の結界の事だろう、それを邪魔をしたならば、ゴーサインを出すとの事。
つまり僕が北関東に居る限り、襲撃どころか、姿を現さないって事なので、それでは瑞樹神社で待つだけ無駄である。
それに僕が行かないと、盟約主変更の手続きが出来ないしね。
襲撃の事は、北関東に残った者達を信用するしかない。
僕達……龍族と香住と巳緒は、日が落ちるのを待って、京にある松尾大社へ、龍脈で移動していた。
なぜ松尾大社かと言うと、例の不思議な力で、オロチである巳緒が地図を指差したからであり、それ以外の根拠は全くない。
だが、松尾大社は四神相応の地に建てられた神社であり、全部が当てずっぽうという訳でもないのだ。
松尾大社は、701年に建てられており、平安京が出来る前の、平城京を造って遷都を考えて居る時には、すでに京の地に建てられていた計算に成る程、京で最古の神社なのだ。
そのぐらい古く由緒ある神社なのだが……
「本当にこんな凄い氣の神社に、白虎が居るのか?」
セイが氣を感じながら、周りを見渡してそう言った。
「それは捜してみないと分からないよ。じゃあ、お浚いする。今回の討伐目標は白虎。金氣の属性を持っている為、弱点は火であるが……子狐ちゃんズが留守に回ったため、火氣が使えるモノは居ない」
襲撃の事を話したら、子狐ちゃんズは残って社を護ると言ってくれたのだ。
そのかわり、京の結界が戻ったら、いの一番に伏見稲荷大社へ連れて行くと、約束してある。
子狐達も決して弱くはないのだが、相手が元四神の白虎だと、子狐達では荷が重すぎだ。
そういう意味では、北関東に残って正解だったかもね。
「千尋ぉー。そのレクチャー何度目だ?」
「そうよ! 女は度胸! 出た処勝負よ」
お前ら……人が折角色々調べて来たって言うのに、セイだけでなく、香住まで……
僕が溜息をついたところで、周りの虫がの声が止まっている事に気が付いた。
「御出でなすったか!?」
「千尋さんは後ろを!」
通常サイズに成った。セイと赤城の龍神さんが前に出て、僕と香住を庇うような陣形を組む。
だが、出て来たのは白虎ではなく――――――
紙で出来た、人の形をした形代だった。
『今晩は、瑞樹の諸君。もう松尾大社だと当たりを付けるなんて、さすが龍神ですね。しかし、これ以上我々の計画を邪魔されたくないのでね。一つ保険を掛けさせてもらった』
「保険? 脅しの間違いじゃ?」
『ほう、誰から聞いたかは知らないが、話が早い。今すぐに北関東へ戻るなら何もしないが、我々の邪魔をしようと言うのなら……君たちの親しい人が、命を落とす事に成る』
「ふざけないで!! 私はねぇ、そうやって自分の手を汚さずに居る、あんたをぶん殴りに来たのよ」
『おやおや威勢のいいお嬢さんだ。高月香住君かな? 巻き込まれた御両親は、どう思うのかね?』
「くっ! あんたらが巻き込んで置いて……」
今にも形代を粉々に破きそうな勢いの、香住を手で制して止めると――――――
「僕達は脅しには屈しません。その代わり、龍神に喧嘩を売った代償は、払ってもらいますから」
『……交渉決裂か……まあ、関東の陰陽師には、今から命を下すので、あなた方……龍神の龍脈移動なら、まだ間に合うかも知れませんよ。考えが変わったら急いで帰ってください。では……』
一方的に言い終わると、紙の形代が急にポンっと弾けて、紙吹雪に成って散った。
その紙吹雪を見ながら悔しそうに唇をかむ香住に――――――
「香住……大丈夫? なんなら香住だけでも北関東へ……」
「大丈夫よ。向こうには先輩が居るもの……」
そうは言うものの、内心では両親を護りに行きたい筈なのだ。
だがそんな気持ちを押し殺し。香住は、親玉を潰す方が早いと、残る事を決めた。
そうと決まれば、早い処終わらせちゃった方が良い。
僕らは遥か東の、瑞樹の地に残った家族を想いながら、白虎捜索を開始するのだった。
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ちょうどその頃、北関東では……
斎藤正哉の家の周りに、黒装束の集団が集まっていた。
「京の本家からメールで、GOサインが出た」
