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見事にふわふわとした世界だった。淡いピンクにグリーン、そしてたっぷりのフリルにレース、リボン。髪にもたくさんのリボンや花がついている。
季節は春。生花を頭にいっぱいさしている子もいるけど夕方まで枯れることはないのだろうか。
ほんとお人形さんのようだ。いや、妖精か。
小柄で細い子が多いな。私と同じ16歳の子は折れてしまいそうなほど細い手首だ。
実際、私が本気で握ったら折れてしまうだろう。気をつけないと。
王宮の一室…、サロンに集められた令嬢は13人。そのうち、何人かはメイドを同席させている。
私もメイドを連れてきたほうが良かっただろうか。でもなぁ、メイドにまでいらない気苦労を負わせたくない。
サロンの隅のテーブルに一人で座りぼんやりと周囲を眺めていると、メイドが紅茶を運んできてくれた。
メイドの顔色は蒼白で小さく震えている。様子がおかしい事に気がついて声をかけようとしたら……。
トレーごと紅茶をひっくり返した。ポットもカップも割れ、私の水色のドレスが濡れる。
「も、申し訳ございません!」
メイドは真っ青な顔のまま、床に膝をついた。トレーに破片を乗せて片付けようとしているが、手が震えているためうまくいかない。
「ねぇ、そんなに震えていては怪我をしてしまうわ」
止めたところで、別のメイドがやってきた。
紅茶を運んできたメイドとはお仕着せの服が異なるが、メイドが着る服に大きな違いはない。黒のドレスに白のエプロン。うちのメイドもこんな感じの服装だ。
「アーシャ、ここはもういいわ」
その言葉にビクッと震えたが、立場が弱いのか震えながら立ちあがった。
「あの…、ドレスを汚してしまったので……、別室にご案内いたします」
アルガ殿下がまだ来てないが、汚れたドレスのままで会うのも不敬だろう。
いっそ会わないですむのなら、そのほうが楽だ。すでに病気で二度、断っている。何か言われたら『緊張のあまりお腹が痛くなった』とでも言えばいいか。ダメでもお父様達がなんとでもフォローしてくれる。
立ちあがると途端にクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「まぁ、大きい……」
「巨人のようね」
そこまで大きくない…と、言いたいところだが、この場にいるどのご令嬢よりも背が高い。
人間が妖精達に張りあうものではないかと、黙ってサロンをあとにした。
「ねぇ、アーシャ、貴女は王宮で働いているの?」
二人で黙って歩くのもどうだろうかと話しかけると、過剰とも思えるほどビクッと肩を震わせた。
「そんなに怖がらないで。確かに私はこの通り大きいけど…」
ふるふると首を横に振る。
「いえ、と、とてもお美しいと思います」
「そう?ありがとう。それでどこに行くの?」
「………その、ドレスを洗える部屋に」
「そうしないと貴女の立場が悪くなるのね。どのご令嬢の指示かしら?」
アーシャの顔色はもともと悪かったが、今はもう唇まで紫色だ。可哀想に。
「どなたかに言われて、紅茶をわざとかけたのでしょう?それから…、サロンとは離れた場所に置き去りにしろとでも?」
笑って『大丈夫』と言う。
「貴女は先に帰って『うまくいきました』と報告すれば良いわ。私は少し時間を置いてから戻るから。でも、そうね…。このドレスを洗える場所には行きたいわね」
水色のドレスに茶色の染みはなかなか目立つ。殿下がどう思おうと気にならないが、家の者が心配する。
アーシャは膝から崩れるように座りこみ、そのまま私の頭を下げた。
何度も謝ってくれるが、アーシャが悪いわけではない。
「そんなに泣かないで。目が腫れてしまうわ。気にしなくてもいいの。もともと殿下のお茶会には来たくなかったんですもの。これで堂々と帰れるわ」
「お嬢様……」
「サフィーラよ。コンツェ伯爵家はわかるかしら?もしも、今回のような事が度々、起きるようならうちにいらっしゃい」
アーシャは戸惑ったような顔をしていたが、繰り返し告げる。
使用人だって辞める権利はある。借金があるとか家族が人質にとられているとか。そういった事情があってもお父様に頼むことで大抵は解決できる。
自分で解決できない問題を抱え込むことは良くないが、今回は…このままアーシャを放っておいたら、いずれアーシャが潰れてしまう。
良心の呵責で自滅か、指図してくる令嬢にこれ以上の無理難題をふっかけられるか。
「私のメイドが一人、出産を控えていて代わりのメイドを探していたの。だからお願い。耐えられないと思ったら私の元へいらっしゃい」
手を握り立たせてやると、小さく頷いた。
「今は王宮で働いておりますが…、もとはシャウリー公爵家エディルネ様のメイドでした」
「そう……」
公爵家の口利きでメイドとして入ったが、それは公爵家とその娘に便宜を図らせるため。そういった事は珍しくもない。メイドではなく文官等に多いが、下働きや武官にもいると聞く。
うちの場合は武官が自主的に情報漏洩…いや、噂話を届けてくれる時がある。
「でも、今は王宮のメイドです」
王宮でメイドを管理する者が『辞めてもよい』と認めれば辞められる。
「私も公爵家と喧嘩は避けたいから、しばらく人目につかないよう外出を控えてもらうか伯爵領のほうで働いてもらうことになるけど…」
肩をすくめて笑う。
「アーシャが泣くほど嫌がることは命令しないわ。それは誓う。誰にもそんなことはさせない」
アーシャもすこしだけ笑って頷いた。