白黒
「立ち話もなんですし、お茶でも……。」
およそ信じられないが、この少女が茜だと思うと、大事にしなければならないような気がした。変なやつだったら警察に突き出せばいい。
晴明は少々残酷な胸算用をしつつこう言ったあと、少し後悔した。お茶などないじゃないか。
最近の晴明は、水道水を愛飲しているのだ。だが後悔先に立たず、茜はもう晴明の腕の下をくぐり抜けて部屋に入っていく。
「お邪魔しまあす!
って、今日からここに住むのに、何言ってんだろ。」
茜は恥ずかしそうに笑った。晴明も思わずつられて久しぶりに笑ってしまったが、内心穏やかなものではない。
え?今、住むって言ったか?聞き違い?いや、えぇ?
小説家である。という自己紹介が恥ずかしくなるほど、言葉がまとまらない。
「それにしても、晴明さんが優しそうで良かったです。」
晴明の心が波打っているのを知ってか知らずか、茜は、廊下をきしきし鳴らしながら言った。その顔はすこし強張った笑顔が印象的で、少し幼くも見える。晴明はその振り向いた顔が焼きついたまま、その背中を追った。
「作者近影で見たときは、この世の終わりみたいな顔をしていたので……。」
作者近影―と言っても、もう何年も前のものだが―なんて、見るやついるんだなあ。と、晴明は他人事のように思った。
「この世の終わり、か。
案外、当たらずとも遠からずかもしれません。」
晴明は、自嘲気味に笑った。