「よし、まだ10代の少年で、可哀想ではあるが……仕方がない」
黒装束たちは、それぞれ懐から光物を出すと、正哉の家に押し入ろうとして――――――
「その薄汚い足を、斎藤君の家の敷地に入れるのは、我慢なりませんわ」
その黒装束たち背後に、赤い酸漿の眼をした鴻上千鶴が立っていた。
「この娘! いつの間に!?」
「今夜は姿を偽る、カラーコンタクトも要りませんわね。だって……みんな死ぬのですから……」
そう言って瞬きをする間も与えずに、黒装束の2人を毒の爪で掻き飛ばす。
直ぐ治療が出来る者が駆け付けるが――――――
「なんだこの毒!? 一向に回復しないぞ!!」
「馬鹿な!?」
鴻上千鶴は、黒装束達を切り裂いた時に、爪へと付いた血を舐めながら――――――
「簡単には殺しませんわ、じわじわと時間をかけて、斎藤君に手を出した事を後悔しながら死んで逝くと良い……ただし、今すぐ引いて病院へ駆けこむなら、助かるかも知れませんわね」
そう言って、慈悲の心も見せる鴻上千鶴。
「この化け物め!!」
「接近戦はマズイ! 不動明王の火炎術で遠巻きに焼き尽くせ!!」
全員が札と独鈷杵を出すと、不動明王の真言を唱え始めた。
「南莫 三満多 嚩日囉赧憾!!」
「「「「「「 破!! 」」」」」」
札に乗った沢山の炎が、鴻上千鶴を包み込むが、鴻上千鶴本人は炎の中で笑みを浮かべていた。
「所詮人間の術では、この程度ですわね……」
鴻上千鶴は、蛇の鱗で創った黒い服すら無傷のまま、炎の中からゆっくりと歩みを進め、足の爪先で地面をコンコンと叩くと、黒装束たちの真下の地面が直径十数センチの円錐状に持ちあがり、何十もの円錐の岩が黒装束たちを貫いた。
オロチの持つ土氣の術だ。
どれも、即死はしないよう、急所は外されてはいるが、はっきり言って生殺し状態である。
「だから引けって忠告しましたのに……」
鴻上千鶴は、痛みに苦しむ黒装束を着た陰陽師リーダー格の真横に屈むと、傷口に爪を立てて。
「痛い? ねえ、痛いですか? 神経が敏感になる毒もありますのよ……もっとも、この傷で神経を敏感にしたら、ショック死でしょうがね。では聞きますが、救急車を呼びますか?」
聞くまでも無く、見てからに重傷なのだが、わざわざ言わせようとする所が、さすが残忍なオロチである。
そんな隙だらけの鴻上千鶴の後ろで、独鈷杵を構えて突進してくる黒装束が一人いたのだが、そちらは急に現れたダンプカーに跳ね飛ばされて吹っ飛んで行った。
鴻上千鶴が、正哉の家の2階の窓を見上げると、窓の内側に張り付いた、ニヤリと笑う座敷童の姿が見て取れた。
「ちっ! 余計な事を……」
本来なら、肉片も残さずに細かくして、行方不明で終わらせようと思っていたのに……
ダンプまで事故に遭ったのなら、通報しない訳に行ない。 何故なら車は細切れにしても、土に還えすのは難しいからだ。
仕方なく応急手当をしてやり、警察と病院へ、匿名で電話を掛けるのだった。
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一方……正哉の家から、数百メートル程、街とは逆方向の山手方面へ行った場所……
高月香住の実家の前では――――――
「なんだあの小娘。俺達の使う真言より数段上だぞ」
「どうなってる!? くそ!! 我らの陰陽道が負けるはずが無いだろう!!」
そんな事を口走る陰陽師達に、小鳥遊緑は――――――
「あなた達、陰陽師が古神道と密教の二足の草鞋を履いている間に、こっちは密教だけを重点的に修業できるのよ、同じ真言でも差が出て当然じゃないのよ!!」
そう言って、陰陽師達が放った帝釈天の雷撃を、付与した鞭で叩き落とす。
「こんな強い法術師が、瑞樹側に居るなんて聞いてないぞ!!」
「京の情報部は何をやってる!?」
慌てふためく陰陽師達に小鳥遊緑は――――――
「ふんっ! 私を瑞樹側の戦力から外すなんて、良い度胸じゃない! 良いわ……密教の神髄を見せてあげる」
小鳥遊緑は、そう言って三鈷杵を取り出すと、ゆっくり先端から掌を横に動かしていく、まるで炎が生えたかのように、三鈷杵から炎の刃が出て来るではないか!?
