9 N県境防衛戦
肆頭目のオロチが通ると予想されるルートの、住民避難が終わり
僕と灰色狼のハロ……そして僕の中の淤加美神様のグループは、浅間山白根山ルートに陣取って居た。
「もが! もがっ!!」
あっと、忘れてた。
もう一人……元龍神のセイも、ロープで縛って一緒に連れて来ていたんだ。
僕は、セイの猿轡を外して、忘れててゴメンと謝る。
「ぷはぁ! 何で俺まで連れて来るんだよ! 明日の同人誌即売会の用意で忙しいのに……回るサークルチェック終わってねーんだぞ」
思った以上に、ご立腹だった。
だいたい、サークル参加なんだから、他所様回って無いで本売れよ……
「いやほら……最近セイは部屋に籠りっぱなしだし、気分転換にどうかなって思ってさ」
「ロープで縛って連れてこられて、気分転換もクソもあるか!」
ご最も……
「あはは~最近、余分なお肉が付いてるみたいで……運動不足かなって」
そう言いながら、僕はセイのお腹の弛んだ贅肉を、摘まんで引っ張る
「ええい、止めんか馬鹿者。少し位肉付きがあった方が可愛いだろ?」
仮にも、食物連鎖の頂点である、龍の雄が可愛いで良いのか?
「少し位ねぇ……ちょっと考え直さないと、龍というより見た目『槌の子』みたいに成ってるぞ」
僕はペットボトルを開けると、水を操り水鏡を創ってセイを写してやる。
「うそ……此れが俺か? 格好良すぎるぜ」
「お馬鹿! 顔じゃなく、お腹を見ろ!」
「腹だぁ? ………………えっ!?」
この驚き様は、本気で気が付いて無かったんだな━━━━
「普段、あれだけ食らうて運動しなければ、そう成るじゃろうて……」
淤加美様が、浮いて飛んで来ると、トドメの一言を吐き捨てる。
『では、明日から、我と散歩に行ってくれ』
そう灰色狼のハロが提案をするが、出来れば即売会が終わるまで待って欲しいと、懇願するセイ。
どっちが主人だか、分からんな……
ハロとの散歩も、三日坊主で終わりそうだしね
「本当に、此処を通るのか? もう22時回ったじゃねーか」
スマホの時計を確認しながら、苛立ちを募らせるセイ
「朝までに来なかったら、龍脈移動で帰って良いからね」
「それは何か? 俺に徹夜明けで即売会へ行けと?」
「大丈夫だってば、参加者の半数以上が寝てないから……」
━━━━多分。
「のう……暇なら、『配管工作成2』で妾の創ったコース、やってみぬか?」
そう言ってセイに対戦を持ちかける淤加美様
「大婆様のコースは簡単すぎて……」
「なんじゃと!? 良い度胸じゃ若僧!」
━━━━━━緊張感が無い……
ハロちゃんなんか、欠伸してるし、緊張感無さすぎだよ
旧碓井峠に陣取ってる人達に、こんな処見せられないな……
水鏡に使った水を、少量だけ手元に残し、その他の残りをペットボトルに戻す。
手元に残した水の成分を、防虫菊から採れるピレスロイドへ変換し、それを霧状にして全員に纏わせる。
自作蚊避けの出来上がりだ。
本当は、市販のモノを使った方が、簡単なんだけど
市販の渦巻き型虫除けは、煙で狼ハロの鼻が効かなくなると、嫌がられたので
仕方なく、成分だけ霧状にして、纏って居るのだ。
それにしても、戦闘術と言うより、生活の知恵みたいな術ばかり増える気がする……
夏場は、重宝するから良いけどね
対蚊用は出来るのに、対Goki用の殺虫は難しいんだよな……
(以降Gとする)
台所を預かる身としては、Gとの対決は避けて通れない。
あの生命力は、敵ながら大したものだ。
色々試してみようにも、直ぐに耐性が付くし、完全駆逐は無理だな。
日本には、八百万神と言う言葉があり
ウチら龍神の様に、水の神も居れば、山の神も居るし
米粒1つにも神が宿ると言う考え方で、万物全てのモノに神が存在すると言うのが、八百万神の教えである。
だからこそ、無駄にしたら罰があたると言う、教えなのだが……
万物全てに神が居るならば、Gにも神が存在している?
そう思い、色々調べた結果。あったんだよ……N県に……
古い神様ではなく、2000年に慰霊建立されたと言うが、案外八百万神と言うのも、こうやって増えてきたのかも知れないね。
八百万の在り方を考えながら、古い神様達に目を向けると
「うっそ! 何で意地の悪い処に、隠しブロックが!!」
「どうじゃ! 通称『孔明の縄』じゃ! くっくっく、妾の勝ちじゃのう」
「ぐぬぬ……」
「………………」
淤加美様……『孔明の縄』じゃなくて『孔明の罠』ですよ
僕は、軽い目眩に頭を押さえながら、ため息をつくと
セイの背中越しに大きな影が在るのに気が付く
━━━━オロチ?
