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後日、陛下の許可のもと、アルガ殿下とデルベント殿下に課題が出された。
合格すれば今まで通り。貴族達が通う学校に通いながら、王宮で過ごす。側近と護衛は総入れ替えとなるが、過酷な環境変化はない。
不合格だった場合、並行して騎士学校にも通うことになる。こちらは王子としての特別待遇は一切なし。できなければできるようになるまで延々と厳しい訓練が続く。
ヴェリコ殿下とお兄様は『真面目に頑張れば良いだけだ』と笑っていたが、同席されていた騎士隊の皆様が視線をさまよわせていたため、決して楽な訓練ではなさそうだ。
問題の課題だが…。
「サフィーラ嬢を捕まえるだけだ。簡単だろう?」
アルガ殿下もデルベント殿下もきょとん…と目を丸くした後、苦笑した。
「このご令嬢を捕まえるだけ、ですか?」
「そうだよ。私の騎士隊の訓練場…、この中をサフィーラ嬢が逃げ回るだけで、武器は一切、使わない。アルガとデルベントも武器を使ってはいけないよ」
「もちろんです!」
アルガ殿下が『女性に武器を向けるなど騎士の恥』だと言いきる。なるほど女性大好きだけあって、どんな女性に対しても騎士道精神を発揮するらしい。
一方、デルベント殿下は少々、顔色を悪くしていた。私に見覚えがあるのだろう。しかし余計な事は言えない。女性を足蹴にしたなど自分の立場を悪くするだけだ。
「では三人とも位置について」
訓練場は百人入れそうな宴会場くらい。狭くはないが広くもない。地面は土で、柵に囲まれている。隅には弓やナイフの的が置かれていた。
今日は走り回るため、動きやすく汚れが目立たない紺色のワンピースでスカートの下にズボンも穿いている。それからショートブーツ。髪はポニーテールで大きめのリボン。紺色に白のレース付きだ。
走ってくる殿下達をかわしながら、そういえば捕まえるって…、触られるってことかしら?
それは困る。恋人でもない相手に公衆の面前で触られるのは令嬢らしくない。
途中、お兄様の側に行き、聞いてみた。
「殿下達に触られたら困ります」
「うん、心配なくても大丈夫だよ。触れはしないし、万一にもそんな事が起きそうになったら、全力で止めてあげるからね」
お兄様の全力…は危険だわ。そもそも兄の暴走を止めるために、私が代わりに『課題』となったのだ。
兄と戦って勝つ…のは絶望的よね。それなら私と鬼ごっこのほうがましなはず。ところで私、いつまで逃げていればいいのかしら。
一時間が経過したところでお茶をもらった。立ちどまった私めがけて走ってくるが、ひょいっと避けて紅茶を飲む。
殿下達が勢い余って地面に倒れ込んだ。無駄な力が入っているせいで余計に疲れるのよね。もっと効率的に体を動かないと。
「紅茶、ご馳走様、美味しかったです」
カップをリーネさんに返し、地面で寝ている殿下達を見下ろす。
アルガ殿下がうつ伏せたまま私の足に飛びつこうとしたが、軽くジャンプして逃げた。
「おい、今、1mくらい飛びあがらなかったか?」
「それより距離だ。軽く飛んだように見えたが3mは超えている」
すでに二人の息はあがっていた。
これ以上、続けてもあまり意味がない気がする。
チラッと兄を見ると、横にいたヴェリコ殿下が大きな声で言う。
「どうした、アルガ、デルベント。サフィーラ嬢は息ひとつ乱れていないぞ」
のそのそと起きあがった。
「くそぅ……、なんで指先さえも届かないんだ……」
それはですね、持って生まれた身体能力に加えて日頃の訓練の差でしょうか。毎日、真面目に走り込んでいれば簡単に息があがることはございませんよ?
もちろん致命的に運動に向いてない人達もいるが、ヴェリコ殿下を見る限り、血筋は問題なさそうだ。
鍛錬している相手ならば私ものん気にお茶を飲んでいられない。常に相手の動きを警戒し、一定の距離を取り続ける必要がある。
そんな緊張状態が一時間も続けばお互い参ってしまうだろう。引き分けで手打ちとするのが妥当。そこまでの相手ならば、私が負けを認めても良い。
騎士相手に貴族令嬢である私が武勇を誇っても意味がない。
今回は…、ヴェリコ殿下に勝つようにと言われている。言われてなくても負けたくない。
令嬢達を集めて悦んでいるアルガ殿下も、周囲に言われるがまま女性に暴力をふるったデルベント殿下も簡単には許せそうもない。
「どうしてサフィーネ嬢に触れることさえできないか、教えてやろうか?」
ヴェリコ殿下が楽しそうに言う。
「お前達には何もかも足りてないんだよ。学び、経験を積み、強い者達と戦い、負けて…さらに学ぶ。楽しいことばかり追いかけているから、か弱い令嬢にさえ叶わない」
いえ、私はか弱くはないですよ?むしろ強いですよ?
と、視界の先にいたヴェリコ殿下が消えていた。
距離は10m以上、あったはず。じっと見ていたわけではないが、ほんの一、二秒で。
「ほらね、きちんと鍛錬を続けていればそう難しいことじゃない」
いつの間にか背後にいたヴェリコ殿下の手には、私のリボンが握られていた。
髪を結んでいたはずの紺のリボン。
「これは後でリーネ嬢にでも結び直してもらおう。それとも私がここでやろうか?」
「是非、リーネさんにお願いしたいですっ」
「そう?」
クスッと笑ってリボンに軽く口づけるふりをすると元いた場所へと悠然と帰っていった。
私も茫然だが、アルガ殿下達はそれ以上に衝撃を受けたようで素直に負けを認めて騎士学校で一からやり直すと誓った。
その後、アルガ殿下とデルベント殿下は本当に心を入れ替えたようで無意味なお茶会はなくなり、城内での問題行動もなくなった。
アルガ殿下はただ単に本当に心の底から可愛らしい女性が好きだっただけで、そんな殿下を生温かく見守っていた側近達は殿下と引き離されて再教育中。
デルベント殿下の側近達は自宅または領地での無期限謹慎で、護衛は全員がクビ。最終的に側近、護衛の半分以上が牢屋送りとなった。
慣れていたものね。因縁をつけて怖がらせ、拉致監禁してもてあそぶ。被害令嬢の正確な数はわからないが、城の外でもいろいろとやらかしていそうだ。しかも人身売買まで。事件が発覚した後、失脚した高位貴族が何人かいた。
デルベント殿下は『女になめられないように』『存在感を出すため』威張り散らしていただけで、犯罪には加担していない。だが管理責任というものがある。本人も深く反省し、成人後は辺境の地で国防の任務に就くとのこと。
エディルネ様に関しては被害者側の『穏便に済ませたい』との申し出により、三年間、領地内での謹慎、再教育が課せられた。お茶会、夜会大好きなエディルネ様が王都での集まりに参加できないのはなかなか良い罰になりそうだ。
で、私はと言えば…。