「なんだアレ!?」
「いや、聞いた事がある。不動明王が持つ炎の剣の事を……確か甘栗…………」
「俱利伽羅剣よ!! クリしか合ってないじゃないの!!」
律儀にツッコミを入れてやるが、内心は仏道をないがしろにする陰陽師にムカついていた。
「だったら火氣には水氣!! 水天真言を……」
陰陽師達は、水天真言を発動しようとして、失敗に終わっていたのだ。
「なぜ、水天真言が発動しない!?」
「当たり前でしょ、ここは水神の龍が棲む瑞樹の神佑地よ。その水神に喧嘩を売って置いて、水氣の術が発動するわけ無いでしょ」
そう人間の使う術は、神や仏が使うモノと違い。力を借りて放っているに過ぎない。
力を貸してくれる神に喧嘩を売って置いて、力を貸してくれも何も、ある訳無いのだ。
「クソ!! ならば早九字で……臨、兵、闘……」
早九字を唱え始めた陰陽師の背中に回り、肩に手を置いて――――――
「させると思う? 私は小さい頃から妖が見えていてね。修行も実戦も、ずっとやって来ているのよ。臨機応変に対処する事なんか、手慣れたものなの」
修業の本当の理由は、行方不明に成った、ある人を助けたかった……ただ其れだけだけど……嘗て出来なかった歯痒さを、後輩達に味合わせたくない。
だからこそ私は――――――この地を……あの子たちが帰って来る、この場所を護るのよ!
小鳥遊緑は、陰陽師の持っていた独鈷杵を、俱利伽羅剣で溶かし斬ると――――――
「私の歳は若く見えても、貴方達とは実戦の場数が違うの……そんな私を戦力外? ふふっ、笑っちゃうわね。貴方達は今日という日を、一生忘れなくなるまで焼いてあげるわ、毛根まで綺麗にね」
優しく囁くように呟くと、陰陽師はガタガタと震えだした。
その後も、陰陽師達の術を悉く凌駕し、力の差を見せつけ、プライドをズタズタにした後。
一応人間を殺すのはマズイと思い。全員を弱の帝釈天の電撃で気絶させた。
そして服を全部燃やして、全裸にしてから、警察に電話する。
「痛みつけないだけ感謝しなさい。たぶん神社へ上った者は、もっと酷い目にあってるだろうから……」
そう言って、高月香住の実家の、目と鼻の先にある石段の上を見上げると、神社を照らすライトが消えて居るのが見て取れた。
「馬鹿ね……神社を護る人外相手に、電源を落として暗闇にした程度で、肝を冷やす訳などないのに……」
たぶん電源を落とすのは、何処か外国の軍隊とかのセオリーなのだろうけど、それは人間に対して有効であって、人外に効くとは限らないのだ。逆に暗闇の方が、力が増す人外も居るのに……
こればかりは、妖との実戦経験がモノを言うわね。
まあ、約束通り高月さんの家は無事だし、私は帰って寝よっと。
そう独り言を呟いて、実家のお寺がある、山手の方へと歩いて行くのだった。
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処変わって、瑞樹神社の境内では――――――
本日で一番多い、襲撃人数が社へ押し寄せていたのだが、既に倒れて治療中の陰陽師は、二桁に成っていた。
満月には一歩及ばない、月明かりの中で、腕だけ人化を解いた神使の桔梗が、5人ほど出て戦っていた。
「どうなってやがる!! 幻術かと思いきや、全部に実態があるぞ!!」
「クソ!! 誰でも良い、突破して瑞樹千尋の祖母を拉致するんだ!!」
「そのような事を、護りを預かる神使の私が、させる訳ないでしょう!!」
神使の桔梗、5人の内の1人が、瞬間移動したかのように消えて、強行突破しようとしている陰陽師の前に現れると、そのまま蟹の鋏を叩きつける。
叩きつけられた陰陽師は、境内をすべる様に吹っ飛ぶと、他の陰陽師に向かって桔梗が――――――――
「鋏の刃の部分を使わない様、言われた我が主に感謝しなさい。さもなければ今ので仲間の胴体が二つに増えてましたよ……最も、切れずとも骨の数本が折れるのは、否めませんがね。さあ……痛い思いをしてみたい人間から前に出なさい!!」
桔梗は、そう言いながらも、真横一列の陣形のまま、ゆっくり歩み出る。
「あの鋏……硬てぇ」
「さっき、早九字も弾いたぞ!」
動揺が見える陰陽師達に向かって桔梗は――――――
「私は帰れなんて言いませんよ。せっかく来て下さいましたのですから、精一杯の御もてなしは、させていただきます」
桔梗はそう言って、また一人の陰陽師へ、手厚い御もてなしをして、鋏を叩き込み吹っ飛ばす。