いや……月明かりに照らされた姿は━━━━
「く……熊!?」
「あん? 隅? ここの処寝不足だからな……そんなに目立つ?」
「違うよ! 熊だってば!」
「ただの熊等放って置いて、此方の妾のコースもやってみよ、自信作じゃぞ!」
「望む処よ!」
━━━━ええぇ……焦ってるの僕だけか?
そりゃあ、世界へ目を向ければ、上には上が居るけど
ここ日本に置いては、最強の大型肉食獣だぞ……
セイの後ろで涎を垂らす熊……最近、駄肉の付きが良いから、狙われたか!?
「セイ! 後ろ~」
僕の呼び掛けに
「「ええい! 邪魔をするな!!」」
セイと淤加美様が、同時に叫び熊を睨む
━━━━と、熊は殺気を感じたのか、立ててた耳を伏せるようにして、逃げ出した。
睨んで熊を追い払うとか……あんな成りでも、龍なんだなぁ……
携帯ゲーム機に没頭している姿は、とても強そうに見えないけどね。
そんな時、僕のスマホが震えだす。
西園寺さん?
通話ボタンを押すと、西園寺さんの声の向こうで無線機が、非常事態を告げているようだ。
『千尋君? すまないが、此方で当たりを引いてしまった』
「その様ですね……無線機から銃声と悲鳴があがってるみたいですし」
『あぁ、聞こえたか……現在旧碓氷峠、軽井沢方面入り口のバリケードを突破され、尊君が自衛隊のジープを借りて、オロチを追い掛けて居るところだ』
おそらく、そのままオロチ追いやって、碓氷第三橋梁……通称『めがね橋』から狙撃を試みるのであろう
と言うか、尊さん免許持ってたんだ……
まあ、大学生だし。年齢的に持っていても不思議は無いけど
「分かりました、此方は直ぐに向かいます」
そう言って、電話を切ると、やっと出番が来たと大きくなるハロ
いや、此処で大きくなっても、龍脈に入れないから
そう言ったのだが━━━━━━
ハロは、僕の襟元を咥えると、自分の背中へ放り投げた
「ちょっ! ハロどうすんの?」
『知れたこと……走るのよ』
そう言って、携帯ゲーム機で遊んでるセイも、僕同様に背中へ放り投げると
大地を蹴って走り出す。
「ちょっと! 淤加美様は……」
と言い掛けて止めた。
空を飛んで追い掛けて来てるのが見えたし、何より外に居るのは思念体であって、僕の中に『光』か『闇』か、どちらかの淤加美様の片方が、必ず残ってるからね。
僕らはハロの背に乗って、国道146号線を軽井沢へ向かって南下する。
もっと遅いかと思いきや、巨大化している為、一歩で進む距離が大きい。
その分、背中の乗り心地は最悪だけど……
地面を蹴る度に、振り落とされそうになる。
ここの処、祭りの準備が忙しくて、散歩に出て無かったので
久し振りの運動で燥ぎたいのだろう
「俺……こんなの散歩に連れて行く自信無いぞ……」
そう言って、振り落とされぬよう、必死に背中へしがみ付くセイ
頑張れ! お腹のお肉減らす為にも……
乗り心地は最悪だけど、スピードを落とさすカーブを曲がって行けるのは、さすが四本足で地面を蹴る四駆と言ったところか
カーブの度に、ハングオンをして、重心を出来るだけ低く傾ける。
そうする事で、スピードを落とさず、曲がっていけるのだ。
ようやく軽井沢の街が見えてくるが、ここから旧碓氷峠へ入らねば成らない。
旧碓氷峠までの直線区間で、西園寺さんにスマホで連絡を取る。
『千尋君? 今何処に……』
「すみません、事情が変わりまして……N県側から、旧碓氷峠へ走って入るところです」
『走って!? 今、自衛隊のドローンを借りて、空中からオロチを追跡撮影していますが……峠を3分の1下った処をオロチは走って居ますよ』
追い付けそうですか? との問いにウォーンと甲高く遠吠えすると、ハロは更に速度を上げる。
「大丈夫みたいです」
『分かりました。ご武運を』
スマホが切れると同時に直線区間が終わり、旧碓氷峠へ突入する。
さて、此処からが綴折りの本格区間である━━━━━━が!
谷の狭そうな処を、ジャンプしてショートカットした!
「「うああああ!」」
僕とセイの悲鳴が同時にあがる
燥ぎ過ぎだよハロちゃん!
