晴明の食卓
茜は怪訝な顔をしたが、晴明は笑って誤魔化した。
「あの……お茶っ葉ないんで……。ちょっとコンビニ行ってきますね。」
話題を変えよう。動揺する度にこんなようじゃ、いつかこの良く分からない人にべらべらと昔話をしてしまいそうだ。
晴明は、盗られて困る金目のもの……ないな。この家で1番高価なものって言ったら、冷蔵庫くらいだ、と一案して、サンダルをひっかける。
コンビニに行っている間に、ぜひとも頭を冷やしたい。晴明の頭はそれでいっぱいだ。不用心かもしれないが、彼女が茜ではなくただの盗っ人かも知れないという心配よりも、本当に茜かもしれないという期待の方が大きかった。それなら、丁重にもてなすのが俺の仕事だ、とも。
一方茜は、居間の真ん中で意味もなく正座して、辺りを見回していた。
晴明の部屋は殺風景である。居間にあるものと言ったら、エアコン―さすがの晴明も、暑さには敵わない―、ラジオ、電子レンジ、積み上がった新聞紙、シミの入ったコーヒーカップ、冷蔵庫。そのくらいなのだ。
ラジオを聞こうとするも、茜には最近の流行りの歌など全く分からない。静かに音量をゼロにした。部屋に静寂が降り注ぐ。部屋にはミカンの匂いがほのかに漂っている。
茜は金属製のドアを見ては、床を見ることを繰り返した。
数分して、鍵の開く音がした。続いて、サンダルを脱ぐ音、ビニール袋特有のガサガサ音。
「お帰りなさい。」
「ただいま戻りました。
あ、ついでにお弁当買ってきたので、一緒に食べましょう。」
晴明は、湯を沸かし、電子レンジのスイッチを入れた。茜はその後ろ姿を見つめている。晴明はその視線を確かに感じながらも、嗜めようとはしなかった。
「出来ましたよ。
確か……卵焼きが好きでしたよね。」
茜は、少し嬉しそうに、はい、と返す。
晴明は、自分の弁当を電子レンジで回し始めた。茜は、玉子焼きを頬張り始め、幸せそうな顔をしている。
好きなものは先に食べるなんて、そんなこと書いたっけな。と、晴明は、思い出そうとするも、諦めることを選んだ。
チーン、と、小さなアパートには不釣り合いな大きな音が鳴る。晴明は、電子レンジの扉を開け、海苔弁当を取り出した。
「よっと。」
晴明のポリシーだ。俺は何歳になっても、よっこらしょとは言わない。端から見れば気づきもしないかもしれないが、この一件に関して、晴明は非常に気を使っていた。
「晴明さんは、いつもこのお弁当屋さんに行くんですか?」
茜は苦手な梅干しを箸で弄んでいる。
「いやぁ、弁当屋だなんて、そんな。
コンビニ弁当ですよ。
これでも結構美味しいでしょう?」
「えぇ!?」
晴明は、思わずうひゃっ、と声を裏返させた。
「ダメですよ!
これからは私が作りますから!
最寄りのスーパーはどこですか?」
「あぁ、スーパー・スターというところなら5時頃にいくとポテトサラダが安いんですよ。」
「もしかして、晩御飯はそれだけ、とか?」
「はい。」
「晴明さん!」
晴明は、思わず頭を垂れた。