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サロンからだいぶ離れた化粧室でドレスの汚れを落とし、アーシャだけ先に戻ってもらった。
私はこのままサロンに戻らず帰ろう。
妖精のように可愛らしいエディルネ様が何故、私なんかをターゲットにしたのかわからないが、嫌われているのは間違いない。
が、こちらとしては動きようがない。
エディルネ様は意地悪を認めないだろうから、私のほうからは何も言えない。確たる証拠もなく『わざとだろう』と糾弾できないし、私自身は何もしていないのに『エディルネ様、ごめんなさい』ってのも…ね。
たぶん、あれだ。存在が嫌いなのだろう。
ふわふわとした砂糖菓子のような令嬢から見れば、私は異物以外のなにものでもない。
ひとつ、大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
ドレスを汚しサロンを退室したところまでは皆に見られている。ドレスの汚れが思ったよりもひどいため、殿下の前に出られず帰宅。うん、問題ないわよね。
お茶会ということもあってドレスはかなり地味なものにしてある。ハイネックで首もとを隠し袖も手首まで隠している。長く伸ばした金色の髪は後ろでひとつにまとめてポニーテール。さすがにリボンをひとつつけているが、それだけだ。靴はヒールではなく踵が低いショートブーツ。これが一番、歩きやすい。
ほんと、貴族令嬢っぽくない見た目だが、仕方ない。私は武人を多く輩出している伯爵家の令嬢だ。レースたっぷりのドレスは動きにくいし、髪に無数のリボンや花、たくさんのアクセサリーは落ち着かない。
見た目がもっと可愛らしければそういった服を着てもよいが、この顔立ちでは…。
もっと可愛ければ縁談も来るのだろうか。
悲観するには早いぞ、16歳。過保護な兄の反対により夜会にだってほとんど出ていない。さすがに20歳になる前には良い相手を連れてきてくれるだろう。
お父様の部下とか?ちょっと年上も良いわね。頼りがいがあって甘やかしてくれるような方。貴族令嬢には人気がなさそうながっしりとした体躯の良い方でも私となら釣りあうはず。
一緒に乗馬できたら最高。こうみえて乗馬は得意なのよね。
妄想ですっかり気分が良くなった私は機嫌よく化粧室の外に出た。さてここはどこかしら?
えーっとアーシャに連れて来てもらった時は…。
王宮はとにかく広く、色々な建物がある。父や兄が働いている武官達がいる棟や、文官達が働く棟もある。
各建物の間には渡り廊下があり、庭園も広がっていた。
素敵……。
殿下のお茶会なんて二度と来たくはないけど、この庭園が見られるのならば我慢してもいい。
庭を眺めながら歩いていると、向かいから六人ほどの集団がやってきた。先頭の真ん中にいるのは銀髪の小柄な少年。それを囲むように五人の騎士。
第三王子のデルベント殿下だろう。兄から聞いていた特徴とほぼ一致している。銀色の美しい髪を肩まで伸ばし、15歳にしては小柄な美少年。囲んだ騎士達が大きく見えるのは、中心にいる少年のせいだ。
通路の脇に避けて頭を下げた。貴族の礼…で、許可が下りるまで、または完全に通りすぎるまで頭をあげられない。
息を潜めてひたすら通りすぎるのを待っていると。
「お、おいっ、女!」
少年がいきなり私を突き飛ばした。頭を下げていたためそのままよろけて床に座り込んでしまう。
しかし、頭をあげて良いとは言われていない。
仕方なく座ったまま頭を下げていると。
「何故、こんなところにいる。誰の許しを得た」
問われたら答えられる。
「はい、私はコン……」
「だ、黙れ!」
ガンッと後頭部に衝撃が走った。
え、なに、私、何されたの?下げた頭の上に少年の足が乗っていると理解するのに時間はかからなかった。
たいして痛くはないが、さすがにこれはどうなの?
貴族令嬢の頭を踏みつけるって、いつもこんな態度なら王子としての資質を疑う。
しかもデルベント殿下、声も体もちょっと震えている。
「不審者だな。いつものように摘み出しておけっ!」
デルベント殿下の言葉に騎士達が動いた。
五人のうち三人が私を連行する役目を仰せつかったようで、私は一言の言い訳もできないまま王宮の裏門…、いや通用口まで引っ張られていった。
「ちっ、可愛くない女だな」
「今回はハズレだったな」
「二度と王宮に侵入すんじゃねぇぞ。次は…、斬って捨てる」
アルガ殿下に招待された伯爵令嬢だと言おうと思ったが、ベラベラと下品な話をしている男達に『情報を与える必要はないか』と黙り込んだ。
「この間の女は可愛かったなぁ」
「男爵家のご令嬢だったか。震えて泣きだして…」
「最後は気絶しちまったなぁ」
「抵抗されないのは楽だがつまらんな」
怖がらせたいのだろう。そんな話ばかりしているが、あまり動じない私にイラついたようで時々、小突かれた。
抵抗しても良かったが、相手は第三王子の命令で動いている。
それこそ剣でも抜かれたら全力で抵抗するが、できれば穏便に済ませたい。
私が聞いただけでは証拠にならないが、この話をもとに調べてもらえれば何か犯罪の物証が手に入るかもしれない。
城の外に出ればあとは自由だ。
王宮の正門近くで待機しているうちの馬車まで行き、お父様かお兄様に連絡をして……。
通用口から外に出されて少し歩くと、あまり目にしたことのない風景が広がっていた。下町とでも言えば良いのだろうか。小さな家が所狭しと並んでいる。人もあまりいない。
どこかから粗野な雰囲気な中年男が二人現れた。
「今回は…、まぁ、悪くはありませんね」
中年男の一人で騎士のひとりにお金を渡した。
「安いな」
「それは、まぁ…、ねぇ。商品相応の価格ということで」
「もっと派手な化粧をさせれば美人になりそうですがねぇ」
背が高いだけの地味な女。
予想以上に最低最悪の展開だった。
何、こいつら、迷子の女の子をこんな風に扱っていたの?外道にもほどがある。
こんな奴らが第三王子の護衛をしているの?王宮では黙認しているの?
「痛い思いをしたくなければ逆らうなよ」
「何、一回か二回だ。あんたのような貴族令嬢の純潔を散らしたいという旦那は、それなりに高位貴族だ。気に入ってもらえれば同じ高位貴族に嫁げるかもな」
さすがに……、温厚な私でも怒るわよ?