すると直ぐに、陰陽師の治療が出来るモノが、吹っ飛ばされた仲間に、治療の術を掛けている。
「いったいどれが実態なんだ?」
「答えをお教えしましょうか? 正解は全部が実態であり、全部が現身です」
そう……主である千尋の幻術をヒントに、ここの神社に流れている沢山の川の水を使って、水の人形を創り出し、それに本物そっくりの姿を映したのである。
もちろん水で出来た人形は自在に動かす事が出来る為、実態はあるが、本物ではない。
7体は創れると思っていたのだが、やはり修業不足は否めなかった。
自分の不甲斐無さに、肩を窄めるて居ると、向かってくる陰陽師に水人形が自動で迎撃に移るのだが、そこにもう一人の陰陽師が札を出して――――――
「因陀羅耶 莎訶!!」
水人形に帝釈天の雷撃を浴びせたのだ。
元々素材が水なので、そのまま地面にアースされて電撃が流れるだけで、ノーダメージである。
水人形なので痛みも感じませんしね。
そのまま、何事も無かったかのように、鋏を叩きつける水人形。
「これで重傷者が、更に増えました。この神社を襲ったことを後悔なさい!」
そう言って歩みを進める桔梗の背後から――――――
「おい……電源を落としたのは……どいつじゃ?」
地の底から聞こえてくるようなドスの聞いた声で出て来たのは、神器である海神の槍を持った豊玉姫であった。
「豊玉様。お客様なのですから、中に居てくださいまし」
「電源を落としたのは、誰じゃと聞いて居る!! もう少しでゲームクリアじゃったものを……ネットが切れてしまったではないか!! もう赦せん!!」
そう言って、海神の槍を掲げると、此処は内陸の海なし県の筈なのに、境内が突然、海水のドームに包まれたのだ。
もちろん海水の中でも、蟹の神使である桔梗は無事であったが、人間である陰陽師は、水中で呼吸出来ないので、同じにはいかない。
空気を求め、海面へ向かって上がって行くが、果たして息が続くでしょうか?
だが重い装備や、水を吸った衣服のせいか、思ったより浮力を得られずに、海面へ今一歩届かず、力尽き溺れて沈んで来る陰陽師達。
海神として名高い、豊玉姫様を怒らせれば、そうなるのは必至。
豊玉姫は、汚いモノでも見るかのような冷たい瞳で、溺れた陰陽師達を蔑むと、そのままトイレの水を流すかの様に、鳥居のある石段の方へ海水と一緒に陰陽師達を押し流したのだ。
「ふうっ、これで境内は綺麗になったな。神使の桔梗殿。電源を直せるかや?」
「いえ、私には……あっ! でも、千尋様の御祖母様なら直せると思います」
「そうか、では頼んでみよう」
そう言って、玄関の中へ入って行ってしまった。
これが古神様の御力ですか……力の差を見せつけられてしまいましたね。
桔梗は髪から滴る水滴を指で弾くと、そのまま指先を舐める。
「塩辛い! 裏の畑は塩害で全滅かも知れません……」
町までは包み込んでなかったので、他の畑は大丈夫でしょうが……境内の周辺は塩害かも……千尋様か淤加美神様にでも浄化雨を頼んでみましょう。
本当は、もっと試したい蟹の泡術とかあったのですが、術を使う相手が流された後では、試しようがありませんね。
神使の桔梗は、そう呟いてから、玄関へ入って行った。
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一方、裏の山から攻めてくる陰陽師には、灰色狼の荒神ことハロちゃんと、子狐ちゃんズのコンビが当たっていた。
『最近出番が無くてな、久しぶりに暴れられると思いきや、なんだこの弱い奴らは……』
火達磨になって、地面を転がり回る陰陽師達に向かい、大きく欠伸をする。
「ハロ先生が強すぎるんですよ」
同じく狐火を出して、陰陽師達を火達磨にしている子狐ちゃんズ
ハロとは違い単発ではあるが、確実に火達磨にしていた。
「なんだこの犬と狐は! 近づくと火達磨にされるぞ」
「おい、こっちに水の術をくれ!!」
「それが……さっきから水の術が発動しないんだ」
「どう言う事だ? 手持ちの水筒はもう空なんだぞ!」
そう騒いでいる陰陽師達にハロが――――――
『馬鹿な人間め。水神の怒りを買ったんだ、そんなお前達に、水が使える訳がなかろう……それに、我は犬では無い!! 狼の荒神である!!』
そう怒鳴って、広範囲の炎のブレスを浴びせてやる。
「ぎゃああああ」
