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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
20/59

枝豆

 その日、(あかね)深緋(こきあけ)の部屋にいた。安く部屋を提供してくれている、せめてもの恩返しをしたかったのだ。

 深緋と茜は、黙々(もくもく)と枝豆の皮を()いている。


「住民票。」

「えっ?」

 机が汚れないようにと敷いた新聞紙に時折剥いた後の皮が落ちる、たんっという音以外の音。それ以外の音がするのは、随分(ずいぶん)と久しい。

「まだ、貰ってないのですが。」

「あ、ああ。そうでしたね。」

 茜は困った。

 永遠に出せないのだ。そんなもの。しかし提出を延ばせば延ばすほど、深緋に疑われるのも確かだ。


「その様子だと、まだ用意できてないみたいですね。」

 剥き終わった枝豆をボウルに入れながら深緋が言う。

「すみません……。」

 茜は急に心細くなって、小さな声で言った。

「ん、ああ。

 何か、出せない理由があるんですか?」

 茜が小さくなったのを申し訳なく思い、深緋が努めて優しげな声で言った。とはいえ、彼女の表情筋は子供時代にその役目を終えた後、長い眠りについてしまっているのだが。


「はい。実は……。」

 深緋に答えようとしたものの、茜は言い(よど)んだ。

 本当のことを深緋に話したところで、果たして信じてくれるだろうか?いや、変なやつだと思われて一蹴(いっしゅう)されるだけだろう。きっと誰だってそうだ。

 そうだ。晴明は?晴明はどうなのだろうか。茜を、信じているのだろうか?


「言えないならいいですよ。

 ここにはそういう人、いっぱいいるので。」

 枝豆を剥く手も止めず、深緋は言った。

 いつの間にか、山のようだった枝豆も残り(わず)かとなっている。


「ありがとうございます。

 あの、これ、全部1人で食べるんですか?」

 ひとつのさやの中に2,3個の豆が入っている。そして剥いた後の豆が入ったボールに、大盛りご飯のように皮が盛られている。

 とても、1人の成人女性が食べるとは思えない。

「食べますよ。

 豆、好きなので。

 あ、欲しいなら差し上げますよ。

 なんなら豆ご飯にしてから持っていきましょうか?」

 深緋の物言いに、思わず茜は絶句した。

「そ、それでは……お言葉に甘えて。」

 思わず止めていた手を見つめていた茜は、ふと我に返って答えた。

 本当はそこまでお世話になるのは忍びないのだが、そうも言っていられない。暮らしが楽ではないのは、否定できないのだし。

「分かりました。

 それじゃあ、もう少し手伝って頂いてよろしいですか。」

 山盛り枝豆を崩さないようにしながら、深緋は枝豆をボールに盛る。

 茜は、もちろん!と返し、またさやを剥き始めた。


「ありがとうございました。

 おかげで早く終わりましたよ。」

 深緋はふぅと息を吐くと、茜に言った。

「いえいえ、また何かあったら言って下さいね。」

 深緋がテーブルの上のタオルで手を拭く。茜もそれに(なら)った。


「子供の頃を思い出しますね……。

 茜さんは子供っぽいから、昔の私みたいに思えますよ。

 私は、おばあちゃんになっちゃいましたが……。」

 深緋は少し遠くを見つめながら言った。

 茜が小さく笑う。

 深緋の子供時代を思い浮かべると、何故か笑いが込み上げてきたのだ。それと同時に、深緋をより近くに感じた。


「今日はありがとうございました。

 それではまた、6時くらいに豆ご飯を持っていきますね。」

 深緋と刻まれた薄汚れた標札の前で、深緋は茜を見送った。

「はい、ありがとうございます。

 ふかひさん!」

 茜は後ずさりしながら手を振り、大きな声で叫ぶ。

 深緋の瞳が大きくなる。表情筋は叩き起されたらしい。

 深緋は小さく笑い、

「何言ってんだか。」

と言いながら手を振った。


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