まさか、ショートカットジャンプするなんて思いもよらず、必死にしがみ付く
だが、それ一回で終わる訳もなく……連続でショートカット
一歩間違えば、谷底へまっ逆さまだ。
命懸けの絶叫マシーンで、声が枯れるほど悲鳴をあげる
こんなの体験しちゃったら、今後遊園地の絶叫マシーンは、面白さが半減しそうだ。
だが、危険を犯しただけあってか、前方にオロチを追うジープのテールランプが見え始める。
尊さんかな?
僕はペットボトルの水を使い、水のロープを作るとハロちゃんの胴体に巻き付け、手綱にする。
その、水の手綱で僕の身体を固定し、もう2つのペットボトルの水で和弓と矢を創ると、水の矢をつがえて弓を構えをする。
「おい……大丈夫なのか?」
セイが心配して聞いてくる
「大丈夫……だと思う……」
「しかし……おっと!」
セイが、何か言おうとして居たようだが、水のロープで固定している僕と違い、振り落とされそうになって、言葉を飲み込んでしまった。
大丈夫、普通の弓と違って、能力で創った水の弓だから、多少の軌道修正は効くはずだし……多分ね
実際には、射った事無いけど。
構えから、打起こし……引分け……
オロチの肆頭目の姿が視界にはいる
━━━━━━捕らえた!
僕は、指で抑えて居た弦を離すと同時に、打ち出される水の矢と━━━━
僕の胸!!
声に成らない悲鳴をあげて、ハロの背中で蹲る僕に、セイが
「だから、胸は大丈夫かと言おうとしたのに……」
早く言ってよ……
まさか、弦で胸を打たれるとは……胸が捥げたかと思ったわ。
和弓、恐るべし
「痛つっ……矢は?」
僕の問いに、セイが『龍眼』を使って、暗視するが……
「どうやら、外れたようだな……」
胸の痛みで、軌道修正出来なかったか……せっかく、粘性の強い水の矢を創ったのに、残念
さて、此方の装備は、ペットボトルの水が後2本。
射てても、後1回かな?
ハロちゃんの頑張りもあって、尊さんのジープに並んだ。
「お前!? 雨女!」
いくら前回の『武甲山』で浄化雨を降らせたからって、『雨女』は無いんじゃない?
そりゃあ、龍神の水神は、雨降らせるのが仕事の1つだけどさ……
「今回の相手。肆頭目のオロチは、脚速いですね」
「とんでもない、韋駄天野郎だ!」
そう言いながら、カーブをドリフトで曲げて行く尊さん
車高の高いジープを、よく横転させないものだと感心する。
だが━━━━━━
既に、旧碓氷峠も半分を過ぎ、もうすぐ『めがね橋』の狙撃ポイントだった。
やはり、まだ試作段階のライフルだと言うし、前回も避けられたせいで、実戦データも無いのだ
そう考えると、不安で仕方がない。
「セイ、ハロちゃん。二人は『めがね橋』まで追い込んだら、オロチが仕留められなくも、そこで待機して」
「それは良いが、お前はどうすんだよ」
「僕は、万が一に備えて、碓氷湖で待ち受ける」
碓氷湖なら、水も沢山在るからね。
「だが、今回は操られてたりする訳じゃ無く、自分の意思による行動なら、『浄化雨』は効かんぞ」
「大丈夫。今回は『光』である高淤加美様の力じゃなく、『闇』の闇淤加美様の力を、お借りするから」
「闇だと? 何するつもりだ? 勿体振らずに教えろよ」
「秘密だってば、失敗したら恥ずかしいし」
とにかく、碓氷湖に近寄り過ぎると巻き添えに成るから、絶対終わるまで近寄らないように! と釘を刺し、ハロの背中から飛び降りる
勿論、水のクッションを創って、落下の衝撃を緩和するのも忘れない。
早速、龍脈を開いて、碓氷湖の湖畔へ移動すると、水の上を歩いていく
簡単そうに言うが、水の上に立てる様に成るまでも、かなり大変だった。
淤加美様の、鬼のような指導で、出来るのに成るまで、約1ヶ月費やしたのだ。
まあ、地獄の特訓の日々を思い出したく無いので、この辺にして置こう
この碓氷湖での待機も、杞憂に終われば、言うこと無いのだけどね。
出来れば『めがね橋』の処で、片がついて貰らいたい。
その時、丁度スマホが鳴り出した。
噂をすれば、何んとやら……西園寺さんだ
『千尋君、済まない……1発肩へ当たったが、止めるには至らなかった。オロチは、そちらへ向かったので……頼めるかな』
「了解です。ちょっと広範囲の術を試しますので、終わるまで碓氷湖へは、来ないで下さいね」
そう言って電話を切ると、碓氷湖で新しい術の準備を始めるのだった。