火を消したくて、地面を転がり回り、手の空いてる者が、服などで叩いて火を消している。
「このままじゃ、みんな焼け死にます。撤退を!!」
そうリーダー格の男に進言する、サブリーダー的存在。
「……仕方がない。撤退する!! 負傷者を担ぐ者を先頭にして、無傷の者は殿で追撃を防げ」
リーダー格はそう指示すると、負傷者を優先的に逃がすよう、一番先頭にして、撤退を開始した。
「ハロ先生、どうします?」
子狐達が狼のハロに指示を仰ぐと――――――
『放って置け……我々の目的は、千尋殿の留守中に社を護る事。敵の殲滅が目的ではない』
そう子狐達に言って、裏の山中から社に向かって、帰って行くのだった。
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一方、瑞樹神社の滝へ流れ込んでいる。頂上の龍神湖では……
黒装束の2人組が、陰陽師達の襲撃が失敗した時用の、バックアッププランを進行中であった。
「この一度崩れて、崩壊寸前だった場所に、大量のプラスチック爆弾を仕掛ければ……」
「脆い修復箇所ごと吹っ飛んで、下流域は全滅ですね!」
「そう言う事だ。俺達は痛い思いもせずに、此処から水を流すだけで、手柄を上げられるって寸法よ」
「さすが兄貴、何処までも着いて行きますぜ」
「はっはっは! お前も悪よのぅ……て、さっきからエンジン音がうるせーな!!」
「兄貴!! ウシロ―!!」
「あん?」
振り返ると、一台のバイクのタイヤが目の前に迫っていた。
「あにきいいい!! 大丈夫っすか?」
顔にタイヤの跡がはっきりと着いた、黒装束の陰陽師がぐったりと気絶している処に――――――
「いや~済まない。人間が居るとは思わなくてさ」
ヘルメットを取ると……その眼は、鴻上千鶴同様、赤く光る酸漿の眼であった。
「兄貴に何て事をしやがるんだ!!」
そう叫ぶ人間を、更に赤みを増して光る酸漿眼で睨むと――――――
「そういうお前は、何をしようとして居たんだ?」
「兄貴とオレっちは此処を爆破して、下流域の瑞樹神社ごと、町を土石流で崩壊させてやるのよ」
「町を崩壊ね……そいつは困るなぁ……寿司屋の親方や、大工の棟梁には世話に成ってるし……何より自分たちは安全な場所から、高みの見物って言うのが気に食わねえ」
「お前は一体……」
「オレか? 下衆に名乗るのも勿体無いが、知りたいなら冥土の土産に聞かせてやる。俺の名は八俣壱郎。北からやって来たオロチの片割れさ」
名乗りながらバイクをスタンドで固定すると、皮のライダースーツ姿で陰陽師の前に立つ。
「お、オロチだって? 馬鹿な……」
「因みに、資格はガテン系の殆どを取得し、今は寿司屋でバイトをしながら握りの修業をしている」
「そんな八岐大蛇が居るか!! 馬鹿にしやがって……オレっちが、このボタンを押すと、下流域は全滅だぞ!!」
「そんなに押したきゃ押してみるがいい」
「脅しじゃないぞ!!」
「良いから押してみろ!!」
「くそ!! 押してやる!! あれ? あれ?」
ボタンをカチカチ何度も連射するが、ぜんぜん反応がないのだ。
「悪いな、さっきバイクではねた時に、信管は抜かせてもらったぜ」
オロチの壱郎はそう言って、抜いた信管を見せる。
「いつの間に!?」
「さっきも言ったが、ガテン系の資格は殆ど取ってるんでな、発破技士も取得済みで、爆薬の扱いもお手の物だ」
いざ取って見たら、土氣の術のが使えるので、壱郎にとっては名前だけの資格に成りつつあるのだが、人間と一緒に暮らすなら、色んな事が必要になって来る。
「くっ、ならばオレっちが、直接火をつけてやるよ!!」
そう叫び声をあげて、火を持って爆薬に突進しようとしたので、手に持ったヘルメットを投げて昏倒させた。
「火炎術も使えないなんて……かなり下っ端か? まぁ……馬鹿は何をやらかすか分からないので怖いぜ」
その気絶して伸びた二人を、龍神湖の畔に縛り上げて、爆破魔です! と書いた紙を張りつけ放置し、壱郎はそのまま夜の街へと向かい、龍神湖をバイクで下って行ったのだった。
瑞樹側の負傷者はゼロ。
陰陽師側の負傷者82パーセント、他5パーセントが公然猥褻で逮捕。1パーセント未満が無許可の爆薬所持で逮捕。
負傷者の内、重傷者が52パーセントと成り、如何に神殺しならぬ、神脅しが大変かと言う事を物語った結果となった。
幸い、龍神の慈悲もあったためか、死者は出ていない。